神憑り

神憑りに就ては大いに注意しなければならないのである。それは神憑りなるものは、一般人は殆んど無知識であるから騙され易いのである。故にそれを奇貨として、世間何々の行者、何々の修験者輩が、いかがはしき迷信や邪教を鼓吹し世を惑はすものが少なからずあるから、私は彼等の内幕を暴露しようとするのである。

それは大抵、病人や信者を前にして生神様然と構へ、神様がお憑(ウツ)りになったとか、神様が乗憑(ノリウツ)り又はお下りやお降りになった--などと称へ、異様の挙動をなし、さも神様らしく御託宣を吐くのである。その場合「此方は何々の神であるぞよ」などといふので、周囲の善男善女は神様の御降臨と思ひ込み、随喜渇仰(カツゴウ)するといふ訳であるが、何ぞ知らん、之等は殆んど狐狸、天狗の類であって、決して真なる神ではないのである。然し乍ら、正神と雖も稀には人間に懸り給ふ事もあるが、其場合は何等異様な挙動等はなく、憑依せる本人さへ意識しない位平静なものである。而も正神の憑依は常住的又は普通人に懸る事はなく、国家の重大事又は特殊使命の人間に対し、或場合に限るのである。

彼の有名な和気清麻呂が宇佐八幡に詣で、神示によって道鏡の野望を画餅(ガベイ)に帰せしめた事や、畏多くも神功皇后が三韓征伐の砌(ミギリ)、御神示によって御征途に登らせ給ひし如きは、真の神憑りで被在(アラセ)給ふのである。又近くは、松岡外相が聯盟脱退の際の如き、大東亜戦争の始った十二月八日に於ける戦略の如きは、何れも正しい神懸りによる事と思ふのである。

次に、○○宗の行者などは、似而非(エセ)神憑りを作るのを得意としてゐる。其方法は経文や題目を荐(シキ)りに唱へさせ、遂に自己以外の者が喋舌り出すのである。すると口が切れたといって本人は固より、周囲の者まで非常に喜び芽出度いといって祝ふ事さへある。之等は勿論、狐霊の憑依であるが、狐霊によっては、一種の神通力の如きものを持ち、人間の過去の事など当てるので、本人も他の者も真正の神が憑ったと思ふのである。

然し乍ら、狐霊の憑依は往々にして精神病になり易いので、○○宗の熱烈な信者に精神病の多いのは右の理に由るのである。

私は、若い頃歯痛に悩んだ事がある。其時東京の有名な歯科医七八軒を歩いたが、どうしても治らないので、人に勧められ○○宗の行者に依頼した事があった。其時行者は私に向って大声を出して拝み乍ら、時々小声でひそひそと誰かに何かを言ふのである。私は、耳を潜めて聴くと曰く「お前等二人は、此歯の痛みを治せば稲荷に祀ってやるぞ、名前はお前は○○稲荷、お前の方は○○稲荷とするから一生懸命治すんだぞ」と頻(シキ)りに曰ふのが聞えた。私は其時分霊的知識がないから、不思議な事を言ふものかなと思ったが、後に到って判ったのであるが、之等は全く野狐を使って手柄をさせ、その褒美として稲荷に祀ってやるのである。

元来野狐は、人間でいへば宿無し同様の浮浪人であるから、稲荷に祀られる以上、正一位稲荷大明神といふ立派な位を貰ひ、人間に崇められ、飲食物も豊富に供へられるから、稲荷に祀られたい一心で懸命に病気を治そうとするのである。

故に、行者等に委嘱し病を治すといふ事は右の如きものであるから、病気によっては治る事もあるが、後が恐ろしいのである。それは狐霊などと関係を結ぶに於て、少し信心を怠ると何等かの災や苦悩を与へ、信仰を続かせようとするので終には不幸なる運命に陥る事が多いのである。何となれば、万物の霊長たる人間が、人間以下である四足を拝むに於て、霊的に霊層界の地獄に堕るからである。

又注意すべき事は稲荷を祀る場合である。元来稲荷大明神と雖も本体は狐霊であるから、人間よりも位が低いのである。従而、室内に祀る場合、人間の位置の方が低くなるから面白くない。その理由は本来狐は地面の上に棲息する動物であるから、狐の居るべき所は、霊界に於ては地面に相応するので、人間がそれより下に居る場合地獄に相応する訳である。故に実際上室内に狐霊を祀ってある家は、不幸や災厄が断えないものである。故に、稲荷を祀る場合、室外即ち庭又は空地に定むべきである。

又、稲荷には二種の区別がある。一は古くから伝はってゐる祖先以来祀ってある稲荷で、それは祖先が狐霊となって子孫を守護しつつあるものであるから、身分相応の社を作り、鄭重(テイチョウ)に祀るべきで、毎月日を定め、一日だけ祭典を行はなければならないのである。それは祖霊を慰め敬ふ子孫の義務であると共に、その御守護に対し感謝の誠の表はれであるからである。

又一は、自分が伏見、豊川、羽田、王子、笠間等、有名な稲荷神社からお礼を戴き祀るのであるが、之は任意に処置しても差支へないのである。然しその場合御酒御饌を饌供し、今日までの御守護の謝礼を言ひ、元の御座(ミクラ)へ御帰還を願ふといふ事を言葉によって述べれば可いので、それによって稲荷の霊は帰去するのである。

(明医三 昭和十八年十月二十三日)