実験報告5

静岡県 M・K

此の度牛の御浄霊について御報告させて戴きます。昨年一月一五日に牛の種付をして貰いました。其の後御神体にお詣りしては暇ある毎に御浄霊をさせて戴いて居りました。一〇月二〇日出産致しましたが二、三日前より注意していました処、二〇日の昼頃ふと牛舎に行って見ますとビックリしました。親牛は半狂乱になって牛舎の中を廻って居ります。仔牛が出かかったまま、ブラ下っているではありませんか。私は家に飛び込んで、一生懸命御神体にお念じしました。

すぐ行って見ますと、有難い事にあれ程苦しんでいた親牛はグッタリと寝て居ります。一心に御浄霊をいたしお蔭様で無事に牝牛が生れました。家中の喜びはたとえ様もなく、一家揃って御神前に御礼を申上ました。それから二〇日程たった或る朝何時もの様に乳しぼりに行って見ますと、母牛は首をうなだれ、グッタリとなって一向に動こうとしません。さあ大変、と早速お念じ乍ら御浄霊をいたしました。今度は中々起き上りません。そこへ近所の牛の事に明るい人が来て注射を奨められ、申訳ない事に私は遂に頑張り切れず不安な気持でその言葉に応じました。併し神様はこの私の迷った心を立直して下さいました。獣医が針を刺すと間もなく折れて終い三分の一の薬も入らない程でした。

私はその時本当に迷って申訳なかった、これからは総て御観音様にお縋りしようと一生懸命御浄霊を始めました処、牛の腹が樽を洗う時の様にガラガラと鳴り始めました。その中大小便の色の変った悪臭を放つのが沢山出て来ました。私は「確りしろよ、今にきっと達者になって何でも食べられる様になるから」と言いきかせ乍ら、尚一心に御浄霊を続けました。そうした事が三日三晩続き、四日目のお昼頃より少し宛食べ始めました。産後の事故中々体が整いませんので一時は乳量も減りましたが、三カ月後にはすっかり回復して、又種付をする事に成りました。今度は種付前に御浄霊をし、種付後も御浄霊を致しました。どうかこれで又無事牝牛が宿ります様にお念じ致して居ります。

神様はこうした家畜までお救い下さる事を実際に体験させられまして、又日頃数々の御守護を頂きまして私達一家は毎日幸福な日を送らせて頂いて居ります。この幸福を早く世の人に知らせてやりたい気持で一杯です。誠に乱文で申訳ありませんが喜びのまま御報告させて頂きます。

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宮崎県 S・H

私は長年持病の喘息に苦しみ医者も薬も効なく、凡ゆる人の良いと言う手当を致しても快方にならず、どうせ死なねば治らぬものと諦めて居たのでありますが、長男A(現教導師)が非常に観音様の御利益の有る事を聞き、去る二月一七日K先生よりお光を頂き、自分で浄霊し居る中に段々と快よくなり、今では「セキ」も出ず大変楽になり、観音様の有難さに喜んで居る者であります。

偶々当村U氏(五二)の牛が重態となり獣医の手当も何等の効果なく、家畜商達が「今の内に売らないと一銭にもならないから売れ」と勧めても死ぬ迄は売れないと頑張って居ると言う話を聞き、早速行って浄霊して上げました。すると如何でしょう。今迄熱のあった牛が大変熱が下り楽になったではありませんか。其後五回、六回の浄霊に依り今はすっかり快くなり、今では農耕に使役しても何等異常の無い迄に代りました。U氏の喜びは一方ならずまるで私を神様のように言って呉れまして今更乍ら、観音様の御力に感激して喜びの余り御報告する次第でございます。

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宮崎県 M・N

現実の世に之程の奇蹟がありましょうか。茲に謹んで観音様の偉大な御守護の感激を発表させて頂きます。

私共夫婦は昭和二一年の秋、教修を頂き其後御神体をお祀りさして頂き、今日まで限りないおかげを受け、一意信仰に精進させて頂いています。私は本月一一日会社の所長会議のため熊本の支店へ出張し、一四日一二時帰って来ました。急用があってそのまま自宅に帰らず会社に立寄りました処、豚が大変悪いからすぐ帰るようにと電話がかかっておりました。

