【お伺】独裁専制政治は優れた人の頭脳による政治が出来るという長所がありますが、一面独善横暴という弊害を伴うを免れず、又多数決による民主政治は衆愚政治に陥る傾向をどうする事も出来ません。そして此独裁政治と、民主政治の矛盾相剋の悩みや弊害は、国家の政治の上にも、色々の団体政治の上にも遺憾なく露呈して居ります。とすれば、これからの政治は、どうしても神主政治とも云うべき、神様の御意思を御受けして行う政治になつて行く外ないと思われます。そうすれば、各政党とも掛引と議論に終始し、議員の頭数によつて決定した事が、果して正しい事であるかどうかも判らない、という様な心配もなくなり、政党や国会議事堂の様なものは必要がなくなると思われますが、如何で御座いましようか、御伺い申上げます。
【御垂示】右は少し極端な考え方である。英雄政治は専制政治になるから、無論いけない。やはり今の処、アメリカ式民主政治がいいのである。帰する処、人民が幸福になる政治がいいのだから、それには専制政治より、民主政治の方がそれに叶う訳である。神様の政治というものはない。人民が神様を信じ、正しい信仰者になれば、今日より一層優れた民主政治になるのは勿論である。
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【お伺】生産と創造に関する以外の商業の様な業務は、主として営利を目的とする営業である為、社会に対する利益よりも弊害の方が多い様であり、又生産創造に関する業務程の創意工夫を要しませんから、国営か公営が望ましく、又土地には限りがありますから、土地、本来の目的に最大限に利用する為、私有でない方が望ましいと思いますが如何で御座いましようか。
【御垂示】此考え方は社会主義的であつて、本当ではない。之は競争がないから進歩は遅れ、国は衰える。英国などはいい見本である。而も人民の自由が拘束される憾みがあるから、世の中が無味乾燥になると共に、不公平でもある。何となれば、働く者と、怠ける者との結果に差別が余りなくなるからである。斯ういう考え方は過渡期の時代であつて、何れ私はもつと進歩した経済機構を発表するつもりである。
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【お伺】所謂インフレは財界の浄化作用と思いますから、物価は例え天文学的数字に上り、社会は混乱しようとも一時の事であつて、之を抑圧するデフレ政策を執る事は間違ではないかと思います。我国はインフレを経済界の疾患として恐れ、デフレ政策という浄化停止策を執つている為彼の物価が天文学的数字に上つた第一次大戦後のドイツに於てさえ見られなかつた様な、言語に絶する家庭惨劇や、社会悲劇、或は道徳に対する昏迷、道徳法律の破壊という様な色々の弊害が益々ひどくなつている様に思われますが、如何で御座いましようか。
【御垂示】勿論、之は間接的一種の浄化作用ではある。人間が戦争などという間違つた事をするから、その報いである。只インフレにも色々ある。日本などは先頃の戦争の時起つたインフレと、之から起るであろうインフレとは根本的に異う。前者は戦争の消費で物が不足したからであり、言わば不景気インフレであり、後者は世界的戦争準備の為、物の需要が増えるので、儲かるから景気のいいインフレである。此事に就ては何れ栄光紙上で教えるつもりである。
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【お伺】言霊学上母音と子音、濁音及び半濁音の働きの強弱に就て。
【御垂示】之だけを説明しても仕方がない。言霊学は七十五声全部を説明しなければならぬ。私はそれをかこうとするが、まだ時期が来ないので、それを待つているのである。というのは、言霊が本当に判ると、色々な神秘が判るので、経綸上支障があるからである。
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【お伺】色々と御教え戴きまして、現象の背後にある御神意を、少しづつ理解させて戴ける様にならせて戴きました。これは宗教的な物の見方とも思われますが、信仰によつて一つの人生哲学を学ばせて頂いて居るとも思われますし、又哲学よりも、宗教の方が本質的なものであると御教え戴いても居ります。現在の私達の立場はその意味に於て、宗教以前の段階にあるものと理解させて頂いて、宜しいもので御座いましようか、真の意味の宗教は、もつと身魂が磨けてから御教戴くものなのでは御座いませんでしようか。御伺い申上げます。
【御垂示】此質問の最後にチト変な所があるが、推察して答える。兎に角、今日迄の宗教ではないよりは結構だが、此世を天国化する力はなかつた。之は事実がよく示している。処が本教は、実をいうと宗教以上のもので、尚未だ曾てなかつたのである。愈々時期到来して、神様は私をして地上天国の基礎を造らしむべき大任を、負はせ給うたのである。何よりも御神書を出来る丈読む事だ。それでよく判る筈である。
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【お伺】光明如来様を奉斎させて戴きましたが、家は床の間がなく、二世帯同居の為狭いのですが、障子の処へ板を張り仮床を造つて祭らせて戴こうと思いますが、どの方角に向けて御祭りしたら宜敷いでしようか。御伺い致します。
【御垂示】方角は東西南北何れでもよろしいが、位置はその部屋の一番上座に当る所がよろしい。
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【お伺】先日御神殿を掃除する際大黒様の槌の柄が折れました。此大黒様は、数十年前からあつたものですが、剣を持つて居られたのを私が、槌を作つて取付けたのです。又、これと前後して、同じ室内に掲げてある渋井総斎先生の写られた御写真(昨年五六七大祭のときのもの)の中味だけが二十度位傾きました。何かの御知らせでございましようか。
【御垂示】大黒様の方は前のままがよろしいのである。その訳は彫刻した人の霊が入つていたのを、余計な事をしたので、霊が抜けて了つたので、要するに傷物になつた訳であるから、大黒様の霊はお移りにならないのです。その戒めの為祖霊が折つたのであるから、大黒様は新しく変えなければいけない。又写真に就ては、私の写つていない写真は、絶対掲げてはいけない事になつているから之も祖霊の戒告である。
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【お伺】朝夕御神前に礼拝の節大黒様に対しては、別に改めて礼拝せずとも、会釈の程度でよろしいもので御座いましようか。何か大黒天神護り給へ幸へ給へとお唱え申し上げたく、又我が家の姓名を付けて○○大黒天神と申し上げたい様な気が致します。また御饌供は月並祭の時だけでよろしう御座いましようか御伺い申上げます。
【御垂示】御饌供は勿論、月並祭の時だけでよろしい。平常は御辞儀する程度でよろしい。
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【お伺】死後霊界に於ては正霊、副霊の関係は如何様になつて居るもので御座いましようか。御伺い致します。
【御垂示】普通は副霊が先に離れ、暫くして正霊が離れるものであるが、只困るのは副霊で執着の強いのは、霊界に往つても仲々離れない。永い間憑いていて、怨恨を晴らそうとしたり、悪の行為をする。そこで間違いない様正守護神も守護しているが、副霊の強い奴になると、正守護神の負ける場合も往々あるので、それが子孫の種々の災となるのである。之を解決するには、本教の信仰による力より外にはないのである。
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【お伺】人間臨終の時は正霊、副霊はどちらが先に離脱するものでしようか。又は一緒に離脱するので御座居ましようか。
【御垂示】前項を参照の事。
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【お伺】人の死後、霊は四十九日間は霊界へ行けないという霊界の法則が御座居ますが、霊界の変移激しき今日、右の法則も変るもので御座いましようか。若し変るとすれば、如何様に変るもので御座いましようか、御伺い申上げます。
【御垂示】之はまだ変つていないのである。恐らく永久に変らないと思う。
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【お伺】五年前親の云う侭結婚(養子縁組)致しましたが、結婚生活旬日にして夫が発病、結核療養の為実家に帰り、続いて私が湿性肋膜になりました。そんな事より両家の感情が縺れ、離婚話も出たまま今日に及んでをります。幸い私は御導きにより御救いを戴きましたが、無神論者の夫は未だに療養生活を続けて居ります。父は無信仰者でこの御道に大反対で御座居ます。夫の家も私の方も分家で同じ花菱の家紋で番地迄四三○番と同じです。それに見合の日の朝病弱であつた私の本家の祖母が死亡し、私は顔半面に腫物が出来、見合いいがすむと急に治りました。又私の最初の喀血は本家の法要の日であつた事なども、何か関りがある様で霊術者の話では前世の仇き同志の間柄であるとの事です。私は夫を愛情のないままに飽く迄待つ可きなのでしようか。父は離婚を勧めますが、夫が承知しないのです。明主様が申される時の来る迄、御道の為にもならぬままに、じつとして居て良いものでしようか。私のとるべき道及び、夫の家にまつわる因縁等を御教示下さいませ。
【御垂示】色々複雑な霊的因縁があるが、そういう事は、忘れるようにして考えない方がよい。只神様にお任せすると共によく貴女の希望を神様に心でお願いすると共に、出来る丈支部か分所へお参りして、光明如来様にお願いするのがよいのである。そうして反対者がある場合、御神書又は新聞、雑誌等を読んで貰うようにするのが一番よいのである。併し之も無理ではいけない。よいチヤンスを狙つてそうすればよい。右のようにすれば、必ず神様が貴女の希望の通りに取計つてくれるから心配の要はない。
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【お伺】私は先回屏風観音様をお斎りした場合、阿彌陀様を如何処理させて頂くかについて御伺い致しましたが、其の阿彌陀様は金仏であります。御仏壇は小さくて、中に入る余地がありません。如何いたしたら宜敷いでしようか。
【御垂示】阿彌陀様御像は御掛軸より、向つて右の方へ安置すればよろしい。
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【お伺】私の養祖母(イキ)は本年七十三歳ですが、四十歳の頃夫を亡して嫁ぎ先の佐藤家を後にし、只今の尾石家に後入して尾石姓を名乗つているのですが、尾石家の主人も二十二年幽冥に帰し、先妻と同じ墓に納まつています。此場合、養祖母が他界した時、いづれの墓に納めるべきでしようか。本人は仏になつたら佐藤家に帰りたいと申して居ります。佐藤家はイキの長男が後継していますが腹異いの姉が「私が生きている間は、義母が仏になつても佐藤家に帰らせる事は出来ない」と申して居り、当然問題になると思いますが如何したら宜敷いでしようか。
【御垂示】斯ういう場合、すべて本人の意志を尊重して、その通りやればいいのである。
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【お伺】私の家では先祖の墓は名古屋市内の法蔵寺(浄土真宗)にあります。処が戦時中に疎開地の岐阜県にて、祖母と父が死亡致し、已むなくその地の法界寺(禅宗)にて土葬に致し、再度引越しました時祖母と父の頭髪と爪とを法蔵寺の先祖の墓へ納めて合祀致しました。
一、従つて私共は二カ所に先祖の墓を持つ事になりますが、今後は両方の墓の御祀りをせねばならないでしようか。
二、法界寺の墓は土葬にして木碑を建てた侭なので、今日では相当荒れて参りましたが、新しき石碑を建てなく共宜敷いでしようか。
