043 霊祀篇 第三篇 特殊仏

地蔵の祀り場所

“十年前お地蔵様のお祭りしてあった土地に家を建てました。其の後お地蔵様はずっと家に祭っておりますが、どこかへお納めするのがよろしいでしょうか。右御教示お願い申し上げます。

“家の中へ祀るのは嘘で、外へ祀るのはいい。地蔵は地であるから地の上に祀る。地に立って救われる。家の中では違っている。庭も本当でない。人の多勢通る所がいい。現界の守護の為、よく自殺者の近所に地蔵を立てるが、之は阿弥陀の御用をして、自分の在世の罪をなくす意味である。つまり地蔵菩薩という御用をさせられるその御用の徳により罪を減らしてもらう意味である。

地蔵に唱え言

“地蔵は阿弥陀如来であるから、祝詞より善言讃詞がよい。仏界はもう二、三年ある。

石地蔵の役

“私方の屋敷内に石地蔵様がありますが(由緒は不明です)これは御祭りすべきでございませうか。取除いた方がよろしうございませうか。又右の方法について御教示下さいませ。

“邪魔にならなければそのままにしておく。(移動する)道路上の凡ゆる事であるからお祭りの要はない。道路警戒があり悪人も一道標にもなる。(S25・4・26)

移転先の地蔵処置

“今迄地蔵様を祀っていた人がそれをその儘にして、他所へ引越したあとへ移転する場合、そういふ御地蔵様はどの様に処置致したら宜しいでせうか。右御教示お願ひ申し上げます。

“そのままでよい。そこの家へ祀る。でなければ持ち帰って供養すれば非常に喜ぶ。(S23・11・8)

失明とその原因霊の祀り(二十三夜様の霊)

“昭和二十三年十一月二十三日入信の二十五歳の失明の女性で御座いますが、昨年三月頃は眼が少し見へる様にして頂きましたが、又次第に視力が衰へ現在は全く見へなくなりました。左目には瞳孔に小さな白い斑点がある様に見へ、右目は瞳孔に白い膜の如きものがかかって居ります。又入信当時は体も肥り頭までブクブクして居りましたが、現在では体は大変細くしまって参りましたが、頭の上部がとても柔かう御座います。御浄霊を致しますと二十三夜様の霊と申すのがうきまして、救って頂き度いと申して居ります。此の女の人は二十三日の日には度々変った事が御座います。入信前も家の変事が起った日は二十三日だと申して居ります。近所の老人に聞きますと桐山と言ふ山に二十三夜様と阿彌陀様と薬師如来様の三体が祀って御座いましたが、其の後阿彌陀様と薬師如来様は近所の寺にお祀りし、二十三夜様は或信仰の深い人が家で祀ったとの事で御座います。其の後其の家が破産致しまして、近所の人に二十三夜様の祀ってある宅地を売って出てしまひ、其の宅地を買った人は霊を抜いて貰ったからと言って其の二十三夜様の祠を焼いたさうで御座います。此の女の人の状態は毒素の為で御座いませうか。それとも二十三夜様の霊と関係が御座いませうか。若し二十三夜様と関係が御座います場合如何致しましたら宜しう御座いませうか。御教へをお願ひ申し上げます。

“人間の場合でも龍神、天狗等の場合もある。光明如来様の前へ、向って右へ小さい台を置いて祀る。祭典の時、光明如来様の次に祝詞を奏げる。すると御光を受けて霊が救はれる。そして「二十三夜様」が守護するやうになるのでよい。すると眼の治るのは早くなる。相当日数はかかる。(S25・4・22)

二家交互に同浄化

“甲乙二人の信者さんがありまして、乙は癲癇持ちで御座居ます。甲がその癲癇の方を浄霊致して居りますと、その方に霊が憑り「家族の者が判らないから甲の宅へ祀ってもらひたい」と申しますので、甲の宅では早速祀りました。すると甲の家族の者が乙の病人と同様の寒気、ふるひが起りましたので御浄霊致しますと楽になります。すると乙の方が同様の状態になります。斯様にして一方が楽になれば他方が苦しむと言ふ風に交互に続き、今日まで数日に及び困って居ります。尤もこれは甲の宅へ乙が浄霊を受けに参った時のみでございます。これは如何なる霊的作用でございませうか。又如何致しましたら宜敷うございませうか。御伺ひ申し上げます。

“祀っても安住出来ないのである。祀り方がわるい。 (S24・5・2)

死を意識せぬ霊

“亀井三郎霊媒を介して、昭和十七年二月八日(公報)戦死した者の霊を呼び会談の結果、戦死者の霊は終戦になっても自分が戦死しても知らずに、今父に「栄三々々」と呼ばれてふと眼を醒して来た許りで何も判らんと言い、砲弾でやられたのは二月十八日だと言い、終戦になったと言うと「ケッタイナー」と如何にも不思議相に言いました。そこで此の霊はフィリッピンに居るように申しましたから、フィリッピンに帰る必要がないから仏壇に居れと言いましたが、今は此の霊は何処に居るでしょうか。もしまだフィリッピンに居るとすれば帰還せしむる方法を御教え下さい。

“こういふ事はないとはいえぬ。死んだ意識のない者が相当居る。相当期間そういうのがある。(霊界を信じない人である)亀井はよい霊媒で、憑ると自己意識はあまりない。そのままにしておいて、何時でも来られる準備をすればよい。祖霊が迎えにゆく。位牌を作って仏壇へ安置しておく。位牌を作って拝むとフィリッピンにいる霊へそれを通じて通うから段々霊に判ってくる。(よく思いもよらぬ吉い事が起る時、供養による場合がある)古い霊で、生れ代って霊界に居ない霊の二百年回忌等をする。長いのは千年祭などもある。霊界にいない場合でも、生れ代った所へ行くと、生れ代った人は善い事がある。(S24・8・18)

過去帳に居たい祖霊

“老夫婦の信者で御座いますが(元日蓮宗徒)お婆さんが胆石の御浄化を戴いて居りますが、この二ケ月御浄霊を戴きましても一向はかばかしく楽になりませんので、最近お爺さんが光明如来様に「何か間違ひが御座いましたらお知らせ戴きたう御座います。」とお願ひ致しました処、ふと「仏壇にしまってある過去帳を出して祀ってほしい」といふ様に思へて参りました。早速出してお詣り致しますとお婆さんの痛みは楽になりました。この過去帳はお屏風観音様をお迎へ致しました時、お位牌をととのへまして霊にお移り願ってからおしまいしてありましたもので御座いますが如何なるわけで御座いませうか。お伺ひ申し上げます。

“位牌へ移るのは嫌なのである。大勢の所は嫌で過去帳に居た方がいいので、静かな所にいたい霊である。胆石の浄霊は、腎臓と尿道等を後からする。(S25・3・22)

嬰児の戒名

“生後十五日に死亡せる子の位牌、信士としてよいか。

“孩子でよからう。(S24・12・18)

死産児多数の祀り

“或信者で御座いますが、その人の兄弟は八人全部死亡致して居りますが、長女、次女、三女、長男、四女、次男の六人は、胎児の中に七ケ月乃至十ケ月で死産致し、五女は生後十一日目に死亡致して居ります。それで戒名も御座いませんし命日も判りません。又お骨も御座いません。六女だけはお位牌が御座います。如何致しましたら宜しう御座いませうか。お伺ひ申し上げます。

“共同でいいから位牌を作る。名はつける。仮につけてもよい。(S25・5・2)