私の宅では家内が豚二頭を飼っております。態々電話を掛ける様では今流行の脳炎にやられたのではあるまいか。若し脳炎なら二頭ともやられているに違いない、値段にして四万円、目の前が真暗になった様な気持で、取るものもとりあえず帰宅しました。恰度二時頃でした、案の定大きな方が庭に四肢を投出し気息奄々の有様で、妻は一生懸命御浄霊をしているし、それをどうしたことかと近所の人達六、七名が取り囲んで見守っている物々しい光景が目に映りました。妻の話によると今朝六時頃飼料をやろうと思って豚舎に行ってみると、大きい方が痙攣を惹して苦しがっているので非常に驚き、早速近所の人の救いを求め庭に持出し自分で御浄霊しながら、人を頼んで教導所の助手Iさんを呼ぶ一方別な人を頼んで会社へ電話をかけたりするなど大騒ぎだったとの事でした。

私の帰った時にはIさんが今御浄霊を済ましてお帰りになった直後でした。此の様に話す中にも豚は白眼を吊上げ口から泡を噴き四肢をバタバタさして痙攣がひっきりなしに襲い、その光景は正視出来ないものがありました。近所の人達は「もう見込はないから一刻も早く獣医を呼んで、生きてる間に刺した方がよいでないか」と私達の無暴にも似た行為に厳しい非難を浴せるのです。でも期する所があり黙々としてお浄霊を続けておりました。其夜当地のEさん宅で研究会が開かれる事になっており、之に出席のS先生が丁度八時頃お出下さいました。その時は昼間の人達が信仰の力で果して病気が治るだろうかと、半信半疑の気持で六、七名押かけていました。S先生に早速お浄霊して頂きました。三〇分もかかったでしょうか、その間激しい痙攣が三度来ました。お浄霊半ばに熱がスーッとひいて仕舞い、S先生は「これで助かるんではないですか、まあ後を続けてお浄霊しておきなさい」と言って研究会に急がれました。先生がお帰りの後三〇分もしたでしょうか、あれ程昼間から待っていた尿と便がそれこそ物凄い勢で出て来たではありませんか、次の瞬間には豚は目をパッチリ見開いて前肢を掻くような恰好をするので何心なく起してみると、スックリ起上ってヨチヨチ歩き出したではありませんか、その時の感激満座大騒ぎでした。

でも問題はこれからなのです。「後のお浄霊を続けるように」と言われたのも忘れ、これでよしと安心して仕舞い翌日(一五日)の昼すぎまでお浄霊を忘れていました。それから朝の間はヨチヨチと庭を歩き廻り飼料をやると僅かながら食べるので大丈夫と言う気持があったのです。サア大変、病気は逆転した。午後二時すぎになるとあれ程よくなっていた豚がもう起上ることはおろか舌を嚙み出したまま目をつむり、唯鼻先で浅い呼吸をかすかに続けているだけで、殆んど絶望の一歩手前までになってしまったのです。恰度四時半頃会社から帰ってみると此の有様です。一度治っていた豚が又悪くなったと聞いて近所の人達が二、三人駈付けていました。妻に「この様子ではヒョットすると絶望かも知れない、でも一家の曇りのため豚を死なせて近所の人達に無限絶大な観音妙智力に疑いをもたせることになれば之程残念なことはない、ここに至っては生きる死なせるも神委せだ。此の上は真心こめて光明如来様に御守護をお願いするより外に仕方がない」と決心し、教導所のIさんを再び呼ぶ一方私共夫婦はそれこそ御神体の前に額づき、一心不乱に御守護をお願いしました。それが終って豚の所へ行ってみますとIさんが御浄霊の手を止めて「御霊紙を持って来ましたから卵子と一緒に呑ませてみましょうか」と言われて「駄目でしょう今迄何度も食べさしてみたのですが全然喉を通らんのです」と言って斜に切った竹筒に聊か中味を入れて、御霊紙とかき混ぜ豚の口の横の方を竹筒でこじあけて流し込みました。処が何たる不思議でしょう、目をつむったまま口の中の卵の黄味を舌の先でペチャペチャとなめるのです。オヤッと三人思わず顔を見合わせて「オイもう一つ」と私は家内に命じて今のようにして呑ませると吸い込むように喉を通りました。続けて又一つと都合三つを呑ませると目をパッチリ見開いてそのままスックリ起上りました。