【御垂示】之は一個所にしなければいけない。無論先祖の祀つてある法蔵寺に移すべきである。
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【お伺】栄光新聞農業特集号に光ノ道教会に於ける座談会記事が載つて居りまして、文中に集団浄霊にて大変成績をあげたという事が御座いますが、田畑の肥毒の浄化の強い場合、集団浄霊を行つた方がよろしいもので御座いましようか。御伺い申上げます。
【御垂示】結構です。
(地天二十一号 二十六年二月二十五日)
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昭和二十六年三月号
【お伺】日本人種の霊的御開明を戴きましたが、人々の霊統を簡単に判知する方法、又霊統別はその人の姓名に表われておりましようか、右御垂示下さいませ。
【御垂示】之等は余程信仰が深くならないと、判り得ない。言わば信仰上大学程度である。従つてそれを知りたいと思うのは、非常に結構であるから、今後出来るだけ御神書を読み、判らない事は質問をして、叡智を磨き、人助けをして、信者を多く作る事に専念すれば、霊も浄まるから、判らなかつた事も判るようになるものである。
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【お伺】御浄霊をする場合、御浄霊を頂く人は何とも感じないのに、御浄霊をする者の身体の或部分が痛んだり、肩や腰が張つたりするのは、如何なる理由でしようか。又人によつては浄霊中に、勿体ない事ですが嫌気がすることがありますが、如何なる原因に由りましようか、お伺い申上げます。
【御垂示】最初の、方々が痛むのは、先方の苦痛の個所が、映るという特に敏感性の霊をもつた為であるが、又浄霊する場合光が透過するので、その人に浄化が起るから苦痛が起るのである。次の嫌気のさすというのは、その患者は見込がないからよせという、正守護神のお知らせである。
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【お伺】御教の中に「ハルマゲドンの戦い」とありますが、如何なることで御座いましようか。
【御垂示】ハルマゲドンとは、世界最後の戦いという意味で、聖書中にある。
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【お伺】御神書「地上天国出来るまで」の御一節中に御座います「魔を除けるという地曳岩」に付き御教示下さいます様謹しんでお伺い申し上げます。
【御垂示】之は、極く古代からの伝統であつて、その始まりは、未開人は敵を怖れて、それを防ぐべく、入口に大きな石を据えたものであろう。余り大きいので、地上を引張つて来たので、地曳岩の名があるのであろう。
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【お伺】御神体御奉斎日は、二、四、六、九の日は避くべきで御座いましようか。謹しんでお伺い申上げます。
【御垂示】そう決つた事もないが、成可よい日がいい。いい日とは一、五、八の数がいい。その意味は、一ははじめであり元であり、主の神であり、五は出づるであり、火であり陽であり、最高の数である。八は五、三で、伊都能売であり、火、水であり、発する、開く、拡がる、富士山の形、無限の数等で、又十一は、統一であり、経緯結んで始まるという意味で、十五は結んで出づる。十八は、結んで開く、五六七、三六九の合計であり、又気であり、非常によい。二十一は、二つが結んで始まる意味で、結婚日にもよい。二十五は、五、五、二十五で、日が出づるという意味で、非常に陽な意味である。二十八は、二つが結んで開くのだから、いいに決つている。観音様が印度で、観自在菩薩と申された時、廿八部衆といつて、二十八人の御家来があつた事や、法華経は廿八品となつている。その廿五番が観音普門品であり、観音様は日の仏様だから陽である。茲で、一寸神秘な事をかいてみるが、大体仏教の教は七である。というのはお釈迦様は土のミロクであるから、土即ち七である。七の倍が十四で、その倍が廿八であるから、三即ち水であり月であるとしたら、月と土の教えで、印度とは印が月で度が土であるという意味である。陰土であり、昔印度は月氏国といつたのだから、仏教の意味も之で判つたであろう。
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【お伺】「桃の実」と「梅の実」とは霊的にどの様な関係に御座いましようか。御垂示謹んで御願い申し上げます。
【御垂示】梅の実は、花が五弁であるから五行、即ち木火土金水の意味でもあり、又松竹梅の一つで、芽出度い意味でもある。又兄の花といつて、百花の中一番先に咲くので、始めであり、春、即ち天国の始めでもある。故に散花結実とは、梅の事をいうのである。大本教の御筆先の最初に『三千世界、一度に開く梅の花』という事がある。兎に角その花が散つて実るのであるから、非常に神秘なものであるが、何れもつと詳しくかくつもりである。桃の実は、之も仲々神秘があるもので、昔からの言い伝えに、西王母の園に三千年目に一つ成るという桃の実で非常に尊いものとなされている。その桃の実の力によつて、結構な世の中が出来るというのである。謡曲の西王母には、桃の実を君に献上するとあるが、此君とは伊邪諾伊邪冊の神様の事である。又桃太郎も此事で鬼ケ島征伐とは、邪神を退治する事で、宝物とは龍宮の乙姫様の持つていた宝である。又、古事記にある黄泉比良坂の戦の時、神軍が危ういので、伊邪諾尊が、桃の実を下されたので、それを投げつけたため、魔軍は敗退したとなつている。之ももつと詳しくかきたいが、余り長くなるから後に譲るとする。
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【お伺】血液型と民族との関係に付き御開示下さいます様謹しんで御願い申し上げます。
【御垂示】之は、今度かいた「日本人種の霊的考察」という論文をみれば判る。地上天国廿二号から廿三、廿四と、三回に渉つて出すつもりである。
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【お伺】大は宇宙から小は黴菌に到るまで、万物悉呼吸しているとの御教から推察致しまして、霊子に於ける陰電子の回転等も呼吸作用と考えてよろしいでしようか。又最極微粒子たる神霊子にも呼吸作用はあるで御座いましようか。右謹しんで御伺い申上げます。
【御垂示】勿論、宇宙、一切万有は呼吸していないものはないのである。
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【お伺】出雲は昔素盞嗚尊が出雲の庁を開府し、朝鮮との交通も盛んであり、又、御説によりますれば、現在幽世の大神様は、大国主命と承り、出雲大社の主祭神は大国主命でありますが、出雲地方の意義に付きまして、御伺い申上げます。
【御垂示】出雲は、素盞嗚尊が家来を引連れて、移住した根拠地であるから、朝鮮民族が主で、之を出雲族ともいう。然し兎に角、日本に於ける外国文化の輸入の最初であつたとしてみれば、その功績も大いにあつた訳である。又言霊上、出雲とは、いづくもという文字であるから、此所にいて、いづくも靡くという意味であるという説もある。
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【お伺】立腹を柔げる御浄霊個所として、「みぞをち」の重要性を御開示頂きまして誠に有難う御座いました。或る一部の学者は「みぞをち」の背部の太陽神経叢は、神と人間を結合するものであるとなし、非常に重要視して居りますが、此学説の正誤と「みぞをち」の御浄霊と、太陽叢との関係につき御教示下さいます様謹んでお願い申上げます。
【御垂示】右の学理は、全部とは言わない迄も、大体間違つている。というのは太陽叢ばかりではない、月の叢、地の叢も、密合している線が中腑に集つているとも言えるからである。右の叢の字は、層の間違であろう。
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【お伺】萩市中心部より東北約五キロの地点に、笠山と呼ばれる標高百十二米の死火山が御座いまして、此頂上に、前世紀の遺物と地質学者の云つている火山口があり、其中に寒帯植物と熱帯植物とが並び合つて天然に生えて居ります。斯様な例は世界でも珍しく学会の謎となつている由で御座いますが、これは何か特別な意味が御座いましようか謹んでお伺い申上げます。
【御垂示】之は、その場所へ行つてみなければ判らない。然し想像してみれば、その附近には水が地下を流れているから、温度が低いが、それを厚い岩盤で、遮断しており、反対の方は岩盤の隙間から地熱が立昇して暖かい為かとも思う。
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【お伺】私の弟は昨年暮、結核で死亡しましたが、生前考古学が好きで板碑(数百年前の石塔婆)や埴輪、土器等を沢山蒐集致して居りましたが、この様なものは如何が処分さして頂いたら宜しいものでしようかお伺い申上げます。生前弟の勤めて居りました学校で、歴史の資料にしたいから寄附してくれと申しますが、母が知らずにこの板碑を道路に敷きました処、腰部神経痛を起した経験等もございますので、只今の処、寄附することも見合わせて居ります。
【御垂示】寄附するのは一番よろしい。何故なればそれによつて、考古学上稗益するからである。とすれば、蒐集した事も無駄ではなく、有意義となるから、弟さんの霊も、大いに満足するであろう。
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【お伺】神に祈る場合、合掌する意味を御教え下さい。
【御垂示】之は、人間が尊敬心が起る場合、自然にそうなるのである。然し仏教家など、色々な説を唱えるが、それも一理はあるが、自然と解釈するのが、最も当を得ている。
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【お伺】「因縁が切れる」とか「因縁を切る」とか云う事を聞きますが、如何なる意味でしようか、憑依霊が浄化して解脱、退散する事を言うのでしようか、よく因縁があるから憑依するとの事、本教の御光の力によつて浄化救済された霊は、喜んで霊界から協力するとすれば、やはり縁があるわけですから、悪因縁が切れて良い因縁が結ばれるのだ、と解してよろしいのでしようか、御教示願います。
【御垂示】その解釈でよろしい。
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【お伺】宗教革命の導火原因となつたローマ法皇の免罪符発行に対して、時のドイツ神学者マルチン・ルーテルは福音主義を奉じて強烈に抗争し、遂に、新教の基礎を造りました。免罪符排斥の主点は、民衆の偽瞞と、ローマ法皇の圧政と寺僧の享楽を批難する処にあつたものと考えられますが、キリストの殿堂を復旧しようとして執つた法皇の行為と、ルーテルの思想に対しての御見解を御教示下さい。
【御垂示】どちらにも理屈はあろうが、私からいえば、大した問題ではない。只ルーテルの宗教改革が或程度成功したという事は、ローマ法皇の行り方に欠陥があったからと解釈すべきであろう。
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【お伺】去る二月十五日関東方面を襲つた大吹雪は、近来稀なるものと云われ、東京は時ならぬ交通難に直面致しましたが、霊的にみて如何なる原因でしようか。御教示願います。
【御垂示】勿論之は浄化作用である。余り人間が悪い想念や悪い行いで、霊界を汚すから、自然にそうなるのである。全く人間が作つて、人間が苦しむのである。