流産霊の祀りと憑依

“流産の場合は何ケ月よりその霊をお祀りすべきでせうか。その方法は如何に致すべきでせう。

“大体五ケ月から人間の部に入る。普通の如くお寺へ行き戒名を貰ひ祀る。水子であるから葬式などは要らぬ。近親者だけ寺へ行って葬式の型をする。アルコール漬などは非常に間違っている。霊は嫌がる。赤ン坊はよく肩へつかまる。それで肩が凝る。

流産霊の後祀の場合

“妊娠四ケ月以上で流産した場合は、其の霊を御祀りしなければならぬと御伺い致しましたが、霊を祀ることを知らずに数年たって居る霊を新たに御祀り致しますには、戒名は矢張りお寺で作って頂くべきでしょうか。右御教示御願い申し上げます。

“寺へ頼む。  (S24・5・23)

人工流産霊の祀り

“二、三ケ月で人工流産をしました子供を御祀りした方がよろしゅう御座いましょうか。祀る時は男女の別も判りませんが、どの様にして祀りましたら宜敷う御座いましょうか。御教えを御願い申し上げます。

“人工流産の霊は、寧ろ祀るよりお詫びした方がよい。五ケ月以後は祀らなくてはならぬ。稀には五ケ月以前のが祟る事がある。これは祟った時―知らす時祀ればよい。五ケ月以後は戒名をもらい、仏事に祀る。(内輪に)堕胎は殺人である。(S23・11・21)

四ケ月流産でも祀る場合

“十二歳の女児に祖母の霊が憑りまして、以前に死亡した五人の嬰児の霊を祀る様に申しましたが、母親は四人しか記憶にありません。すると霊は便所へ流産して落した子があるではないかと指摘しました。そして其の子は今霊界で五人の内最下段の地獄で苦しんで居ると申しました。成程言われて見ればその覚えは御座います。妊娠四ケ月にも満たないものでしたので一寸不思議に思われますが、妊娠四ケ月位の子供でも祭る必要のある場合が御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“赤子は大体五ケ月としてある。五ケ月で体は出来上る。三ケ月で霊子は宿っている。宿った時から神霊は宿るが、未だ体は出来ぬ。霊の性格で大変相違がある。祀ってもらいたいのであるから祀ってやる。(S23・9・11)

地縛の霊の供養

“踏切などで自殺した地縛の霊を石地蔵などを立てて供養し、後難を除去する等の事を致しますが、此の場合地縛の霊が人の供養を受けられるもので御座いましょうか。

“地縛の霊など人の供養がなければ浮かばれぬ。早く救われるよう遺族がよほど供養してやる。するとその期間が短縮される。地蔵に祀られると霊界に於る向上が早い。地蔵に憑依して善い事をする事になる。だから大変善い事である。地縛の霊には祝詞がよい。大先生などすぐイキナリそこへお座りになる、すると御光により救われる。

地縛霊の供養法

“地縛の霊がいる現場は、度々同様の事故が起りますが、事故防止をするため供養を致したいと思いますが、供養の方法につき御開示を御願い申し上げます。

“そこで祝詞を奏げてやる。事故があった中心へ行って祝詞を上げてやる。大先生などそこへ行かれるだけですぐに救われる。三回も奏げてやればいい。(S24・5・11)

地縛霊の祀り

“地縛した霊を救うには如何にしたらよいでしょうか。祭るには仏壇でよろしいでしょうか。

“祀ってもすぐに仏壇へ入れぬ。必ず仏壇へ入るに違いないが。祭れば地縛期間が短縮される。

無縁仏、人獣同化霊の祀

“無縁仏、人獣同化霊を自宅に祭る方法を御教え願います。

“普通の祀り方でよい。年月日、名前など判らぬなら判る程度でよい。判る程度で坊さんに戒名つけてもらう。そして祀ってもらう。人獣同化霊は、やはり人間であるから、人間としての扱いでよい。  (S24・1・7)

一、鳥、兎を恐るる子  二、墓地霊の処理

“一、私の子供当年五歳になりますが、二歳程度の智能しかありません。現在の住居は数百年の家系を有する妻の生家でありますが、過去四十年間に八人の者が次々に死し、兄弟姉妹もない妻一人のみ生残りました。そう言う家系の為か、子供は霊的な病気があり、色々心配して居ります。(先月光明如来は御祭りしました)特に変って居る点を申し上げますと、少しも外に出て遊ばず、又鶏や兎を非常に恐れるのです。私共が見えない位遠くに居る鶏でもすぐ之を知り恐いと言うて騒ぎます。 

二、又年齢等いくら教えても「お母ちゃん二つ」と申し承知しません。右の原因と浄霊の方法を御伺い致します。近所の人で次の様な事を言う者もあります。此の付近は昔の戦場で現在の家の下には、戦死者の白骨があり、浮ばれぬ亡霊等の為家族が次々に死んだのだ云々……。その憑かれて死んだ者の霊が次々に家の者に訴えて来る為悪因縁が循環するのかとも思われます。子供の病気は右に関係がありましょうか。

“戦場の跡などで霊が残っているのは斯ういう事がある。供養してやるといい。付近に石碑を建ててもいい。「三界万霊供養」などの石碑―あれがそういう訳である。そういう所がなければ、自分の家の仏へ、位牌へ「三界万霊救」とか供養とか書いて、祖先より以下にして供養する。又は光明如来様をお祭りしお願いしてもよい。両方やってもよい。鶏や兎の原因で死んだ霊がそれがシミ附いている。二才位で死んだ子供の霊で、その子が母の留守に鶏とか兎に突つかれて死んだものと想像される。鶏が突っつき、後から兎が来て突っついたのであろう。赤ン坊が死んで執着するとそれで生れる。今年死んで来年生れる事もある。

薬師堂と無縁墓地

“数十年前他人より薬師堂を渡され、其の周囲に墓地あり、只今無縁の様になって居ますが、此の様な件は如何なものでしょうか。

“薬師如来は観音様の化身で、之は薬の守護をなされた。夜の世界の間は、病気になるととかすより固める方が早かった。そこで固める方法をとった。観音様もその方法をとった。釈迦も薬草彙本というお経を説いたが、之は草根木皮をとって薬にした。昼間はとかすより固める方が難しい。無縁でも執着の強いのは龍神になって祟る。墓を一つにまとめて祭ってやる。善言讃詞を奏げてやると功徳になる。之は非常に喜ぶのでそうした方が良い。障りが別になければ祭らなくとも差支えはない。

無縁の祀り

“「無縁仏を祀れ」との御言葉でございますが、その方法はどの様に致すべきでしょうか。右御教示御願い申し上げます。

“仏立講などはやかましくいうが、小さい位牌を作り「諸霊位」とかいて、仏壇の隅へ祀っておく。何か機会ある時にやればよい。(S24・4・13)

祖霊以外の霊を祀る事

“子孫以外の霊魂は仏壇へ上れないでしょうか。

“先祖以外の霊でも祀ると功徳になる。縁もゆかりもないのを祀ってもよい。そういう場合は、その家の先祖より下位に祀る。

続柄不明の仏

“私の家には三代前より何かの因縁に依り続柄不明の他家の仏様を六体も祭ってあります。昨年五月光明如来様を奉斎しましたが、仏壇には未だ屏風観音様を御祭りしてありません。此の続柄不明の位牌と仏壇の正しき祭り方の御教示願います。

“非常な功徳になるから結構である。屏風観音様をお祭りしなくてはいけない。一番下座に祀る。(S24・7・25)

地獄霊の祀り

“肉体と関係の無い地獄の霊が次々と憑依して来て、中には祀って呉れと言われる事が御座いますが、その様な場合、祀らなくてはならないもので御座いましょうか。又、一旦祀ってやったら何時迄も祀ってやらなくてはいけないもので御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“合同でよろしい。(仏に祀るなら小さい位牌でよい)例えば位牌を作ってもよろしい。「諸霊位」でよい。書いた位牌を作って祀る。(大変な功徳になる)(S24・2・11)

