これからまとめることは、明主様が御示しになられた確実に地上天国が実現していくまでのフローチャートです。御教えの内容はいろんなことがバラけているようで、実のところ全部が繋がってます。御浄霊、御神体、地上天国のこの三つは、一見バラバラのことのように見えて繋がっているのです。お道になっているのです。それで、このことは昭和初期からずっと明主様がことある毎に御話しになっています。それで、ここではどのようにいろんなことが一本につながっていくのかをまとめていきたいと思います。
ただし、はじめに断っておきたいことは、これは現代における各教団の現状を批判してるわけではありません。時代時代に沿った経綸がありますから、社会情勢やいろんなことの兼ね合いがあるのです。また人間がやっているようで、本当は明主様が霊界から経綸されてることですから何が良くて何が悪いかは分かりようはずがないのです。だから私がここでまとめるのは経綸の基本的な形式です。こうなってこうなるから、こうなっていって最後にはちゃんとこうなりますという一連の流れです。このことが頭の中で整理できてると暗闇の中に放り出されて迷うことがなくなるのです。ちょっとおかしいなと思ったらすぐにこの基本法則に戻ればいつでも挽回できるからです。また一から立て直すときでもどうやればいいのか明確なので間違わずに済むし、次への見通しも明るいのです。世界救世教は分派が多いですが、分派したからといって神様から見放されたかというと私の見立てでいうとそうではないのです。やっぱりちゃんと基本法則を守ってるところは独立しても発展しています。逆にいうとこの基本法則から外れるとガタガタっと崩れていくのです。だから明主様が示された型に倣ってキチンと組み上げていけば、御神書読んで一念発起した初心者でも地上天国の建設まで時間はかかれど到達できます。明主様はそういったものを現代に生きる我々に残してくださっているのです。
ちょっと例えてみると家の建築に似ています。家を建てるときでもキチンとフローチャートを押さえれば素人でも手間はかかってもちゃんとした家を建てれます。まず図面を書く、土台をつくる、柱を立てて骨格を組み上げる、外壁をつくる、電設排水断熱などの基礎的な敷設をする、内装を整える、家電製品と家具でそろえる、という流れがあるのです。三井ホーム、大東建託、東建、ミサワ、住友林業、セキスイ、トヨタホームなどいろんなハウスメーカーがありますが、基本的にこの一連の流れを無視するメーカーはないのです。家立ってないのに、いきなり家具から配置するなんて無理でしょう。図面書いてないのに、いきなり建築に取り掛かるメーカーもないですよ。全部、順序と役割があるのです。そしてこれは、明主様が創設された世界救世教の流れをくむ教団にも基本的なフローチャートがあるのです。分派の教団は各ハウスメーカーに相当するのです。だから分派の教団でも立派に地上天国の建設にまでもっていってるところがあるのです。わたしは近い将来、世界中に蒔かれた明主様の御教えを読んだ教団に縁も所縁もなかった一般人が一念発起して明主様への信仰と御教えを旨に、何もないところからその地域に地域に地上天国をつくる人が出てくると思っています。もちろん御守りと御神体は箱根か熱海かまたは分派の各教団から送ってもらう必要があるでしょうがね。というより既にそういう人は世界に現れつつある。
御講話 (昭和十年十月十一日)
『観音様をお祭りすると、どうしても病人が無くなる。病人がなくなるから、病が無くなる訳であります。で、医療士の方は、観音様をお祭りさせる事が一番肝腎なんで、も一つの意味は、本来観音力で病気を治すのは、病気を治すのが目的でない。信者を増やす上に於てするので、病気の治る事を知らすのみでなく、観音力の偉大さを知らすんであります。
そして、観音信者を作る事が観音運動を拡げて行く、その最後の目的は大光明世界の建設で、その為の病気治しであります。そういふ目的ですれば、いくらでも病人が来る。観音様が連れて来られる。病気治しが主となると、病気も思ふやうに治せず、病人も来なくなる。大光明世界建設の為に信者を作る。その為に観音様を祭らす、祭らす上に於て観音力を知らす、観音力を知らす為に病気を治すので、それが病気治しが本位になると病気は治らなくなり、収入が少くなる。収入を得る事を本位とすると収入がなくなる。そういふやうな大きな目的でなければならぬ。
観音様をお祭りして順調にゆくべきものが、ゆかなくなるのはどっか間違った事をしてゐるのですから、よく考へると、必ずその点がありますから、そこを改良すると又うまくゆく。その故障の事も大きな見地からみればよく判る。それがはっきりと気が付いて判るやうになった人が、身魂の磨けた人であります。』
ずっともったいぶって前置きしてきましたが、正にこれです。昭和十年の段階で明確に御示しになられてるのです。これが明主様が御示しになられる絶対成功の道です。
