御教えの考察と時局について
最初、このページは大浄化についての個人的に思うところをのべつまくなし書き連ねたものだったのですが、ものすごく長くなってきたし読むのに疲れちゃうので、章立てて整理してみました。また予め断っておきたいことは、ここに述べたていることは崇高なる御教えを私というフィルターを通して再解釈するとこうなるということでして、御教えの捉え方は御霊相応ですので、正しい正しくないという読み方ではなく、面白ければ取り入れていただいてナンセンスだと思えば棄却していただければなと思います。自分の頭の整理と日頃の鬱憤を吐き出すためにやってますので、文章は多少毒気が強いかもしれません。
■唯物脳心配妖怪ふぁんふぁん(不安不安)
■AKIRAという映画
■原子戦争の前にくるもの
■教団について想うこと(非公開)
※改めて読むと面白くないので非公開にしました。
■教団浄化の霊的考察(非公開)
※改めて読むと面白くないので非公開にしました。
■御浄霊が効かない3大理由(非公開)
■四代教主陽一氏に取り憑いた”何か”の正体(非公開)
※世界メシア教の方に悪いので非公開にしました。
私、陽一さんのことを映画ラストエンペラー(1987)の愛新覚羅溥儀と重ね合わせちゃうんですよね。
■日本のこれから(人口編)
■おわりに
とりあえず最近胸中で悶々としてたものを一通りボヤききったので満足しました。まだまだロシアのこととか日本のこととか朝鮮半島のこととかありますけど。またボヤきたくなったらボヤきます。まあ自分の頭の整理の為に書いてるし、わざわざここまでの階層にもぐってまで誰も読みに来ないだろうと思っての勢いに任せての乱文ですが、もしかしたら同じようなこと思ってる人がいるかもしれないなということで。また、この様な方はいらっしゃらないと思いますが、ここに記載してあることを武器にして人を切り刻まないようにしてもらいたいです。勉強会のネタにされるとかは良いと思いますけども。書籍でも新聞でもそうなんですが、書いてある文章や記事というのは読み手の協力がなければただの模様なんです。文章を書き留めて置いておくのと嫌がる相手に話すのとでは雲泥の差がありまして、刀剣で例えると、観賞用に飾ることと鞘から抜いて切りかかることぐらいの差があるのです。観音様の弟子は人を咎めてはいけないですからね。私は自分の文章で自分を裁いているのです。