既祀無縁の処理

“分家と共に無縁仏の株を分ける。無縁を一番上へ祀ってる。之は下へ下げる。返す要はない。そのまま祀ってやった方がよい。妙光は龍神と稲荷である。位牌を縛ったのはいけない。邪神である。少し経ったら(百日位)元の御座へ帰るよう言って処分する。足や腕など祀ってるのがある。(S23・7・21)

動物霊を祀る方式

“霊憑りの動物霊をぬいてお宮に移す場合、祝詞と善言讃詞をあげるだけでよろしいでしょうか。

“霊憑りの場合は祝詞でも善言讃詞でもよろしい。先ず観音様に「これから憑霊をお宮へ祭ろうと思いますから御守護お願い致します」とお願いし、次いで霊に対しては「私の体に憑って私の身体を通してお宮に鎮まるよう」といって鎮魂の形式で納めるのである。そうして神体は適当な名をかいたものでよろしい。或は又、「これから祝詞を奏げるから祝詞が済んだらお宮へお鎮り下さい」といって言葉だけで納めてもよいのである。

龍神、地蔵、稲荷の祀り方

“床の間に龍神、地蔵様及稲荷様とを三体一緒に御祭り致して居りましたが、此度光明如来様を御迎え申しましたので地蔵様を仏壇に、御稲荷様を屋外に御祭りしようと思って居ります。如何で御座いましょう。又龍神様は如何に御祭りしたらよいか、御祭りの場所及方法等を御教示願います。

“地蔵は外へ出さなくてはいけない。阿弥陀は外で守護する為に外へ出たのであるから外へ祀らなくてはならぬ。稲荷は、先祖から古くあるのは部屋の中へ祀る。中途からのは外へ祀る。龍神も外へ祀らなくてはいけない。池とか瓶へ水を入れておかなくてはいけない。すぐにでも水をおくべきだ。龍神の身体は熱するから一日に三回位水に浸らぬととても苦しむ。食物は生のまま呑むが、熱が強いので溶けてしまう。であるから全部屋外でよい。二、三尺高さに石を積み、その上に宮を建てる。向きは、光明如来様をお祭りしてあれば如来様に向けるようにして祀る。地蔵は成可人の歩く際がよい。天然石の上へ安置する。

霊的病気祀るべきか及祀り方

“霊的な浄化の場合、其の霊を祭ってやった方がよいでしょうか。もし祭るとしたら其の方法は如何にすべきでしょうか。(注)人霊の場合、動物霊の場合。

“祀る要のない場合と、祀った方がよい場合とある。他人の場合でも差支えない。多いのは狐とか蛇で、之はお宮を作り外へ祀る。稲荷を家へ祀るとその人は必ず不仕合せになる。狐は家へ住んでいるものでない。家へ祀ると霊界では地面になる。そして人間は地面の下になる。即ち地獄になるから必ず碌な事はない。動物を祀ると動物以下になる。向きは光明如来様に向ける。すると御光に始終照される。人間が座敷に座るより高くてはいけない。風が吹くと倒れるから、石を宮の通りにクリ抜いて入れておく。名前をつけなくてはいけない。白木の戒名のような恰好にする。○○明神とかく。その家の名でもよい。稲荷なら○○稲荷大明神とする。土地の名でよい。龍神の場合は○○明神とする。○○大明神か。日を決めて祀る。人間に憑いてる霊と、ちょいちょい憑いてるのとあるが「お宮へ祀り込むから」と言ってやってもよい。鎮魂形式でもよい。右の拇指を左の拇指で制える。龍神の場合は、生米や塩、水、又生魚も好きである。其他野菜、果実等自由である。狐は、お米や水は要らない。強飯とか油揚、天ぷら等が好きである。光明如来様のお祭りがすんで後でいい。外のない場合は床の間でいい。床の間の脇の方へ台を作る。龍神の場合は池を掘る。水を絶やさぬようにする。丼よりは池を掘った方がよい。先に女将で、急にブッ倒れ「お前等だけ綺麗な家へ住んでいて、ワシは煤だらけの所へ住んでいる。ホッておくと承知しない」という。行ってみると奥さんは目をつむって寝ている。それでよく掃除するよう言った。私が祀ってやった宮は煤だらけになっている。石の宮で戸がなかった。之は祖先の霊である。龍神が修業がすんで昇天したい場合とすれば、お宮は撤去してよい。

龍神、狐の鎮霊

“狐はなかなか義理固いものである。祀ってやるととても喜ぶ。外を歩いてる時ちょっと叩頭してやるととても喜ぶ。龍神を祀ってくれという場合、自分の肉体を通してこの神籬に憑るようと申渡し、鎮魂の姿勢に手を組むと、特に変化はないが、自然に手がその神籬の方へ行くものである。龍神の小さいのは、手は直ぐに離れるが、大きい長いのになると時間が掛る。霊が入ると自然に手が離れる。指は右手の指を下にする。龍神は人差指、狐は拇指から出るものである。よく憑霊が脱けると助かると思うが、長く憑いた霊が抜けると死ぬ事がある。衰弱している身体などすぐ来る。又毒血でも或程度身体を支える力となっている。これを除るとガックリする。(S23・6・24)

稲荷、龍神の祝詞

“稲荷様や龍神様を御祭りする時は、祝詞はどの様な気持であげてよいものでしょうか。又、「何」守り給へ幸倍給へと言えばよろしいのでしょうか。

“祀る時は幽世の大神でよい。天津祝詞でよい。

龍神祠の祭神

“龍神祠は殆ど弁天様で、成可祀っておいた方がよい。土地を守るといふのが多い。沼や池等に多い。  (S23・6・27)

既祀諸龍神の祀り

“光明如来様をお祀りさせて戴いてある信徒の家に、現戸主の代に至り、行者の勧めに依り八大龍神、白龍神、弁財天を床の間に一緒に祀りました。此の家の外に白刃妙龍善神がお祀りしてありますが、前記三龍神を一緒に家外の白刃妙龍善神とお祀りして宜しゅう御座居ますか。

“全部光明如来様の家来であるから、光明如来様をお祭りすれば、祀る要はない。龍神などは祀るとその為に反って苦しむ。これは寧ろ処分した方がよい。龍神は外ならよい。同席の所へよい神様はいられない。だから碌な事はない。光明如来様は太い綱だから他に祭る要はない。(S24・10・23)

龍神の祀り

“龍神をお祭り致し度いと思ひますが、どう言ふ様にしてお祭りしたらよいでせうか。お教へ願います。

“龍神は成可祀らぬ方がよい。ちょっとした事で祀らぬ方がよい。(S24・1・25)

龍神家内に祀る事

“吉田裕彦と言ふ信者の家で御座いますが、百年位前に井戸と池を埋めたさうで御座います。其の後日蓮の行者が龍神を祭らなければいけないと申し「最上荒龍天王」と言ふ名前で龍神を祀ってくれましたが、今も家の中に祀ってあります。外に祀り変へたいと存じますがよろしう御座いませうか。それとも池と井戸の龍神を別にして改めて名前をつけた方がよろしう御座いませうか。御伺ひ申し上げます。尚当主吉田裕彦は八代目で、此の度御神体を御祭りさせて頂く事になって居ります。

“龍神は家の中へ祀るべきものではない。力はあっても位は人間より下である。一種の獣である。又龍神は雨を好むから戸外の方が喜ぶ。今迄のままでよい。光明如来様へ向った向きへ祀る。  (S25・1・22)

