宗教と科学を超越しての会合

記者曰「栄光」二二八号に「超奇蹟」として御発表せられた、この素晴しい奇蹟について「広く世界に知らせたい」との明主様の御言葉もあり、岡田道一博士の骨折りにて、六名の医学博士を招き、意見の交換がかわされたのであります。

この日(八月一五日)午後三時、大草管長よりの挨拶があって後、先ず医師側より発病当時の状況の聴取があり、ついで教団側との間に一問一答がかわされ、次第に急所へと触れていったのであります。

明主様には午後三時四〇分御出ましになられ、各医師より診断の結果の発表があり、終って明主様より御言葉を賜わったのであります。

以下その時の明主様の御言葉と、各医師の診断の結果とを速記によってお知らせ致します。

尚、当日は産業経済新聞記者一名、報知新聞記者一名が臨席致しておりました。

H氏 これは多分膀胱結石だったろうと思います。それから膀胱カタルを起し、その内に尿浸潤となったものと思われます。それから陰茎も睾丸も非常に縮むもので、睾丸などは殆んど上に引上げられたようになります。それで、ずっと縮んだところに、尿浸潤を起したために表面に近い皮膚が落ち、まるでなくなったように見えたのだと思います。只今拝見すると非常によく治っております。陰茎の周囲の皮膚は、炎症のために少し不規則になっています。右の睾丸は明らかですが、左の方は落ちてしまったのか、幾ら探しても見当りません。当時を見ておりませんので何ともいえませんが、動物というものは元の姿に再生できることになっていませんので、若し治ればそれは別のもので治るわけです。外科でもこうにかして元のものができないものかと思うことがありますが、できないという先入観に囚われているところから諦めていますが、そういう点から考えてみまして、多分吊上って引込んだままで、まるでなくなったように思われたのだと思います。

K氏 これは尿道結石と思います。結石は大抵な場合腎臓にできますが、それが尿道に引掛って止ってしまったというわけです。医師が「石を溶かす注射」ということをいってますが、今のところはそういう発見はされておりません。それから「小便が八時間以上出ないと危険だ」といってますが、私の経験では一週間位は出なくても生きている場合があります。二月一日に睾丸陰茎が真赤に腫れて来たということは、石がはさまっているので、傷口から小便が漏れるので、その漏れたのが他の組織の中に入って行くと黴菌が発生し、尿浸潤を起して来たのだと思います。二月四日には痙攣、仮死状態ということですが、これは尿毒症を起しかけて来たのです。全然小便が出ないということも、例えば腎臓炎とかで無尿になる尿毒症もこういうようになりますが、この場合は実際には小便は腎臓で作られて膀胱に溜っているのです。腎臓は機能があるから、小便を作って出そうとしているが出ない、従ってこの排泄物が血管に出て行くので尿毒症になってくるが、これを我々は尿閉という言葉を使ってます。小便無尿というのは腎臓で全然尿が作れないで排泄できないのですが、この場合はそうではないので、尿閉から来た尿毒症で、仮性尿毒症というものであります。

これは要するに小便が出れば痛みも取れますし楽になります。併し尿浸潤が起きていますと、その辺の組織が壊疽(簡単にいえば腐ってくる)を起してくる。血管も腐るし、その組織している一帯も壊疽を起して脱落して来たのだと思います。二月五日に排尿したとありますが、これは何かの工合で石が排泄されたためです。二月七日頃尿浸潤の壊疽になったところが脱落して来て陰茎の根元から膿が出て来た。そこで睾丸などもやはり炎症を起して来たのだと思います。ここで陰茎、睾丸が全部取れてなくなったように書いてありますが、皮膚などですと治りますが睾丸が本当に取れてなくなってしまったのや、さっきの話では亀頭も取れたという話ですが、本当に取れてしまったのが今のようになったとすると、これは非常に珍しいことだと思います。若しそうだとすると一寸説明がつきません。若しそうなら非常な奇蹟といえます。しかし当時の状態を見ていませんので、何とも申し上げられません。

