実験報告6

三重県 T・Z

私の家は有難い御守護を日々賜り深く深く感謝の日を送らせて頂いております。その一つ二つを広く皆様に知って頂きたく拙き文にて御報告させて頂きます。

私の村は山村なので田はあちらこちらの谷間谷間に点在しており、稲作は申す迄もなく田畑の小麦、馬鈴薯、甘藷とあらゆる作物を野猪のために荒され農家の者は年中防備に四苦八苦の手をつくし、その果に大きな被害を受けてホトホト手をやいております。その中でも一番皆が困るのは稲作の防猪です。皆が田のそばに番小屋を作り九月上旬の晩秋蚕の盛喰期より一一月の中旬頃迄の永い間雨の夜も嵐の夜も一夜も休まず毎夜毎夜番小屋に泊り、殆んど寝ずの番をしていながら尚且雨降りの夜などには荒されるのが常習なのです。私も昨年迄は人一倍の努力を以て防猪をやっては荒され困っておりましたが、昨年は観音様にて防猪して頂けるような話を聞きましたので泊りにも行かず、一生懸命に毎日夕方になると田へ行っては浄霊をして何とかして何とかしてと思っておりましたが、その中に余り来たことのない田迄一度通って行きましたが、荒してないのでさては有難いお蔭だと喜んでおりました。処が今度は二回目に来て一回目に通った所を一通り荒し廻って行きました。さて困った、隣りの者は皆鵜の目鷹の目で見詰め腹を抱えて笑っているではないかと泣き出したくなりましたのでK教導所のお祭りに参詣してM先生に詳細をお話してお訊ねいたし、自分にて何とかしてと思っても駄目だと言う事に気づかせて頂き一切を観音様にお縋りしお任せして御教の御用に一心になり、田は水加減を見に行った時浄霊する程度で防猪のことは捨てておきましたが、暫くの間は来ないのでお任せしてよかったと喜んだのもつかのま、又々毎夜の如く荒し廻り今迄にない一番の大荒しをされて他の人々の蔭口と大笑いを受け、農家班にて検見に田を廻った時などは本当に死んでありたい思いで後から小さくなって行きました。皆の者も「これは皆無作だなあ」と言って見る田が二、三枚もあり、かり取るに大手間取りで困ったものだと悪口されながら私も内心ホトホト泣いておりましたが、愈々かりに掛りました処、全くお蔭様にも案外早くかり終り、稲も大荒されたにしては多くあるように思え内心には幾分の光明を見出し喜びながらそれでも摺ってみる迄は心配でしたが、愈々摺ってマスに入れてみてアッと驚きました。一昨年は殆んど被害なく穫りましたのに全収を比較すると昨年の全収の方が約二俵程多いではありませんか、余りの不思議とうれしさに早速光明如来様の前にて大慈大悲の観音様の深き御恵みを感涙にむせびながら家内と共に感謝し深くお礼申上ました。如何なる事も一心にお願いしてお縋りすればよい事に気づかせて頂いた喜びを感謝いたしております。

尚妻が節分の夜より毎日の如く次々の浄化を頂きましたが、その度毎に上の先生を通じお縋りしては浄化を楽にすまさせて頂き、尊き種々の体験を妻の身体を持って覚得させて頂き有難く喜んでおりました処、三男も三月中旬と四月中旬に重症の肺炎の浄化を頂き三日程はお茶を少し飲むのみにて高熱に苦しみおりましたが、二回共光明如来様のお祭りに先生に来て頂きましたので、御浄霊をして頂きましたら其夕方より御飯を食べ出し、二、三日後には前よりも元気はよくなり健康にして頂き深き御恵みに浸り感涙にむせびおります。他の子供も次々と浄化を頂き私も先日高熱の風邪にて浄化を頂きましたが、I町の本部へ参詣して翌日快癒させて頂く等有難い種々の御守護と御恵みを身をもって体験させて頂き一家揃って喜びの日々を感謝致しております。只有難い有難いと感謝を捧げて万分の一にも報ゆべく励まして頂いております。農作物も田畑共無肥料耕作を実行しております。他の人様に少しでも早く知って頂くように努力いたしております。誠のみしるし受けさせ給えと念願申上ます。拙なき筆にて私の誠心感謝の心を表わせません処お許し下さい。愚な御報告ながら世の皆様へ知って頂ければ此上なき幸せとする処です。