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【お伺】本年一月七日私の教会の新年祭をさせて頂きましたが、此日の午後二時頃隣村の信者井上満之助氏(酒造業)宅で非常にこげ臭いので、あちこち探しました所、次男が階下の衣桁へお守のかけてあるその上へ重ねてオーバーを掛けて二階へ上つていたのですが、こげ臭いのはそのオーバーが燃えている為だつたので御座います。その衣桁の附近には何等火の気は無く、家族の者は非常に不思議がつていますが、次男の申しますにはオーバーのポケツトへセルロイドのパス入れがあつたが、そこへ消したつもりで煙草の吸い残りを入れたのに、まだ火がついていてセルロイドへ引火したのではないかと思う、と言つていますが、これも確実に記憶してはいない単なる推理に過ぎないのであります。或いは右の出来事は尊いお守の上へ、不敬にもオーバーを掛けてあつたので、そのおとがめでしようか、何卒御垂示の程お願い申上げます。尚オーバーは半分以上も焼けていたそうですが、「お守」の袋はこげてもいず、大事に至らなかつた点を非常に感謝申上げています。
【御垂示】右は勿論御咎めであるからよく御詫びして悔改めないと再びお知らせがあるものである。本教の御守は生きているのであるから、大いに注意すべきである。御守ばかりでなく、私のかいた文字の上へ何かを載せると必ずお知らせがある。又御神書や本教の新聞雑誌等でもその上へ普通の印刷物など載せると、お咎めがあるものであるから、此点よく注意すべきである。
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【お伺】御浄霊は浄化した時だけやればよいと云う事を伺いましたが、積極的に御光を頂き、浄化を求める為、御浄霊を受けるのは如何で御座いましようか。
【御垂示】そんな必要はない。何故なれば無浄化の際浄霊をすると非常に骨が折れるからである。それよりも、浄化を起したいとしたら、信仰によつて徳を積めば、魂が浄まるから、自然浄化が起るので、それが本当の信仰である。
(地天二十二号 昭和二十六年三月二十五日)
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昭和二十六年四月号
【お伺】「日本人種の霊的考察」の御開示の中にも、日本人中に四種族あると御教示頂きましたが、世界各国にもその様な霊統が御座いましようか。又現世界状勢にもその霊統間の「日本の型」の反映又は移写の様な状態が御座居ましようか。右御伺い申上げます。
【御垂示】無論、世界中の人種にも色々の系統がある。之は何れ時機が来たら、詳しくかくつもりである。
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【お伺】昨年四月入信させて戴き、十二月二十五日には御神体を御奉斎させて戴いて居ります小林岩夫と申す信者で御座いますが、本年二月二十五日の夜九時頃、同家屋根上(御神体の上)に直径三寸位の光の玉が見え、又其光の玉の廻りに星位の玉が十個程見えました。同時に近所の人も四、五人はつきりと見られたそうで御座います。家の者も別に気にも留めずに居りましたが、八日後の三月六日夜八時頃又も見えました。今度は前とは違い、星位の光が三個だけでした。此光の玉は御神霊で御座いましようか。又何かの御知らせで御座いましようか。御教の程承りたく御願い申上げます。
【御垂示】之は、救われた霊が光明如来様へ御礼に慕い寄つて来るのである。光るのは救われた霊であるからで、大きいのは神格を得たもので、小さいのは人霊の救われたばかりのものである。
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【お伺】一、先に御かげ話にて御報告申し上げました丹野隆夫(一三歳)は格別の御守護を頂き、御写真御文字、又は御浄霊の霊光を見させて頂き、人により放射力の濃淡及び長短を見させて頂いております。又大光明如来様より放射するお光が室内に充満し、室外にもあふれてをると申します。又此度は、朝の御参拝の折、心臓に快よい律動を感じ、例えば今日学校で危険な事があるから、気を付ける様にとか聞える如く、感ずるそうでありますが、果して此様な事があるものでしようか。右御伺い申し上げます。
【御垂示】無論、そういう事はよくあるもので、之は祖霊の中で救われた者が、感謝報恩の為、御神業の御手伝いをするのであるから、結構である。
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【お伺】米麦に就て、品種選択改良の必要性がありましようか、御教示願います。
【御垂示】品種改良の必要は余りない。只品種よりも肥毒を早く抜く事である。だから肥料をやらなければ、年々品種はよくなるばかりである。従つて一度決めた品種は、中途で変えてはいけないから、此点注意すべきである。
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【お伺】冷水の出る土地で、自然農法を行なつた処、二年目に一割五分程の減収でした。人々は藁を入れたからだと言います。この対策について御教示を御願い致します。他の有肥田と比較しても減収なのです。
【御垂示】之は勿論水の冷たい為もあるが、土にも種にも、肥毒が残つているからである。それから注意すべきは、藁は出来る丈細く切る事、水は日光で温めるように、溝を出来るだけ長くする事、右実行すれば、年々増収となる事確実である。
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【お伺】新開墾地で自然栽培を行うと、豌豆、西瓜等は、良く穫れますが、麦等に於ては、初めから穫れないと言われますが、その原因は那辺にあるのでしようか、御教示願います。
【御垂示】そんな事は決してない。只開拓地は土がこなれていないから、固り易い為である。だからどうしても、土を固めないよう堆肥を充分混ぜるようにすればよい。又土地によつては石混りの所があるから、こういうのは充分篩にかければよいのである。
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【お伺】畑の裏作に於て、自然農法では、草とか藁を入れて腐らして、土地を肥さうとしますが、そうすれば結局、ミミヅとかモグラが荒し廻つて減収をきたします。どうしたら、モグラ等、害虫を駆逐出来ましようか、御伺い致します。
【御垂示】あなたは私の自然農法の読み方が足りない。草や藁に肥料分は決してない。只畑の土を固めない為と、水田の土を温めるという意味である。肥料は土だけにある事を知らねばならない。モグラやミミヅが荒すのは、土が汚れており、土の霊が曇つているのであるから、貴方の認識を変えてよく浄霊をし、神様にお願いすれば、そういう心配はなくなるのである。
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【お伺】私は自然栽培に切替え、初年度、二年度と、半俵程増収させて戴いたのですが、昔からこの地区では、藁を入れると夏(ズイ)虫がわくと言つて、藁を入れません。私は藁を入れた方が良いとは知りつゝも、躊躇しているのですが、如何なものでしようか、御教示願います。
【御垂示】藁と夏虫とは関係はない。夏虫は人糞肥料によつて湧くのであるから、人糞をやらなければいいのである。由来昔から色々な事を言つているが、間違つている事の方が多いのである。だから私のいう通りを実行すれば、立派な成績が挙がるのである。
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【お伺】山間部で田が階段状になつて居り、冷水の侵入を如何にしても、防ぐ事が出来ず、藁を入れても、土に混合する前に、冷水の為に、ぶわぶわ浮いています。土に完全に混るにも相当遅く、土質と藁の量を、大いに考えねばなりません。藁の加減を如何にすべきか、或は他に方法を考えるべきか悩んでいます。この点に就て御教示願います。
【御垂示】藁はそれ程重要視するには当らない。そういう土地は日の当る場所へ、溝を出来る丈延ばしてそこを水が通るようにすればいい。つまり、日光で水を温める方法である。
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【お伺】岐阜県本巣郡の者ですが、水田であつて、四寸程までは土で下は岩盤であります。耕土が深い方が多く作れると云うので、裏作から耕土を深くしたのですが、実際に四寸位が適当か、或は未だ深く掘るべきか、御教示願います。
【御垂示】之は出来る丈浅くする方がいい。深いと、根伸びの場合、岩盤に突当るから、成育が悪くなるからである。
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【お伺】火葬の骨に五色の斑点が出来ますと、山形の地方ではこれを「花舎利(ハナシヤリ)」と称し、伝説に依れば、其霊は天国にゆき再生せず、生前は徳望のあつた方だと言つてをります。現在私も見ましたが、この霊は六歳で帰幽致し、其母親は教修を頂いてをるものであります。これは迷信で御座いましようか。右御伺い申し上げます。
【御垂示】之は迷信である。花の模様は一種の薬毒が骨に染みている為であろう。又天国へ往つて再生しないというのも可笑しい。何故なれば、人間は必ず再生するものであるからである。
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【お伺】御葬式又は法要の場合、僧侶の読経が済んでから善言讃詞を奏上する様との御言葉で御座いますが、僧侶の来る前の日に御供養させて頂いてよろしいでしようか。右御伺い申し上げます。
【御垂示】僧侶のいる時は、善言讃詞は奏げない方がよい。というのは僧侶としては、よい気持はしないからである。勿論読経よりも、善言讃詞を先へ奏げるのが本当である。
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【お伺】仏壇の直ぐ上に神棚があるのはよくないでしようか。仏壇の中に幽世之大神様を御奉斎致してをるので御座います。右御開示御願い申し上げます。
【御垂示】無論神様のない方がよい。神棚は外へ移すべきだ。右質問中の幽世之大神様とは、何神様であるか知らせなさい。
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【お伺】当年三歳の女の子(良子)生後十カ月頃脳膜炎を患い当時医療にて固めました。小さい時には気付ませんでしたが、今に口がきけず耳も聞えません。頭の働きなど普通の子供と変りません。此子の伯父は発狂して死亡して居り、又此子の兄は、生後八十日頃脳膜炎で死亡し、其弟も生後四十五日頃やつぱり脳膜炎の症状で死亡して居ります。以前死亡している人達と何か関係がありましようか。又治癒するものでしようか。浄霊は約三カ月間位受けて居り、其間汽車の音などに振りむくような事二、三回あります。今年三月には、屏風観音様及び光明如来様をお迎えさして頂いて居ります。
【御垂示】之は脳膜炎の時、氷冷などで毒素を固めた為、脳の器能が働かなくなつたのであるから、気長に浄霊すれば、必ず治るものである。勿論首の周り、肩の塊りもよく溶かす事である。又霊的関係というよりも、遺伝性である。出来るだけ運動させるようにすると、浄化が発るから、早く治るのである。
