病気の原因は、汚血及び水膿の溜結であり、其汚血と水膿は精霊の曇の移写であるといふ事は、既に述べた通りであるが、然らば、其曇は何れから発生流転して来たかといふと、それが罪穢なのである。而して、罪穢にも二種あって、先天的と後天的とのそれである。即ち先天的は多数祖先の犯した罪穢の堆積綜合であり、後天的のそれは、自分自身の犯した罪穢の堆積である。
先づ第一の祖先の罪穢を、悉しく述べてみよう。今、現在生きてゐる吾々個人は、突然と涌いた処の、何れにも係りのない存在ではなくて、実は何百人か何千人か判らない、多数祖先の綜合されて一つになった、其尖端に存在呼吸する一個の生物であって、それが、無窮に継承されてゆく中間生命の、時間的個性の存在である。大きく観れば、祖先と子孫とを繋ぐ連鎖の一個であり、小さく言へば、親と子を繋ぐ楔子(クサビ)でもある。
祖先の罪穢に依る病気なるものを、徹底的に説明するには、どうしても死後の生活、輒(スナワ)ち霊界の組織状態を説かなければならないから、大略を述べる事とする。
人間が一度現世を去って、死の関門を通過するには、肉体といふ衣を脱ぎ棄てるのである。人間の肉体は現界に属し、霊体は霊界に属してゐるものであるから、肉体が病気又は老齢の為に、頽廃して使用に耐えない以上、精霊はその不用化した物質である肉体を捨てて霊界に往くのである。そうして、霊界に於て再び現世に出生する準備をしなければならない事になってゐる。其準備とは浄霊作用である。然るに大部分の人間は、生存中に於る罪の行為に由る穢が相当に多いので、霊界に於ての厳正公平なる審判に遇って、大方は地獄界に堕ちて行くのである。地獄界に堕ちた精霊は、罪に対する刑罰の苦難によって、僅かながらも一歩一歩向上してゆくのであるが、其際罪穢の浄化による、残渣とも言ふべき霊的汚素が、現世に生を営みつつある其子孫に向って、絶えず流れ来つつあるのである。それは祖先の綜合体である子孫の個人が、罪穢を分担するといふ、一種の因果律的贖罪法である。之は万物構成に於る主神の神律である以上、如何ともし難いものであって、人間は之に服従する以外、何事も出来得ないのである。それは此霊的汚素が、人間の脳脊髄へ向って絶えず流動し来り、其汚素が人間の精霊に入るや、忽ち物質化するのであって、その物質化が膿汁である。之が凡ゆる病原となるのである。
第二の個人の罪穢を説いてみるが、之は誰しもよく判るのである。如何なる人間と雖も、生来、絶対罪を犯さないで生きてゆくといふ事は、出来得べからざる事である。然し罪にも大中小、千差万別あって、例えば、法律上の罪もあれば、道徳上の罪もあり、社会的の罪もある。亦行為に表はれる肉体的の罪もあり、心で思ふ丈の精神的罪悪もある。基督が曰った、女を見て妙な心を起した丈でも、姦淫の罪を犯す事になるといふ戒めは、厳し過ぎるとは思ふが、間違ってはゐないのである。斯様に、縦令、法律を侵さないまでも、小さな罪、即ち日常、彼奴は憎いとか、苦しめてやり度いとか、姦淫したいとか想ふのは、誰しも罪とは思はない程の微細な事ではあるが、是等も長い間積り積れば、相当なものになるのである。又、競争に勝つとか社会的に成功するとか、兎に角優越的行為は敗北者から怨まれ、羨望される。之等も其恨に依って一種の罪となるのである。又、殺生をするとか、怠けるとか、人を攻撃するとか、物質を浪費するとか、朝寝するとか、約束を違へるとか、嘘言を吐くとか、いふ様な事も不知不識侵す一種の罪である。斯の様な数限りない罪は、小さくとも長い間には、相当な量となるので、それが精霊へ曇となって堆積さるるのである。然し、生れて間のない嬰児は、後天的の罪は無いであらふと思ふが、決してそうではない。すべて人間は、親の膝下(シッカ)を離れて、一本立になれば兎も角、親によって養はれてる間は、親の罪穢も分担する事になってゐるのである。恰度、樹木に例えてみれば能く判る。親は幹であって、子は枝であり、其又枝が孫である。幹である処の親の曇は、枝に影響しない訳にはゆかないのと同じ理である。
