御 教 え 集 第十六号

昭和二十七年十一月御教え

十一月五日

私は昨日上野の博物館に行って来ました。八十周年記念で博物館にある品物の内から名品ばかりを選んで展覧会をしたのです。一通り見ましたが、仏教関係の物丈は中々良い物があって、とても敵(カナ)いません。何しろ四十八体仏と言って御物の金銅仏です。それが四十八体あって、之は大したものです。之は法隆寺が明治時代に寄附したのです。ですから外では私の処に一つある切りです。一つありますが、あれは非常に良い物です。昨日の四十八体に較べてみると非常に良い。最初のかも知れません。何か訳があるのでしよう。それから仏画も、私の処では敵わない良い物があります。それからあとは仏器です。仏様の色んな道具です。之は数は沢山ありますが、大した物はありません。屏風も良い物はありません。博物館が買う時分は、予算が足りないので思う様な物が買えなかった、という事が品物に良く表われている。併し贋物はありません。本物は本物ですが、その作者なら作者の傑作でなく、作者が画いたという丈の物で、非常にレベルが低いのです。只雪舟の山水画は一番良い物ですが、あとはありません。墨蹟なども数はあったが、あんまり感心した物はありません。つまり買える時分に、国家の方で軍艦や兵器を造る方にうんと金を出して、ああいう方面には冷淡だったのです。そんなわけで今以て予算が足りないのです。それが良いか悪いか知らないが、我々の方で買う事が出来るわけです。敦煌(トンコウ)の絵も、博物館で買わなかったのでアメリカに売ろうとするのを、其前に私の方に見せて呉れたのです。私の方でよせばあっちに行ったわけです。そういう様で喰止めているわけです。そういう様な事は当局の方でも知っているものだから、箱根美術館に対して好意を寄せてます。来年美術館が始まる早々浮世絵展覧会をやりますが、今度の京都の浮世絵展覧会よりも非常に上です。それに私の方は肉筆の方を本位にしてますから、其点に於て世界一と言っても良いと思います。又不思議に神様は、その作者の一番良い物をチヨッチヨッと入れて来るのです。実に人間業ではないという事が分ります。来年始まると分ります。私も、今迄浮世絵というのはあんまり趣味を持ってなかったが、近頃実に驚いている位です。

………………………………………………………………

此頃何処の宗教でもみんな病院を作っているのですが、それについて書いてみたのです。之なら分るだろうと思って徹底して書いた積りです。

  御論文〔⇒宗教と病院〕【註  栄光一八一号】

それから注意したい事は、病気が素晴しく治るということをお医者さんが見て喫驚して、どうして斯んなに良く治った、という事を聞かれた場合に、はっきり言わない人があるのです。それは、はっきり言うと無論お医者さんの感情を害する心配もありますし、それから何かしら言い悪(ニク)いとか、そういうきらいがあるのですが、以前はそういう時もあるにはありましたが、今日は余程違ってますから、そういう場合にははっきりと、メシヤ教の浄霊で治ったという事を出来る丈精しく有りの儘話さなければならない。そうしてお医者さんに分らせるのです。成程信仰で医学以上に之程の力がある、之は信仰も馬鹿に出来ない、考え直さなければならない、という心を起させる方が良いのです。本当言うとお医者さんを分らせれば良いのです。そうすれば一遍にミロクの世が出来るのです。そうして一般人に分るのは徹底しないから遅いのです。ですからお医者さんに分らせるという事は、今言った様にはっきりと、こっちが言うのは少しも間違がないのですから、堂々と言った方が良い。そうしてあっちでもこっちでも、どうも医学よりかメシヤ教の浄霊の方がずっと治るという事を、お医者さん同志が話合うとか、医学者の間にそういった事が評判になるという様にならなければならないのです。ですから今度の「⇒アメリカを救う」という本も、やっぱり医科大学とか大病院にも配る積りです。そうして医学者の方にも続々と分らせるという様にしたいと思います。之は或いは大変な問題になるかも知れませんが、人類を救うとしたらそういう事は止むを得ません。それを通り越さなければ本当に出来上らないのです。そうして間違った医学を是正する、改革するという事は、一度はそういう難関を通り越さなければならないのです。ですからその覚悟で段々やる積りです。ですから今の様な場合は思い切って、言い悪(ニク)いことでも言って貰いたいと思います。それから本当は日本の医学界に向って爆弾を投付けたのですが、それよりかむしろ、アメリカから分らせた方がずっと早く効果が大きいのです。丁度アメリカの病人の多い報告を利用して“アメリカを救う”の本を書いたのです。やっぱり神様はそういう遠廻しの手段を取られたわけです。それから“東方の光”という事を昔から良く言われてますが、之を徹底的に書いて置いたのです。

御論文〔⇒東方の光〕【註  栄光一八二号】

今読んだ通り、安房の乾坤山日本寺というお寺ですが、この日本寺は、保田という処にあるのです。「ホダ」という言霊は「ホト」という事が転化したものです。「ホト」というのは、女の陰部を昔は「ホト」と言ったのです。之は古事記にあります。天から何か落ちて来て、其女の「ホト」を突いて、それから何うだという事があります。そういう様な意味で、房州というのは閨房というわけです。その「ホト」から生まれたわけです。昼間の世界が生まれたわけです。という事は、神様で言うと天照大御神様が生まれたわけです。之は面白い神秘があるのです。そうして私が六月十五日にその神事を行って十五日の夜帰って来て、翌る日に下駄屋の職人で海に飛込んで死んだという話は先にしましたから分っているでしようが、それから三日目の、之も話した事がありますが、其当時相当有名だつた森鳳声という彫刻師が来て“自分は近頃頻りに天照大御神の御尊像を彫刻したいと思っている。それで自分の様な彫刻師がそういう尊い像を作っても差支えないものか”という事を、私の意見を聞きに来たのです。それで私は“それは結構だ、大いにやりなさい”というので、それから彫り出したのです。そうして中途で見て呉れというので見てやったのですが“背中の模様を何うしたら良いか分らないから見て呉れ”と言うので、私が“台を雲にして背中に丸くやれ”と言ったら“それで合う”と言ってました。それから“丈は何の位か”と言うから、私は“五尺六寸七分の丈が良い”というので、五尺六寸七分にした。それで半年位かかりましたが出来上りました。その森鳳声というのは大本教信者なのです。それで私が先輩だからそういう事も私の意見を聞いたのです。それで出来上って、大本教に献納したいというので、それは結構だと献納したのです。其時、東京の和田堀に大本教の東京の別院で紫雲郷別院という、そこに出口先生が来られた時に献納したのです。私は行って見ましたが、白布で巻いてあって勿体なくない様にして床の間に飾ってありました。それから間もなく大本教の本部の亀岡に持って行きました。私は見なかったが、無論其処の一番良い処に飾ったものに違いありません。其時に、紫雲郷別院に等身大の瀬戸物の観音様があったのですが、それがどういうものか一晩で首が欠けて取れたのです。誰かが何かを落したか、ぶっつけたか実に不思議なのです。人に依っては随分気にしていた様です。私も之は何か余程の事があるに違いない、只事ではないと思ったのです。というのは斯ういうわけです。其頃出口先生は、自分は観音の化身だと言って、始終観音様の絵を画いて居たりした。そうすると、其首が取れたという事は出口先生に何か禍があるに違いないという様な意味になりますから、之は変だなと思っていたのです。それが丁度、日本寺に行ったのが六年六月ですから、六年の十二月あたりに献納したのです。それから十年の十二月に大本教事件が起ったのです。その首が取れたという事は、その一つのお知らせになったわけです。それからもう一つの神秘は、私以外には知らないのですが、出口先生は月の神様です。素盞嗚尊です。それで月の神様になります。天照大御神を献納したという事は日が出た事だから、月が光を失うという事になる。そうして、大本教のお筆先に“大本は世界の型であるから、此の中を見て居りたら世界は何うなるという事は分るぞよ”というのがある。そうしてみると天照大御神の“日”が現われて、月が光を失うという事になるのです。そういう事は私以外には分らないのですが、今の論文を書く時に想い出したのです。各宗教で病気が治らなくなったという事は、昭和六年六月十五日に今の御神事があってから治らなくなったのです。私は先に天理教の人にその話をした処が、丁度六年あたりから天理教でも病気が治らなくなったという事を言ってました。それで仕方がないというので各宗教で病院を作る様になった。大体、天理教でも病気治しであれ丈になったのですから、天理王が病気が治らないという事は、最初とは丸で違って来たのです。それから人の道でも金光教でも、みんな病気治しであれ丈になったのです。併しそういう宗教がみんな病院を作ったのです。天理教も立派な病院を作るし、人の道でも作るし、此間は立正交成会も立派な病院を作りました。そういう様で、相当目立つ宗教としてはメシヤ教丈が病院を作らないのです。それは昼になった為に、他は全部月の宗教ですから、そこで治らなくなったというわけです。はっきりしているのです。それに引換えてこっちは段々治り方が良くなるという事は、日が段々昇って行くから、太陽の光が強くなるからなのです。

………………………………………………………………

十一月六日

話は宗教には関係のない事ですが、アイゼンハウワーが割合良い成績でアメリカの大統領に当選しましたが、この原因を良く考えてみると、なにしろアイゼンハウワーという人は極く貧乏人の伜で、子供の内から散々苦労した人であるし、それからステイヴンソンの方は金持の息子で、子供の内から非常にお坊ちゃん育ちだったのです。外にもありますが、其点が一番だと思います。だからアイクの方は実行力があるのです。何んな問題でも、つまり実行力で解決附けて了うという、そういったやり方ですから、ああいった選挙の様な事でもそういう点は隙がなくやるわけです。処がステイヴンソンの方は、どっちかと言うと理想派の方で、実にお上品でインテリがみると非常に良いが、アメリカの現実主義の国民性としたらアイゼンハウワーを支持するというわけです。ステイヴンソンというのは丁度日本の犬養健に似ている様な気がするのです。ですから犬養健というのは頭は良いし中々偉いのですが、やはりお坊ちゃん育ちなので、そこに何処かナメられるというそういう点があるのです。世の中は、相手がインテリ階級もあるし労働階級もあるし中産階級もあるというわけですから、其人達みんなが大いに共鳴するといった様な事は非常に難かしいのです。私はそういう点は宗教でも大いにあると思います。例えてみれば、生長の家というのはインテリを狙って出版物ばかり発行してますから、そういう階級には相当です。この頃宗教の様になりましたが、以前は宗教とも一寸違う様な形がありました。非常にお上品なのです。そこに行くと立正交成会というのは、太鼓叩いて、法華経ですが、あれはインテリではなく大衆です。只太鼓叩いて有難い有難いと言って喜ぶという、そういうのに大いに受けるのです。そうかと思うとPL教は“宗教は芸術なり”という事を一番の立前にしてます。それには違いないが、芸術とは何かというとダンスをやるのです。別に美術的の事をするのでもなし、文学とかとそういう事もないし、宗教は芸術なりというが実際やっている事はダンスを主にして、あとは夫婦が非常に仲良くしなければならないというのでやっているのですから、言う事とは少し違っている様に思われるのです。メシヤ教の方は言う通りに実行してますから、其点に於て大いに認められるわけです。そういう様なわけで、上中下のあらゆる階級に合うという事は中々難かしいのです。そこでメシヤ教の方は病気が治るという之が武器です。之はどんなインテリだろうが労働者だろうが庶民でも何でも、病気というのは一律一体です。只インテリの方は医学迷信の信者の方が多いから、之は一寸やり悪(ニク)い話ですが、ですから斯ういう人達が分り出すと非常に早いわけです。併しメシヤ教には割合有象無象(ウゾウムゾウ)は無い丈、外とは大変違うわけです。