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【お伺】私は十九歳の時、村の方の所へ嫁ぎましたが、夫は既に梅毒を患つており、私に染るのを恐れて一度も夫婦の交わりを致しませず、毎日暗い日が続きましたので、堪えられなくなつて八カ月目に夫と姑が無理に頼んで止めるのをふりきつて実家へ帰り、只今の夫の所へ嫁ぎました。そして昭和二十三年十月入信させて頂きました。夫は其時反対ではなく又賛成でもなかつたのでございますが、本家は反対でございました。それから一年余り毎月姉の家で例祭の有ります時、お詣りし先生のお話を聞かせて頂いておりました。去年の二月頃から夫は、夜大きくうなされたり、悲しんだり、泣く様な事を申す様になり、又会社で「お前の女房は観音教の先生に瞞されている」と聞いて帰えり、ぶつ、けるの乱暴を致します。それでなくてさえ反対の本家は、勿体ない事には私のお守様を取り上げてしまい、父は焼いてやるとまでおつしやつたのでございます。その後本家の父と兄は赤痢になつて入院、父は間もなく死亡等、次々と不幸が続いております。私の夫は固い律義な人で、お仕事や言語には変りございませんが、家では半気違いの様になつて、自分で妄想を作り上げ、激しく責めたて、本当に人様に言えない様な事もございます。いくら話をしましても聞き入れもしません。帰えれと申しますので、子供と別れて親の家へ帰つております。如何致したら良いのでございましようか。私の住んでいます家は夫の叔父に当る方の家で、二人共死んでおられませんが、生前よく男があるとかないとか、争つておられましたそうです。それから私が初めに嫁ぎました夫は、兄が亡くなつて、兄嫁と一緒になり、男の子二人をもつて幸せに暮しています。最近本家の兄も弟(私の主人)の日毎に募る狂態を色々心配致し、お道の先生とも話して救世教に対する認識も変えて下さつた様で、まだお守様は主人が嫌うので、返えしてもらえませんが、何とか夫をもとの様に返すには如何致したらよいでしよう。どうぞお導き下さいませ。
【御垂示】之は霊的原因が大いにあるが、一寸茲では言えない。夫が帰れというのだから実家へ帰つて、一生懸命信仰に励み、徳を積む事が最もよい。貴女が苦しむのは、あなたに罪があるのだから、徳を積んで罪を消す事である。消えただけは幸福になるのであるから、今後其方針で進み、後は神様にお委せすれば、必ずよくなるのである。次に反対者には何とかして、「栄光」か「地上天国」を読ませるようにするのが一番よい。
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【お伺】私は昭和二十五年十二月二日、妻は本年三月三日入信させて頂き、現在函館に住居し、青函連絡船の船長として、種々御守護を頂きつつ毎日を送らせて頂いて居る者でございます。明治以前二十年位前、廃仏騒動と称するものがありまして、当時寺は全部破壊され、坊さんは全部殺害され、当時庄屋でありました私宅に緋の衣を纒える坊さんを連れて来て殺しました。其後大火がありまして、私宅は全焼、祖母一人生き残りました由でございますが、これは祖母幼少の頃で確たる事は判りませんが、其頃より部落全部神道になりました。父は船をもつて諸方面を歩いている内に「永海タミ」(私の実母)と知合い、内縁関係になりました。その内本妻「永海ヤス」は病死し、その後「永海タミ」は後妻として迎へられました。先妻「永海ヤス」は此事を知つて、相当烈しく怨んで、他界したそうでございます。「永海タミ」は三十過ぎてより、どことなく体が悪くなり、日蓮宗を信仰し、日蓮の坊さんの奨めにより山篭りして行をとるべく準備中に、心臓病にて便所で卒倒し、口も利けなくなり、間もなく死亡、日蓮宗にてお葬式を出しました。 長兄(永海ヤスの長男)は父の築いた財産を蕩尽し、妻を離縁し、芸妓を後妻としましたが、金使いが荒く、親類会議により準禁治産者となり、私は長兄の所に養子となりました。長兄は現在鳥取県西伯郡尚徳村に住んで居ります。現在私は御屏風観音様をお祀させて頂き、取敢ず仏式にてお祀りさせて頂いて居りますが、正しい御先祖祀りの方法を御教賜り度御願い申上げます。尚、島の部落では、白木の位牌に本名を書き、精進料理を供へ線香を上げ、墓には線香に榊と云う神仏混合の祀り方をして居ります。尚、去年お守様を頂いて帰りましてより九日目に私に憑霊がありまして、旧住処隠岐の島五箇村九○三の地主であると称し、武士の如く威猛き口調で申しますには、『永海家を守護している地主である。永海家の恩人である地主を祀らないで放つて置いたから、此男(私)を生かしてはおかない考えであつた。地主とは三百年位前にその土地にあつて、其の地方を治めていた武士であり、其土地に執着を持つていて祀られたものである。今後は次の祀り方で祀れ、祀らないと不幸が来る事を肝に銘じて置け。此事は子々孫々に至るまで、決して忘れる事のないようよく伝え置け。祀り方は元の場所に祀るのがよいが、それも出来ない為、現住所の庭の一角に三尺四方位の土地を、地主の土地として、塩を撒き、小石を置きその上に祠を作つて祀れ。その祠の中には「永海家の恩人」と云う事を明記せよ。又、此中に「永海家の者は子々孫々に至るまで、此祀りを忘れてはならぬ」旨をも書いておけ。移転の時は持つて行け。火災の時は持出せ。持出せない時は新しく作つて祀れ。身分相応に祀れ。永海家の先祖には偉い人が居るが、俺が邪魔してやろうと思えばどんな事も出来る』と言いました。右の事柄を受諾しましたら帰りました。現在は右の霊の言つた通り祀つて居りますが、何か変な感じがしまして狐霊か何かの様に思われますが、いかがなものでございましようか。又祀り方は霊の言つた通りでよろしゆうございましようか。御教の程御願い申上げます。
【御垂示】之は人霊が畜生道へ墜ちた狐霊で、人間に再生したい為頼んだのであると思うが、その言う通り祀つたのは結構ですからその侭でよろしい。貴方の家は悪因縁が大分あるから、一日も早く光明如来様をお祀りして、出来るだけ人助けをする事である。それによつて苦しんでいる霊が救われるから、貴方の家も段々倖せになる。
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【お伺】恥かしい場合、すぐに顔面紅潮する人と、さうでない人とありますが、これはどういう訳でしようかお伺い致します。
【御垂示】之は心臓の関係と面の皮の厚い薄いであろう。
(地天二十三号 昭和二十六年四月二十五日)
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昭和二十六年五月号
【お伺】或信者の家庭にて祖父が「現在の墓地は盆地にて気に入らぬから、自家所有の高地に新らしく墓地を作り、祖先の墓地も移転して、私の死後も新墓地に埋葬してくれ。之が私の遺言だ」と常々言つて居りますが、墓地の移転は出来得るもので御座居ましようか。出来得るとしたら如何が致したら宜敷うございましようか。又甲村より乙村に転居して永住する場合、墓地の移転は出来るものでしようか。御教示の程御願い申上げます。
【御垂示】移転は出来ない事はないが、余程理由がなくては祖霊が承知しない。例えば遠方で墓詣りが出来ないからだとか、市街地などで撤去を命ぜられた場合とかの事情があれば差支えないが、貴方のも場所がよくなるのだから、祖霊も納得するだろうと思うから、先づ光明如来様に御願いしてから、祖霊によく理由を話して承知を願えばいいのである。手続は祝詞を奏上してから、右の如くにして丁寧に御移しすればよろしい。
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【お伺】今から十五、六年前に分家した亡父が、墓地を求め先祖代々之墓を建てましたが、猫足で御座います。猫足はいけないもので御座いましようか。又墓石が重いという感じが致しますが、墓石は小さいのに直した方が宜敷いもので御座いましようか、又石の色も白色の方が宜敷いもので御座いましようか。右御伺申上げます。
【御垂示】右のようで差支えない。只墓石は成可白い方がよいのである。
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【お伺】私は本年二月八日に妻と共に入信させて頂きましたが大正七年に大本教に入り御神体を受け、古い祖霊より父母まで大本教式に御祀り致しました。大正十一年からは大本教には関係せず、務めの余暇に専ら心霊科学の研究を致してまいりました。現在神床には大本教本部で御受けした御神体と共に、大神宮様、多度神社、産土様の大麻とを神明造りの神殿に御祀りしてあります。今回光明如来様を奉斎させて頂きたいと思いますが、右両祭壇並に御神体は如何やうに致しましたら宜しいで御座いましようか。謹んで御伺申上げます。
【御垂示】之は教師に教えてある筈だから、詳しくは教師に訊きなさい。
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【お伺】昭和廿三年三月に入信、廿四年八月に光明如来様、廿五年三月には大光明如来様を御奉斎された信者さんですが、廿六年三月に床の間に雨漏りが致し、恐れ多くも御神体の左肩にしみがつきました。謹しみて御詫び申上げます。之は何かの御知らせでございましようか。又如何に取扱わして頂いたら宜敷うございましようか。御教示御願い申上げます。
【御垂示】無論、訳があるから、よく考えてみれば判る筈である。文字が汚れていないで、紙だけなら経師屋に洗つて貰えばよいが、文字が酷く汚れていれば新しいのと取替える方がよい。
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【お伺】当地方では機帆船を新造に際し、敷を据えれば従来は、八幡宮の神官に祓浄をして貰つて居ましたが、本教の話を致しました処、その祓浄を友人から私に依頼して来ました。本教に於ては此場合は如何様な方法で祓浄めを致せば宜敷いのでしようか。御教示下さいませ。
【御垂示】只天津祝詞を奏上すればよろしい。すべて船の場合は船長が信者となり、お守を掛けていれば、それでよいのである。
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【お伺】救世教の新規構は、経緯結び、融合した理想の型でありましようか。
【御垂示】勿論である。
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【お伺】ヨハネの日本的御神名、又天国建設の為に御主宰の御神業は如何なる種類のものでございましようか。
【御垂示】ヨハネの日本的御神名はない。強いて言えば、報身の彌勒のお働きであるから、キリストの師であつて又キリストに仕えるお役目でもある。と言うと人間的常識では判らないが、恰度釈尊にたとえればよく判る。釈尊は観音様を生んだから親であるが、今は観音様を助けて低位に甘んじているのと同じである。
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【お伺】霊的曇りが濃度化すると植物性微粒子が発生する。と御教えいただきましたが、植物性とは如何なる状態で御座いましようか。御伺申上げます。
【御垂示】之は文字通り解釈すれば判る筈である。
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【お伺】額の中央、左の目尻、右眉毛、左小鼻側、口左下部等顔の目の上、目の下や口等に出来ている黒子(ホクロ)がありますが如何なるものでしようか。又取つても良いものでしようか。御伺申上げます。
【御垂示】右の黒子の位置は左程悪いのはないから、そのままでよろしい、特に口左下部は最もよいから、大切にしておくべきだ。
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【お伺】私は或婦人を御浄霊して居りますが、死一歩手前を御守護によつて御救い頂きましたが、主人は無能力で働く事が大嫌いで、本人主人共御教修は頂きましたが、感謝の念が薄い様で約一年余の間、御礼は全然致しません。右の様な場合御礼を頂かないで御浄霊をしても、神様から御許し頂けるので御座いましようか。それ共一時本人が眼醒める迄放任していた方が宜敷いでしようか。
【御垂示】放任した方がよろしい。そんな恩知らずの面倒をみるのは、神様に勿体ないのである。時期が来て、本人が心から目醒め、御縋りしてくれば、神様にお詫びして、御救いを願えばよいのである。