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岐阜県 H・F

私は大先生様の御教示に従いまして昭和二三年度の稲作から無肥料耕作を実行しました、其結果は次の通りで御座いました。

平均反当り二石八斗のところ初年度は金肥ばかり施して来た関係で反当り一斗の減収を見ました。二年度は二石八斗で金肥の多かった程収穫は少なく無肥料のもの程収穫に減少を見なかった事になります。次にもう一つ有難い事は他の農家の方々は盛んに闇肥料を高価に買入れたにもかかわらず私は其等の闇肥料を買わなかった丈でもどれ程の大きな御利益でしょうか、此一事を見ても観音様の御力の量り知る事の出来ない絶大なる事が判ります。二四年度の春、麦は勿論無肥料耕作で御座います。結果は誰の畑にも負けない上出来で御座いますが、然し春の延びかけの当時は他の人々の畑は青々としていましたが、私の畑は殆ど黄色で村の人達からは笑われていました。そこで私は観音力の絶対で有る事を確信していますので人から何と言って笑われても唯黙々として畑に向って浄霊していましたところ、此頃になって断然他の農家の畑を凌ぎ村の人々も初めて夢から覚めた様な面持で御座います。

私は柿も作って居りますが入信以外の方々は皆紙袋をかぶせますが、私は自然の儘で包みませんでした。勿論無肥料で御座います、そして暇有る毎に浄霊致しましたところ、他の柿はどんどん落ちるのに私方は少しも落ちる事なく味覚の点等も断然優秀で御座いました。初めて之等の偉大なる観音力を知った方々は真に驚いたのも無理からぬ事で御座います。益々尊い御力に縋り精励する覚悟で御座います。大先生様の御教示を厚く厚く感謝いたしまして茲に御報告申上ます。

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三重県 G・S

極端な無神論者だった私がこの観音力によって種々の病気の癒されてゆく事実を幾多体験し、それに力を得て無肥料耕作を試みました。その事実を御報告申し上げます。

先ず稲は昨年が最初で播種の折には既に苗代には下肥が施してありました。

それは一〇坪の苗代に一〇荷(一荷一五貫入)程の下肥で非常に懸念いたしましたが、然し如何んとする事も出来ず、除草を例年より二回多く行ったのみで全く予想外の増収を得ました。当地方の田地は中位(普通田)で反当り六俵も穫れれば余程の好成績なのでありますが見事七俵三斗強の収穫を得ました。

さきに申し上げたように苗には既に下肥を含んでいた上に人手不足で何等特別の骨折りもなく一塊の堆肥も与えてなかったのですが実施一回にして右の様な御利益を頂きました。

ここで申添えたい事はこの中の二反が前年は干魃で一粒も穫れなかったのですが、昨年は他の田に比して断然収量の多かった事実であります。これを見ても如何に施肥が有害であるかを如実に見せつけられました。

この好適例として同じく昨年の茄子の変化を申し上げます。彼岸過ぎに播いた茄子の苗が至極順調に成育し、七月上旬には南瓜大のものが作付面積四坪のところから四貫余りも穫れ、普通二貫程度の穫れ高に比較して非常な成績だったのですが、半信半疑だった老父が何時のまにか下肥を施してしまいました。

僅かばかりでしたがそれまで水々しかった茄子の茎は次々に立枯れし、漸く結実してもそれは普通程度又はそれ以下になってしまいました。二度迄の尊い体験に今年は寸分疑う事なく麦作を無肥料栽培しております。

堆肥がないので生藁を反当り一〇〇貫余と土肥(土と塵を混合したもの)を一反に付き約三二〇貫入れました。試みに播種後四月日(一番中耕)に根の成長を他家の有肥のものと比較いたしましたが無肥料のもの一尺、有肥のもの四寸というかけはなれた事実をみました。

予て教えられた通り茎の長さはその反対に無肥料二尺五寸、有肥料三尺という状態でありますが穂の一粒が絶対増収を物語っております。

以上私の体験は甚だ浅く何等の御参考にもなりませんが有肥の余りにも恐ろしい事実と無肥料麦の経過を御報告申し上げました。

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三重県 H・N

私は昭和二一年教修を受けさせて戴きましてから観音様の御力が病患の治癒のみでなく耕作に於ても無肥料耕作が有肥料に較べてはるかに収穫の多い事を知らせて戴きました。

作物は有肥料でなくては絶対に収穫は望めぬと固く脳裏に植付けられている現在の百姓に無肥料栽培法の体験談を知らせても中々過去の観念は去りがたく事実を以って立証しなくては解りません。それで昨年の春時期は遅れていますが空地を利用して馬鈴薯を実験させて戴きました。

