著述編

観音運動

大光明世界の建設 低級宗教

前項に述べた如く現当利益其物は、必ずしも、低級宗教ではないのである。然し乍ら実際、低級宗教はあるにはある、而も其害毒たるや、恐るべきものであって、寧ろ、其筋の取締りをさへ乞ひ度いのである。それは、彼の稲荷下ろし、飯綱使ひ等の如く、祈祷其他の...
観音運動

大光明世界の建設 現当利益

此現当利益といふ事を、低級信仰として解釈する多くの人があるが、それは大いに誤ってゐる。其点を述べてみやふ。世に、現当利益が、心から嫌ひだといふ人は、実は一人もあるまい、如(モ)し、有るとしたら、其人は狂人である。病気が治るのは、嫌ひだといふ...
観音運動

大光明世界の建設 救主と贖罪主

世間往々、救主と贖罪主とを混同してゐる。然し、実際は、天と地程の相違がある。贖罪主とは、罪の贖ひ主である。彼のナザレの聖者イエスが、世界万民の、罪の贖ひの為に、十字架にかかったのは之であった。之こそ、大いなる贖罪主であった、贖罪とは、罪人の...
観音運動

大光明世界の建設 光の主

凡ゆる病気を治し、貧乏を無くし、争いを無くする力、不幸と罪の原因を、はっきりさせて、その原因を取除く力、それは、光りの、力の浄化作用である。日月の光りが、一個の人間の肉体を通して、働きかけるといふ力とは、実に、空前の事象なのだ。科学では到底...
観音運動

大光明世界の建設 観音力

人或は曰はん、観世音菩薩は、敢て、今更事新しく、知らせてくれなくても、古来、東洋諸国、併も、我日本に於ては各地に堂宇を建てて祭り、又寺院に祭り無数の人達が尊信し、礼拝して、その利益に預かって来たのではないかと、それも、一応は尤もである。今日...
観音運動

大光明世界の建設 膏薬張の救ひ

病気になっても、医者にかかれない人や貧乏で食えない人、可哀相な老人、孤児等を救ふ機関は、益々、社会的に完備してゆく、救世軍は、慈善鍋で貧民を喜ばせる、夫等の事は、確に良い事だ、無いよりも在った方が、どれ程いいか判らない。然し、夫等不幸な人達...
観音運動

大光明世界の建設 真の救ひ

真の救ひとは、永遠に、魂を救ふ事である。又、一生を通じての抜苦与楽(バックヨラク)である。それが出来なければ、宗教としての価値はないのである。病気を治さないで、慰安をして与る事よりも、病気を治して、健康体にしてやるのが、真の救ひである。貧...
観音運動

大光明世界の建設 宗教の使命

今日の宗教と名の付くものが、大部分は宗教本来の使命を、没却してゐるのは、困ったものである。大宗教団の多くが、社会事業が、重なる仕事になってしまって、病院や養老院や、孤児院などを営(ヤ)ってゐるが、本当の意味から言へば、是等は、都市の公共事業...
観音運動

大光明世界の建設 暗中模索

今日迄の凡ゆる聖典、即ち経文、聖書、御筆先等の著述を読む人は、誰しも気付くであらふが其孰れもが、如何にも瞹眛模糊としてをり、謎の如く、不可解極まるものが多い事実である。然るに、それを誰も、今日迄怪しむ者がなかったのみならず、甚だしきは、解ら...
観音運動

大光明世界の建設 明の世界

以上説くところに寄って観ても、今日までは-夜の世界であったのである。夜の宗教であり夜の文明であった。星の夜であり、月の夜であった。波瀾重畳-興亡無常(ツネナ)き世界史は、月の盈虧(ミチカケ)の状-其儘であるに見ても明である。夜が明けて、太陽...