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【お伺】そそつかしい慌て者の性質と、気の小さい性質はどういうわけでございましようか。又御浄霊で治りましようか。治りますならば何処を御浄霊いたしましたら宜敷うございましようか。御伺申上げます。
【御垂示】御浄霊でも効果はあるが、それよりも御神書を全部読めば、尚御蔭がある。それによつて御神意が本当に解れば、右のような癖は、必ず治る。
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【お伺】御浄霊の際は手の力を出来るだけ抜く様に御教えを頂きましたが、同様に御光が目的個所へ浸透する様に念ずる人間念力も、出来るだけ放下すべきで御座いましようか、其方便として、側見をしたり、他の考え事をしてもよいと云う事になりますと思いますが、如何でございましようか。又御光は直線に進むものでございましようか。直線に進むと致しましたら、掌の面を浄霊個所に対し、其様に合せなければなりませんと思われますが、如何でございましようか。御伺申上げます。
【御垂示】手の力を出来るだけ抜く事と、患部に奥深く滲透するようにする。此矛盾のような方法であるから、熟練が肝腎である。次に霊射は勿論直線である。アインシユタインの説のような光線屈曲はないのである。
(地天二十四号 昭和二十六年五月二十五日)
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昭和二十六年六月号
【お伺】既成宗教信徒の家の奉斎神が邪神なりと推定しつつも、同家家人の感情をよくする意味で、形だけの礼拝する場合は悪気を受けるものでしようか、或は奉斎神は反つて好感を抱くものでしようか。
【御垂示】それは一概にはいえないが、何より光明如来様を御祀りすれば、他の神様はそのままでよろしい。それで一、二年過ぎれば他の神様はメシヤ教の信者になるか、そうでなければ元へ御帰りになるから、そうなると自然に解決されるから万事神様に御委せすればよろしい。
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【お伺】去る五月十八日午後七時三十分頃、例祭後御神前に於て信徒杉本暎弘五十歳を約二十分間浄霊(延髄浄霊中)本人は合掌し手を小さく振わせ顔を時々小さく振り厳粛なる態度で神霊らしき憑霊あり、急に御軸の方に向き直り、左記の如き問答を致しましたが、之は本当の神霊でありましようか、又は他の霊でありましようか御伺い申上げます。
記
(霊)此方は左近少将姓は藤原平家の落人で此身の守護人として憑つたのであ る。この道のお蔭を以つて此方の神格が上つたのである。此道の修業によつて 神格が上つたのである。お蔭で最高の神に近寄つて行く事が出来た、現界に居 る時は其役目々々を官位に依つて修業をして居つた。地上天国のある様に幽界 に於ても神界がある。神界に上つた者は現世には再生致さない。此修業に依つ て、メシヤの下に働く者は神界人となる事が出来るのである。霊を主とし体を従として信仰に徹するなら、皆々が救われて行くのである。 それに依つて吾々も向上してどんどん上に昇つて行くのである。此方の申した 事は夢にも忘れてはならない。皆々が救われて行くのである。之もメシヤの思 召しに依つて皆々に伝えるのである。
(問)何かお尋ねしてもよいでしようか。
(答)申される事なら申してやる。
(問)私の先祖もまだ苦しんでいる事と思いますが、如何したらよいでしよう か。
(答)我を捨て捨てまだ其方達は我が十二分にある。さすれば皆が救われるので ある。
(問)私の此メシヤ教の御用の為の必要な事を教えて下さい。
(答)あせつてはいかない。あせつては無理が行く、時機が来たら其時は判る。 もうすぐに来る。其方達は今が峠である。一番大切な時である。
(問)まだ一族に判らない者が沢山ありますが。
(答)それも時機が来ると判る。ついて来る者をどんどん導けばよい。ついて来ない者はほつておけ。長崎の方は早く御霊鎮めをしなければならない。急ぐ急ぐ此方が急ぐ。
(問)今中教会長先生は本部へ行かれるので今月中は出来ませんが、来月早々御 願すればよいでしようか。
(答)その通りその通り、早くせねば間に合わない。早くしないと 今迄の事が何にもならない事になる。其方も痛感していようが此方があせつているのである。早くしないと皆が救われぬのである。
(問)長浜の方はあまり判つた者が少ないのですが、時を待てばよいでしよう か。
(答)左様である左様である。今から段々よくなる。お暇致すであろう。
(私)誠にありがとう御座いました。
時に午後七時四十五分此間約十五分、杉本さんはキヨロリとして浄霊を受けて、今言つた事も夢の様と申します。そして恭しく大光明如来様に礼拝しました。勿論本人は全く言つた事は無意識と言います。
【御垂示】その霊は本物である。貴男の祖霊の一人で、正守護神になつていた者が、本教の信仰によつて、神格が上つたのである。非常に結構な事で、之から発展するであろう。
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【お伺】本年三月入信致しました常松初江(五十一)で御座居ます。昭和十三年頃より三カ年間鳥取市近郊の多鯰カ池に祀つてありました弁天様を熱心に信仰致しました。其時から弁天様を自宅の神棚にお祀りして居りますが、今回御道に入信させて頂きましたので、屋外へ祀りかえした方が良いと思いますが、建物が屋敷一杯で空地が御座居ません。如何が致しましたらよろしう御座いましようか、御教えの程御願い申上げます。
【御垂示】本当は外の方がよいのであるが、今の処止むを得ないから、その事を弁天様に御断りすればそれでよろしい。
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【お伺】亡妻の三回忌を迎えますに就て、只今の所長野の母方の墓地に仮埋葬致して御座居ます。新墓地は将来の教団の新しい方式が定まつてから求めたいと思つて居りますが、此十一月に三回忌を迎えますに就きまして、仮埋葬のままで宜しう御座いましようか、御教えを御願い申上げます。
【御垂示】それでよろしい。
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【お伺】以前、私の家の田の一部に墓がありました。勝手が悪いので、亡父が取り除けました。その時は寺の坊さんにお経をあげて頂いて除けました。それからは家の者が病気になつたり、死んだり、不幸が続きますので、稲荷さんに見て頂きましたところ、その墓のあつた所で、昔山武士や六部が死んでいるから、元通りにせよと言われますので、元通りに致しました。田の中ですから勝手が悪いのですが、取除いてはいけないもので御座いましようかお伺い申上げます。
【御垂示】本教の信者になれば、そんな手数をかける事はいらない。只光明如来様にそれらの霊を救つて頂きたいと御願いすれば、必ず救われるのであるから、そんな面倒な事をする必要はない。
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【お伺】名前の付け方につきまして御教の程御願い申上げます。
【御垂示】之は仲々簡単には教えられない。何しろ七十五声の言霊、一つ一つを知らなければならないからである。だから生れた子供に名を付ける場合など、よく光明如来様に御願いすると頭へ浮んでくるから、それでよいのである。
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【お伺】目上の人又は先生が何か間違いを致して居る場合、それに対して知らせてやる事は悪行為になりますか、又自己の行為が良いと信じ切つて居る先生が、こちらの話の意味を聞きとれず誤解される場合がありますが、其時には如何したら宜敷いでしようか。御教示下さいませ。
【御垂示】それは先生の精神的状態と、忠告する人の智慧証覚によるので、簡単にはいえない。だから光明如来様に、真心を以て御願いすればよいのである、そうすれば神様の方でよいようにして下さるから、それでいいのである。
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【お伺】身体全体に無駄毛が生えている女の人がありますが、如何なる訳でありましようか、御浄霊でなくなりましようか。
【御垂示】之は前の世動物霊であつたのが、生れ変つたのである。信仰に入り熱心に御用すれば段々治つてゆく筈だ。
(地天二十五号 昭和二十六年六月二十五日)
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昭和二十六年七月号
【お伺】或信者の未入信の妻が六月十五日朝六時半頃、主人より御浄霊を受け、祝詞を奏上中睡気を催し、その瞬間夢にて牡鶏のトサカ耳垂れの非常にふくよかな威勢のいい、全体が金色に輝き、特に尾は印象的で、羽根は金色と朱色が混りよく垂れ、その雄々しさ、美しさは何とも言えませんでした。因みに同人は結核にて現在臥床中、経過は御浄霊を頂く前よりは大分よくして頂きましたが、大した変化も御座居ません。右の夢は何か訳があるものの様に思われますが、右に付き御開示を御願い申上げます。
【御垂示】結構な夢である。此夢は、御主人が将来大いに出世をする正守護神のお知らせ事である。
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【お伺】養祖母は熊本市より父(姓は神代にて職業は医師)と共に当地に参り現在の尾石家の世話にて佐藤家に嫁し、三子を育て、故ありて四十歳頃家出をなし尾石家に後入したのでありますが、尾石家に子供のない為、取婿取嫁の形で孫娘(佐藤家)と私(実家は河野姓)が夫婦になつているので御座居ます。只今尾石家先祖代々之位牌を祭らして戴いていますが、此場合神代家、佐藤家、河野家の先祖代々之位牌を祭つて障りのないものでしようか、又祭るとした場合の位牌の順序は如何なるものでしようか、謹しんで御伺い申上げます。
【御垂示】一軒でも余計祀る程結構である。祀る順序は度々信者に話してあるから、古い信者に訊いてみなさい。
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【お伺】結婚した場合、夫の御仏壇に妻の先祖代々の霊位の御位牌を御祭りして宜敷しいもので御座居ましようか。
【御垂示】結構である。その代り、順序を間違えないようにしなさい。
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【お伺】分家した者が仏壇に御位牌を御祭りする場合、先祖代々の御位牌の外、自分と妻の存命中に、知、不知の死去した両方の祖父母兄弟の御位牌は如何にしたら宜敷しう御座居ましようか、私も妻も本家は御祀りをやつて居ります。
【御垂示】之は確か此春辺りの本誌の此欄にかいてあるから、それをみなさい。
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【お伺】当地方には三月牛蒡といつて旧暦三月に播種した牛蒡は不幸事に使用されるから植えるものではないという言伝えがあります。又地火の日に播種した作物も不幸事に使用されるとか、成育が悪いとかいつた様な言伝えもあり、地火日の播種を非常に嫌つていますが、単なる迷信で御座居ましようか御伺い申上げます。
【御垂示】之は迷信であるから信ずる必要はない。
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【お伺】因縁の動物は前世の直系の家でなくとも、例えば従兄弟の家にでも飼われる事はござましようか、又因縁の動物と思われるものに対しては、来世人間への再生を神様に御願い申上げる為に、人間に対すると同様に其動物に対し、善言讃詞等を奏げて宜敷うございましようか、御伺い申上げます。