地上天国建設のためのゴールデンシャイニングロード:The Golden Shining Road to Heaven on Earth
なわけです。ちょっとバカっぽい命名で自分でも笑っちゃいますが、実態はバカにはできません。分かりやすいフローチャートにするとこうなります。
① 御浄霊 ⇒ ② 御神体の奉斎 ⇒ ③ 地上天国の建設
というこの一連の流れです。そして、この三つが連動していることを忘れてはならないのです。一本道になっています。そしてこれが一本道になってるのが分からない人は、その間の余白が分からないのです。この間が埋まってると、あーちゃんと繋がってるんだな道になってるんだなってことが分かります。
① 御浄霊
↳ 霊の曇りを除くことによって霊体が浄まる
↳ 霊体、肉体、精神思想まで正常化する
↳ 奇蹟によって本人・周囲が霊と神の実在を知る
↳ 神様が居らっしゃるということが分かる
↳ ありがたい神様の光に属したいというように想う
② 御神体の奉斎
↳ 常に神様の霊光に属するようになる
↳ 家庭における曇りが晴れていく
↳ 神様の光を拝する家庭人の霊層界が引きあがっていく
↳ 家庭における健富和が整い衣食住が満たされる
↳ 家庭天国となって金銭がダブついてくる
③ 地上天国の建設
↳ その地域における家庭天国が多くなる
↳ 救われた家庭による浄財によってその地域の景勝地に天国を樹立する(箱根、熱海、京都はそのひな型)
↳ 日本全国はたまた世界中に地上天国が満ち満ちる
↳ 世界中が地上天国となり五六七の世となる
というように御浄霊から出発して、ちゃんと地上天国までの一本道になってるのです。逆にあまり上手くいかないときはこのGOLDEN SHINING ROADから外れてるわけです。
① 御浄霊を取り次ぐ――神様と霊の実在を知らせる
なので御浄霊を取り次ぐ際も、神様が居らっしゃるということをお知らせすること、このありがたい光は明主様からきているということを話してあげることが大事なのです。もっとも浄化して苦しんでウンウン唸ってる人にくどくど説明してもしかたがありません。そういうのは治ってからでいいのです。で苦しいのが解消されて、あー楽になったとするときっとその人は御浄霊の取り次ぎ者に感謝して非常に喜ぶでしょう。そのときに取り次いだ人は「エッヘン!なんてすごーい私なんでしょう!」ドヤーー!ってやってはいけないのです。心の底ではそれでいいんですけど表面に出しては下品です。そうでなくて、こう言うのです。「いえいえ、明主様があなたのことを慈しんで癒してくださったのです。」とね。この一言を入れるだけでアナタの品格は天にも昇って天上の神々から大いに祝福されるでしょう。しかもこの一言によって、御浄霊の意義がちゃんと相手に伝わるのです。「ああ、この痛みや苦しみをとってくれたのは、天界におられる明主様という方か…。」と神様や霊界への認識を強めるのです。
またこれは余談ですが天界の神々(第三天国のエンゼルも含めて)はみんな誰かに奉仕したときにはこのように言うのです。「天の大いなる父がアナタを慈しんで救ってくださったのですよ。」ってね。このように言ってあげると、言われたほうも救ってくれた相手に依存するんじゃなくて天の父、主神に対する漠然とした信仰を強めるのです。「ああ、オレって世界に愛されてるんだ。」ってなんとなく思う。これが大事なのです。あなた一人に依存させてもしかたがないのです。これは御浄霊も同じです。御浄霊は特にそうで、ぜんぶ明主様からきてるのです。実際のところ取り次ぎ者で実力の差が大いにあるのは認めるところですが、大浄化の際なんか特に気をつけないといけない。どういうことかというと取り次ぎ者に依存させまくったら、結局あの人じゃないと救ってくれないってなっちゃう。そうなると実力のある取り次ぎ者はいろんな人から引っ張りだこになりすぎてプライベートから何から全部無くなっちゃって遂にはバラバラに引き裂かれちゃう。もっとも大浄化の際は取り次ぎ者はみんな忙しくてテンテコ舞ですが、でも出来るだけ意識して自分に対する依存度を散らさないと危険なのです。あなたが忙殺されて真っ先に帰幽しちゃうでしょう。
② 御神体の奉斎――神様を家庭の中心にお迎えする
さて、御浄霊によって神様というものが本当におられるらしい、目に見えない霊の世界というものがどうやら本当にあるらしい、と分かってきたら、次はどうなるのでしょうか。そこで御神体の奉斎になるのです。御浄霊によって一時的に神様の御光をいただいて終わりではなく、今度は自分の家庭そのものを神様の御光に属する場所にするのです。先ほど紹介した昭和十年十月十一日の御講話でも、「大光明世界建設の為に信者を作る。その為に観音様を祭らす、祭らす上に於て観音力を知らす、観音力を知らす為に病気を治す」と、御浄霊から御奉斎へ、そして大光明世界建設へという順序が実に明瞭に示されています。