………………………………………………………………

それでアイゼンハウワーが朝鮮に行って、朝鮮問題を解決すると言ってますが、あれは一つの人気取りでもあるのですが、けれども中々そういうわけにはいかないでしよう。何しろアメリカの人の頭でソ連を考えたら、それは分る筈がありません。てんでアメリカ人が想像も附かない腹です。スターリンの腹の中を分るという人は恐らくないだろうと思います。というのは、スターリンも自分で分らないのです。スターリンの奥にスターリンを操っている者があるのです。之はやっぱり霊界ですから、非常に神秘で奥深いのです。それで色んな平和運動とか、此間も日本で仏教徒大会がありましたが、アジア各国の仏教家の偉い人がみんな来て決議をしました。世界平和の運動、つまり仏教精神を大いに吹込んで、大いに世界を平和にするというので、看板は良いですが実際馬鹿馬鹿しいものです。平和を何うする斯うするという事は急所があるのです。急所というのはスターリンの腹です。ですからスターリンの思想を切替えるより外にないのです。各国が“平和運動”とやる方が、反ってスターリンはほくそえんでます。成丈世界で平和運動が盛んになる方が共産主義には有利です。平和運動をしてアジアが平和になると、アジアを侵略するのに都合が良くなります。だから仏教徒大会が平和運動をやっているのは、共産主義擁護運動という事になります。見方が甚だ浅いのです。此間もフランス人にユネスコを奨められましたが、ユネスコを鉄のカーテン以外にやるのは非常に結構だが、中をやらなかったら何時ぶち壊されるか分らない。むしろスターリンをユネスコに入れる事より外に世界平和は出来ない、難かしい。と言ったのです。そういう事が出来ますかと言うから、私は出来ると言った。メシヤ教の信者になれば良いのです。スターリンがメシヤ教信者になるかも知れません。それは神様がやるのですから、神様はスターリンくらい一寸ひねってしまいます。それから、ソ連が順調にいっているから、スターリンも鼻をおやかして良い気持になってますが、一度逆になって手も足も出なくなると、如何に剛愎な彼でも、何かに縋らなければなりません。其時にメシヤ教の本でも読めば、ははあ之だなとなるかも知れません。そういう様な事は以前に型が出てました。そうならなければ没落です。夜逃げ同様にするか、さもなければ病気で死ぬか、共産党が没落するか、その三つの内のどれか一つです。

………………………………………………………………

今どの宗教でも病院を拵えてますが、それについて書いてみたのです。

御論文〔⇒宗教と病院〕【註  栄光一八一号】

………………………………………………………………

此間京都に行く時に、名古屋で“東方の光”という事について一寸話したのですが、それを書いてみたのです。これは大変参考になる事です。

御論文〔⇒東方の光〕【註  栄光一八二号】

この事は一番肝腎な事でして、之については色んな神秘があります。乾坤山日本寺ですが、日本寺に行った人は分りますが、山の上に石仏が沢山あります。達磨、観音、釈迦、阿彌陀、釈迦の十大弟子から羅漢と、それは仏教に関係した仏様は全部網羅してあります。それで入口には、お釈迦さんが行をした沙羅双樹(サラソウジユ)――樹下石上と言って、石の上で行をされた。それであそこは日本に於ける仏界の型なのです。あそこに開けるのです。乾坤山という之も面白いのです。乾坤山日本寺という名前がちゃんとそれを現わしている。それで日蓮上人は、最初直ぐ前の山の清澄山で「妙法蓮華経」を唱えたという事は、今読んだ通り“東方の光”の一番先駆けだったのです。そうして日本寺は房州の保田という処ですが、「ホダ」というのは「ホト」というのが転化したものです。「ホト」というのは女の陰部になる。之は神代の言葉で、古事記にあります。何とか姫というのが機(ハタ)を織っていたら、天から槍の様な物が落ちて、女の「ホト」に中(アタ)った。そういう事がありますから、日本寺がそれになるわけです。そこで房州というのは閨房という事です。それで日本は龍の形なのです。それで東京湾が女の陰部になり、富士山は臍になって、伊豆半島が男の道具になるのです。そういう風になるので、どうしても東京から生まれるのが本当なのです。つまり東京が子宮になるわけです。ですから今読んだ、橋場という処で私が生まれたのはそういうわけです。そうして日本の地勢を研究してみると中々面白いのです。丁度九州を呑んでいる形なのです。それで瀬戸内海は口になるわけです。それで鼻が出雲になる。出雲は素盞嗚尊が朝鮮から渡って来て、あそこで日本を統治したのです。そこで人間でも鼻は素盞嗚尊になるのです。それで目は、左が天照大御神、右が月読尊、日月になります。それで鼻というのは、始めるとか、とんがった先の事、岬などを“ハナ”と言いますが、そういう様なもので之が舟の舳(ヘサキ)にもなるのです。それで私は箱根の神山荘に最初行った時に、洋間が舟の形になって、応接間が舟の舳になるのです。それであれが鼻になるのです。神様はうまく拵えてあるなと思ったのです。ですから此処(咲見町仮本部)もそうなってます。斯うなって舟の形です。そこ(ヴェランダ)が鼻になるのです。そこで大本教の綾部という処は目になるわけです。ですからあれは非常に重大な処で、今にあそこに経綸が始りますが、神秘ですからまだ言うわけにはいきません。そういうわけで九州を呑もうとしている形です。それで九州というのは大事な処でして、あれが一つの地球の型の様になっているのです。日本では九州、支那では満州ですが、之は非常に神秘があるのです。之は段々分って来ますが、そうして太平洋は腹になっているわけです。日本海の方は背中なのです。それから越後あたりが腰になる。それであれは「コシの国」と言うのです。それで何ういう訳で龍の形になったかと言うと、之は大本教のお筆先にありますが“国常立尊が龍神になって働いた時が、日本と同じ龍の形”という事がありますが、之はそれには違いありません。そうして尾が北海道から樺太の方に繋がっているのです。それでソ連が樺太を取ったという事は、尾を一寸つまんだ、取ったのです。併し今に放さなければならないのです。そんなわけで、房州から日が出たのです。それは六月十五日で、十六日に帰って来ると、之は私の本に書いてありますが、下駄屋の小池という男に神秘な事があった。それから三日目に、其時分の一寸有名な彫物師で森鳳声というのが私の処に来て“自分は非常に尊い御方の彫物をしたくて頻りに心が動く、一体そういう物をやって良いでしようか”“それは何ういう物か”と言うと“天照大御神です”“それは良い”“何の位の丈に”“それは五尺六寸七分”“それだけの木が無かつたら”と言うから“下を岩か何かにして、それでも良い”と。それから彫り出した。この人も大本教信者だったのです。それで出来てから、是非大本教に献納したいと言うので、それは結構だと、それで和田堀に東京の別院で紫雲郷別院というのがあって、其処に出口先生が時々見えるので、其処に献納して白布で巻いて疵が附かない様にしてあった。其時に神秘な事があった。其処に瀬戸物の等身大の観音さんが飾ってあったが、丁度天照大御神を上げる一寸前でしたが、一晩経って翌る朝見ると、首が取れたのです。私は之は随分不吉な事だと思った。何かあると思った。というのは、出口先生は其時分に観音だという様な積りで居たのです。それで首が取れたという事は、あんまり良い事ではないということが気になってましたが、それから少し経って天照大御神の木像を大本教の本部のある亀岡に運んであそこに飾ったのです。私はそれは見ませんが、飾ったのです。それが昭和六年の暮か七年の春です。それから昭和十年十二月に大本教事件が起って、出口先生がああいった牢屋に入って非常な苦しみをされた。七年間入られたのです。其時、之は私丈しか知らないが、天照大御神は日の神様で、出口先生は月の神様です。之は全く月の神様です。間違ない。それでやっぱり日が出たので月が消えるという、霊的に見るとそういう事だと知りました。そういう神秘な事があったのです。そんなわけで、この御神業というものは非常に重大な神秘な事なのです。

………………………………………………………………

十一月七日

何処の宗教でもみんな病院を作っていますが、それについてメシヤ教では全然病院を作らないという事を、出来る丈徹底して書いたので今読ませます。

御論文〔⇒宗教と病院〕【註  栄光一八一号】

それから注意したい事は、お医者さんにかかって居乍ら、こっちの浄霊で病気が治った場合に、お医者さんは喫驚して、斯んな筈はない、どうして治ったのですか。と、よく聞きますが、そういう時にあんまり正直に言うとお医者さんも気を悪くするとか、或いは何か差障りがある様に思って本当の事を言わないで良い加減の事を言う人がよくあるのですが、以前はそういう事であんまり刺戟して妨害されてはいけないので加減した事もありましたが、今日ではそんな必要はないのです。ない処か、大いにメシヤ教の浄霊という方法で治ったという事をはっきり言った方が良いのです。嘘ではなく本当なのですから、成可く精しく有りの儘を言うのです。そうしてお医者さんに、どうせ分りやしませんが、兎に角一つの刺戟を与えて置くのです。そうすると、之があっちでもこっちでもあるとお医者さん同志で、メシヤ教というのは不思議だ、我々の方で治らない様なものをドンドン治している。之は問題だという、そういったお医者さん仲間で評判になると、非常に良いのです。というのは今度の「アメリカを救う」という本が出ると、随分問題になると思います。処が不断から、それは君嘘じやないよ、僕は斯ういう経験がある。そういう様な事をお医者さんでも言う人があるでしようから、そうすると本に書いてある事を相当信頼を持って読みますから、良い事になりますから、之からは今言った様な方針でやらなければならないと思って一寸注意したのです。

………………………………………………………………

それから此間京都に行く時に名古屋に寄って、名古屋の体育館の会場で“東方の光”について話をしたのです。それはあの時丈しか話しませんから、今度「栄光」にもっと精しく書いて出そうと思ってます。それを読ませます。