私は経験こそ無いが、自信を以って進めたものの無肥料栽培が若し取れなかったならという心配と不安はありましたが、とにかく先生から教えられた通り種薯を一生懸命御浄霊をいたしました。植付けましてより若葉が五、六寸位に伸びる迄はすくすくと延びましたので此の分なら大丈夫と喜んで居りましたが喜びも束の間、順調に芽生えた茎は次第に色がさめ枯れてしまったのです。意外な事に私はがっかりして家に帰っても物も言えず、どうしようかと途方に暮れたものの、もうすっかりあきらめ田植の準備に取りかかりました。

或る日の事、枯れた馬鈴薯の畑を整理すべく出掛けました。それがなんと「開けてびっくり玉手箱」ではありませんか。掘ってみると今迄見捨てていた馬鈴薯が普通より大きなのが一本の茎に五ツ六ツ出来ているではありませんか、嘘の様な事実が目の前に現われ、自分ながら夢ではないかと疑い度い程の心地でありました。この茎が枯れ薯のみ素晴らしく出来た不思議を先生に御尋ねした処「馬鈴薯が目的であるから茎はどうでもよい、薯が立派に出来ればよいのだ」と教えられ今迄の常識が一度に消え去った様な感がいたしました。

此の馬鈴薯の体験に依って得た自信と勇気とを以って稲作にかかれば無肥料栽培の結果も必ずよい収穫が得られるという確信を得、耕作に取りかかりました。稲作には化学肥料は悪いが藁や草木の落葉は良いと言う事も先生から御聞きし、出来得る限りの藁や草木の落葉を集める様努力いたしましたが、一町余りの田圃に行渡るには不充分でありましたので、あるだけやり不足の処は全くの無肥料で作る事にして、後は自然の力に御願いする事として、苗代を作り種を一生懸命に浄霊し、どうかして良く出来る様にと御浄めして播種いたしました。播いてからも度々田の見廻りに行く度に善言讃詞を奉唱し一生懸命に観音様に御願いして浄霊をいたしました。段々日の過るにつれて苗は大きくなり、有肥料にて播付けた苗は見るからに初夏を思わせる新緑に染っていますが、私の家のは大分黄味を帯びているのでこれで一体出来るだろうかと疑念を抱き、心配でたまりませんでした。五月の中旬になって苗を本田に植付ける時も前と変らず黄味を帯びているので、どうしようかと疑っていましたが先生の御教通り実行すれば間違いはないと信じて植付けました。其の時ふと鋭く感じた事は、色こそ赤味を帯びているが根の張りが固く、しっかりしているので気強く思いました。

一番除草の行われる時になりますと有肥料の田は黒々と延び茎の分蘖が始まって居るのです、然し私の家のは二番除草を行う時分になっても未だ色が悪いので、大先生に御質問いたしました処「艶の悪いのは前の稲作の時の肥料の関係であるから、其の儘にして置けば心配はいらない」と言われましたので、その通り放って置き除草の時は御守様を頂いている者でやりました。

それで万一無肥料にて出来なかったなら断食さえ覚悟せねばならぬと思うと一時として落付く事も出来ず一生懸命です。又村人達も驚かせてやろうと張切っているのに、村人達からは「あんな田圃では何が出来るか、米なぞとれるものか」とあざけり笑われました。然し今に見て居れと自分自身を励まし、恥かしさも、悲しさも、じっと我慢して居りました。

丁度四番除草の頃となりましたら思いがけなく稲の色も次第に恢復に向い出し、分蘖も有肥料程ではありませんがふえて来ました。又茎も何か思い出した様に伸び始め除草が全部終了して土用になりますと、有肥料に較べて優るとも劣らぬ程に変って来ました。

今迄沈んだ淋しい気持は何時の間にか喜びに満たされ、出穂期に入るや異常な発育ぶりに喜びは一通りではありませんでした。「正しき御教に基き誠を以って実行する時は必ず御恵みがある事を知ったのです」本当に家中喜んでいると何時とはなしに害虫の為めに大体出揃った稲穂が所々荒されているのです、これはどうしたものかと、心を痛め苦しみました。一難去って又一難この調子で行けばどうなるかと思い再度大先生に御質問いたしましたら「其の儘にして置けばよい」と言われたのでほっと一安心いたしました。間もなく収穫期に入ってみますと、有肥料に較べて問題にならぬ程延び実も良く実り、実際稲刈の結果は、果せるかな、大望の成績が眼前に展開されたのです。

普通有肥料栽培にて取った米は、一俵が四斗二、三升なのに、観音様の御蔭にて三斗八升にて一俵一六貫に満ちるではありませんか、その上粒は大きく光沢の良い事等未だかつて見た事のない立派な米が収穫されたのです。一時は村人達にあざけり笑われ、馬鹿に迄され、毎日毎日淋しく思いつめ、どうかしてと念願いたした結果に於て教えの通りにその成果が目前に立証されたのですから大変です。