皆さん御神体についての認識が甘すぎるのです。御神体とはこの世のありとあらゆる神聖なインチキを集めて凝縮して煮詰めたようなものでも足元にも及ばない一線を画したものです。よくキリストの亡骸を包んだ布とか、聖杯といわれるものや、ザビエルさんの腕とかを聖遺物かと言って有難がって喜んでますが、そんなものではありません。神様御本人にお家に来ていただくんですから、そんな神秘の残骸とは比べようがないのです。よくお金持ちになりたかったらお金持ちの仲間入りをしなさいというのですよ。これは唯物的にはお金持ちの思考や生活習慣が身に付くからと言われてますが、一番は波動、周波数なんですよ。お金持ちのもってる周波数にチューニングすると影響を受けた人も自然とお金持ちになるという理屈です。御神体をお祭りすると、神様からの素晴らしい光が一家を照らすのです。光とは中学の化学で習ったとおもいますけど、あれも周波数なんですよ。それで、神様の光は素晴らしい霊光なのです。それに一日中、家にいるだけでオートマティックに浴びまくれるのです。お家に居るだけで勝手に浄まって霊層界が上がっていくのですから、これほど楽なことありません。世の中にズルがあるとすればこれ以上のズルはないでしょう。
ここで大事なのは、御神体をただ壁に掛ければよいという話ではないことです。神様をお迎えするのですから、その家庭の中で出来るだけ良い場所を御用意する。それと同時に、無理をして外形だけを立派にする必要もないのです。明主様は御神体について、小さな家に大きな御神体をお祭りするようなことを戒められ、「丁度合ったのが本当なのです」と御教えになっています。また御供物などについても「その家とその状態によって臨機応変でよい」とされています。つまり基本は「相応」なのです。豪邸でもないのに神床だけ金ピカの巨大建築物にして、家族がその横で肩身を狭くして暮らしているのも変です。反対に、十分な場所があるのに神様を物置の隅へ追いやるのも違います。その家の状態に相応して、出来得る限り一番良い場所を神様にお供えする。明主様は御奉斎の場所についても「座敷で一番位置が良い処」、すなわち入口から離れた上座を示されています。要するに難しく考える必要はありません。自分の家に最も尊い御方をお迎えするとしたら、どこへ御案内するか。まずはその感覚でいいのです。
そしてもう一つ忘れてはならないのは、御神体は飾り物ではないということです。御守についての御教えではありますが、明主様は、同じ御守でも「扱い方」「不断の扱い方考え方」によって光が強くなったり弱くなったりし、「一番影響するのは、その人の信仰的な想念」であると御教えになっています。これは御神体を考える上でも重要なことでしょう。どれだけ立派な神床を作ったとしても、そこに神様がおられるという想いもなく、日常では粗末に扱っているのであれば、何のための御奉斎か分からなくなります。反対に、大きな家でなくてもよいのです。その家庭のできる範囲で一番良い場所に神様をお迎えし、毎日の生活の中心に神様がおられる。そうすると、御浄霊によって時々御光をいただく生活から、常に神様の御光の中で生活する家庭へと変わっていくのです。これが①御浄霊から②御神体への発展です。
お祭りの仕方の一番の失敗例は一階に祭って人間が二階に寝て神様を踏んずけることです。これをした瞬間、神様は人間以下になって踏んずけた人間以上の光が出なくなっちゃう。明主様をそんなことをするぐらいなら祭らないほうがいいと言われています。逆に失礼だとね。だから御神体の価値が分からない人間に御神体を祭らせてはいけないのです。粗相をして御無礼するだけです。もう来ていただきたくて仕方がなくて、神様にお家にいていただくだけで歓喜するような人間じゃないといけないのです。例えば、大好きな一流俳優やトップアイドルや韓流スーパースターがお家にやってきたらどういう扱いをするかということです。で、御神体は神様ですから、そんな気をつかってヘーコラヘーコラする必要はありません。基本原則をきちんと守るだけでいいのです。一番は人間が踏まないことと家族の中に反対者がいないことです。アナタだって友人のお家へ呼ばれて、その家の主人が「誰の許可を得て上がり込んでるんだ!」って態度されたら気分が悪いでしょう。二度と来るかボケ!胸糞悪い!となるのが人情でしょう。神様だって居心地悪いですよ。
そして家庭そのものがだんだん浄まり、家族の霊層が向上し、病・貧・争が薄らぎ、健・富・和の整った家庭になっていく。これがいわば「家庭天国」です。しかし、ここで終わりではありません。家庭天国が一軒出来た。二軒出来た。十軒、百軒、千軒と増えていった。では、その次は何を造るのでしょうか。そこで③地上天国の建設になるのです。