此後天的罪穢は、明白に判る場合がよくある。その二、三の例を述べて試(ミ)よふ。人の眼を晦(クラ)ました結果、盲になった二つの例がある。以前浅草の千束町に、経銀といふ表具師の名人があった。彼は贋物を作るのに天才的技術を有ってをり、新書画を古書画に仕立上げて売付け、何十年もの間に相当な資産を造ったのであるが、晩年不治の盲目となってから暫くして死んだのを、私は子供の時によく遊びに行っては、本人から聞かされたものである。今一つは、矢張浅草の花川戸に花亀といふ道具屋があって、或年静岡地方の某寺の住職が、其寺の本尊を奉安して、東京で開帳をしたのである。処が、失敗して帰郷の旅費に困り、其御本尊を花亀へ担保に入れて、金を借りたのである。其後金を調えて、御本尊を請けに花亀へ行った所が、花亀は御本尊の仏体が非常に高価な買手があった為、売払って了ったので、彼は白々しくも、預った覚えはないと言切って、頑として応じなかった。そこで其僧侶は進退谷り、遂に花亀の軒下で首を縊って死んで了った。処が、花亀の方では、仏像で莫大に儲けた金で商売を拡張し、其後トントン拍子に成功して、其頃数万の財産家になったのであるが、晩年に至って盲目となり、而も、其跡取息子が酒と女狂で、忽ちにして財産を蕩尽し、終には見る影もなく零落し、哀れな姿をして、老妻女に手を引かれ乍ら町を歩く姿を、私は子供の時よく見たので、其謂れを父から聞かされたのであった。之は全く僧侶の怨念が祟ったのに違ひはないのである。今一つは親の罪が子に酬った話であるが、それは以前私が傭ってゐた十七、八の下女であるが、此女は片一方の眼が潰れて、全く見えないので、訊いてみた所が、以前奉公してゐた家の子供が空気銃で過って、眼球を打ったとの事であった。猶訊いて試ると、其下女の親爺は、元、珊瑚の贋玉で非常に儲けたとの事で、それは、明治初年頃、護謨等で巧妙な珊瑚の贋玉が出来た。それを田舎へ持って廻って、本物として高価に売付け、巨利を博したとの事で、其贋玉を高く売附けられた人の怨みが大変なものであったらふと思ふ。全く其罪が子に酬って、眼の玉を潰したのである。而も其女はなかなかの美人で、眼さへ満足であったら、相当の出世をしたらふにと、惜しくも思ったのであった。今一つの例は、手首の痛む老人が、治療に来た事があった。十日以上も治療したが、なかなか良くならない。不思議に思って、其老人の信仰を訊いてみた処、○○様を廿年以上も信仰してゐると言ふのである。そこで私は其為であるから、それを拝むのを罷(ヤ)めさしたのであった。処が拝むのを罷めた日から、少し宛良くなって、一週間程で全快したのであったが、之に似た話は時々あるのである。正しくない信仰や、間違った神仏を拝んでゐると、手が動かなくなったり、痛んだり、膝が曲らなくなったりする例が、よくあるのであって、之は全く間違った神仏を拝んだ、其罪に因るものである。
是等の例によって察るも、後天的の罪穢も軽視出来ないものであるから、病気や災難で苦しみつつある人は、此後天的罪穢をよくよく省みて過ってゐる事を発見したなら、速かに悔悟遷善すべきである。今一つは別項種痘の記事にある如く、陰性化せる天然痘の毒素である。故に病気の原因は、先天的の罪穢及び後天的の罪穢及び天然痘の毒素の、此三つが主なるものであると思えば、間違ひないのである。
(新日本医術書 昭和十一年四月十三日)