余りの激変に三人共呆然たらざるを得ませんでした。そしてその辺を無性に歩き廻り、頻りに食物を漁さる恰好をするのです。丁度レンゲ草の刈ったのがあったので、それを食わせると、いや食うの食わないの丸っきり気狂いの様に食うのです。アア何たる奇蹟か、瀕死の病豚がこの激変振り、果してこれが事実であろうか、然し事実は飽迄厳然たる事実であり、私共三人は声すら出ず余りの有難さと感激に目頭は熱くなり、胸の中にジンと込みあげて来るものを感じました。当日のことを今想っても矢張り夢の様な気がいたします。

斯くして発病して二日で完全に治り、今ではピンピンとして以前よりもよく食べるようになり、一日一日肥りつつあります。此の一大事実の前に如何なる人も頭の下らざるを得ない。最初は極力反対し悪口を言っていた隣家の兄がまず発心し、一週間目に教修と御神体を頂き、信仰生活の第一歩を踏み出したことです、なんたる有難さでしょう。茲にありのままを発表さして頂きました。

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和歌山県 H・H

無肥料栽培でお米やお麦が多収穫される様に聞いてはいましたが、私の長男が不治と思った神経痛が夢の様に全快して以前より健康に製材の仕事に従事出来る様になった事実を体験いたしていますので、私の方も無肥料で是非何かをと思っていました。先ず手近に玉葱の栽培から始めました。何時もお世話になるK教導所の先生のお説の通りにやって見ました。家庭菜園位のものでありますからこれという記録も取っていませんが、此の頃では随分大きくなりました。収穫の日を楽しみにしていました処、偶々近所の方から玉葱の葉(まびいたもの)を一把頂きましたのでお惣菜にいたしました処、苦い味がいたしました。間引の玉葱なのでこんな味がするのかと思っていましたが家で作ったのを引いて来て喰べました処、これはどうした事でしょう。味は格段の美味しさと甘さ、苦味など少しもありません。成程無肥料は収穫もさること乍ら其の味の良いのに驚きました。

これは真に些細なる体験でありますが無肥料栽培の効果を裏付けることに間違いの無い事で、私は家庭菜園の様に小規模の農作にも此の「お光」を頂いてやって頂く方の一人でも多からん事を念願いたしています。

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兵庫県 Y・S

大先生様より此度無肥料栽培に就いての御言葉がありまして誠に有難き思召と感激に堪えません。私方も一昨年家族が入信させて戴きました時、先生の御話に金肥も使わぬ方がよいとの事を知らせて戴きまして早速稲作に実行いたしました。昨年と今年の結果から見て愈々来年度は金肥を絶対に使うまいと言う貴重な体験を戴きました。しかも近年来の豊作と言われる北但馬で私達一部の信者のみが体験を得させて頂きました事は誠に感慨無量に堪えません。以下私の体験が未だ無肥料栽培に不安を感じられる方達に些かでも御参考になれば幸甚に存じます。農家の皆様は近年来米の味が段々悪くなって来て居る事に御気付と存じますが、殊に今年の金肥を使いました米は誠に味のないもので御座いましょう。無肥料栽培と申しましても只金肥が悪いと言う事だけしか知りませんでしたので、昨年は厩肥一点張りで全然金肥を使用せず今年は金肥厩肥無肥料栽培と分けてやって見ました(残念乍ら厩肥も不可だと知らせて頂きましたのは今年の八月で御座いました)。収穫は

金肥田 段当平均 二石
厩肥田 〃    二石七八斗
無肥田 〃    四石

施肥歩合は金肥田は厩肥三〇〇貫、硫安七〇〇匁、厩肥田は厩肥五〇〇貫匁、無肥田は生草四〇〇貫匁、右の様な結果を得させて頂きましたので、絶対の信念を以って皆様に無肥料栽培をお奨めいたす事が出来ます。昨年と今年と考えて見まして来年は無肥で反当り五石は楽々と収穫出来ると信じております。野山の草木は何も人間が施さなくとも年々生い繁って行きます。農作物も人工を施さなく共立派に育つものである、否むしろ人工(肥料)を施す事によって駄目にして終うと言う事を強く知らせて頂きました。今迄増産報国の念に燃え、福井式、黒沢式、某宗教団体の酵素肥料など興味を持っていましたが、とても難しく私達には完全な事が出来ませんでしたが、御教えの今度の無肥料栽培はこれは易々として誰にでも出来ます。誠に有難い事であります。静かに考えて見ますとこれこそ本当に限りなき神様の御恵みで御座います。大先生様の御言葉の下に絶対の信念を以って皆様の前に無肥料栽培を御奨めさせて頂く事が出来る様に御指導下さいましたN先生や諸先生に深く御礼申上ます。

