肋膜炎及び腹膜炎も相当多い病気である。先づ肋膜炎から説いてみよう。此病気は医学では三種に別けられてゐる。湿性肋膜炎、化膿性肋膜炎、乾性肋膜炎である。元来肋膜炎は、肺臓を包んでゐる膜と膜との間隙に空虚が出来、そこへ水即ち尿が溜るのを湿性肋膜炎といひ、膿が溜るのを化膿性肋膜炎といひ、間隙だけで、水も膿も溜らないのを乾性肋膜炎といふのである。此病気の原因は自発的と他発的とあって、他発的とは例へば胸部又は背部の打撲又は力業、器械体操の如き労作等によって多く起るのである。自発的には何等の原因もなしに発生するのである。
そうして、湿性の原因は、他発的にせよ、自発的にせよ腎臓萎縮による余剰尿が集溜する為である。そうして湿性は医療に於ては利尿剤の服用、及び穿孔によって排水するのであるが、利尿剤は逆作用が起って、多くは経過不良である。何れかといへば、穿孔排水の方が経過が良好である。然し、一旦治癒しても残存尿結のため再発し易いのである。
次に、化膿性の原因は、脊髄カリヱスと殆んど同様であって、脊髄から膿が肋膜へ浸潤滞溜するので、その膿量は割合多量であって悪性に至っては、医療は穿孔排膿を行ひ、数ケ月又はそれ以上に亘って、毎日相当量の排膿があるのである。然し乍ら、最初からの化膿性もあるが、湿性が長時日を経て化膿し、化膿性肋膜炎になる事もある。そうして無穿孔にて安静療法を行ふ医師もあるが、其場合時日を経るに従って化膿は漸次固結し、胸部は板を張りたる如くになり、此症状を診て医家によっては、肺が腐敗して無くなったといふが、之は誤りも甚だしいのである。そうして斯ういふ症状は、大抵は左右いづれかの肺部であって、膿結した方の肺は、呼吸が不能で静止してゐるから、健全肺の方が二倍の活動をせねばならぬので、自然呼吸が大きく、困難である。此際背部から視る時、一方の肺は不動で、一方は強動であるからよく判るのである。然るに不動の方の膿結溶解を行ふや膿は喀痰となって、旺んに排泄し始め、徐々として呼吸を営み始めるのである。之によってみても肺が腐敗して無くなったのではない事を知るであらう。以前、両肺が腐って駄目だといはれた患者を、私の弟子が治療し、今は全治し、健康で活動しつつあるといふ事実もある。そうして化膿性は、医療では殆んど不治のやうである。然るに、湿性にしろ、化膿性にしろ、発病するや、医療を受けず放任するに於ては、自然浄化によって溜尿及び膿は喀痰となって排泄され、大抵は根治するのである。
次に、湿性は最も多く、化膿性は次で、乾性肋膜は極稀で、普通乾性肋膜炎と診断された患者は、私の経験によれば殆んど肋間神経痛を誤診されたのである。爰で、肋間神経痛に就て説く必要があるが此病気は非常に軽重があるのである。そうして肋膜炎と誤られ易いのも特徴である。重症は呼吸すらも痛みに堪えかねる位である。これも放任しておけば、発熱と喀痰によって、全治するのであるが、医療は湿布、氷冷、注射等の凡ゆる固め療法を行ふから、一時治癒しても必ず再発するのである。そうして、右に述べた三種の肋膜炎及び肋間神経痛の症状としては、深呼吸をすれば、痛みのある事と、息苦しいのが特徴で、其他盗汗、多睡眠、眩暈等がある。
次に腹膜炎は肋膜炎とよく似てゐる病気で、やはり湿性と、化膿性の二種あるが、乾性はないのである。湿性は、腹膜に尿が溜るのであるが、之も利尿剤を用ふる時は、既存療法中にある如く、漸次悪性となり、而も穿孔排水療法を行ふに至っては、その逆効果が甚だしく、一回、一回より悪性となり、且つ膨満は弥々甚だしく、遂には、臨月の腹部よりも膨大するものである。無論斯うなれば生命は失いのである。
次に、化膿性は腹部が余り膨大せず、寧ろ固結性であるから、一見普通の腹部と思はれるので、医診に於ては、相当重症であっても発見出来得ない事がある。故に化膿性腹膜を肺結核と誤診さるる事さへあり、全く、事実とは思はれない程であるが、私は屡々経験して、愕(オドロ)いてゐるのである。尤も、化膿性腹膜に浄化作用が起った場合、其症状が、発熱、咳嗽、吐痰、食欲不振、衰弱、羸痩(ルイソウ)等であるから、肺結核と誤るのも或は無理はないかも知れないが、患者は不幸なものであると共に、医学の診断法を改善したいものである。従而、斯ういふ患者を私は、腹膜と腎臓のみを治療するに於て、肺結核が全治した例を、屡々経験したのである。
そうして、此化膿性腹膜は、誰もが多少とも必ずといひたい程あるのである。恐らく無い人はない位であらう。之は、指頭で診断すればよく判るので、それは臍の附近にグリグリがあるので、之は膿の固結であるのである。そうして時々中毒するやうな、食事も摂らないのに腹痛があったり、下痢するのは、此固結の浄化作用である事を知るべきである。又、人により、何等の苦痛がないのもある。之等の人に対し指摘すると、驚く事がよくあるのである。そうして腹膜に膿結のある人は必ず顔色が悪いので、私は、経験上、顔色によって、化膿性腹膜の有無軽重を識る事がある。そうして腹膜炎の原因は勿論、腎臓萎縮であるから、腎臓が治癒されない限り、絶対に治らないのである。
(明日の医術 第二篇 昭和十七年九月二十八日)