御論文〔⇒東方の光〕【註  栄光一八二号】

“東方の光”という事が一番肝腎なのです。私の事を“お光様”と言い出したのは静岡新聞なのです。静岡新聞が初めて“お光様”という事を書いたのです。それで私はうまい事を言うなと思ったのです。それはいくらか侮辱の様にも聞えますが、又素晴しく立派な文字になってますから、それが一般に“お光様”と言われる様になったのです。ですからあれも神様から言わせられたものです。で、今言った様に私のお腹に光の玉があって、その光が大変なものなのです。今迄西から東に、文化と言いますか何から何処向うから来たのです。之は逆であった訳です。東が霊で西が体ですから、体主霊従というのはそこから来たと言っても良いです。その為に体的文化が発達して来たという、本当の幸福な文化は出来なかったというのは逆であったからです。始終言う医学でもそうです。体を治すと言うのです。こっちは霊を治すのです。ですからこっちは浄霊で、医学の方は浄体と言いたいが、「浄」でなく「濁」です。ですから当然東から霊的文化が生まれなければならないのです。それで、それに対して霊的は中心ですが、やはり霊ばかりでは仕様がないので、体が肝腎なのです。そこで西から作った体の文化を、東から出た本当の、つまり中身(ナカミ)です。それに依って西の文化を、今迄悪い事に使っていたのを良い事に使う様に変えるのです。爆弾を落す飛行機を、早く旅行の出来る様にする。人間を苦しめた物を楽しむ物にするという事が、やはり東から出なければならないのです。ですからそう考えれば別に不思議もなければ、変ってもいません。処が今迄は西の文化ばかりで、それが本当の様に思うから、それと反対の東の文化が一寸分り悪(ニク)いのです。こんな事(御浄霊)をして病気が治るという事が分らないというのは、そういう様な訳です。それで、房州の乾坤山日本寺というのは、兎に角乾坤山というのは天地乾坤と言って宇宙を言うのです。それから日本寺というのは、日(ヒ)の本(モト)寺ですが、こういうのも神様がそういう名前を附けたというのは面白いと思います。お寺の名前で日本寺というのはありません。で、あそこから日の神様、天照大御神が出られたのです。それで日蓮上人は七百数十年前ですが、今年は日蓮上人の七百年祭と言っているが、あれは法華経を唱えてから七百年です。それで清澄山というのは日本寺から一、二里東の方ですが、其時が最奥天国の霊界に日が出たのです。それから段々現界に写る迄にそれ丈の年限がかかったのです。それで日本寺のある処は保田という処です。「ホダ」というのは、「ホト」という言葉が転化したのです。「ホト」というのは女の陰部です。古事記にありますが、何とか言う女の神様に、天から槍が落ちて来て「ホト」に怪我をさせたという事があります。それで東京湾というものが女の陰部になるわけです。それで東京が子宮にあたるのです。ですから体的にはそういうわけなのです。それで私は東京から生まれたというわけなのです。これは細かく話すともっと面白いのですが、大体それで分ると思います。それで富士山が臍になるのです。日本の国というのは龍の形ですが、これは国常立尊という神様が大地を造る時に龍神になって造られたその形なのです。それが日本の形になっている。で、瀬戸内海は口を開いている処です。それで山陰山陽が上の方になって、四国が顎になるわけです。それで九州を呑込んでいる形なのです。九州というのは世界の型なのです。北海道から千島の方が尾になって、日本海が背中になって大平洋が腹になっている。これからそういう神秘がいろいろありますから分って来ます。丁度出雲が鼻になるのです。それで素盞嗚尊が朝鮮から出雲に渡来してあそこで日本を統治されたという事は、あそこが鼻になるのです。それで鼻が素盞嗚尊になるのです。ですから色々な事にそういう事が現われて来ます。始めという事を「ハナ」とよく言います。それから越後の方は「コシの国」で腰というわけです。そこで越後の新発田は肛門になるのです。それであそこは後ですが、前の方は東京になる。そうすると女ばかりですが、やはり男と女と両方になる。将来は伊都能売になる。それで伊豆半島が男の道具になる。そんなわけで色んな神秘は中々面白いのです。で、日本はつまり霊的の根本になるわけです。ですから富士山なんかは日本の臍ばかりでなく世界の臍になるのです。富士山が丁度地軸の大黒柱みたいな中心なのです。ですからあれは只形の良いというばかりでなく、そういった様な重大な意味があるのです。ですから世界中の今迄の文化は西で出来た文化ですが、それが日本に来た。それは目茶苦茶に出来たものですが、それを日本ですっかり整理して本当の良いものにして、それを又西の方に、さっき「濁水が押寄せて来たのを綺麗にして押返す」という事がありましたが、そういう意味です。そうして色んな悪の目的に作ったものを、今度はすっかり清いものにして世界中に押戻すわけです。それがメシヤ教の仕事なのです。とてつもない大きなものです。そういう様なわけで、私は先に大本教に居た時分に、或る所で講演した時に斯ういう話をした事があります。其時分にフォードの自動車会社が方々に支社を作って、車は車、エンジンはエンジン、ボデイはボデイと専門的に拵える工場を持って、そこから本社の方に送って本社の方で組立てて完全な自動車として売出すという組織になってますが、日本は丁度そういったフォード会社と同じ様なもので、方々で出来た文化を組立てて本当に使い道になる様にして、そうして人間がその御蔭を蒙るという様に考えれば良く分る。ですから日本には支那文化も西洋文化も、各国の文化がみんな入っている。それをみんな組立てて本当のものにして世界中の人間の役に立てるというように考えると一番良く分る、と言って講演した事がありますが、それが日本の使命なのです。それから日本は太陽の国ですからして、太陽の光は白です。白ですが、普通太陽の光は七色と言って、道具があって廻転すると白になりますが、あれと同じです。日本の天皇の「皇」という「すべる」という字は、白の王と書いてありますが、あれが日本を「すべる」という意味なのですが、字も実によく出来ているのです。「皇」の字は白の王としてありますが、白というのは「ノ」の字が天から天降ったという形です。そうして日ですから、つまり「ス」が天から下った。それで王というのは日月地(ジツゲツチ)を貫くというのですから、あの字一字でもそれ丈の意味が含まれている。そこに各国のそれぞれの色がありますからその色を日本で綜合した綜合文化、そうして白にする。だから今迄思想でも宗教でも何でも、その国の特有の色があるのです。処が日本はそういう色を綜合して、白にして、それがつまり本当のミロクの代の文化になるわけです。そういう根本を知って居れば、日本という国は如何に尊い大した国かという事が分りますが、それを知らないから例の劣等感という、外国の方が上だ、どうも日本人の方が劣っている様に思いたがるのです。それは根本を知らないからで、その根本を私は段々知らせ様と思ってます。処が講和前は、日本の優秀性なんかを言うと、アメリカがにらみますから言うことは出来ない。そうかと言って天皇制時代にはそういう事は言えない。うっかり言うと大変な事になります。漸く今日はそういう事が言える様になったのです。斯ういう時節というものもやっぱり神様が拵えたのです。日本人がそういう事を段々知ると、劣等感は無くなりますし、自尊心が起って来ます。日本人は立派な使命を持っている、日本が世界を救うのだ、という気持丈でも、日本人は汚ない事や悪い事は余程出来悪(ニク)くなります。やっぱり劣等感なんかがある為に、悪い事や何かをする。つまり政治家などが汚ない闇的な事を好んでするという事は、やはり自分を安っぽいものに思っているのです。ですから人間は自惚(ウヌボ)れてはいけないが、自分の尊い事と大きな使命を持っている事を知るという事が一番立派な人間になるのです。ですから今度の選挙も、アメリカは公明選挙という事は言いません。公明選挙と言う事は言う必要がないからです。別に、民主党の方では大分買収したという話は聞いた事は全然ないでしよう。処が日本は今年が今迄の選挙違反では一番多かった。処が今年は公明選挙と言っているが、反って公明選挙という事は言わない方が良い。というのは逆効果になっている。というのは日本人というのは、今言う自信がない、自尊心がないのです。その点が一番なわけです。そうかと言って先の戦争の時の軍部などは大いに自尊心はあったのです。その自尊心が違っていたのです。人を殺す方の自尊心だったのです。悪い意味の自尊心です。これを良い意味の自尊心に変えるわけです。ですからメシヤ教は大いにそういった自尊心を知らせたいと思っているのです。そういう色んな事も、これから段々本当の事が言えます。ですからあらゆるものを良く外国と較べてみると、日本という国が如何に尊い国かという事が段々分って来ます。

………………………………………………………………

十一月十五日

私は今入歯をやりかけてますから、上の方がガラガラになっているので話が何だか洩れる様だから、今日は読むものの方を多くしますから、その積りで……。平和主義と言いますが、平和主義というものの結果は共産党のお手伝をしているわけなのです。それについて書いたのですが、今読ませてみます。

御論文〔⇒平和主義を考えてみる〕【註  栄光一八四号】

此間の仏教徒大会なども中々盛んにやりました。そうしてアジアがみんな協力して、平和実現に努力するというのは結構ですが、アジアがみんな平和主義になって了ったら、今度はソ連の方ではアジアをやっつけるのは訳はありません。ですから仏教家や何かが平和主義をやっているのは、結局ソ連の片棒を担(カツ)いでいるのです。つまり逆効果になるのです。そこに難かしい処があるのです。そうかと言って宗教という看板をかけている手前、大いに軍備をしろという事は言えないわけです。それで私が何時も言う通り、平和主義の一番良いのはスターリンに宗教を信じさせるのです。まあ宗教信仰に入らせるわけです。それより外に世界平和というのはありません。肝腎な鉄のカーテンの中をその儘にして置いて……尤もその儘にして置くより仕様がない、手が附けられないのです。そうして外の方でワイワイと言った処で、何にもならないというよりか、結果は弱くなります。いよいよ先方の方はのさばって来るというわけです。今、日本の再軍備の問題について大騒ぎをしてますが、日本人で再軍備を反対しているのが随分あります。そういう連中は極く小乗的に、亭主が戦(イクサ)に行くとか、伜とか親父が戦に行くというのは、もうコリコリしたからというたわいのない連中と、もう一つは日本人であり乍ら、日本をぶっ潰してソ連の属国になるという思想の持主と、その両方です。ですから無智な連中と悪質な連中とのその二人が再軍備を反対している。そういう点も大いに言いたいのですが、どうも宗教家がそういう事を言うのは工合が悪いので言わないのと、もう一つはそれがやはり神様の御経綸ですから、それで良いのです。それを一寸書いてみたのです。