③ 地上天国の建設――地上天国は箱根・熱海・京都だけではない
ここは意外と勘違いしやすいところだと思います。現在「地上天国」と言えば、箱根の神仙郷、熱海の瑞雲郷、京都の平安郷を思い浮かべる人が多いでしょう。もちろんこの三つは極めて重要です。しかし、明主様は「この三つを造ったので地上天国建設はおしまいです」などとは一言も仰っていません。全く逆なのです。昭和二十七年九月二十六日、完成した神仙郷について明主様は、「地上天国の模型が出来たのです。之が段々拡がつていつて世界的になつた時が、つまり地上天国になるわけです。」と御教えになっています。模型なのです。箱根は完成品そのものではなく、世界中へ拡大していく地上天国の「型」なのです。さらに箱根、熱海、京都についても、「未だ未だその極く初めです。初めですけれども、休みなくドンドン拡がつていきます。」と御教えになっています。
それでは、どこまで拡がるのでしょうか。昭和二十八年十一月五日の御教えでは、もっとはっきりしています。箱根に造った。熱海にも出来る。京都にも出来る。そして、ハワイにも造る。アメリカ各地にも造る。ヨーロッパにも造る。アジア各国にも造る。そして明主様は、「地上天国というのは世界中の各地に公園の如くに造るつもりだ」とまで仰っています。しかも日本国内についても、京都だけではなく、中京附近、九州、北海道その他にも出来るであろうと御話しになっています。
これなら話は明快でしょう。箱根、熱海、京都は終着点ではありません。出発点なのです。GOLDEN SHINING ROAD はそこで止まってはいないのです。一つの家庭に神様の御光が満ちる。そのような家庭が地域に増える。その地域に神様を中心とした人々が増え、生活が豊かになり、力が集まってくる。そして今度は、その地域そのものに美しい天国の模型を造る。そこには花があり、樹木があり、美術があり、美しい建築があり、人が訪れれば心まで清々しくなり、魂が向上する。そういう場所が日本中に出来る。世界中に出来る。一つ、また一つと地上天国の点が増えていく。やがて点と点が結ばれ、面になる。その面がさらに広がって、遂には地球全体を覆う。その時初めて、文字通り世界そのものが地上天国になるのです。
ですから地上天国建設とは、どこか遠い本部の人だけが行う特別な大事業ではないのです。一人の人が御浄霊によって救われる。その人が神様を知る。その家庭に御神体が奉斎される。その家庭が天国になる。そういう家庭が地域に増える。その地域に地上天国の模型が造られる。そしてそれが世界中へ波紋のように拡がっていく。全部がつながっています。
最初に書いた、
① 御浄霊
↓
② 御神体の奉斎
↓
③ 地上天国の建設
という順序は、単に私が分かりやすく並べたものではありません。明主様御自身が昭和十年の時点から御示しになり、その後も御昇天まで繰り返し御説きになった、一貫した救いと建設の流れなのです。
ここまで読めば、なぜ最初に私がこれを「GOLDEN SHINING ROAD」などという、少々バカっぽい名前で呼んだのか分かっていただけると思います。冗談めいた名前ではありますが、内容は極めて真面目です。道があるということは、現在地が分からなくなっても戻ることが出来るということです。御浄霊がただ病気を治すだけになっていないか。御浄霊によって神様を知らせるという目的を忘れていないか。神様を知った人の家庭に、神様を中心とした生活が根づいているか。家庭天国だけで満足して、地域社会へ天国を拡げることを忘れていないか。地上天国を箱根、熱海、京都という過去に完成された三地点だけのものだと思っていないか。
どこかで道が分からなくなったら、また原点に戻ればよいのです。
御浄霊によって人を救う。
神様を知らせる。
神様を家庭へお迎えする。
家庭を天国にする。
天国を地域へ拡げる。
地上天国を世界へ拡げる。
この道を一本一本たどっていけばよい。家を建てる時に、図面を見れば次に何をすればよいか分かるのと同じです。明主様は、ただ理想だけを語って「後は皆さんで考えて下さい」とされたのではありません。御浄霊という最初の一歩から、世界が地上天国になる最後の姿まで、その道筋そのものを残してくださったのです。だから私たちは、暗闇の中を当てずっぽうで歩いているわけではありません。ちゃんと道があります。しかもその道は、一人の目の前の人に御浄霊を取り次ぐという、本当に小さなところから始まっています。世界を救うと言えば途方もない話に聞こえます。しかし最初にすることは、目の前の一人を救うことです。そこから家庭が変わり、地域が変わり、国が変わり、やがて世界が変わる。
それが明主様が御示しになった、
The Golden Shining Road to Heaven on Earth
なのです。