無肥料栽培の特色(二三年一一月二八日)

一、害虫が湧かなくなる
二、作物が丈夫になる
三、寄生虫に蛔虫の危険がない
四、肥料代が節約出来る
五、肥料購入や施肥、消毒薬散布の手数や労力が省ける
六、作物は美味で大きく収穫が高い

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大分県 S・T

私は昭和二一年一一月二三日K教導所に於てお守を頂きまして以来、数々のお蔭を戴いて居る者でございます。

私は昨年の秋、最早他家のキャベツの苗は大きく成り定植した後、私方は播種しました。定植したのは一月の初めでございました。他家のを見て私方のを見ますと如何にも小さくて見るに忍びないので、そこで畑へ行く度に浄霊いたして居りました。四月中旬一週間ばかり畑へも行かず過した処、或日行って見ますと殆んど全部がよく巻いて居て、最早二、三出来過して割れるのもありました。一、二カ月も早く植えた他家の畑のはまだ巻いて居りません。尚驚いた事には只の一本も花の咲いたのが無い事です。今年は一般に暖冬の為か、何処の畑でも大てい花が咲きました。中には畑全体が花が咲き残りの僅かばかりも満足なのは出来ず、牛馬や兎の餌になって居る様な有様ですのに、私方は一本も花が出ませんのは、これ偏に観音様のお蔭と感謝いたして居ります。此の一例を見ましても如何に観音力の偉大なるかを痛切に感ぜざるを得ぬのであります。

麦のヤミが入らず、雀が食わぬ

本年は麦もあまりに暖冬の為か、全国一般的に良作でない事はかねて新聞、ラジオでも報道せられて居る次第でありまして、私方でも土入を何回いたしましても根が張らず、只立上るばかりで此の調子では「今年は麦は食えん」と諦め乍らも畑へ行く度に浄霊いたして居りました処が、此の三月頃になりますと、どんどんと良くなって来、今では例年より穀も大きく穂も大きく定めし実も大きく出来るだろうと期待して居ります。之に反して隣の畑は早い中に「ヤミ」が入って根が枯れ残りの分も私方よりずっと小さいのです。それから私方のは雀も食いませんが、私方の下側の畑は雀がつついて、狭い畑は殆んど食い尽して居ります。豌豆も隣の畑は「ヤミ」が入り枯れて黄色くなっておりますが、私方のは青々と生立ちさやも沢山付いて例年にない出来栄と喜んでおります。これも偏に観音様の御加護の賜と感泣いたしております。本当に観音力の偉大さは話したとて経験ある人でなくては分る事ではございません。拙き私にはとても筆舌には尽されませんが発表さして頂き、有難い観音様の御恩の何万分の一にも報いられたらと拙き筆をとった次第でございます。

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三重県 K・T

私は終戦の年に海軍農耕隊の開墾した畑を借りて素人百姓をやって居ります。土地は強酸性土壌で付近の五〇年六〇年の古畑でも小麦反収二俵程度、甘藷二〇〇―三〇〇貫の程度です。このように畑ではホウレン草、蓮華草などは生育しない程の悪土です。土地の人でも捨てたい位の悪土を素人が、しかも新畑を作ったって何が出来るものかとてんで問題にしなかった。而し私は強引に畑の中に小屋を作って住み二〇年から所謂素人百姓をはじめました。作物は小麦と甘藷の外見込がないので秋より小麦を作りましたが、四月頃には畑中一本も残らぬ迄に消えてしまいました。二一年秋には二反歩まいて五斗位とれました。勿論人肥を主とし、多少硫安、硝安を使用したのであります。二二年にまいたのも相当努力したが六、七斗の収穫でした。昨年三月入信以来種々と無肥料耕作のことを承り早速昨年の大豆作より実施しましたところ、意外の御利益を頂き喜んで居ります。