蛇、猫等の祀る位置

“因縁のあった蛇や猫の霊を祀る場合、その位置は何処がよく、又期間はどれ位が宜しいでせうか。

“外の庭の適当な清い場所、人のふまぬ所がよい。

二つ以上の龍神の祀名と狐霊名

“土蔵に白蛇や他にも色々沢山蛇の居たのが戦災で焼けたさうですが、祀り方はどうしたら宜しいでせうか。この白蛇は人間よりも位が上なのでせうか。明神を二つ以上祀らねばならぬ時、名称はどうしたらよろしいでせうか。又かうしたものは何年位祀るべきでせうか。祀りは年一回でよろしいでせうか。右御伺ひ申し上げます。

“稲荷や蛇は、どんな立派な偉いのでも人間より下である。明神は二つの場合もある。龍神と狐の場合もある。狐は正一位を喜ぶ。土蔵の蛇は祀った方がよい。

明神の意義

“六月二十六日、親子で入信致しました。沼野と申す家で御座いますが、教修第一日の夕方、昔から家の廻りに住んで居た長さ一間もある青大将の夫婦を子供が殺して了いました。この蛇はお祀りした方がよろしゅう御座いましょうか。又、お祀りする場合、夫婦の蛇は名前を二つ作るので御座いましょうか。

“名前は一つでよい。明神という。明は二つで、男と女という事である。此家の姓をつけ、沼野明神とつければよい。外へ祀る。地へ埋めて祝詞を奏げ、幽世大神様の御名を唱え、早く人間に生れ代るようお願いする。五六七大御神様にお願いするのは勿体ない。幽世大神は幽世だけである。蛇は殺しても、救われる手続をしてもらった方が喜ぶ。醜い姿をみせたくないのである。大明神などとつけるのはウソである。(S24・6・22)

蛇殺生と祀り方

“一、蛇を殺した為に子供の命をとられる事が御座いましょうか。

二、若しその場合、蛇のおまつりをどの程度まで致したらよろしいでしょうか。

右御教示御願い申し上げます。

“一、無論ある。蛇が怒って仇討をする。蟇蛙もよく霊が憑っている。大切にしてやった方がよい。蛇は古くからの青大将以外は殺してよい。私はよく蛇を殺す。そして埋めて祝詞を奏げてやる。すると反って蛇は喜ぶ。蛇は「自分は醜い姿」と思っているもので、醜い一生を早く終りたいのである。お願いすると人間に早く生れ代るから非常に喜ぶ。蛇が嬉しいからそういう時は大変気持いい。

二、肝腎な事は水を湛える。小さい宮へ、白木の戒名の形のものへ字を書く、……明神。

三、明神とする。石か何か積んだ上へ、二、三尺高くしてお宮を載せ、風で動かぬようにする。そして生米、水を上げる。生魚、野菜等もよい。毎月一辺祀ってやる。殺生の日がよい。天津祝詞と、幽世大神守給へ幸倍給へを唱える。お償いとして祭るのであるから守護してくれといってやる。

蛇の祟りの処置

“蛇の祟りである。祀ってやって人間に生れ代るようにしてやる。そうすると納得する。  庭へ石を二、三尺積み、宮を作り、御神体をつくり○○明神と名をつける。小さい池を掘る。祝詞を毎日奏げる。幽世大神に此次人間に生れ代る事をお願いしてやる。蛇は段々判って来て、今度は喜びとなる。  (S23)

死んだ蛇の処置(祟る蛇)

“永年家に住んでいた蛇が死にましたが、祀った方がいいでしょうか。

“蛇が死んだら人の踏まない所の土を掘っていけてやる。そうして天津祝詞を上げてやる。もっとよくすれば、その上へ何か石の塚、又は間に合せに白木に名をつけてかき、祭ってやる。そして幽世大神に、此次生まれたら人間に生れてくるようお願いしてやるのである。蛇としては、醜い姿をして人に嫌がられるよりは、早く霊界へ行って人間に生れた方がどれだけいいか分らぬが、なかなか死ねない。人間が蛇に転生したのは祟るが、元からの蛇は祟れない。

失明、蛇の祀り方

“会員福村ケイコさん(二十四才)、メンナイ千鳥の盲目の踊りをおどっている中に両眼失明致し、御浄霊により幾分着物の模様など見える様になりますが、又前と同様見えなくなり、こんな状態をくり返して居ります。父親の話によりますと、家の裏山にて栗取中、突然つがいの「やまかがし」を見て驚き、殺して木にかけて置きました。家に帰って便所に行きますと其処に自分の殺した蛇が居りましたので又驚き、山に行って見ますと、元の所に蛇はその儘居りました。又青大将が「なげし」より大神宮様の御飯を食べているのを見、引落し之も殺しました。これは幼い頃の出来事だそうで御座いますが、霊的関係が御座いましょうか。又如何致したら宜敷う御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“祀ってやるといい。山かがしが二ついたのは夫婦である。青大将は殆ど祖先である。青大将を先へ祀り、之は家の名がよく、山かがしは土地か山の名をつけて両方書く。お宮の前に小さい池を作り、供物は生米や水、塩がいい。(S24・9・11)

青大将の祀り

“或る家で、先年鶏舎に出た巨大な青大将を老父が殺し、翌日同場所に現われた同様の青大将を発見、近所の人に殺して貰いました。その翌年から五人の子女が次々と死亡(内二名は結核)致し、老父も死去致しました。只今末子の二十五才になる男子が結核で病臥中で御座います。先に或る祈祷師からその蛇の祟りだと言われ、その指示のままに神体を御鏡とし白玉明神と名付けて屋内に祀ってあります。先般入信致し大光明如来様もお祭りさせて戴きましたが、右の龍神を屋内から庭にまつり変え度いと存じますが、神体及び名前はそのままでよろしいので御座いましょうか。別に新に名前及び神体を御作りすべきか、又それとも二つを併せて祀るべきか、御教えの程御伺い申し上げます。

“祖霊であるから、その家の姓を付して○○明神とせよ。それより、その土地の名をとった方がよい。すれば、土地全体を守護する事になる。(S24・10・1)

小児麻痺の子と座敷へ上る青大将

“六才の男子生後六、七ケ月頃小児麻痺を患い首が坐らず、手足がぶらぶらして言葉も出ません。耳は聞えるらしい。小便等は何等かの方法で知らせます。母親が妊娠中に、父親の勉強の居間に青大将が出て来たので、一度は追い出したが、又這入って来たので、竹を割いて首を挟み、屋外に捨てたが其のまま死にました。母親は妊娠中に生物を殺したので其の事をいつも気にして居たそうです。其の後医師にもかけたが治らず、神仏や拝屋等にも御願いしたが祖霊の祟と言うので色々やりましたが治りません。何の祟でしょうか。又浄霊にて治るでしょうか。又祖霊の祟の場合、それを落す方法があります様なれば御教え願います。

“蛇が憑くと骨なしのようになる。青大将は殆ど祖霊が畜生道へ堕ちて生れたのが多い。それで(人間だった為)座敷へ上りたがる。浄霊でも相当長くかかる。祝詞や御讃歌出来るだけ聞かす。小さい宮に大和明神と書き、光明如来様に御守護お願いし、御左へでも御右へでも宮をおいてお祀りする。お辞儀をし、口頭にて「これから子供に憑いてる龍神さんに宮に鎮まって戴く。私の体を通して移って頂きたい」という。合掌の形式は精神統一した形。幽世大神様にお願いする。狐は拇指(右)龍神は人差指から出入する。位牌は、剣の形にする。祀った方が早いかもしれない。桧がよい。祖先であるからその家の姓がよい。大和明神、大明神でもよい。教導師なら出来る。光明如来様に御守護お願いして、御神体の前台の上におく。憑いてから長いのはすぐに行かないのもあるし、時間がかかって移るのもある。(S24・2・16)