【御垂示】勿論、因縁のある原流でなくては生れないものである。但し人間の扱いといつても神様に御願いする事や、善言讃詞を聞かせるのは結構であるが、人間扱いをして楽をなどさせるのはいけない。動物はどこ迄も動物的に扱うべきで、そうすればその修業によつて人間に再生するのである。
(地天二十六号 昭和二十六年七月二十五日)
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昭和二十六年八月号
【お伺】田中久恵(四十四歳)と申す者でございますが、龍玉に就御教え賜わり度く御願い申上げます。龍玉に就て私の存じて居りますことを書かして頂きます。私の実家(静岡市)松崎家、当主で十三代目になりますが、曾祖父の代に、当地伝馬町宿に松崎屋源兵衛と申して徳川氏の御用商人を致して居りましたが、徳川氏瓦解の折、或る方より家宝として、龍玉を譲り受けまして以来所持致して居りましたが、祖父の代に家運も衰えて参りました為、先に横浜へ支店が出て居りましたので一同横浜に引移り二十三年間在住後郷里に戻りました。その間の出来事でございます。 父は当時、東京大学、京都大学へ持参し鑑定を頼みましたが、結局鉱物やら何やら解らず、昔から言う、龍の持ち遊んだという玉だろうとの事でした。其後人を以ちまして外人の方が是非ほしいと申され、話が出来て愈々受け渡しと言う事に成りました所、都合が悪くなり駄目になる事が再度でございました。其中父も病気になり、当時東京の隠田に居られた方、(或る宗教家)が宅に見えて申しますには「それは霊的に大変な御霊の憑つているものを民間に於て而も骨董的取扱いを致して居るから悪いのです。早速氏神様へなりとも納めて祀る可きだ」と言われましたので横浜の三ノ宮神社へ納む可く父と兄が持参致しました処、三ノ宮の祭官長と次の方が、前夜大雨の夢を見られ「きつと龍神様のお渡りがあるのだろう」と語られたところへ伺いましたので、早速御承知下され、宝物殿へお納め頂きました。その後、関東の大震災に逢いました為、父が心配の余り三ノ宮へ伺いました折、神官より「実に不思議な話がございまして、其れは火災中本殿も別屋も焼けはじめましたので、宝物殿も駄目だろうと思つて屋敷の隅にあります池に入りじつと見て居りました所、宝物殿の庇より雫が雨垂れの様に落ちて、其処丈免れました。本当に龍玉のお蔭です」と大変喜ばれました。其後一家が静岡に引揚げ(郷里に帰り)御縁で大本教に入信致し、宇知麿様御見えの折母より其話を申し上げました所、御帰京後、聖師様へ聞上げましたら、其玉は今後大変な御用をなさる御霊故、長い間待つて居られたとの事、早速三ノ宮へお話し申し上げ、快く御承知頂き兄がお伴致して亀岡の宝物殿へお納め致しました。その折祖父(父は前年他界致しております)が「お納め致せば何時の日に拝せられるか分らぬ故、家内中拝見致す様」言われまして、私もはじめて拝した次第でございます。其れは三重の桐箱に入れて古い赤の布団の上に直径三寸程のもので、黒色を帯びた鼠色で底光りが致し中央と思わしき所に(真と申しますか)眼の様なものが有りました様に記憶致しております。亦中箱には玉の経路が書いた古書も同封致してありまして、初め九州の浜に打上げられたのを土民の者が城主の姫様に奉り、其後豊臣家に献上致し、戦賞として家臣へ渡り、其後徳川家康公の御手に入つたのが段々家臣から民間へと譲りしものと聞き居りました。尚一説には支那から豊臣氏への献上品と申しました。只今でも恐らく箱の中に書いたものが入つて居ることゝ存じます。数年後大本教の事件の際何うなりました事かと思つておりました所、親戚の者より其後の様子が分りました。一時京都の民間に渡り、再度大本教に落付き、此度大八洲神社の御神体としてお祀り致すことに成られたと承りました。私も今日まで、龍玉について種々不思議な点、並びに奇蹟が御座居ましたので、霊的に如何なるもので御座居ましようか、龍玉につき御伺い申上げます。
【御垂示】それは恐らく琉球にあつたものと思う。それが何かの事情で海へ落ち、九州へ上つたものに違いない。琉球とは龍の玉という意味で、之は非常に深い意味のあるもので此玉の力は将来救世の経綸上或事に使用するものであるから、何れ私の方へ来るべきものである。然しまだ時期が来ないので、神様は大本教に保管さしてあるのである。此玉の働きは今は発表する訳にはゆかないが、右の意味であると思つていればいいのである。
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【お伺】同じ様な行為により相手方に悪と思われる場合に、無智の為と、意識している時と、偏見による正義感の為、等ありますが、霊的に云つて其罪は如何なる差異がありましようか、例えば腕力で打つ場合とか、口頭とか文書による場合等ありますが。
【御垂示】無智の為は少ないが、偏見の為は其次で、意識している為が一番大きい罪である。その行動については、腕力が一番悪い、言葉が其次で、文書が一番軽いのである。之等は常識で考えれば判る筈である。
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【お伺】明主様の御論文に「之も慢心」を拝聞いたしましたが、長上、同輩、目下の人に対し非難したり、中傷したりした言葉、行いの罪は霊的に、又体的に如何なる事になりましようか。
【御垂示】それに相応する罪で、之もよく考えれば判る筈である。
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【お伺】私は本年三月、両親及主人入信致し、御神体御奉斎させて頂いて居ります家庭に、後妻として嫁ぎましたが、主人は両親の実子ではなく、養子として当家の長女と結婚致し、子供を二人(女子)残して死亡致しました。其子供は両親が愛情を以つて育てて参りましたが、主人と両親とは非常に仲が悪く、毎日暗い生活を続けて参つたそうです。私が後妻として嫁ぎましてよりも、両親は主人に対し非常に無理難題を申され、下男同様な務めを致して居ります。又私に対しましても日々冷淡となりまして、日常主人と話す事さえ出来ません。又家業は農業でございますが、主人と共に同じ畑で仕事すら致す事は出来ません。此様な生活を続けて居りましても、夫婦の愛情もなく罪多い私でございますので、大慈大悲の大御心により、お磨き下さる事と信じ、一日も早く円満なる家庭に成らして頂くべく御守護を御念じ申上げつつ務めて参りましたが、最近は特に申上げる事も出来ない様な事まで致されて居ります。主人と致しましても、二人の子供に引かれて辛抱している様でございますが、私達は当家にて現在のまま辛抱致すべきでございましようか。又分家して主人と共に二人の子供を育てるべきでございましようか。又は私だけ離縁すべきでしようか。御垂示賜わり度く御願申上げます。
【御垂示】此家は罪穢れが多いので曇り切つてをり、霊界は地獄になつている為であるから、光明如来様を御祀りし、御屏風観音様も仏様に御祀りして、よく御願いし時節を待てば少しづつ家の中の霊界が明るくなるから、一歩々々天国に近づくのである。従而気を揉んだり、焦つたりしてはいけない。光明如来様を信じ、御任せしていれば、必ずよくなるのである。
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【お伺】水は蒸溜水よりも、不純物のある岩清水の方が、又汁粉は砂糖ばかりよりも、塩を少し入れた方が甘い等、純粋物よりも不純物の方が甘いという事は誤りであつて、純粋物の方が甘い時期が来なければならないと考えられますが、如何でございましようか。
【御垂示】不純物という事が間違つている。不純物ではない。有用物である。だからそのものに含まれているバクテリヤがそれ自体の生命の表現である。
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【お伺】二十年前まで協同で使用致して居りました相当古い井戸で御座いますが、現在は使用致して居りません。多少冬は水がありますが、夏は殆んど御座いません。この井戸より三四間離れた所に現在使用して居る井戸が御座います。従つて使用致しませんし、子供が遊ぶのに危険で御座いますので埋めたいので御座いますが、如何致しましたらよろしゆう御座いましようか。右謹んで御伺い申上げます。
【御垂示】それは埋めてもよろしいが、その場合古い井戸の方に、若しか龍神がいるか知れないから、此度井戸を埋めますから、隣りの井戸へ御移り願います、とお断りすればそれでいいのである。
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【お伺】霊界は昼のみとなり、地上天国は永久となれば、現界に於ける夜昼、太陽と月、男女等の区別は如何様になりますか、其関聯性に付て御教えを御願い申上げます。
【御垂示】現界は質問のような現象的には何等変りはないが、霊界は根本的に変つて了うので、それが現界へ映り、五六七の世となるのである。即ち、永遠の地上天国である。此事は絶えず知らしてあるから、判つている筈である。
(地天二十七号 昭和二十六年八月二十五日)
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昭和二十六年九月号
【お伺】御神体、御屏風観音様の御働きの始まる時期はいつからでございますか。
【御垂示】之は変な質問である。どちらのお働きもその人が御受けした日からである。
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【お伺】大光明如来様を御奉斎致して居りますが、其他光明如来様、御姿も頂いて居ります。光明如来様、御姿は同一家屋の別部屋に御奉斎させて頂いて宜敷いもので御座居ましようか、又其部屋の順序は如何で御座居ましようか謹んで御伺い申上げます。
【御垂示】光明如来様は御神体だから、一番上座に御祀りし、御姿は次にされていいのである。右のようにすれば同一家屋内でも差支えないのである。
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【お伺】私の父方は神道で、母方は仏教(曹洞宗)でありますが、当教入信前、妹が死亡し、母里の方にて生活致して居ます都合上、本来は父の姓を名乗つて居る故にも神道の葬儀を行うべき所を、その様な深い考えも無く、曹洞宗の法名を付け、葬儀も仏式にて行い、そして、母方の墓地へ埋葬致しました。霊界にては、光明如来様の御加護を頂いて居るものとは思いますものの、父の籍にあつた者を母の方にて祀るのは、少々疑念が持たれてなりません。この儘の状態で良いものでしようか、それとも間違つて居ましたら方法を何卒御教示下さい。
【御垂示】厳密に言えば間違つているが、何事もなければ、そのままにしておいてもよろしい。
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【お伺】一、平屋の住宅に二階を建増すと、いろいろ災難が起ると申しますが、右は迷信でございましようか、お伺い申し上げます。
二、自然石の墓を人工石に造替え度いと存じますが、古い墓石の処分方法を御垂示の程お願い申し上げます。
【御垂示】一、勿論迷信である。
二、大きな石なら、文字を見えないように削つて了つて庭石などに使つてもよろしいが、小さい石ならその儘、墓の近くへ埋ればよろしい。
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【お伺】私事、七月の石田教会の御祭に参拝致しました留守に六歳になります子供(忠明)が御座敷に入り、御神体の光明如来様の字の一番下方の向つて右下の白い所に、鉛筆にて約一寸位の縦条を三つ書いて居りましたのを、帰宅致した翌朝気が付き、早速祝詞、善言讃詞を奏げてお詫び申し上げ、子供によく注意致しまして後、消ゴムに御浄霊して、謹んで消させて戴きました。誠に相済まぬ事を致させました。御許し下さいませ。又今後の御垂示を謹んで御願い致します。【御垂示】それだけなら別に大した事はないからよろしいが、原因は御神体を敬う心に、些か隙があつた為である。