昨秋の播種には無肥料耕作を非常に不安に思ったというのは僅かの麦とて闇買の力のない私共家族に取っては命の親とも思われる程大事なものであり、万一とれなかった場合金で買うことを考えると、なかなか決断がつかなかった。今一つは農事試験場の試験成績其の他農業雑誌類で見ると無肥料耕作では水稲は七割、麦は三割程度よりとれないのが原則だということを読んで居り、これが非常な邪魔をした次第です。

結局一反歩を普通耕作、一反歩を無肥料耕作ということに落着した訳です。以下昨年来の無肥料耕作の結果を順次簡単に記します。

昭和二三年度

一、白大豆 二割五分増収 大豆五〇本宛の比較

(イ)無肥料無浄霊区 四合三勺 粒不揃虫喰
(ロ)同 浄霊区   五合四勺 粒大虫喰少し

右の如く浄霊のみにて二割五分増収

二、陸稲 発育の遅れたのが浄霊にて追付く

前記の如く新畑にて土地に甚だしき肥痩あり約三〇坪の発育が甚しく遅れ他は黄金色に変じているに此の部分は未だ穂が出かけた程度です。一生懸命御願して五、六度浄霊をした結果刈入れ迄にはぐんぐん追付き他と見分けがつかぬ様になり稔りの状態も他と変りなく、付近の人も不思議不思議の一点張りでした。

三、大根 収穫時に急速肥大す

普通畑と異った点は収穫近くなっても下葉の枯れない事、最も不思議に思ったことは収穫一〇日程前より急に肥大し其の為畦が五分も六分もひび割れた事です。漬物にして食べましたが味のよいことは生れてから初めてと大喜びです。

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奈良県 H・T

大先生より無肥料耕作の御話しを聞きましたので早速実行しました。大先生は耕作は自然の摂理に従い化学肥料は有害であると説かれてありますので肥料は堆肥のみにしました。私は今迄硫安を多く使って居りました故、土壌は酸化してこちこちに固まっていますから堆肥にて地力をつけなければいけないと思います。従前の農作は搾取ばかりを目的とし土にかえすことをしませんでした。

私が体験した耕作法をお知らせします。

先ず苗代から申し上げます。私は一反に付き一〇坪を使用します。苗代田を整理する前一畝に二〇貫の堆肥(主に藁と草)をすき込み一坪に対して種籾二合蒔きます。それ以前に種籾に一〇分間程浄霊します。そして苗代期間中に二回浄霊しました。種籾は勿論消毒しません。本田には元肥として堆肥反当り一五〇貫を麦をかり取った後直ちに「二条蒔き」のものは麦の株間に、「一条蒔き」のときは麦株の上にふりまきすき込みます。

水を引いて田植するときは苗に浄霊し、移植します。田植後二〇日乃至二五日頃堆肥一五〇貫を追肥、稲の成育状態は一般よりも悪く分けつ十五、六本から二〇本程しかありません。村人達は私のすること又田の毛上をみて笑い気違い扱いにされました。

それもその筈、一般人は硫安を多く使い苗も黒々として見ても気持良い田になっていますが私の田は赤々して藁も短かく株が細っそりとして見るからに貧弱です。

私は幾度か失望と近隣の困わくに焦燥を感じましたが前途に光明を信じ堅い信念を打ち込んでやりました。そして報いられました。

化学肥料(反当り七、八千円)を使った稲は長く黒くみかけは立派ですが倒れたり又「浮塵子」がついたりして減収の家が沢山ありましたが私の方は藁は固く虫害は全然なく又一本も倒れませんでした。私の地方は昨年は豊作でありました。平年作は二石八斗から二石九斗でありますが一般は三石二、三斗で一割から一割五分の増収でしたが私は実に三割五分程度の増収であったのです。無肥料栽培は外観は平年作以下に見えましたが籾皮が薄く屑米が出来ず粒が大きいのです。浄霊はかり取りまで三回やりました。稲作によって無肥料栽培に自信がつき野菜も西瓜も皆これにならっています。

収穫は多く、その何と美味なることか、麦作も堆肥を反当り六、七百貫を二、三回施しました。収穫は未定ですが冬期は葉が短く薄茶色になり心配しましたが前に施した化学肥料の浄化であると熱心に浄霊しました。春になって葉は草色になり軸も固く完全な穂が出ています。この分で多収穫疑いなしと確信を得ました。私は無肥料栽培の如何に偉大なるかを知りここに報告しました。