胃潰瘍、腹より塊突上ぐ(稲荷を祀る事)

“当三十六才の女性、昨年二月より胃潰瘍を患い現在御浄霊を戴いています。毎度の事で御座居ますが、先生が御来駕の節、必ず腹部より胸部にかけ玉の如き物がこみあげ苦しみます。光明如来様の御前に出る事を時としては非常に嫌がります。当人は過去に於ていろいろ神様(浅川の吉高稲荷、代々木の清正公様、金食稲荷、ササキ稲荷)を信仰し、当時頂きしササキ稲荷の御守札を現在持って居ますが気にして居ります。如何に扱ったら宜しいでしょうか、お伺い申し上げます。

“稲荷を祀るのは本当は間違っている。人間は上であるから下のものを拝む訳で、何にもせぬ方がよい。玉のようなものは狐の霊で、先ず光明如来様をお祭りする。稲荷はそのまま段々萎縮して改心するようになるか、逃げるのがある。その上で廃する。そして浄霊すれば治る。稲荷は、農業に対し感謝と礼をいうのはいい。それ以外は管轄外である。産土の眷族で働いてるのもある。(S25・1・26)

――――――――――  稲荷の祭りは毎月午の日でよろしい。毎月一回、月初めがよい。(S23)

先祖よりの稲荷焼失

“先祖からのでなく、親の代よりお祀りしておりました桑原稲荷と申すお稲荷様を、此の度火災により焼失して了いました。其の儘にしておくのが気になりますが如何致したらよろしゅう御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“光明如来様をお祭りすればよい。お祭りして別に何事もなければそれでよい。(S25・4・28)

祀りを望む稲荷

“信徒の御浄霊をさせて戴いて居る内、稲荷が憑依して祀って貰ひ度いとの希望でありますが、其の信徒の家の主人が稲荷の霊を信じません。其の稲荷は以前映画館に祀ってあったもので御座いますが、戦災に依り映画館は焼失し、其の跡の近くへ現在信徒の家は建って居ります。稲荷の希望通り祀ってやるのが宜しうございませうか。

“主人が反対してはまづい。面白くない。稲荷は成可返した方がよい。(S24・12・13)

祀った稲荷の今後

“借地人一同でお稲荷様をお祭りして居りましたが、戦災で此の地一帯が焼け、世話人も戦災死したりして、現在私が復興致して世話をして居ります。最近入信させて戴き大光明如来様を奉斎させて戴きました。今後お稲荷様を如何致したらよろしいでせうか。

“ほんとうは祀ってやった方がよい。祀ってやらぬと障るのもある。臨機応変にやればよい。(S24・8・19)

お札飛んだ祠堂の霊

“前の持主がお祭りした稲荷のお札が風で飛んでしまいました。その祠堂には既に霊は抜けてしまって居りましょうか。

“霊は抜けている。

稲荷と移転

“古屋敷に住って居りました信徒で御座いますが、其の土地が水田になりますので、他に敷地を求めて移転する事になりました。そこには自分のお祀りした御稲荷様と、前からありました御稲荷様と共に御守りして居りましたが、此の度移転と同時に自分のは移しました。前からのものは如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。御教えを御願い申し上げます。

“前からのも同じようにする。移転して置いてけぼりすると怒って、よく精神病などを起す。一緒に移す。(S24・1・21)

祖先からの稲荷祠

“私の家は現在私で八代に成り、曾祖父及祖父が生前御嶽教の熱心な信者でありました為、昭和三年十一月祖父の十周年に当り、古い稲荷神社の境内へ家の守護神に祭りました。毎年一回十一月の命日に稲荷神社と両方御祭りを致して居りますが、別に変った事は御座いませんが、先祖は仏のままですが五代、六代の主だけ神たる事の是否。御祭りした二柱の妻は仏のままで居ります。家の仏全部神に祭るのが正しいのでしょうか。又は祭った二柱をに戻すのがよろしいので御座いましょうか。 

“古い稲荷神社なら祖先であるからそれでいい。祖先が稲荷のと、中途で稲荷を祀ったのと両方ある。祖先からのはイジれぬ。五、六代も経ているなら変えない方がよい。換えると怒ったりなどする。  (S24・2・15)

稲荷の移祀と名

“先祖よりの正一位稲荷が祀ってあるが、外へお祀りしては如何でせうか。

“稲荷はどこへ祭っても構はぬ。ただ手続きが要る。御馳走を上げて不断の守護をよく礼を述べ事情を述べて移す事を断る。それを無断ですると怒るのである。狐は新規に祭る時は正一位をつける事になっている。(S23)

稲荷社祠の位置

“或旅館業の信者の家ですが、周囲に土地が無く、玄関の部屋の壁の途中に棚を造り稲荷を祖父の代よりお祀りして居ます。外にお祀りするには塀の中にごく狭い場所が隅にあるのみですが、そこへうつしましても宜しいでせうか。

“玄関へ祀るのは嘘である。祖先の霊が稲荷になったのか、祖先が信仰した稲荷かだらうが、外のその場所へ移すのは極よい。

稲荷を祀る位置

“先年母が御目にかけました雷電稲荷大明神、その後吉原に疎開してよりちがい棚にありますが、やはり庭に祭るべきでしょうか。又、元の地所にした方が良いでしょうか。或はもう御社に御納めして良いのでしょうか。御教え下さい。

“稲荷は庭に祀るべきで、室内はいけない。狐は穴を掘って住んでいるから、之を家に祀ると地獄に住む事になるから、きっと不幸になる。庭に祀る時、人間の座っている高さより二、三尺高く祀る。(S23・10・13)

地の神と祀方

“去年家内中御光を頂き光明如来様も御祭りして布教に熱心な家ですが、長男二十五才は二年前から痔瘻から結核となり、医者に見離されていましたが、本年五月楽に死にました。死ぬ前日の晩、叔母が仏壇の前で善言讃詞を奏げている中に叔母に霊が憑り、「己は此処の地主だ。断りなしに己の土地に家を建て、先祖にばかり供養して己には飯も水も供へない、謝らなければ子供を皆殺してやる」と言ひますので、謝ってそれ以来仏壇に御飯と水を供へています。尚此の土地は銀行から借りたので地主の事は全然知らないとの事です。今後如何にしたら宜敷いでせうか。御教示下さい。

“地龍――土地に住んでる龍で、良く地の神様といふ。殺した人に怨みを報ゆるのでなく、彼等は住む人に怨みをかける。さういふ所へ住むのもその人に曇りがあるからで、相応の理である。罪穢があるのである。よく謝り庭か何かにお宮を作ってやる。石で二尺積んで石の宮にし、土地の名がよい。生米が好きであるから忘れずに上げる。  (S24・7・5)

地の神供養(神は腹減らぬ)

“或る信者の家庭で、地の神様の霊が出まして「観音様の信仰に入ってから拝んで呉れない。腹が減っては守護が出来ない」と申しましたそうで御座居ますが、月に何回位御祀りしたら宜敷う御座居ましょうか。

“地の神とは動物霊である。神様には腹の減る事はない。かわいそうだから月に一回何か上げてやり、祝詞を奏げるとよい。(S24・7・2)

鶏の供養と殺生

“尚同家で農業のかたわら二十年以前より養鶏を営み、一時孵化事業を致し、その時雄雛を生きているままのを煮て鶏に与へ、又時々鶏を殺して食した事等が気になっています。供養致し度いと思ひます。如何様に致したらよろしいでせうか。又前項の病気と何か関係が御座居ますのでせうか。併せて御教示をお願ひ申し上げます。