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【お伺】去る八月五日、信徒藤生米子(三十三歳)が右眼の御浄化を頂き(婚嫁先はお道に反対)生家に御浄霊を頂きに帰り、八月御浄霊中午後七時頃憑霊あり、家族全部の御浄霊を依頼致しましたので、七名の家族一同御浄霊をさせて頂き、約三時間位の御浄霊にて膿が排泄し、痛みも止まり、大いなる御守護を頂き、厚く御礼を申し上げます。尚、憑霊中、左記の如き事を口走りましたが、之は正しき事で御座いましようか、又、邪霊で御座いましようかお伺い申上げます。
左記
一、大浄化の際は御玉串を御供えし、尚、御守護の御礼をする事。
二、大浄化の際、御浄霊方法としては小乗的に一生懸命手を左右に振り、或は毒 素の排泄を容易になる様、頭部より下部へ掃き出す如く猛烈に御浄霊を施し、 小康を得るに従い、大乗的に力を抜いて最近の御教えにある如く応身の御浄霊 をなさい。
三、大浄化の際は、二、の要領にて被浄化者を御神体の前に寝かせ、御浄霊者は 少くとも一度に六人以上を必要とし、左右に順序よく位置し、頭部より上半 身、下半身へとリレー式に毒素を送り出して頂く気持ですること。
四、大浄化の際は水を御神体に御供えし、御浄霊をしている人にも水を与えて汗 を出し、御浄霊をする者が身代りになつて御浄化を軽くして頂く事になる。五、悪の言霊は脊骨に曇りがたまる。
六、正直で素直な人は充分お光が透る。
七、想念は高く清く持ち、発展すればするほど下座の行をする事。
八、私は地獄の霊ですが、此肉体(藤生米子)のこのお守りにて時々許されて出 ます。
世界情勢の事をお尋ねしますと、私は地獄の霊ですからそんなことは判りません、と申しました。
【御垂示】之は邪霊ではない。大体は合つているが、少し違う所がある。それは小乗的云々という事と、六人で浄霊する事とである。
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【お伺】昭和二十五年一月以降七月迄に一家五名全員入信致し屏風観音様を奉斎し、妻と二人教師の御資格を、又浄力様も拝受し、今年五月十五日大光明如来様の御霊鎮も執行われ、出張所の御許しも頂いて居る一家で御座います。六、七月と心に懸り乍らも御祭も出来ず、八月十日漸く御祭の運びとなりました。この日甘木支部の金子先生は午前中から太刀洗へ来られる御心算の処、バスの時間が違つて実現出来ず、村上先生御随行にて御着きになつたのは午後一時半でした。御祭は順調に進み、甘木行の最終バス午後八時発で御帰りの御予定でしたが、六時半頃御浄霊は未だ十人余もあり、それに二十日以上一滴の雨を見ぬ空が急に暗雲重畳の有様。御まいりの人達は狼狽して帰り、七時半頃より篠つく夕立となり、雷鳴は物凄く稲光りは停電の屋内を幾度か昼の様に明るくしました。両先生と会員一名(資格者)家族五名(全員入信者)計八名、大光明如来様を御祭りしてある六畳の間にて夕食中、午後八時ピシツと言う様な異様な大音響と同時に、全身にビリビリツとする様な感電感が流れ、隅のメーターのヒユーズから白色の閃光が飛び、下の子二人(十二歳と十五歳)は頭が痛いと泣出し、お互の御浄霊で二十分位後には皆シヤンとなりました。再び大音響と閃光、震動、暗黒の中に、只御浄霊が笑声の中に続きました。家中キナ臭く、幾度か雨に濡れ家の周囲を見廻りましたが異状はみとめませんでした。只夕立が十時頃晴れ、他家の停電は復旧しましたが家は只暗闇でした。翌朝調べますと御神体御祭りしてある六畳の間と以前光明如来様を御祭りしてあつた三畳の間のみが異状なし。直ぐ横の玄関の土間の電球は真黒になつて断線、碍子は粉微塵に割れて飛び散り、其真上の屋根の棟瓦のみ約三十枚余割れて飛散し、炊事場の電球は微塵に砕けて、電球のかけてあつた柱には鋭利な大きな爪で引掻いた様な生々しい跡があり、それでも何処一つ焼けて居る所も無く、其他の損傷は何一つありませんでした。神の霊衣に包まれる身の幸の大きさを痛感すると共に、差別無くすがり付く者に垂れ給う大慈悲に感泣しました。此家は旧軍用建物の守衛所の増築であり、附近には爆撃に依る死傷者も相当出た由、尚、近頃学校の敷地拡張の為、移転を請求され、予算不足で行悩みの状態であります。此落雷は何か意味のある霊的な現象でありましようか又は偶発した一自然現象でありましようか?誠に恐れ入りますが御教示御願い申し上げます。
【御垂示】之は決して偶発ではない。その家の霊界に非常な曇りがあつたので、それを雷火によつて浄められたのであるから大いに結構である。普通の落雷ならば誰かに傷害があるべき処を、御守護で除けて下さつたのであるから、大いに感謝すべきである。
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【お伺】キリスト教徒が教義の根本としての涜罪を強調して、イエスキリストの十字架上の受難像を信仰の対象として居ります事は、信徒の想念に依りて霊界に受難の想念像を像造る事に依り、何時迄もイエスキリストの霊を苦しめる事に成るのでは御座居ませんでしようか。若しそうであると致しますと涜罪主を地獄に磔にして信ずる事に依り救われると云う教義の一大誤謬を思わしめるものであります。右は転向者伊藤富貴子(教師)が去る十月十七日次女「明子」(カトリツクの熱心な信徒)が、「御心のイエス様」と云う胸にハート型を抱かれる御像を求めて帰つた事に依り、嘗て教会に於て聞かされた話、「約一世紀前或る国のキリスト者(マリヤ・マリと云う修道女)にイエス様が現れ給い、人類の為に血潮を流し尽したのに此苦しみを償つて呉れない、せめて月の始の金曜日に御ミサを受けて欲しい」との意味の言葉を想い浮べ、其日よりイエス様のために善言讃詞を奉唱し続けて居りました所、偶々十一月一日夕方、恒雄(昨年三月十三日帰幽其後本教への疑念の浮ぶ毎に、夢又は幻に依りて本教の正しさを強調して居ります)恒雄は観音の御使だ御使だと独言を言つて居る自分にハツト気付き、そんな勿体ない事を、と自ら否定とも肯定とも付かず居りますと、其夜の夢に恒雄は大国主命の御使いだという意味を見せられて居た想であります。其後十一月三日夕方、御不浄にて直観的に十字架の受難像の事が頭に閃いたとの事であります。このことは、明主様の御許し戴く日迄、口外する事は絶対許されない事でありますが、嘗てキリスト者であつた自分の心の中に丈け其真実を知り得て、今後キリスト者達への布教の信念と致し度いと願つて居ります。然り、否、の御言葉にても御垂示の御許しを賜わりたく伏して御願い申上げます。
【御垂示】キリストの涜罪は、万人の罪を一身に引受けて、償われたので、其大愛に対して感謝し礼拝し祈るのである。従而、今迄はそれでよかつたのである。処がメシヤ教の信者になれば、その必要はなくなつたのである。というのは最早キリストは再臨されたからである。之には深い神意があるが、何れ詳しく説くつもりである。(地天二十八号 昭和二十六年九月二十五日)
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昭和二十六年十月号
【お伺】最近支部所在地の氏神様又は一之宮等に参拝致し、天津祝詞奏上して御協力を御願致しますと、支部の月並祭の節、信者又は資格者に祭神時には御使の方が憑依して参拝の御礼に出られます。又氏神様でも一之宮様でも邪魔しておられた祭神もあるらしく、一切をざんげして協力を誓つて帰られる事も御座居ます。狐霊等の憑依とは全然違い、龍神にて威儀正しく出られます。尚参拝した附近の神社で残して来た処は「後から参拝に来て呉れ」と出られる事も有ります。右様致しますと必ず御礼に出られますし、中にはもう一度来て欲しいと云われる処も御座居ます。如何なる訳かと月並祭度に出られる兵庫県草山村本郷支部長の本守護霊の大峰山役之行者が出られた時聞きました処「神格のある神の方が人間より先ぢや」と申されました。中には度々出られて浄霊を受け、天津祝詞を聞き「主神の御許が出て元の神格に帰れた」と御礼に出られる祭神も御座居ます。 明主様より過日一切信じてやる様御言葉を戴きましたので、一応信じて色々聞いて見ますが、簡単にて言葉少き為め、信じて今後も続いて参拝致しても宜しいものでしようか、右謹んで御伺い申し上げます。尚今日迄に出られた神社は京都にて吉田神社、今宮神社、伏見稲荷、及方々の稲荷、丹波にて梅田神社の天児屋根命(アメノコヤネノミコト)、大神い社(ミカゲ大神)、大川神社、因幡にて一之宮宇部神社の建内之宿彌(タケウチノスクネ)(武内の武は違うとの事です。建と書いてタケと読むのだそうです)長田神社の誉田別之命(ホマレダワケノミコト)、栗谷神社のオニハメノ命、聖神社の天児屋根命、加露神社の(吉備軍制(キビグンセイ))吉備真備命、ほおきの国にて一之宮の倭文(ヒトリ)神社下照姫(シモテルヒメ)命、出雲にて朝山八幡の応神天皇、大森神社の事代主命等々、其他各稲荷神社、稲荷は全部邪魔して居りました。右に対し宜しく御垂示の程御願い申し上げます。
【御垂示】私は以前から、其土地の産土神社へ御参りした方がいいと言つているので、それを事実で分らせる為に、神様がそうされたのである。右は悉く正しい神様であるから、今後も信じて続けるべきである。
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【お伺】龍神の憑依し易き文字はラリルレロと御開示頂いて居りますが、狐霊も憑依し易き文字及び行が有る様に思われますが如何で御座居ましようか御伺い申し上げます。
【御垂示】龍神と異つて狐霊の方は余りないものであると思えばいい。
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【お伺】本月八日に御開示頂きました。「貴い物程数が少くなる」との事、右は龍神にも当嵌る様に思われますが、如何で御座居ましようか。金龍も銀龍も御一体だけで御座居ましようか、それ共金龍銀龍の内にも火龍水龍土龍と有るものでしようか、右謹んで御伺い申し上げます。
【御垂示】金龍、銀龍は一柱であつて、それ以外は下級になる程増えるのは、曩に説いた通りである。但し邪神の方も其点は同じである。
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【お伺】一、古事記に依れば大国主命には大己貴命(オホムナチノミコト)、葦原色許男命(アシハラシマヲノミコト)、八千矛(ヤチホコ)命、宇都志国玉(ウツシクニタマ)命と、五ツの御名が有りますが、或霊の申しますには、大国主命と大己貴命とは違うとの事ですが、右は如何で御座居ましようか御伺い申し上げます。
二、天象気象現象界等又は象に人べんを付けて尊像銅像等申しますが、象の文字の意義を御教示御願申し上げます。尚動物の象と何か関係が御座居ましようか御伺い申し上げます。
三、古事記に依る因幡(イナバ)の白うさぎは如何なる意味のもので御座居ましようか御伺い申し上げます。
【御垂示】一、それは違う。大己貴命の方が、大国主命より古い神様で、支那の磐古神王系の神様である。
二、之は判り切つた話である。人べんが付いているのだから人である。獣の象は百獣の王であつて、猛獣ではなく至極平和で感じもいいので人間も、それにならえという意味から用いたのであろう。
三、之は色々な説があるが、古代に出来た譬え話で現実的の意味はないからかく必要はあるまい。
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【お伺】最近各支部の月並祭後信者を浄霊中自然に憑霊現象が起る様に成り、何かと色々霊界又は霊的の事を勉強させられて居ります。よく信者の御先祖が救いを求めて出られたり「位牌をつくつてくれとか、位牌の祀り方の順が違うから直してくれ」と出られますので、出来る限りの事はして居りますが、或る先生の御話等を聞く処に依れば「余り親切に霊の救いをすると、いくらでもたよつて来て限り無いしそうした事をしていると物質迄皆○(ゼロ)に成る」と言われます。私はたよつて来るからには皆霊線がつながつて居るからたよつて来るのであつて、無茶苦茶にたよる訳は無いと思います。尚霊を救つてやれば必ず感謝の想念はいつかは物質化するものと思われますが、如何なもので御座居ましようか。右に対し何卒宜しく御教示の程御願い申し上げます。