F氏 当時を見ていないので、当時の病状は推定に過ぎませんが、仮性尿毒症の相当重い病気であったと思います。それが数日を経過し危険となったにも拘らず、峠を越して排尿されたということは五、六歳の子供としては非常な幸運に恵まれたものと思われます。局所近辺の組織が化膿してくずれて来て落ちたということに対しての医学的診断は只今K先生からありましたが、尿浸潤による壊疽の変化と思われます。今見ますと、それが小さな瘢痕になって治っております。まだ一部に細い穴が残って幾分尿が漏れて出るようですが、とに角相当酷い壊疽の変化が、あれだけの小さな瘢痕で治ったということは非常に仕合せだったと思います。今右側にある睾丸は、ふくれており、我々健康の者のようでなく、鼠蹊部の中間―腹部と陰嚢の間にふくれております。併しそれが元からあったものか新生のものかという判定に苦しみますが、私の考えとしては包んでいる袋が落ちたので、睾丸は幸いにして残っていたのではないかと考えられます。左側の睾丸は触れません。私共が経験することですが、陰嚢が縮むと睾丸は腹に入り、下から触れないという経験があります。丁度現在の状態は、陰嚢が瘢痕形成のために非常に縮んでいて袋の形態を成してないで左の方は腹部に押し上げられているのではないかと思われます。これはもう少し経過を見せて貰って、陰嚢を形成している皮膚がもっと伸びて来ると、或いは左の方の睾丸も下から触れるようになるのではないかと思いますが今後の経過を見なければ何とも申し上げられません。陰茎の方の亀頭部などは、触れてみたところ新生されたものか元からの組織であるかは分りません。一旦脱落したものが新生されたとすれば非常に大きな奇蹟であるとしか考えられません。併し尿浸潤があると、子供の小さな陰茎などは殆んど中に包まれるようになります。それがくずれて落ち、丁度陰茎を包んでいる皮膚が落ちても、陰茎そのものの組織は中に入っているので、本当に陰茎が落ちたように見えるので、そう見るのも無理はないと思います。とに角新生ということは一応考えずに、残っている状態から推定しても、これだけの相当酷い症状が現在のような小さな瘢痕だけで残ったということは、非常に幸福な経過を辿ったものと思います。

C氏 私は小児科の医者でありまして、病気そのものについて深い関係があるのと違いますので、観点を変えてみたいと思います。この状態は子供と老人に見る病気で、壮年の若い人には殆んどないように思われます。そういう子供は大抵ひ弱な神経質な子供で潑剌たる元気のよい、体の発育も心の発育も釣合った健康な子供には見られないように思われます。

重症であったと考えられる状態にも拘らず元気を回復し、現在のような丈夫な体になったということは、我々が日常患者を扱って、同じ経過を辿ったとしても、まだ不幸な結果を齎す場合が多いと考えられるのでありますが、現在のようになったのも何かしら、父親が入信して浄霊をしたのも一つの影響かと考えます。最後に私は、現在迄の経過は別として、只今迄のお話は現在迄の又より近い将来迄の観察でありましたが、私はこの再生されたかと思われる睾丸或いは陰茎がどの程度の機能を持つかということ、どの程度に正常な機能を持つかという点について興味をもって観察してゆきたいと思います。

M氏 私はこの子供さんがどうして助かったかということを考えて、第一に子供の生活力が旺盛だったこと、そうして人間には新生の機能があることを思います。諸先生方に診て頂いたので診断は分りますが、これを普通の外科医に任せたらどういうようにしたか、薬剤その他の方法で治ったかということに疑問を持ちますが、幸に浄霊一方で、或いは再生したという迄によくなった。併し本当に治っているかいないかということは、大きくなって子供でもでき、本当に役に立てば猶はっきりしますが、これは実に不思議というよりありま

E氏 諸先生方の後でありますので、色々申し上げることはないと思いますが、医学的診断は私としては先程からのお話の通りに考えたいと思います。只、この子供さんが、より