“大した事はない。鶏は人間に食はれる為にあるが、沢山殺したり食ったりすると祟る事がある。気になったら供養してやるといい。「万鶏の霊」と木札へ書き、光明如来様の横の方へ、台か何かの上に載せ、鶏の餌を供へ年に一ぺん日を決めて、善言讃詞を奏げ、幽世大神に「殺した鶏の霊の御守護願ひます。人間に因縁があったら一日も早く人間に生れしめ給へ」と祈る。(S24・6・18)

家畜の祀り

“三つ口は治る。家畜を殺す時年一回位祀ってやる。お盆などいい。お盆ならその最後の日(十六日)がいい。白木の長方形を作り「諸魚鳥の霊」とかき、真中へおき、祭壇を作り、上等にすればお宮である。そういうものの餌―人間とは違う―を上げて、人間の為善い事してくれたと礼言う。今日は慰めるから、そのつもりでいろといって、祝詞を奏げ、幽世大神にお願いする。  (S23)

家畜の死んだ場合

“鶏、豚、兎等家畜の死んだ場合、供養は如何様に致しましたら宜敷う御座いましょうか。御教えを御願い申し上げます。

“人の踏まぬ所へ埋けてやる。祝詞を奏げ、幽世大神に人間に生れるようお願いする。(あまり上等に祀ると反っていけない。猫、犬は石でも置いて祀る)(S24・2・21)

猫霊の祀り

“当年九才になる女が現在普通に言葉が使へません。三才の頃中耳炎と下痢が半年位続きました。現在も耳から膿が出ております。母親が昨年教修を頂き光明如来様をお祭りさせて頂いております。去る十一日御神前で御浄霊中、子供が光明如来様の前やその辺に猫が澤山いて怖い怖いと申しました。御浄霊が終るとお腹から猫が出て行き大変楽になったと申します。他人の家も見境がなく困っておりますが如何なる訳が御座いませうか。

“膿が出てるから膿が固まって邪魔しているのだと思ふ。猫の霊が憑いている。小さな板へ「黒の霊」又は単に「猫の霊」とかき、光明如来様の向って左へ小さい台をして安置するとよい。毎日御礼の後で一寸頭を下げる。そして光明如来様にお願ひして早く人間に生れて来る様祈ってやるとよい。(S24・3・19)

鼠霊の供養(鼠取器製作者)

“私の工場で鼠取器を製作致して居りますが、入信以来殺生はよくないと承って居りますので、供養してやりたいと思ひますが、如何にしたら宜敷いでせうか。御教示下さい。

“供養してやった方がよい。光明如来様の前へ置いてやる。「万鼠の霊」として祝詞を奏げ食物をやる。年に一回か二回やると功徳になる。幽世大神守給へ幸倍給へ。(S24・5・15)

馬を葬る

“北海道北見方面では、馬が死んだ場合、南無馬頭観世音の墓と書いて畠のすみに埋めて置きますが、如何なものでしょうか。右御教示御願い申し上げます。

“之はこれでよい。然し行きすぎである。近くに埋めるのが本当である。わるい事はないがそれだけ霊界で苦しむ。相応の理による。(S25・5・23)

牛頭の斑点胸に表わる

“現在十七才の男子、最近急に腹部が重く苦しく、着物や布団もかけられぬ状態が一週間程続き、爾後心臓病となり、毎夜十一時より三時頃迄発作が起り苦しんで居りました。御浄霊を致しました処、身体を慄わせて霊の憑依現象を現わし、胸に丁度牛の頭の形をした斑点が出、程なく消えました。爾来発作は止みましたが健康は恢復致しません。丁度六年程前に非常に利口な牛がおりましたが、難産で死亡致しました。その子は家人が大切に育て、妻女(病人の母親)の胸に顔をすりつける程慣れて居りましたが、他家へ渡すと程なく死亡したそうで御座います。この親子の牛の霊と何か関係が御座居ましょうか。又、これをお祀り致しますには如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“牛の霊である。祀ってやれば尚いい。牛という字をつけた方がよい。親子牛明神でもいい。牛の好きなものを上げ、祝詞を上げてやる。早く人間に生れ代るよう願う。三月位で撤去する。それで牛は救われる―。(S24・5・21)

死亀の処置に就て(病起す)

“或二十五才の信者の青年で御座いますが、池の中に亀を飼って居りますが、その亀が急に死んで終ひましたので川に流して終ひましたが、気にかかって流した死体を拾って来て、便所の裏に埋めて御座いますが、其の頃より左の耳が全然聞えなくなりました。死んだ亀と何か関係が御座居ませうか。御教を御願ひ申し上げます。

“龍神とは関係ない。埋めたのを掘って、川へ流した方がよい。亀は水生動物であるから、亀自身、水へ流して貰った方がよいのである。土へ埋まるのを嫌がったもので、ホジって元通り川へ流してやる。(S25・2・2)

魚の供養様式

“魚の網元をしている信者です。どんなお祭をしたらよろしいでしょうか。御伺いいたします。供養の方法、お祭り方法を御示し下さいませ。

“年に一遍日を定め供養の祀りをする。形式は構わぬ。(神仏道何れでもよい)祭壇を作り位牌型の桧の板へ「万魚の霊」とでも書き、真中に置き、海の魚なら塩水、淡水海なら清水、水菓子、生米、うどん粉、麦、麩、団子の如きものを上げ、善言讃詞を奏げ―成可く多勢がよい―幽世大神にお願いする。漁村には眼の悪い者が多い。之は塩水の反射によるというが、魚の祟りも多い。鰻など特に祟る。みみずなども祟る。之は龍の一種である。(S23・10・19)

魚供養

“魚供養とは如何様にして致すもので御座居ませうか。御伺ひ申し上げます。

“魚は沢山になると怨みが一つの塊になる。特にアナゴの如く長い魚、これ等は龍神の転化したものであるから、いくらか祟る事がある。それで魚を供養する要がある。それは「魚族の霊」とする。  (S25・2・2)

鰻霊の祟り(祀り方)

“或る鰻屋の妻が腹部の病気で二回も開腹手術を致し、其の後健康勝れず、此の度御浄霊を受けました処、身体をくねらせて霊の憑依状態となり、御浄霊中其の婦人には鰻の首が無数に見えるそうで御座います。鰻の霊を祀るには如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。又、鳥屋、スッポン屋等の家庭に不具者が出ますが、霊の祟りと存じますが、其の霊の供養の方法を御教え賜り度く御願い申し上げます。

“多数の鰻で、鰻は龍であるから、沢山の霊が一つの塊になる。そして素晴しい大きい鰻となる。年に一回鰻供養をする。新しいカメ(盥)を作り、水を入れて、その上へ字をかいてやる。供物を供え、祝詞を奏げ、因縁あるものなら人間に生れるよう幽世の大神様にお願いしてやる。(S24・3・1)

鰻に就て(供養)

“鰻。

“鰻は龍神の変化したものである。 耳のある鰻は絶対殺してはいけない。之は蟠龍という。これを殺すと一家死に絶える。鰻でも祟るのと祟らぬのとあるが、普通の鰻も沢山殺すうちに怨みのようなものが溜るから、一年に一遍位供養するといい。方法は鰻の憑依するようなもの(白木の戒名の如し)を作って、戒名―何々明神と書いて、少し高い所へ置いて、いろんな物を上げてやる。そして「お前のお蔭で商売が出来た。貴方方鰻に対し、供養するつもりだ」と、月に一遍日を決めて祝詞を奏げてやる。そして水をやるといい。

鯉霊の祀り

“或信者の家で次々祟りがあった処、浄霊致します中に、古い鯉の霊が憑依しておる事が判りました。そうして地下一尺掘って祀って欲しいとの事ですが、如何様に祀らせて頂きましたら宜しいでしょうか。