………………………………………………………………

それからメシヤ教は太陽の宗教なのです。宗教と言うより太陽の救いです。これは何時も言ってますが、それを徹底して書いてみたのです。

御論文〔⇒太陽の救い〕【註  栄光一八三号】

やっぱり少し話さなければ工合が悪い様です。

………………………………………………………………

よく御守護電報が来ますが、直きに治る様な、難かしい様な事でなく簡単に治る様な事の電報があるのです。これを大ざっぱに言うと、急所が分らないのと、それから浄霊に力が入る事です。その点が一番です。そこで急所を見附ける事を大いに修行しなくてはいけません。それから“力を入れてはいけない”という事はよく言ってますが、つまり斯う(御浄霊)して治りが悪い。苦しみなら苦しいのが中々取れないという事は力が入るからです。力をグンと抜くのです。処が苦しいと力を入れますから、一生懸命になると治りが悪いという事は何時も言っていますが、そんな様でその点を大いに忘れないでやると段々慣れて来ます。そうすると力を抜いてやるのが癖になります。そういう様にやらなければならない。それで急所ですが、原因は大抵熱です。それは何と言っても頸の廻りです。今の浄化している人をみると殆ど頸の廻りです。十人の内八、九人迄そうです。それで頸の廻りの固りを発見するのです。それに一番良いのは、前から頸、延髄の後の方をみるのです。そうすると一番良く分る。反って後を向かせるよりか分ります。そうすると之(頸部)の左か右のどっちかが必ず腫れてます。そうすると下の方から手を入れてみると、此処(延髄)にグリグリがあります。そうしたら離して力を入れないでやる。そうすると熱を取るのには一番早いです。そうして指で一寸やると直ぐ分ります。それから額が肝腎なのです。それから人に依ってはこうして(頭の上部より)頭の芯(シン)の方をやっても良いです。それから今言う此処(額)です。之で熱は大体取れます。あと背中の熱とか腰の熱がありますが、これは何でもありません。結局頸の熱です。今その見方と頸の熱の取り方を話したのですが、そういう方針でやって御覧なさい。それで後の固りは、後向きになってやるより前からみた方が反って分ります。それから片方の、右が固くて左が柔かいというのがあります。それから下顎に固りがあります。結局頸の廻りを一番みるのです。そうすると大抵分ります。それから御守護電報に年齢を忘れる事がよくありますが、年齢が肝腎なのです。よく何の何某(ナニガシ)と名前を書いてありますが、年寄みたいな名前で、よくみると赤ん坊ではないかという事がある。又花子とかと馬鹿に若い人の名前で、処が御本人は腰の曲った様なお婆さんです。だから年齢だけは忘れない様にして下さい。それから御願する場合に、よく「光明如来様」と「明主様」と両方に御願しますが、あれは「明主様」丈で良いのです。というのは、私が光明如来様としてのその働きをするのですから、元は私の方だから、元丈に御願すればそれで良いのです。

………………………………………………………………

それから私は今迄あんまりはっきり言ってなかつたので、段々時節に応じて色んな事をはっきりさせて行きますが、こういう事も知って置かなければならない。今私がやっている仕事は伊邪諾尊(イザナギノミコト)の仕事なのです。それで古事記にある“天(アメ)の御柱(ミハシラ)を両方の神様が廻り合った”という事がありますが、最初伊邪冊尊(イザナミノミコト)即ち妻神様の方が右廻りをした。そうした処が世の中がうまく行かなかったので、要するに失敗したのです。そこで伊邪諾尊が「そうらみろ、オレが最初右廻りはいかんと言ったのに、お前が右廻りをしたからそうなったのだ。こんどはオレが左廻りをしてやろう」というので、天下が治まったということがあります。というのは、右廻りというのは右進左退で体主霊従です。それを伊邪諾尊様が左廻りにすると天下が治まったというのです。本当のやり方をしたのです。丁度今の医学は右進左退ですから体主霊従です。右廻り医学です。今度は浄霊という“霊”を主にするというのは左廻りです。それで私がやっている仕事は伊邪諾尊の仕事です。此間多賀さんの奥さんに天照大御神様が憑って、私の事を“主神様”と言ってます。良い事があって御祝に来たのです。「主神様に御祝い願いたい」と言って来たのです。最後に「主神様に御守護を御願したい」と言うのです。之は本当に憑ったのです。そうすると、天照大御神と言うと世の中では大変な最高の神様の様に思ってますが、併し天照大御神は伊邪諾、伊邪冊尊の子供になるのです。これは神代史にもあります。天照大御神は伊邪諾尊の娘さんになる。ですから分り易く言えば私の子になるわけです。そこで天照大御神様は本当に人を救うという力はないのです。それから月読尊(ツキヨミノミコト)も御祝に出ました。いずれ「地上天国」に出しますが、まだ一寸早いので正月のに出そうと思ってます。それで月の神様と日の神様の両方でなければ救えないのです。そこで日と月が両方ピッタリして出るのが光なのです。光というのは、日も月も両方共光はありますが、本当の光の力というものは両方がピッタリ合わなければ出ないのです。ですから私から出る浄霊の光も、そういった日と月の両方の光なのです。そこで光明如来という名前も、“明”は日月ですから、日月の光という之が本当の力になるわけです。そういう訳です。之は色んなものに現われてます。 (マンジ)でもそうです。仏教のは斯ういう卍です。私の方で先に (ギャクマンジ)を附けた事がありますが、逆のまんじです。仏教の方では斯ういう (ギャクマンジ)を逆まんじと言ってますが、実は仏教の方が逆まんじです。右進左退です。今迄の逆まんじ( (ギャクマンジ))というのが左進右退になってます。だから仏教は月だという事は、やはりそういう事です。之は中々面白いと思います。巴(トモエ)も、斯ういう(右廻り)書き方と逆のと両方あります。之も面白いのです。三つ巴、二つ巴というのがありますが、三つ巴は五六七が左進右退と、右進左退になっている。それで言霊から言っても伊邪冊の「ミ」は女で、「ギ」は男です。「イ」という事は人間という事です。「イ」というのは「人」というのを縮めたものです。「ザ」というのは「ジヤシン」の「ザ」です。字で書くと「邪」ですが、言霊から言っても、「ジヤ」を縮めると「ザ」です。やはり「蛇」という事です。「ナミ」というのは「柔らげる」とか「和(ナゴ)める」とか、女の柔らかさという事です。「ナギ」というのは「薙(ナギ)倒す」という非常に強い力です。やはり「キミ」になるのです。「キミ」という言霊も大変なものです。「キ」というのは霊で、「ミ」というのは体です。「キミ」というのは霊体という事です。「キ」というのは精神です。心とか目に見えないものです。「ミ」というのは水、女ですから、言霊から言うと伊都能売という事になるのです。斯ういう事も段々書きますが、方角でも「キタ」と言いますが、「気が足りる」「気が満ちる」という事です。それから「ミナミ」という事は「水のみ」とか、つまり女です。やっぱり陽陰、火水です。こういう事も今度精しく書きます。

………………………………………………………………

それからこれも一寸知って置かなければならない事です。

御論文〔⇒活字の浄霊〕【註  栄光一八四号】

だから何でも彼でも「栄光」「地上天国」を読ませるに限るのです。読めば、意味が分るばかりでなく、それによって浄霊される事になるのです。ですから其人の魂がそれ丈浄まります。其時只読んだ丈で事柄を忘れても、一つの浄まる力がそれ丈残っているわけです。言い換えれば小さな植物の種を播いてある様なもので、何時かそれが育って来ます。だから何でも彼でも読ませるに限るのです。ですからよく話を聞きたいという人に、話も良いですが兎に角其時新聞なら新聞を一枚やって、それを読めば最初の浄霊をされたわけですから、案外効果があります。

………………………………………………………………

十一月十六日

よく御守護電報が来た時に見ると、熱の病気と言いますか、その苦しみというのが一番多い様です。ですから熱を取る事です。熱の原因を今教え様と思ってますが、熱は殆ど頸の廻りが十中八、九です。頸の廻りの次が頭、腰です。背中や胸という事は滅多にありません。よく肺病などで胸に熱があると言いますが、あれは胸から熱が出るのではありません。若し胸から出るなら肋間神経痛です。骨から出る事があるが之が肋間神経痛です。だから肺から熱が出るという事は肺炎以外にありません。結核ではありません。結核の熱は大抵頸の廻りです。それから肩の事もありますが、大抵頸の廻りです。その頸の廻りから出る熱を、肺からと間違っているのです。それを発見するのに一番良いのは、前に坐らせて斯う(不明)みるのです。延髄から少し横の方に固りがある。斯うしてみると必ずどっちかに固りがある。そうして斯うしてみると、此処にグリグリがあります。それから人に依っては顎の下にグリグリがある。ですから此処(頸部)をやると必ず熱は下ります。それからくっつけてはいけません。それで離すと草臥(クタビ)れるから小指をつけて、少しも力を入れないで気持丈を通してやると、案外早く熱は取れます。之が一番の急所です。それから額にいって、此処をやると取れる事もありますし、頭脳の中心を此の位(少し)離して真中を狙ってやるのです。それから一尺位離して額の奥の方をやるのです。そうすると大抵の熱は冷めます。それから又胸に痛みの無い場合は、先ず此処から熱は出ないと思って良い。それから腰から熱が出る場合がありますが、之は訳なく治ります。それ丈覚えて置くと間違なく冷めます。それで斯う(御浄霊)やる場合に、力を入れると溶けが悪いから熱は冷めません。だから出来る丈力を抜くのです。そうすると割合早く熱は冷めます。頭痛などというのは早く取れます。肺病は胸から出ると思っているから、いくらやっても熱は冷めるわけがありません。見当違いだからです。それから股から熱が出る人が沢山ありますが、それは局部的でその部分だけです。全身的の場合は極く強い場合で、普通は全身的という事はない。頸から頭の方は全身的になります。ですからよく御守護の電報を見ても、屁の様な事を書いてありますが、それは要するに急所を知らない為と浄霊に力が入る為です。それからよく祈願をするのに「大光明如来様」「明主様」と両方呼ぶ人がありますが、それは必要がありません。「明主様」丈で良いのです。大光明如来様は私の代理なのです。それを逆に考えている人がある。第一、字を書くのは私で、私が生むので、元は私にある。併し、大光明如来様に御祈願するのは、出張所に凡てやって貰うという事で当り前です。それで出張所の方で、どうもうまくいかんという場合には本元の製造元に、というそういう様に考えれば良いわけです。

………………………………………………………………

それから之は大抵知っているでしようが、今迄の宗教は全部月の神様の御守護で、メシヤ教が初めて太陽の日の神様の救いというわけです。それを分り易く書いてみたのです。

御論文〔⇒太陽の救い〕【註  栄光一八三号】

………………………………………………………………

それから御神書とか、未信者に新聞などを読ませますが、あれは只書いてある意味を分らせる以外に、活字から浄霊される事になるのです。それは言霊の作用で、言霊が神意に合ってますと、その活字からやはり一種の光が出るのです。之は微妙なもので、私が書いた文章はそれがどんな木版でも活版でも、やはりそれを通じて光が出る。だからそれを読ませるという事は、その意味を覚るばかりでなく、そういう効果があるのです。それについて書いたのです。

御論文〔⇒活字の浄霊〕【註  栄光一八四号】

………………………………………………………………

それから平和運動ですが、之は余程考えなければなりません。此間もアジヤの仏教家の偉い人達が来て会合を開いて、平和の相談をするとか、それから又広島でも世界のそういった平和主義の有力な人が集って、いろんな運動方法を協議して宣言などを出した様ですが、あの結果は共産主義の片棒を担(カツ)ぐ事になる。ですから丁度日本の再軍備を反対する人達と同じです。あれはみんな共産主義の援助をするという、要するにソ連の利益になる様な仕事をしているのです。そこ迄考えないで、ほんの上面(ウワツラ)丈でやるのです。ですから平和主義の考え方というものは余程難かしいのです。それについて書いてみました。