【御垂示】右のような或先生には困つたものである。○○の一つ覚えのように、融通が利かないのだから、斯ういう先生は、千変万化、自由無碍、応身の教に外れている。此意味によつて霊的事象も、人により処により、時によつて正邪、善悪色々ある。之を見分けて適当に処理する事が、出来るようになれば一人前の本教信者である。従而、此人の憑霊は、此人には此御用があるのだから、何等心配なくやればいいのである。すべて人によりそれぞれ違つた御用があるのだから、単なる自己判断で決めるのは最も間違つているから、其点よく心得て貰いたいのである。恰度芝居に譬えればよく判る。色々な役があるから面白い芝居が出来るのと同じである。
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【お伺】本年二月に遡つて出雲地方に起きた霊的現象に就き御伺い申し上げます。山内地理なる引揚未亡人教師に龍神憑依し、如何に聞いても「出雲地方にて三千年来神と祀られて居た者だ」と、「又八岐の大蛇の第一の眷族だ」とも言い、八岐の大蛇が「後は宜しく頼む」と言つて姿を消し、今はどこにいるやら「其時名前は絶対に言うなと言つたから言えぬ」とも言い、又奇稲田姫のお側におつた者だとも言いました。ついに三月の本部大祭の節「明主様に御面会してから名乗る」と約束して大祭の当日、余興の始まる前「気持が悪いから浄霊を頼む」と言うので浄霊致しますと龍神が憑依し、御面会させて貰つた御礼を言い、それより口はきかなくなり、畳に文字を書く様に成りました。約束通り名前を聞きますと「出雲の朝山八幡に来てくれればわかる」との事。其後四月に色々調べて米子の四月の月並祭後参拝に行きました。其時霊視能力者を連れて行きました処、祭神は応神天皇に成つて居りましたが、参拝終つて霊視者に聞いてみますと、我々が第一鳥居をくぐる時から、神殿正面に依冠束帯の顎鬚の長い、上衣は茶色下袴は白、冠は後に長くたれ、袖の上部は紐にてあんであり、少し頭を下げられた老貴人の姿が見え、側に女神で髪はおすべらかしで十二ひとへの御姿が見えた相です。(前に浄霊した時には龍神にて目は野球のボール位、角は短かくひげは片方一尺五寸位、胴全部がもしも見えたら室一杯に成る様な大きさで、私が天庭(額の中央)を浄霊する度に非常に苦しがり、実に物凄い形相だとの事でした)参拝終つて出雲今市市の山内宅に帰る途中、雨と成り、風も出て汽車より降りた時には突風が起り、雨もまじつて物凄いふき降りに成りました。さては龍神が来られたなと思い、早速山内宅にて浄霊致しました処、龍神憑依し、今日の参拝の御礼と名前を、涙を流し袖にて顔をかくし、いかにも残念相に応神天皇と書きました。尚、今日迄邪魔をしていた事をわび、今後の協力を誓つて帰りました。右の応神天皇と龍神との関係を如何に解釈させて頂きましたら宜しいでしようか、御垂示の程御願申し上げます。女神は聞きましたる処、応神天皇のおきさきとの事でした。
【御垂示】応神天皇が或執着の為、龍神に墜ちていられたので、救われたい為私に面会を求めたのである。それによつて人間に救われ、元の応神天皇となつたので、知らせる事が出来たのである。其有難さにより、今後は大いに御手伝をされるから何れ現実に分る筈である。
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【お伺】明主様御伺い申し上げます。朝食卓に対い、ふとお茶碗の中を見ますと図の如き型をした金色が、無数に消えては写り、消えては写るのが見えました。其後幾日か過ごして、ふと電灯を見ますと、又右と同様なのが無数に見えるのであります。此事が二カ月程続きました。最後に見えなくなる四五日前よりは、教会で石井先生の御浄霊をさして戴いて居りますと、手先に右の物が見えますので、電灯を見ますと周囲が右の光にて見事に美しく右は教会か自宅より外では見たことがありません。右は祖霊の御知らせでありましようか、御伺い申し上げます。
【御垂示】それは家の形であつて、何れ結構な家に住めるようになるというお知らせである。
(地天二十九号 昭和二十六年十月二十五日)
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昭和二十六年十一月号
【お伺】謹みて御伺い申し上げます。私の家は昔庄屋と称え、相当古くから屋敷内に柿の大木がありまして、大人四人にて抱く位、幹太く、背丈も高く、一里半位遠くから見える大木で、其の中間位の高い所に、六寸乃至七寸位の洞穴があり、その中に水の絶ゆる事なく、如何に旱魃厳しくとも水があり、常に一尺位の蛇が二匹棲み(或る神憑りの人が通り合した時「オー、大きな蛇だ」と言つた事もあります)言い伝えには『屋敷の地主』だと言つて居りました。今から三十五年程前に此柿の木を岐阜から買手が来て愈々木を伐る事になりました。恰度二月頃でしたが、伐ろうとすれば吹雪となり、三日間はどうしても伐れなかつたのですが、無理やりに伐り倒したそうでございます。此木を切つてから後、二番目の兄は頭が狂い、病院に入つてからも暴れるので、手足を縛つて置いたりしましたが、トウトウ狂い死しました。三番目の兄も頭が悪くなり、或日二階から顛落し、頭が割れて死にました。最後に長兄は頭が狂いかけた時、日蓮宗を信仰しました。其の時、「之は地主の祟りだから祀らねばいかぬ」と言われましたが、真宗の信仰に熱心な母はどうしても承知せず、止むなく大阪在住の私の姉が、遠く大阪より祈念し、拝んで居りました処、一ケ月程で治りました。(その兄も五年前、脳溢血で死亡致しました)柿の木を買取つた材木屋も段々家業は思わしくなく、落ぶれたそうです。 大阪の姉は大和三輪明神の信者であり、私も信仰して居りました。「元柿の木に居た『地主』を祀らなければならん」と三輪講の行者(井上先生)を連行し、私宅にて、昭和十七年三月十五日に祀り込み、御霊鎮めの式を致し、爾来、毎日家内中(私と子供三人)拝んで居りました。其後、昭和二十年の一月か二月でした。岩松先生と牧野先生が私の家にお出でになりました。之が此の山奥の町に来られた最初で御座居ます。そうして尊き恵により昭和二十年三月入信、昭和二十四年四月光明如来様、屏風観音様御奉斎、昭和二十四年十月二十日大光明如来様御奉斎、入信以来不肖な私ですが、幾十人かの御導きをさせて戴き、目下教師の資格さへも附与され、実に勿体ない事と存じて居ります。大阪の姉夫婦も入信して居り、本年五月七日、光明如来様を御奉斎させて戴きました。姉夫婦も始め入信して居りましても、三輪様の信仰の方が熱心でしたが、昨年秋より段々本教に熱心となり、今日迄に十五人程お導きさせて戴きました。前に三輪講の行者により地主の神を祀りし宮(大光明如来様の次の部屋)も毎月十五日教会の先生に来て戴き、天津祝詞を奏上、お祭りして居りましたが、その当時、上の先生から「大神様をお祀りしてあるのだから、祭らなく共良い」と伺いましたので、昨年十月廿八日に良く御挨拶をしお祭りして宮じまいし、当地の氏神様にお預けしました。併し私も地主と言う事で、なんだか心残りがあり、大阪の姉は凄い反対でした。最近又姉より再び祀るよう催促あり、私宅も此の頃色々と事情の浄化(特に屋敷の問題)がありますので、今になつて考えるにヤハリ祀るべきではなかろうか、と思われてなりません。再び祀るべきでしようか、それともその儘にしておくべきでしようか、御垂示御願い致します。住居の西南に池を造り、松を植えると良いと伺いましたので、本年七月に池のかわりに甕を埋め、松を廻りに植えました。若し祀る可きでしたら、左記の点に就き御教示御願申し上げます。
一、祀るべき位置、及び小さき祠でよいでしようか。
二、憑依すべき形は何にすべきでしようか。
三、其後の祭りは如何様にすべきでしようか。
【御垂示】之は立派な龍神であつて、是非祀らなければいけない。祀る位置は前を池にして、二尺乃至三尺位の高さに、天然石を積み重ね、其上に御宮(屋根は雨の滲みないよう銅板を張る)を安置し、御神体は桧、剣尖形に造り、何々明神と書けばよろしい。大きさは其場所に恰度いい位にする。向きは光明如来様の方へ対うようにする。御祭は毎月、月並祭の後、光明如来様よりも簡単に、御祭りすればいい。御供え物は生米、塩、御水、其他魚、野菜乾物等、見計つて、お献げすればいい。御名前は、光明如来様に御願いすると、心に浮ぶからそれでよろしい。
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【お伺】(一)私は県農業協同組合連合会に奉職致して居ります。この連合会は主として農家の生産する農産物の集荷販売と、之を収穫するに必要な肥料、飼料、農薬、農機具の卸売を業としていますが、自然栽培に関する明主様の御論文や信者の文献を拝見するにつけ、この職場に勤めるのが苦痛となつて参りました。私の行くべき道について御教示をお願い申し上げます。
【御垂示】苦痛ならやめた方がいいが、知らなければやむを得ないとしても、肥料の害を知つた以上一日も早く転業した方がいいのである。
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【お伺】終戦後農村の経済機関としての農業会が農業協同組合に改組されましたが、本教の否とする肥料、農薬を扱いこれが収入の大半を占めて居ります。将来の運営は如何になりましようかお伺い申し上げます。
【御垂示】肥料の害が分るにつれて、機構も変るのは勿論だが、そうなる迄にはまだ相当の時を要するであろう。
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【お伺】温泉に長時間度々入湯すると、俗に湯中毒が生じますが、之は浄化を促進する現象でございましようか、お伺い申し上げます。
【御垂示】浄化促進ではない、反つて浄化停止である。温泉の湯によつては硫黄分が多い場合、皮膚から滲透して新陳代謝を停止する事と、病人などはそれによつて浄化作用を極度に停止するので、中毒や人によつては生命迄も危うくなる事がある。特に疥癬の時、硫黄分の多い温泉に入ると、湿疹を一時停めるので内攻し、死ぬ人がよくあるから注意すべきで、普通先づ一日二回位を限度とすれば間違いはない。
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【お伺】私は十三年前、円導一心会と称する宗教団体に依つて仏に帰依し、本年八月本教に入信迄、其説く処の「南無阿彌陀仏」で仏前回向、日想観(太陽に向い合掌瞑目し「南無阿彌陀仏」を十遍唱え、呼気して徐々に開眼し、太陽をみつめるとまばゆくなく、週辺一帯の空に黄金色を拝する)、水想観(日想観と大同小異)をして参りましたが、天津祝詞、善言讃詞で日月を拝する事は支障ありませんでしようかお伺い申し上げます。
【御垂示】拝むべき神様の祀つてない場合はそれでもいいが、本教では光明如来様を御祀りしてあるのだから、それを拝んでいればいいのである。光明如来様は日と月の両方の御力を具えていられるからである。大体、太陽を拝むのは原始人の自然崇拝のやり方であるから、今日の文化人としたら相応しない訳である。廃めた方がいい、此人は御神書の読み方が足りない為、本教の本義が分らないからであるから、御神書を出来るだけ読んで、身魂を磨くようにしなさい。
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【お伺】大船駅より見えます処に、露坐の大観音様が鎮座ましまして居られますが、之には何か意味があるものでございましようか、お伺い申し上げさせて戴きます。
【御垂示】之は別段意味はない、大体観音様はいつもいう通り、青空の下ではいけない。家の中へ御祀りするのが本当だからで、また大きさも出来るだけ小さい方がいいのである。
(地天三十号 昭和二十六年十一月二十五日)