村人の驚歎は申すに及ばず、家内中時には心魂を痛め、浮ぶ瀬のない味気なさを心の底迄味った中から誠に夢の様な良結果として生れ出でた此の奇蹟なのです、全く有難い事です。

此の観音様の崇高なる御霊徳に唯々感謝の念で一杯でその喜びは言語に絶するものであります。唯々感謝の外はありません。

厚く御礼を申上げて一人でも多くそして一日も早く観音様の御力に縋り無肥料耕作を実行する様御祈りいたします。有難う御座います。厚く御礼申上げます。

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三重県 S・K

無肥料耕作入門第一歩とでも申しましょうか、甚だ浅い経験ではありますが、短月数にして予想外の御利益を戴きました実際を御礼申上げます。

米、麦共に一回の経験で、米作を昨年初めて無肥料栽培しました。無肥といえば、徹底した無肥で、流石に不安を感じ、八月初旬頃稍々好転するまでは全く気がもめました。それから出穂、穫入れと調整するまでは初めての事とて勝手も判らず、つまらぬ事にまで気を廻す始末で、絶えず不安がつきまとってなりませんでしたが、結果は検見実収五俵四升のところ、実収平均(一町一反)五俵二斗余も有って、平年作を稍々上廻りここに不安を一蹴致しました。

これに自信を得た私は麦作も作付総面積の四反余を同じく無肥料耕作をいたしましたが、初期は米作以上に条件が悪く、到底出穂も覚束ないと半ば諦めて居りました。米作によって一度体験していた私も、村人の漫罵の中に一沫の不安を抱いて居りましたが、出穂前から俄然良好になり、今日此頃では嘗ての忌わしい想像を完全に覆しております。

何時如何なる時にもお縋りする事の尊さを沁々味わいました。以上簡単ではありますが、私の戴きました御利益の一端を御報告させて頂きます。

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栃木県 I・K

私は水田二町余歩を耕作する一農家の主婦で御座います。浄霊は人間ばかりでなく作物にも効果がある事をO先生から伺いました。或日薩摩薯が色付くには早い頃でしたが葉が約二分の一位黄色を帯びて病気の様な症状でした。そこで此の時だと思い試みに浄霊を畠の隅迄行いました。約三、四日後行って見ますと驚きました。この間まで黄色かった甘藷は其の面影もなく畠一面が真青でした。

最近になって無肥料耕作の良い事を聞き早速実行しました。種を浄霊し苗代に播種します。初めは別段変りなくすくすくと伸びました。が日数を重ねるに従い次々と不安な状態になりました。他のと比較して他のは真青に伸びているのに反し私の方は赤くて発育悪く丁度線香を立てたように細いのです。此れではどうなるかと心配でたまらず苗間に入り一心に浄霊を行い嘆息をもらしました。それからは苗代の草取りや田に行く度に浄霊をしました。いよいよ本田に移植する頃になりましたが未だ束ねるのにやっとの思いでした。田植は入信者の馴れない人達を頼みました。

一番草、二番草も終り其の間に只管念被観音力を唱え浄霊を行った次第です。然も稲は他家と比較にならぬほどで不安を抱かずにはおられませんでした。主人は「此の様子ではとても供出出来ない」と再三申しましたけど私は最後まで貫行する決心でした。暇さえあれば浄霊を行いましたが穂が出始めました。またたく内に見事に出揃い穂が大きいのには驚きました。いよいよ収穫期となり刈取りもすみ脱穀となりました。処が昨年より俵が少いので次男は立腹し、こんなことでは仕事をする甲斐もないと言う様な始末です。これには私も閉口してしまいました、其の後K先生が分会にお出の際其の事を申しました際「未だ籾摺がしてないでしょう、大丈夫ですよ」と申され御観音様の米は籾が薄く重量がかかるとの事心強く思いました。私が御面会に行った留守、米つくりをやったようで帰るより早く次男が笑顔で「母ちゃん、籾が一三俵で玄米一一俵もあったよ、全く観音様は有難いね、これでは供出も大丈夫だよ」と大喜びでした。私も此れでほっとし其の時の喜びは筆舌に尽せません。

お蔭様で供出も完了し家中大喜びで観音様の御利益の偉大さに感激せずには居られません。今度こそは昨年の体験で確心し尚一層努力し収穫増量の上御観音様に献上させて頂きたいと只今より念願いたして居る次第です。