“霊の希望通り祭ってやればよい。然し人間と同じ扱いは出来ぬ。自然石へ鯉の霊と文字をほってやればよい。又は板へ鯉の霊とか、「真鯉大明神」とかいてやり、人間の踏まない清い所がよい。石でも目印にしておいてやれば尚喜ぶ。鯉は霊的に普通の魚と違って位がある。鯉は流れなど昇るのが好きである。善言讃詞を唱え「幽世大神守給へ幸へ給へ」と唱えてやる。お祭りは一回してやればよい。

位牌の処分法

“一家に沢山の位牌があり、之を整理した場合、その位牌の正しい処分の方法を御教えの程御願い申し上げます。 

“面識のない祖霊の分は、別に位牌を作り合祀する。事情を話して、先祖代々へお移り願う。そして焼けばよい。(S24・4・21)

古位牌の処置

“父死亡の時に拵へた白木の位牌を、此の度新しく正式の位牌に取替へさせて頂きました。仏様に新しい位牌へお移り下さる様に御願ひ申し上げ、善言讃詞をおあげ致しました。それでよろしう御座居ますか。元の古い位牌の処置と共に御教示頂き度う存じます。

“それでよい。元の位牌は焼いてよい。  (S24・8・18)

不明位牌処置

“信者の家庭で御座いますが、この度新しく先祖代々及びその他の位牌をつくり、古いのを整理致し度いと存じて居りますが、古い位牌の中に弘化頃のものが繰出しにて五体御座いますが、これは裏面には俗名の名前だけで姓はなく、而もこれはその家の祖霊でなく、一族のあとが絶えたので、その家の位牌を引取って代々世話して来たものらしいとの事で御座いますが、これは如何致したら宜しいもので御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“そのままにしておけばよい。  (S24・12・1)

墓石と位牌の整理

“墓地移転のため改葬する場合、何代又は何年位前迄の祖霊を一墓に纒めてよろしいので御座いませうか。尚此の場合のお祭りの仕方と墓石の処分は、如何致せばよろしいので御座居ませうか。御教へを御願ひ申します。

“位牌の整理は、面識のある人の霊は、その名によって祀る。面識のない人は一纒めにして先祖代々の霊でよい。又一杯になったとすれば古いのから片づけた方がよい。でないと段々殖えて置場がなくなる。墓石の方は一杯になれば古いのから消してゆく。或は墓石を取替える。先祖代々は一つでいい。真中へ先祖代々のをおき、余地を残した方がよい。(予備として)古い墓石の処置は川へやるのも嘘で、人の踏まぬ土地へ―墓地の一部へ埋めた方がよい。(S23・8・21)

墓と骨の整理

“墓は一つにする。やむを得ぬ事情があれば差支えない。古いのは差支えないが、骨は持って行っていい。新しいのはそのままにする。(S23)

移住による墓の始末

“祖先の墓地を残して、遠方の地に住する場合、その墓の始末、並びに移すには如何に致したらよろしいでしょうか。

“墓へ向って言葉で事情をいえば承知する。でないと怒る。(S24・9・15)

墓石新設と礎石

“墓地狭少の為、父の墓石を建てる余地なく、又、祖先の墓石小さき為墓石を整理致し、先祖代々の墓石一基を新たに建立致しますに付、旧墓石を礎石として使用致しましても差支え御座いませんでしょうか。お伺い申し上げます。

“字を彫ったままではいけない。字を消してからならよい。面識ある人のみは整理しないで、戒名を彫り直す。 (S24・1・21)

墓石不明の場合の整理

“古い墓石が多く、どれが祖先のか判りませんのですが、何うすれば良いでせうか。

“面識ある者のだけ残して整理すればよい。理由を話して断るとよい。(S24・4・28)

墓石整理

“祖先の墓が沢山あって墓地の余積がなくなりましたので、寄せ墓をしたいと思います。どうしたらよいのでしょうか。祖先代々之墓として一基にしても差支えありませんか。又その場合、古い骨はどうしたらよいでしょうか。御尋ね申し上げます。

“整理してよい。面識のある人はその名を墓石の横へ刻む。面識のない人の骨は一まとめでよい。

墓石の整理

“農地調整により今般入手致しました土地に古い墓が数基点在して居り、戒名の読めるものもあり、読めない程古いのも御座います。農耕の都合上一ケ所におまとめ致したいと存じますが、如何致したらよろしゅう御座いますか。御教えを御願い申し上げます。

“一個所へ集めてよい。(S24・7・21)

古墓の処置

“墓石の建替へに際し、古い墓石は如何に処置したらよいでせうか。

“横へ埋める。(S24・10・6)

無縁仏塔の処置

“よく山間部を開墾致します時、無縁仏の如き石塔がありますが、此の様な場合は如何様に処理致したらよいでしょうか。右御伺い申し上げます。

“掘りあてるという事は因縁があるからで――。小さくとも三尺位のもの、一坪位の平地へ建ててやり、時々供え物をしてやる。仏壇へ他人の霊を祀る位牌が一つあってもいい。諸霊位。

梵字石碑の処分

“今度入信させて戴いた方の庭先に、石に刻んだ左記の如き碑がございました。如何なる意味のもので御座いませうか。尚取除く場合の方法と後の処置に付いて御伺ひ申し上げます。(石碑の様子は次の通りでございます。)

“梵字である。取除かなくてもよい。するなら御挨拶してどかすか、お断りして処分する。(S24・10・2)

石仏の処理

“拝む必要が無くなった石の仏像の御処分はいかが致したらよろしいので御座いませうか。

“記念にとっておいたらいい。博物館が保存する様に、その時代時代の美術を表はしたものであるから、大切にとっておいたらいいだらう。

不動像仏壇引出しにあり

“私の亡父が朝夕御詣りして居りました不動尊の御軸が、四ケ年程仏壇の引出の中に入れて有りますが、此のままで良いものでせうか。

“このままでよい。光明如来様をお祭りしてあればよい。(S23・10・26)

中風で不眠、蛇殺し指黒化す(龍神掛軸の処分法)

“信者の宮越松江さんの主人(六十四歳)は、昨年一月頃から全身が震へ、中風の様に涎を流し頭も重苦しく、医師に梅毒と診断されサルバルサン五本を注射致しました。暫く医師の治療を受けて居りましたが、何の変化も御座いませんので御浄霊を頂きましたところ、二十日程で健康になりましたので会社に出勤致しました。所が三日目の夕方から前と同じ状態になりまして、現在迄御浄霊を続けて居りますが変化がなく、最近は不眠と尾抵骨付近の疼痛がはげしいので堪へられない程の苦しみで御座います。実は以前神経痛を患った時、蛇を飼ひ瓶に入れておきました処、死にましたので竹に刺して軒端に置きました処見えなくなってしまひましたが、それから松江さんの両指が真黒になりました。行者が龍神の祟だと申しますので、一幅の龍神のお軸をお祀りした相で御座います。指は痛くは御座いませんが依然として黒くなって居ります。最近本人は布圃に龍神が乗ってくる様に感じ、妻の帯などを見ても蛇に見え恐ろしがります。一度龍神のお祀りを致しましたらその晩だけはゆっくり休めたさうで御座います。龍神のお軸を嫌ひ処分したいと申して居りますが、如何致しましたら宜しう御座いませうか。二月に御屏風観音様をお祀りさせて頂きましたが、光明如来様は未だお祀り致して御座いません。主人の中風の病気と龍神と何か関係が御座いませうか。お伺ひ申し上げます。