御論文〔⇒平和主義を考えてみる〕【註  栄光一八四号】

之について、最近インドでは朝鮮の休戦問題について、両者の斡旋(アツセン)をすべく大分猛運動をしている様ですが、この原因は面白いと思います。之について、そこに気が附いた人があるかどうか分りませんが、兎に角アイゼンハウワーが朝鮮に来て視察をするという狙い処は、停戦協定が何時迄経ってもグズグズしてさっぱり埒(ラチ)があかないので、そんな事をしている内にソ連の方はドンドン軍備が出来ますし、それに対抗するとしたらアメリカも中々で、アメリカ人の戦死者も相当出るし軍備も中々大きなものです。それでアイゼンハウワーは、韓国軍を大いに訓練して、前線からアメリカ軍を引込ませて韓国軍を出す、という様な事を言ってましたが、そんな様な工合で停戦問題も出来る丈早く解決したいという目的なのです。それにはここで思い切った手を打とうという考えで、大体現地を調査するという、それが目的だった。とするとそれに対してソ連の方で手を打たなければならない。その手を打ったのが、今戦争をやられては未だ準備がそれ程に出来ていないからして危ぶない。そこでアイクの政策を見通してそれに応ずる手を打ったのです。大体今度アイクの打つ手というのは、先にマッカーサーが立てたあの案です。私があの時にマッカーサーの案は非常に良い、だから惜しい、という事を此処で話した事がありますが、もうそれより外に方法はないのです。それでアイゼンハウワーの方の考えというのは、先ず満洲爆撃です。満洲爆撃をすると、北鮮の方に居る兵隊に軍器なりの補充が出来なくなる。満洲が肝腎なのです。そうして満洲を牽制(ケンセイ)しておいて、そこで韓国軍の方が積極的に攻撃するのです。その狙い処というのは、北鮮と満洲を分離するのです。あの間に垣根を作るのです。そうすると北鮮に居る共産軍は袋の鼠と迄はいかないが、連絡が絶えるのです。そうすると北鮮に居る軍隊は手を挙げざるを得なくなるのです。そうして手を挙げさせて、蒋介石の方は軍備は充実したので、それが中国内地に進撃するのです。そうして空から大いに空中攻撃をやる。陸の方は蒋介石の国府軍の方が進撃して、そうして中国を元の蒋介石政権で統治させるという様にして問題は解決して了うのです。そこ迄行けばソ連の方ではどうにも仕様がないのです。只その決断がトルーマンにはなかったのです。大体あの人は思い切った事が出来ない人です。というのは、それをやるには英雄でなければならない。先のルーズヴェルトというのは英雄型だったのです。それで思い切ってやったからあれ丈の成功を収めたのです。処がトルーマンという人は手堅く間違がない代りに、そういう時に思い切ってやるというものがない。それでグズグズしていたのです。それでマッカーサーがアメリカに帰ってから公表しましたが、うまい事を言いました。“大体トルーマンの政策で一番失敗したのは、蒋介石が中国全土を握っていた時、中共が進撃して来てそれを喰止める事が出来ないで中共軍に占領されたという事は、アメリカが手を引いた為だ”全くあの時のアメリカが手を引いた為に蒋介石の方は忽ち台湾に引込んだのです。それが第一の原因だと言ってましたが、それは全くそうです。それは何故手を引いたかと言うと、蒋介石の政府があまりに腐敗していた。みんな賄賂を取って、終にはアメリカから軍器を送っても、その軍器を反対に共産軍の方に売る奴があった。之では堪らないというのでアメリカの方は手を引いた。というのは中共があれ程大きな目的で支那全土を侵略する事はないと、トルーマンは思っていたのです。それが大変な間違です。だからあの時に、そんなに腐敗していたのならアメリカの軍人の有力な者をやって、大体軍備とか政治というものの急所急所に配布して、そういう間違った事の出来ない様に監督すれば良いのです。そうして色々な外の方法を採って中共が侵略する隙のない様に固めて了えば、それで今以て中共などが斯ういった様に中国に覇権を握る事は出来なかったのです。ですからあの時に国府軍を放ったらかしてアメリカが手を引いたという事が失敗の第一です。その失敗の為に朝鮮問題というものが起ったのです。ですから其の責任たるや、民主党のやり方は大いに間違っていたのです。そこをマッカーサーがつきましたが、やっぱりマッカーサーという人は、そういう点に於ては非常に勝れた頭を持っているのです。つまりアイクなどもやはりそういった考えです。そこでどうしてもマッカーサーの案のようなそれを実行し様というのが今度の朝鮮行きなのです。処がソ連の方では今それをやられると、まだ軍備が充実してないので危ないというので、それを延さなければならない。それにはインドのネールですが、ネールは元から好意を持ってソ連にお世辞を使ってますが、あれは別にそう深いわけではない。下手にまごつくとインドはソ連の手で侵略される憂があるので、御気嫌を取って置かなければ危ないという丈を考えてお世辞を使っているのです。そこをソ連が利用して今度の提案をさせたわけです。それを中次ぎしたのはポーランドです。それで今度提案するについて七カ国が出席した。それにポーランドが出席して居ます。それからチェッコですか。そういう様な工合で、ああいう提案をしてずっと平和的の国を作って、というのですが、あの協議も相当長くかかります。そうして一つの時を稼ぐのです。ですから、どうせ円満に行く筈はない。今迄中共が延ばしに延ばしたのです。それですから停戦問題が中々片附かないのです。というのは根本というものがソ連の消耗戦術です。アメリカを消耗させるには、停戦をしないでいくらでも延ばして、そして消耗させてやれという考えです。それの分り切った話は、大体停戦協定がうまくいかないのは捕虜問題です。捕虜問題というのは屁みたいなものです。僅か数万の捕虜を自由意志にするとか、強制的に本国に帰すとかという事は、どっちにいっても大した事はない。それを態々強く言い、色んな事を言って引繰返している。トルーマン政府の方はそれに引掛ったわけです。そうして釣られていたわけです。釣られ乍らアメリカの兵隊は相当の死傷者もありますし、それ丈の色々な損害を受けているのです。処がソ連の兵隊は一人も傷附かないのです。全部中共の方にやらしている。算盤から言っても、ソ連の方は喰えない。アメリカの方は人が好い。要するにじれったいのです。そこでアイクの方は一遍にやっつけてやろうというのです。ですから此の成行(ナリユキ)は、そういう風に見て行くと非常に面白いのです。ですからそういう根本を知ってみれば案外興味はあります。それでお話したわけです。そうしている内にソ連の方はドンドン軍備をしてますから、つまり軍備がアメリカと対抗出来る迄に行けば猛然と立つのです。まだそれ迄に軍備や何かが出来ないので時を稼ぐ為に引延している。そのやり方が色んな事に現われている。それを大体アメリカも知ってますから、負けずに軍備をやっているのです。だから段々第三次戦争に向っているわけです。その先の事は此間私が書いてありますから、メシヤ教信者は大体分る筈です。之は世界の情勢として最も肝腎な事ですから、いくら地上天国を造る上に於ても、それ迄の間の色んな波乱を知って置かなければならないのです。

………………………………………………………………

十一月十七日

よく御守護電報が来ますが、大抵熱の病気が多いです。之は良く分っているでしようが、近頃は余計それが多いです。その熱の原因は殆ど頸の廻りです。頸のこの辺が一番多いです。つまり延髄の少し横の方です。ですからこのゴリゴリをみると直ぐ分ります。之をこの位(少し)離して、草臥れますから小指を当てて全然力を抜いて、只気丈をこっち(反対側)に通る様にするのです。そうすると良く治ります。熱がある時は此処(不明)をみると大抵熱があります。頭が重いとかボーッとするというのは大抵之です。それから人に依つては頸のこの辺(不明)迄ある人があります。此の辺だったら、斯うやれば良いです。それから前頭部、額です。此処を触ってみれば大抵熱がありますから、此処は遠くからやるのです。そうすると大抵の熱はそれで冷めます。で、よく肺病で胸が悪くて肺から熱が出たというが、肺から熱が出るわけはありません。あれはお医者が分らないからです。若し肺から熱が出れば肋間神経痛の場合です。之は圧すと痛いのです。息をしても痛いのです。肋間神経痛か肋膜です。肺自身から出ているのは肺炎です。肺炎は一旦毒が溶けて肺に入って行くからで、結核は肺から熱が出る事は先ずないとみて良い。処が、信者の古い人はそうでもないが、新しい人は、肺病というと胸の病気の様に思って、胸ばかりやっているから、それで治らないのです。肺病というのは大抵肩からです。頸の廻りの病気が肺病と思って良いです。というのは、此処から熱に依って溶けたものが肺に入るからです。それでお医者さんはラッセルやレントゲンで診て胸が悪いと言うのですが、そんな事はありません。頭から此処(頸の廻り)の毒が溶けて肺に入るのです。肺病という場合は胸は問題ではないのです。但し肋間神経痛は此処に熱があるのです。之は痛いから分ります。それから肋膜の方は息をすると痛いのです。肋間神経痛は身体を動かしたり、又じっとしていても痛いのです。それで、骨を一寸圧してみると痛いから直き分ります。それからよく喘息などで非常に強い咳が出ます。発作もそうですが、あれは肋膜の場合が多いのです。ですから喘息の場合は骨を圧してみて痛ければ、骨に絡(カラ)んだ毒が溶けてそれを引上げる為に強い咳が出ると思っていれば良いです。その外に熱が出るのは腰ですが、之は微熱でそんなに強い熱は出ません。それから股から出る熱もありますが之も局部的で、全体に出るのは余程強い――横根か何かでなければ出ません。熱は大体今言った様で、それから頭の中心から肩と、その位知って居れば先ず熱は冷めます。私は時々家族の者等をしますが、可成り酷い熱でもやっている内に冷たくなって熱が無くなります。実に早いです。それから後向きにして、こっちから浄霊しても良いです。兎に角此処(不明)が一番急所ですから……。

………………………………………………………………

それから色々な平和運動がありますが、それについて書いてみました。此間も仏教徒大会があったり、それから広島ではキリスト教の人達の平和会議がありました。あの平和会議というのは大変結構の様ですが、実はあれは共産主義のお手伝をしているのです。ですから平和運動をする人は共産党と逆の様に思いますが、何ぞ知らんソ連の片棒を担いでいるのと同じ事になります。それを書いてあります。

御論文〔⇒平和主義を考えてみる〕【註  栄光一八四号】

ですから世界の平和というものは先ずスターリンが改心しなければ駄目です。第一番はスターリンがメシヤ教の信者になるという事です。そうすれば世界は一遍に平和になって了います。それ以外は何をやっても駄目です。それ以外としたら、先ず連合国の方がうんと軍備を強化して戦争でやっつけて了い、敗北させて了うという、之なら良いですが、併し之をやるには大変な犠牲を出さなければならない。それは原子爆弾の戦争になりますから、人間の死ぬのは何の位だか分らない。色んな物はみんな壊れて了い、地球は墓場の様になりますから、そうしたくはないのです。メシヤ教信者にしたいけれども簡単にはいきそうもないですが、併し全然ないとも言えません。何故と言えばメシヤ教が世界的に拡がって、そうしてソ連が戦争でなく外の事で窮境に陥るのです。そうしてスターリンが手も足も出なくなった時、病気でもそうですが、神様に縋るとかいう様に心境が一変して来ないとも言えません。そうすると信者にならないとも限らない。之は神様の経綸ですから、どっちにしろ病貧争絶無の世界が出来るのだから、どっちかで本当の平和が生まれるわけです。