“中風である。蛇の霊もある。而も大龍神である。サルバルサンは何か故障を起す。光明如来様を信仰しているうちに治る。掛軸は処分した方がよい。お三宝か何かに載せて光明如来様の前へ二、三ケ月置く。そしてお礼を言ひ、祝詞を奏げ処分する。  (S25・5・2)

稲荷、龍神、お札の処分と病気

“或る婦人の信者(四十八才)は、昨年九月末、疎開先より東京の本宅に引揚と同時に快活な気性だったのが急に陰鬱になり、判断力も極めて不充分となり、御浄霊を続けておりますが多少楽になったものの余り変化ありません。その本宅には、引揚の一ケ月前から光明如来様を奉斎してあります。所でその引揚の二、三日前に疎開先の家で神棚の御札を処分してしまいました。又、上京後四日目に仏壇にお祀りしてあった御仏体の中、観音様以外のものを処分しましたが、手続きはちゃんとして霊界にお帰り願ってから焼却致しました。その後、神棚に残っていた御札の大部分を近くの神社にお移し申したことも御座います。所が先日の御話に「以前からその家にお祀りしてあった御神体、御仏体は、光明如来様をお祀りしても一、二年は処分せずに其儘にしておく方がよい」との御言葉がありましたので、昨年処分したことが大変気になって居ります。既に処分した御札や御仏体を再びお祀りすべきでしょうか。

“稲荷、龍神は急に処分してはいけないと私は言った。他のお札は手続さえすればすぐ処分してよい。狐、龍神などは執着が強いからである。(S24・4・13)

稲荷やお札の処分に就て

“稲荷には祖先から祀った稲荷と、豊川、伏見など途中でお札を受けて祀る稲荷と二つある。よく「御守護神を頂く」というてお札をもらうが、そのお札に狐が憑いてくる。つまり派遣された稲荷である。斯ういう稲荷は元へ返せる。狐には役が着いている。言霊で断わって帰ってもらう。祖先からのは祖先が稲荷になっているのがあるので、之は処分出来ぬ。祖先が青大将や稲荷になって守護しているからお礼を言い、事情をいって帰ってもらう。○○不動尊などは矢張り不動尊の眷族で鳥が多い。之は処分してもよい。不動明王とて観音様の家来で、元はいいが今は堕落した。(S23・6・27)

稲荷処分の法

“稲荷を部屋の内に祭る事はよろしくない様に伺っておりますが、今迄部屋の内に祭ってあった稲荷を庭に祭らせて頂く場合の方法を御教示願い申し上げます。

“稲荷はやたらに祀りかえてはいけない。怒ってアダする事がある。祖先からあった稲荷は大祖先が稲荷になって守護しているのであるから、部屋の中でいいが、中途の祖先が祀ったものは処理した方が宜しい。其場合、お供物を上げて今日迄の御守護の礼をいって、今度観音様をお祭りする事となったからお帰り願いたいと口でいう丈でよい。祝詞は天津祝詞を奏げればよい。

メチールで失明、稲荷の祀り

“三代前の家人が菩提寺より戴きし妙見様の木像を、昨春某行者の言に従いて寺に預け後、当主はメチール禍にて失明致しました。尚当家には昭和六年に行者より貰いし稲荷を屋内の高き棚に祀ってあります。失明と霊的の関係があるでしょうか。

“之はメチールの為である。メチールは放置しておけば失明したようなのも治る。稲荷は庭へ祀り、二、三年経って処分する。祖先からあった稲荷は別で、祖霊が狐になって守護している事がある。(S23・10・25)

稲荷処分後の不幸

“或信者の家庭で、二年前に御神体をお祭りすると同時に稲荷を処分致した処、その後不幸や争がつづく由、如何しませうか。

“一、二年はそのままにしておくべきである。神様でも一ぺんにおことわりするのは道に外れる。再びよんでおわびする。祀り方を簡単にし、よくおわびするとよい。(S24・4・2)

妙見菩薩と最上狐

“南無開運北辰妙見大菩薩とはどんな仏様ですか。又南無最上狐大菩薩、この稲荷様はどんな方ですか。

“之は狐を祭ってこの様な名をつけたものであらう。妙見菩薩とは印度にある。その名をつけたもので大して意味はない。最上狐大菩薩、之は狐の力のある奴であらう。こういふいかがわしいものからは、だんだん縁を切る様にした方がよい。然し余り急に縁を切るとアダをするからその点考へるべきである。

豊川の札等の整理

“一信者の家で祖父の代にお祀り致しました名前不明のお稲荷さんが御座いますが、此度そのお宮の中に豊川稲荷のお札と、お犬さんやその他色々のお礼を整理する意味で、深く考へずに一緒にお祀りした相で御座います。その後無雑作にその様にする事の間違いを知らされ、又狐と犬の仲の悪い事も聞きその事が気になって居りますが如何処置致しましたら宜しう御座居ませうか。お伺ひ申し上げます。

“一まとめにして、元のお住居へお帰り願ふ。食物を上げ、祝詞を奏げ、後は焼く。(S25・5・2)

足痛と稲荷処分

“或信者の家庭で、以前に祖父が足が痛みました折、日蓮宗でみてもらひました処、狐の祟りと言う事でお祀り致しておりました処、その後報恩会に入会しました処、そんなものは処分するやうにと言はれ人に譲りました。その後その孫夫婦が足が痛んで困っております。譲りましたお稲荷さんを貰ひ返す方が宜敷いでせうか。

“狐が怒ったためか、或は偶然に足の痛む浄化が起ったとも考へらるる故決められぬが、稲荷はムヤミに処分すると祟る場合がある。今少し詳しい事情を述べよ。

多位牌と陶器狐の処分

“陶器の狐の沢山あるのは、光明如来様をお祭りして暫くしてから処分する。御奉斎した時にするよりは、お祭りして後暫く経ってからがいい。お光が行渡って狐も判り易くなるからである。位牌の沢山あって困る時は、祖霊に事情を話して処分すればよい。(S23)

買入地稲荷祠の処分

“新に工場を買入れたのですが、その敷地内に七、八年前より田地主が稲荷をお祀り致してありますが、特別に祭礼のようなものは致さなかったようです。此の度工場の方へ大光明如来様をお祀りさせて頂きますにつきましては、此の稲荷の御処分は如何致したら宜しいでしょうか。御伺い申し上げます。

“そのままにしておいて二、三年経って処分する。(S24・10・3)

古い稲荷と犬社の処分

“本年二月初め御奉斎、入信して居りますが、以前より稲荷と犬(祖先が苦しめた犬を行者の言で地の神として祀ってある)を裏の空地にお祀りしてあり、処分したいと思ひますが如何でせうか。

“光明如来様をお迎えして一年経てば処分してよろしい。大体人間の生れ代りであるから、お祀りして、幽世之大神様に再生をお願いする。

古い稲荷や神体の処分

“私の家には五十年前及び十八年前頃より次の様なお宮がありますが、如何に致しましたらよろしう御座いませうか。 

一、六十七才の父親が家族の病気に際し、当時有名な板橋稲荷様にお伺ひしまして、五十年前父の伯父に当る人が頂きました宮。

二、昭和七年に病気の折、近所の日蓮様へ御伺ひ立てをして、次の様に三神体をお祭り致しまして現在そのままになって居ります。正福稲荷大明神  妙音観世音菩薩加山家守護神  妙栄大龍玉

“光明如来様がお祭りしてあれば、食物を上げて今迄の御守護の礼を述べ、お帰り願って焼却すればよい。(S24・8・9)

地神の処分

“昔から私の家では地の神(名不明)を祭って居りましたが、最近ほこらがくずれてしまいましたが祭る必要がありますか。御伺いします。

“御神体がなければ祀る要はない。空家になっているのだからどんなに処分しても良い。(S23・11・27)