………………………………………………………………

之は一寸面白い論文です。

御論文〔⇒一人が百人〕

之も一寸面白いものです。太陽に譬えたのです。

御論文〔⇒太陽の救い〕【註  栄光一八三号】

………………………………………………………………

それからよく祈願する場合に「光明如来様」と「明主様」と両方に御願したり御挨拶しますが、あれは「明主様」丈で良いのですから、そういった場合はそういう風にすると良いです。之は本当の事を言ってなかったから無理はないのですが、つまり光明如来様は私の代理をやっているのです。一々私が信者の処に行っていては大変ですから、それで光明如来様を私の代理として、派遣すると言っては可笑しいが、祀らせてあるのです。その積りで……。ですから普通は光明如来に御願すれば良いのです。それで場合に依っては、酷い苦しみとか危急の場合は、それは明主様に直かに御願するとそれで良いのです。私の方はつまり製造元ですから、製造元に直接言って貰うという意味と思えば一番分り易いです。

………………………………………………………………

それからもう一つは、今私がやっている仕事は伊邪諾尊の仕事をしているのです。というのは古事記にありますが“天の御柱を廻り合う”と言って、柱を廻り合ったのです。そうすると伊邪冊尊は右廻りをしたのです。それは右進左退です。右が進み左が退くのです。処がその為にうまくなかった。世の中が治まらなかったというので、遂々伊邪冊尊様は、つまり夫神に助けを求められたのです。そこで伊邪諾尊様が「そうらみろ、オレが最初右廻りではいかんと言うのを、お前があんまり言うからオレは許したのだが、やっぱり左廻りでなければいけないのだ。それでは之からオレがやつてやろう」と、左廻りをしたのです。やっぱり霊主体従です。つまり医学が機械や何かで治すというのは右進左退です。それで浄霊で治すというのは左進右退ですから、伊邪諾尊様のやり方です。それで伊邪諾尊が主神の代表神です。ですから非常に力が強いのです。それで此間多賀さんの奥さんに伊邪冊尊様が憑って“自分は非常に間違っていた。だから之から大いにお手伝する”という様な事を言われてました。それから今世の中では天照大御神が一番尊い神様としてありますが、天照大御神が此間出られて私の事を“主神様”と言ってましたが、「主神様が愈々お出になって御慶び申し上げたい」と言って「これから精々御守護を御願いしたい」という事を言われてましたが、之は本当の事です。之は神代史にある通り、天照大御神は伊邪諾、伊邪冊尊から生まれたとなってます。ですからつまり天照大御神は私の子になるわけです。つまり長女です。それから其次に生まれたのが素盞嗚尊です。素盞嗚尊という神様は、私の本にも書いてありますが、物質文化つまりユダヤの祖先になるという事にもなってますが、本当はそうではないのです。そう言っても良いのですが、兎に角イスラエルの民族というものは素盞嗚尊の子供ですが、それがユダヤになるのです。そこで今日の物質文化というものはユダヤ文化です。要するに素盞嗚尊が造られたものです。そこでつまりキリストは素盞嗚尊の子孫です。だからキリストは伊邪諾尊より生まれた神を祖先として、その後に生まれたのがキリストですから、私の弟子がキリストと同じ位の奇蹟が出来るというのは当然なのです。そういう事も細かく話すると中々面白いのですが、段々書く積りです。之は一寸面白い論文ですから読ませてみます。

御論文〔⇒活字の浄霊〕【註  栄光一八四号】

………………………………………………………………

十一月二十五日

今度愈々準備が出来たので、樋口さんがハワイに行く事になりました。もう一人嵐さんという人がロスアンゼルスに行く事になって、無論どっちも支部を作る積りですが、丁度“アメリカを救う”という本がもうじき出来るので、丁度良いと思ったのです。それでボツボツあっちの方面を開拓しようと思ってますが、そういう時期が来たわけです。アメリカの方で大いに分って来ると、日本はいっぺんに分って来ます。なにしろ日本人の頭というものは、美術などはそうでもないが、外のものは全部アメリカに負けている、大体西洋人の方が上だと思い込んでますから、日本でいくら良い物を作っても、どうも駄目なのです。それほどの物でなくても、アメリカあたりで大騒ぎをやればいっぺんに有難がってしまうのです。これはやっぱり昔支那文化の時分にそんな様でした。ですから漢方医薬というのは、支那の薬だから効くという様に思ったのです。丁度今アメリカで色々な薬が出来ると、有難がって採り入れるという様な工合です。ですから日本を救うにはやっぱりアメリカを救う方を先にしなくてはいけないわけです。日本人というのは厄介なものです。これは日本人の雷同性というものが大いにあるのです。信念のない国民はどうも雷同性が多いのです。アメリカで良いと言うからしてきっと良いのだろう、と。それは自動車とか映画というものは確かにアメリカのは良いです。どうせ日本はかないません。それから戦争の道具というのは良いから、それだから外の物も良いというわけにはいかない。日本人にはその区別がつかないのです。だから要するに劣等感という奴が昔から日本人の伝統になっているのです。この頃フランスの話などをよく聞きますと、フランスあたりは経済上その他色んな点や何かはアメリカに負けてますが、フランス人は一つの誇りを持っているのです。何かというと、アメリカ人は田舎者だと言っているそうです。だからアメリカの流行物というのはあんまり刺戟をしないそうです。英国あたりもそうだそうです。その為に或程度は進歩が遅れるという事もありますが、その国の誇りというものを持っているのです。特に日本人は終戦前は誇りもありましたが、その誇りという事が見当違いの誇りで、例の大和魂とか武士道という様な誇りだった。これはむしろ誇りではなく、恥辱の様なものを誇りと思っていたのです。それが壊れてしまったので、余計自信を失ったのです。これからアメリカに医学の間違いを段々分らせて、医学においては日本にかなわないという事になると、日本人自身も大いに誇りが出るだろうと思ってます。そういうわけで愈々第一歩を歩き始めるという事が、今度のハワイ行きです。ハワイはアメリカに行く飛石ですから、順序としてハワイに手をつけるのです。ハワイには信者が五、六十人出来てますから、それを足掛りにして、それからロスアンゼルスも幾らか信者が出来てます。あそこで日本人の持っている家で適当な処を使って呉れと言っている様ですから、神様がちゃんと準備されているわけです。そういうわけで、その一番の武器としては“⇒アメリカを救う”という本ですが、これは来月出来ますから、それを持っていくと非常に良いわけです。そういう様で相当面白くなると思ってます。“アメリカを救う”という本には、医学に対して随分遠慮なく言ってありますから、日本向きでやると一寸反感を持たれる点もありますが、アメリカに向ってやるという意味ですから、その点は大いに刺戟が強くなくいくと思ってます。

………………………………………………………………

それからラジオ、新聞でも分っているでしょうが、日本人の愛国心が非常にまごついているのです。以前は忠君愛国で、的というものはまず天皇陛下です。天皇を的として愛国心というのは中々根強く出来ていたのですが、その愛国心が一寸中(チユウ)に迷っている様な工合です。だから色んな説がありますが、それについて一寸書いてみた。

御論文〔⇒新しい愛国心〕【註  栄光一八五号】

………………………………………………………………

これは信者の人は分っている事ですが、ただ説き方を出来るだけ分り易く書こうと思って書いたのです。

御論文〔⇒医療とは〕【註  栄光一八五号】

それから宗教で病気が治るという事は精神的に影響して治るのだ、という様に今のインテリなどが考えているのですが、これが大変な間違いで、どうしてもこの迷盲を打破しなければしようがない。ですからそれに対して分らせる様にしようと思ってます。外の信仰は確かにそういう事はあるかも知れないが、メシヤ教だけは全然そういう事はないのですから、その点を大いに強調して分らせる様にしなければいけないと思ってます。昨日かの日日新聞の宗教欄に出てましたが、これからは、宗教は精神的に治すし、医学は肉体的に治す、という様に平行していくのが理想的だ、と書いてありましたが、我々からみると驚いてしまうのです。しかし普通常識的にみるとそう思うのも無理はありません。医学は病気を肉体的に治すものだし、宗教は病気を精神的に治すものだ。だから肉体と精神と両方でやれば一番良いと思うのは、尤も当り前で、誰もそう思うに違いないのですが、それが大変な間違いであるという事はメシヤ教でなくては分らないのですが、その点を書いてみたのです。

御論文〔⇒医学療法と信仰療法〕【註  栄光一八六号】

………………………………………………………………

この頃ラジオ、雑誌、新聞などでお医者さんの意見を聞きますが、余程我々の方に近い説を唱える人が時々あります。薬はあんまり飲むなとか、注射は一時的であんまりやっていると反って結果に悪い影響があるという様な事を時々聞きますが、ああいうお医者さんは、こっそりとこちらの本を見ているのではないかと思います。尤もこれだけ始終言っていれば、見る人もあるでしょうし、話を聞く人もあるでしょう。一つの空気が出来つつある様なのです。それでやっぱり本当のものは一時誤解されても、結局時の推移に従ってどうしても分らないわけにはいかないのです。これはお医者さんの方ですが、もう一つはっきりして来たのは、近頃新宗教というものの社会の見方が余程違って来たのです。これは新聞などの書き方を見ても、新聞が中々新宗教を取り上げて来たのです。新宗教に対する色々の批判的の記事などもありますが、前とはまるっきり違って来ました。前は大体軽蔑的な目をもって見てましたが、近頃は新宗教というものも相当存在の意味がある。だから大いに認めなければならないという様な傾向が非常にはっきりして来ました。これは大いに喜ぶべき事だと思ってます。それでそういった見方はやっぱりメシヤ教を中心にしている様に思われます。そこで病気治しなども、新宗教の病気治しとか奇蹟というものも満更良い加減なものではない。相当根拠があるという様に見てますが、これも本当のものはどうしても埋(ウズモ)れている筈はないです。そこで医学の方もジリジリと分って来るに違いないと思ってます。それに対して今度の“⇒アメリカを救う”は来月あたり出来ますが、そうしたら新聞広告を思いきって継続的に出そうと思ってます。そうして社会の問題にしたいと思ってます。問題にするという事は、医者とか薬屋とかの方面が、けしからん、とんでもない事をやりやがったと言って、憤慨したり怒ったりすればしめたものなのです。そうして問題になれば本は売れるに決ってます。一寸違うけれども、チャタレー夫人みたいにああなる。そうすると、この岡田という奴の説が本当とすれば大問題だ、医学は何とかしなければならない。しかしこれが若し医学の方の説が本当で、岡田の説が間違っているとしたら、これはけしからんという事になりますが、処がそうなると結構なのです。そうなるとどうせ医学の方は間違ってますから、こっちの方に旗が上るに決ってます。そうすると医学の間違っているという事が早く分りますから、大変に大きな救いの現われになります。だから出来るだけ問題になる様にしたいのです。これは各大臣から国会議員、新聞社、病院、著名なお医者と、そういう方面にみんな配る積りです。喧嘩と言っては変ですが、喧嘩を吹掛ける様なやり方ですが、戦端を開くというわけです。そんな事はしたくないが、どうしてもそうしなければ医学迷信を打破する事が出来ないのです。なにしろ一口に言えば医学迷信打破運動です。今読んだ通りです。そうすると一番困るのは、お医者も困りますが、薬屋が困ります。この反対運動が出るでしょう。全然商売は上ったりになるのですから。今日でも薬の事業というものは中々大きなものです。この間一寸見ましたが、現在日本の薬の売高は一年間に七十億とか出てました。実際はそれではきかないでしょう。公のがそれだけで、まだ公でない風邪の薬とか富山の薬売りとかあります。富山の薬売りだけでも大変です。一年間に十億とか七億とか書いてありました。紺絣の着物を着て脚絆を巻いて黄色い声を出してやってますが、それがあんななのです。日本における薬剤の売高というのは大変なものです。処がこっちの説を若し信ずる人が増えるとしたら、段々薬屋の方が上ったりになりますから、この方の反対も中々大変です。しかしそういう様な事がなかったら、こっちの目的は達せられないのです。その点は神様がうまい工合にやられると思ってます。兎に角結局において、どうしても問題になると思います。そうすると政府も何うしたら良いかという事になる。医学の方に旗を上げるか、それともメシヤ教の方に旗を上げるか、というドン詰りまでどうしても来なければならないのです。そうなると面白いのです。又そうならなければいけないのです。こっちの方は実際に病気が治る処を見せるのですが、医学の方は実際において駄目なのですから、こっちが勝つに決ってます。そこにおいて初めて医学迷信という事が分って多くの人が救われるという事になります。そこまでいくという事は覚悟して置かなければなりません。おそらく世界始って以来ない仕事です。兎に角最初の出発点は医学の革命ですから、今迄色んな革命はありましたが、これほど大きな革命はないと思います。無血革命と言いますが、無血革命でなく無病革命です。ですから随分変った革命です。お医者や薬屋はその革命の犠牲になるわけです。けれども大の虫を助けて小の虫を殺すので、これはどうもやむを得ないのです。そういう点も考えて、中々大きな仕事です。しかし又一方大の虫の方は助けられたら、これは大変な喜びですから良いのですが、なにしろ段々そういった仕事が大きくなり、色んなそういった問題にされますから、私らもその覚悟でやりますが、最初の“アメリカを救う”という本、それから“⇒結核信仰療法”も来年の春あたりに出るでしょうが、今度は本当に腰を据えて乗り出して戦うというわけです。その積りで大いにやって貰いたいと思います。

………………………………………………………………

十一月二十六日

漸く手順がついたので、来月の末あたりにハワイに、樋口さんと後一、二人連れて行く予定です、ハワイと言っても訳はありません。最新の飛行機では十一時間何分――十二時間です。ですから朝行くと晩には着いて了います。現在のでも二十時間位です。ですから造作ありません。それからロスアンゼルスも信者が幾人か出来て非常に来て呉れという向うの要求があるのです。之はいずれは樋口さんも行くでしょうが、最初は画家の嵐さんという人です。立松さんも行くかも知れません。そんな様でボツボツあっちの方面にも手をつけ様と思ってます。丁度“⇒アメリカを救う”という本が出来ますから、それをお土産に持って行く事になってますが、丁度良いと思います。日本文は来月出来上るから、すぐに売り出す積りです。それから英文はもう少し遅れると思います。ですから最初は日本文を持って行く事になりましょう。最初はあっちの日本人が読んだだけでも良いです。そうしているうちに段々知れて来ます。それで春になる早々、英文の方を大いに向うに配ったり売ったりする積りです。それで日本文の方も、各大臣、国会議員、大病院、新聞社と、そういう方面に配ろうと思ってます。これはどうしても問題になると思いますが、問題になったらしめたものです。けしからんとか、あんなものは禁止しなければいけないとなれば、もう良いのです。そうすればうんと売れますから……。表紙が出来ましたから、表紙だけを見せます。こういう体裁(テイサイ)ですが、随分派手でしょう。これはつまりアメリカの星、闇の世の中に太陽が出始めた、昇り始めたという意味ですが、それはこっちだけは分っているが、世間の人はそこに気が付きません。この字は小さいが「世界救世教教主岡田茂吉著」としたのです。本屋の店に出しても非常に目立つだろうと思います。おそらく目立つので字を読んでみると“アメリカを救う”ですから、これはどうも読まないわけにはいかない、となる。私は昔商人をやりましたから、そういった人の購買心をそそるという事は、相当……。それでアメリカに評判になって呉れると良いのです。アメリカに評判になると日本人は日本で評判になるよりか買います。無論問題にならざるを得ないと思います。医学をこれ以上のものはないと思っている処に、全然反対の説を唱え、しかも説だけでなく実際にこの通りの効果があるという御蔭話を、一つ一つの病気に、その病気に関した御蔭話を少いのは三例多いのは六例を挿(ハサ)んでありますから、けしからんと言って文句を言うとか、アラを見付け様と思っても、実際の本人の手記がありますからどうにも仕様がないのです。証拠をつきつけてあるのですから、反対しようとしても出来ないわけです。出来なければ頭を下げるより外に仕様がない。若し頭を下げると、今迄の医学というものがとんでもない事になりますから、何うしようかという結論になります。アメリカもそうですが、日本でも無論そうです。そこでこっちの新聞広告なども相当何回も出そうと思ってます。問題になって了えばいいですが、それは新聞広告以上です。そうすると結局において、どうするか?  この方に手を挙げるか、或いはこれをけとばして医学の方に手を挙げるかという処まで、どうしても行かなければならないと思います。そうなってくると愈々面白くなってくるのです。そうなると、実験するとか色んな事が出るでしょうが、そうすればしめたものです。一挙に医学というものを降参させて了います。ただそうなると医学に関係した者、それから薬屋が大変だろうと思います。だから結局、お医者の方はこの方(御浄霊)に転業すれば良いですが、薬屋さんの失業者は一番困る。資金を投じてあるのですから……。病院の建物は何にでも使えますが、薬屋の工場は何にも使えませんから、一番打撃を受けるわけです。しかしこれはやむを得ないのです。大の虫を生かして小の虫を殺すより外に仕様がありません。今迄長い間善意の罪悪を犯した経路というわけです。医学というものが、要するに善意の罪悪です。そういったややこしい言い方が色々あるのです。私が今書いているのは、文化的文明人と文化的野蛮人と両方を書くわけですが、文化というものは文明とは違うのです。それは字で見ても、片方は化物の「化」で、片方は「明るい」というのですから違います。それで今は文化的野蛮時代です。凡ては文化的になってますが、実際は人間の命の保証が出来ないのですから野蛮時代です。それでこっちの目的は文化的文明人をつくるのです。だからややこしい言い方ですが、それでなければピッタリしないのです。

………………………………………………………………

それから愛国心について時々問題になっている様ですが、私の見方の愛国心は、つまり新しい愛国心、忠君愛国でない民主的愛国心です。

御論文〔⇒新しい愛国心〕【註  栄光一八五号】

………………………………………………………………

御論文〔⇒医学療法と信仰療法〕【註  栄光一八六号】

今読んだ通り、これはお医者さんの方は余計そうですが、この頃世間の傾向が、新宗教というものを軽蔑する見方が余程減ってきた様です。非常に良い傾向にはなってきましたが、それでも宗教で病気が治るという事は精神作用だ、と。だからこの間もこういう事が東京日日かにあったと思いますが、お医者さんは肉体的に治し、宗教の方は精神的に治すから、両々相俟ってやれば理想的だという事が出ていたのです。みんなそういう見方をしてます。だから精神的に神様の御利益で治るという、要するに自力観念によって治っていくという見方を殆どがしているので、これが大変な間違いです。ですから外の宗教はそういう点もあるでしょうが、メシヤ教は逆なのです。それを認識させる事が最も必要だからこれを書いたのです。精神作用から言えば医学こそ、あれ程精神作用で治そうとするものはない。あれ程進歩した医学で設備のある大病院でやれば“きっと治る”という精神作用はすばらしいものです。処が我々の方に来るのは“そんな事で治るものか、あんまり奨めるから仕様がないがやってみて貰うのだ、こんな事で治ったら余程何うかしている”という疑いと軽蔑とは、精神作用処か全然逆です。“治るものか”と思って来るのです。それで医学の方に行く人は“治るだろう、治るだろう”と思って行くのですから、精神作用から言えば医学の方がずっと上です。我々の方は零です。それでも医学の方で治らない者がこっちで治るのだから、その違いさを考えても見なければならない。そこに、信仰でも病気は治る、という世間の偉い人達の見方に大変な違いがあるわけです。それを引繰り返さなければならない。処が今迄の信仰はそうなのです。つまり殆ど自力が主になってましたから、自分で、治るだろう治るだろうとやる。生長の家などの説き方はそうなってます。本来は、人間は神の子だから神の子に病気はないのだ。それで苦しいとか、つらいというのは一種の観念の作用だ。だから病気がないと思えばなくなって了うのだ、という様に説いてますが、そういう説き方とすると、それは精神作用で病気は治すという論拠にはなります。処がメシヤ教は全然そうではない。そんな、あるものを無いと思えば無いというが、あるものはあるのです。苦しいのは苦しいのです。いくら痛くても痛くないと思えと言ってますが、生長の家の信者には、額に八の字を寄せてしかめながら“痛いんじゃない、痛いんじゃない”と言っているが、いくら思っても痛いので駄目だからメシヤ教に入ったというのがありました。そういう様ですから、あの説き方も結果は非常に害をするのです。外の宗教を悪く言うのは嫌いですが、やはり本当の真理を説くに当ってはやむを得ない。

………………………………………………………………

だから“アメリカを救う”の結論は随分徹底して書きましたが、そう書くより外に人類を救う上において仕方がないのです。今読ませてみます。

御論文  アメリカを救う〔⇒結論〕

この間、アメリカに三十年も居る人の話を聞いてみると、アメリカ人のスポーツの選手になる人ですが、アメリカ人も今度のオリンピックでは大分良いレコードをつくりましたが、結局そういったのはみんな黒人の血が混っているそうです。純粋のアメリカ人は殆どないそうです。若し医学が人間の体力を強くするものなら、医学衛生を子供のうちから守っている白人の方が強くなりそうですが、そうではないのです。映画を見てもそうです。白人と黒人が駈け出しているのを見ると、子供と大人の様にまるっきり違います。ですから兎に角恐るべき迷信に陥ってしまったのです。医学ほど大きな迷信はないのです。ですから私が、医学が世界的迷信の親玉と言うのはそういうわけです。処が先様(サキサマ)の方ではこっちの方を迷信と言っているのですから実に逆様(サカサマ)です。大本教のお筆先に「世は逆様になりておるぞよ、神様本様(ホンサマ)に直すのであるぞよ」とありますが、やっぱり面白く書いてあります。こういう事は霊的にみても非常に面白いのです。霊的というが言霊です。言霊から言うと、仏教は夜の教えだという事を言ってありますが、夜の教えで、つまり西から東に来たものです。ですから仏教はインドで興っても、西の方には行かないのです。西の方はマホメット教です。みんな東に来ているのです。中国からビルマ、タイ、日本と東に来ている。だから逆になっている。ですから「シャカ」という言霊は、「サカ」と言って「逆様」という事です。「逆」という事です。この言霊も非常に面白いと思います。ですから今の医学も逆になっていたわけです。毒が外に出ようとするのを出さない。処が出ようというのを出そうというのが浄霊で、医学の方は出さないように押込めている。ですからどうしても今度は逆様が本様に直るという時期が来ないわけはないのです。この図案(アメリカを救うの表紙)も逆様を直す図案なのです。これが本当はこう(日本が上に)いくのが本当ですが、それでは今は工合が悪いですからこういう様にしてあるのです。だから本当はこれが真白になって、真中になるのが本当ですが、まだまだ時期がいかないからこうしてある。そういう様で、色んなものを見ると殆ど逆になっている。ですから写真がそうです。西洋の写真はみんな男が右になっている。女が左になっている。夫婦でも必ずそうなってます。これは逆になっている。ですから外国の方は体主霊従です。それで日本は霊主体従です。それを日本が外国の真似をして、天皇陛下の御真影もあべこべになってます。陛下の方が右で皇后様の方が左になってます。これは今迄は仕方がなかったのです。それで霊主体従になれば初めて本当に平和な世界が出来るわけです。

………………………………………………………………

十一月二十七日

“⇒アメリカを救う”という本は、日本文だけは来月出来る順序になってます。表紙だけ作ってみたのですが、こういうのです。馬鹿に派手なものですが、言わば今迄は夜の星の世界です。月が引込んで星だけになっているのを、愈々太陽が出始めたわけです。つまりアメリカは夜の世界の代表者ですが、愈々日が出て、段々アメリカがなくなるわけではなく、アメリカ式が、アメリカ全部が日の光になってくるわけです。これは、そのアメリカを救う第一歩です。それで今度樋口さんがハワイに支部を作って、来月の末に行く事になってます。それからロスアンゼルスにも幾らか信者が出来て来ましたし、来て呉れという要求が非常にあるのです。それで画家の嵐さんという人が最初行く積りです。立松文二さんも行くでしょう。それについて、この本を持って行くと非常に工合が良いので、そうしてこれを大いにあっちに弘める積りです。つまり今迄にこういう本は出た事がないから、アメリカでも非常に問題になるだろうと思います。案外あっちで売れるかも知れないと思う。つまり売れれば売れる程人が読みますし、それから大袈裟に言うと外貨獲得にもなります。何十万部と売れる様になると中々大きいです。百万部売れるとすると一億ばかりになります。あっちにはもっと高く売りますから、二、三億の外貨獲得が出来るわけです。それからその次はヨーロッパの方に弘まるわけです。昨日フランスから、一人は在ドイツのフランス人、一人はフランスに居るフランス人で、病気を治して貰いたいという手紙が来ました。何時か「栄光」にも出しましたが、フランスの有力な雑誌パリ・マッチの編集長のカルティユさんが来て、箱根で色々話をした、その談話をその雑誌に載せたのです。それを見て、一人は目が悪い人で一人は胃が悪い人で、是非治して貰いたいと丁寧な手紙が来たのです。無論フランス語で、それを訳した処が、読んでみてあんまり熱心に書いてあるので心を動かされる位なので、御守だけ送ってやりました。それから養生法やそういう事も精しく書いて返事を出す様にしておきました。これからヨーロッパに「栄光」新聞なども少し多く送ってやる様にしました。これはヨーロッパに行く最初の種です。二粒の種を播(マ)くわけです。そんなわけですから来年あたりになると、あっちの方も相当動いてくると思ってます。それで日本文の方は無論各大臣、国会議員、新聞社、大病院、そういう方面に配る積りです。新聞広告も一通り出そうと思ってます。だから相当問題になるだろうと思います。兎に角医学の間違いをかなり思いきって暴露してありますから、本当だとすれば医学上の大問題となるし、若し本当でないとすれば、岡田という奴はけしからん、やっつけてしまわなければならない、というどっちかです。まるで決闘みたいなものです。敵を斬るかこっちが斬られるかというどっちかでしょう。処がこっちが負ける事は絶対にありません。向うが嘘なのです。向うはなまくらですが、こっちは正宗を持っているのですから、脳天なしわりという奴です。そうすれば確かに問題になりますから、そうなるとこの本を買わないわけにはいかないから、チャタレー夫人よりかもっと売れるだろうと思ってます。外貨獲得ばかりでなく内貨獲得もしたいと思います。いずれにしても面白いと思います。“アメリカを救う”の結論はまだ読んでませんが、結論もかなり徹底してますから今読ませてみます。

御論文  アメリカを救う〔⇒結論〕

この間アメリカに三十年も居る人と会っての話によると、今年のオリンピックの競技でアメリカも大分活躍して良いレコードをつくった様ですが、よく調べてみると殆ど黒人の血が混っている選手だそうです。ですから、若い時分から医学衛生を大いに守った白人の方が弱ってきて、黒人としたら近頃はいくらか西洋医学の御蔭ではなく、被害を蒙ったかも知れないが、以前としたら一番医学の害を蒙っていないと見なければならない。その方はそんなに丈夫です。この間もニュース映画を見ると、マラソンでも黒人の早い事は、まるで桁(ケタ)が違います。それからボクシングとかも物凄いです。そんな様で段々白人の方が弱ってくるのです。それから、これもこの間何かで聞いたのですが、ヨーロッパの方に行った話ですか書いたものですかで、英・仏の人間ときたら全然話にならないそうです。まるでただ安易な生活だけを望んで活動力などはないそうです。それの何よりの証拠は、英国は相変らず労働党が勢力がありますが、あれは社会主義政策をモットーとしてますが、つまり社会主義というものは働く奴も働かない奴も大して違いがない様に国家が扱う事です。だから仕事の嫌いな、なまけるのが好きな人間には一番良いのです。英国の政治などが、災害保険とか健康保険とか失業保険。それから色んな養老院とか、そういう様な制度は非常に完備しているのです。だから優勝劣敗が非常に少くなってくる。処がアメリカはまだそれだけ元気がありますから、大いに優勝劣敗が激しいのであれ程進歩するのです。というその原因というのは医学の為です。特に種痘の為なのです。今度の“アメリカを救う”の本にも種痘について精しく書いておきました。そんな様で、種痘は英国が本元で、それからフランスにいったのです。それで種痘によって身体が弱り、弱ったのを良くしようという手段が又弱らせる原因になるのです。ですから段々弱ってしまって、ヨーロッパの国の元気というのが無くなったのです。ですからそうなると、ただ安易をむさぼるだけに汲々としてます。だから中共が出来た時に、アメリカは絶対に承認しないというのを、英国が最初に承認したのです。あれは大変な失敗でチャーチルなどは大変困っている様です。そうなると正義という観念がごく薄くなるのです。私も時々思ったのですが、つまり中共が後押しして北鮮軍が南鮮に侵略してきたのです。それから中共が蒋介石の方を押込めてしまって占領してから、まだやっと一、二年経つか経たないうちに政府をこしらえて、それを承認するという事は全然戦国時代と同じ様なやり方です。だから強い奴がそこを占領してしまったら、すぐにその政府を世界が承認してしまうという事になると、殆ど文明ではないので、暴力で強い者勝ち的な事を承認するという事は絶対許せない事です。それだからアメリカは絶対に許さないというのを、英国は真先に許したのです。そういう事の原因は何処にあるかという事は、国民の元気が弱っているのです。こっちさえ安全なら良いというのは、大体何にあるかというと、香港を脅(オビヤカ)される為に、若し香港からしめ出しをくったら英国の支那貿易は大打撃を受けますから、そうすると英国の財政を保(タモ)てないというのが一番の原因だったらしいですが、実に哀れはかない国になってしまったのです。そういう様に国民の元気がなくなったという事は、やはり医学の進歩によって体力が弱ったのです。だから今度のオリンピックの選手にしろ、英・仏からは殆どなかったです。米国、ソ連、あとは小国です。日本もあやしくなってしまいました。そんな様で実にお話にならないのです。それでまだ元気のあるのは米国ですから、米国が英・仏と同じ様になったら、それこそソ連に良い様にされてしまいますから、米国の国民の元気を英・仏的にしない様にするのが世界平和において一番重要な問題です。それでこの“アメリカを救う”という事はその意味なのです。そうして結局ソ連の方は相当医学は採り入れているが、贅沢をさせないのです。食物も不味い物を食わしているから元気が劣えないのです。美味い物を食って贅沢をして薬をやっていては弱るばかりなのです。それでソ連は良いのですが、米国が弱ったら世界中がソ連にやられてしまいますから、米国をどうしても救わなければならないという意味がこの本を書いたというわけです。

………………………………………………………………

それから近頃の傾向は、新宗教における病気治しという事は相当認めてきました。しかしどういう様な認め方かというと、精神的に病気を治す、つまり宗教的に神仏というものを信じて、その心の慰安によって非常に影響する、それで病気が治る。という様な考え方です。ですから肉体は医者で治し、精神は宗教で治す。それで両々相俟ってやるのが理想的医学だ、という様な説を唱えてきましたが、これはとんでもない間違いです。それは今のインテリが考えそうな事ですが、その医学そのものが肉体を治すというのがとんでもない間違いです。それについて書いてみました。

御論文〔⇒医学療法と信仰療法〕【註  栄光一八六号】

私は随分酷く書くのですが、これを何か苦情言って来るかと思っているのですが、言って来ないのです。だからやっぱりお腹の中では、医学は駄目だという様な考えも大分あるらしいと思うのです。成程これには違いない。しかし今更そうなったら、第一自分はメシが食えない。それから大変な問題になる。まあ面倒臭いから仕様がないという位だろうと思ってます。しかし自分だけの問題だったらそれで良いですが、その為に如何に多くの人が被害を蒙って命迄無くしているのですから、これ以上重大な事はありません。それから若しまた、“けしからん、これだけの進歩した医学をこれだけ酷く言ってけしからん”と言って戦って来る位なら、確かに自分達も医学を信じているのだが、そういう人はないのだから、やっぱり御説御尤と思っているに違いないです。そうならば自分達の方で、そういった意味でも発憤して大いに何とかしなければならないのだから、そこでこれを有名なお医者さんや大病院に配れば読みますから、読んでどういう考えを起すか、どういう態度をとるかという事を、面白いと言ってはおかしいですが、黙ってはいないでしょうが、それをこっちは待つ積りです。そういう様で結局においてどっちに旗を挙げるかという処にいくわけです。これは以前から私はそういう考えを持っていたのですが、やっぱり時期が来なければ、うっかりやってやり悪(ニク)くなっては困ると思って機会を待っていた処が、やっとこの機会が来たわけです。それで又アメリカに向ってやるのですから、日本の医学の方では一寸拳骨を固められないと思うのです。やっぱり神様は中々うまいですから、こういう工合にされたわけです。それで又アメリカが案外分るかも知れませんが、アメリカが分れば日本は分ります。それは舶来崇拝民族ですから、兎に角この反響は相当興味があると思います。

………………………………………………………………

それから愛国心という事が今大分問題になってますが、それについて書いてみたのです。

御論文〔⇒新しい愛国心〕【註  栄光一八五号】

(教十六号  昭和二十七年十二月十五日)