神仏習合 Wikipedia冒頭より
『日本に仏教が到来した当初は「仏教が主、神道が従」であり、平安時代には神前での読経や、神に菩薩号を付ける行為なども多くなった。日本で「仏、菩薩が仮に神の姿となった」とし、「阿弥陀如来の垂迹を八幡神」「大日如来の垂迹が伊勢大神」とする本地垂迹説が台頭し、鎌倉時代にはその理論化としての両部神道が発生した。一方、神道側からは「神道が主、仏教が従」とする反本地垂迹説が唱えられた。』
というように世間一般でも神様と仏様の関係性については昔からいろいろと言われておりまして、救世教の御教えでは反本地垂迹説つまり元々神様でその方々が夜の時代の仮の姿として仏となられたと説かれています。
『観世音菩薩の御本尊は、伊都能売神である事は、以前から私は度々知らしてある処であるが、之に就て分らねばならない事は、元来仏身なるものの根本である。単に仏といっても実は二通りあって、本来の仏身と神の化身との両方ある。そうして本来仏とは約二千六百年以前、釈尊の時から生れたものであって、……』
仏教の起源(文明の創造 昭和二十七年)
というように、神様が化けて仏様になるということが分かったと思いますが、実は元々同じなのに力の発現、働きの大きさが全然違ってくるのです。今回はもっと掘り下げて神様と仏様の本質の違いを考察していきたいと思います。実は昭和十年の観音講座にこの部分を考えるのに参考になるところがございまして、それを抜粋して御紹介します。
『十は結びである。

善と悪とを結べば悪はなくなるのである。
善を結んだ中心が則ち伊都能売である。
善悪を結んで火水(カミ)となる。』
観音講座 昭和十年一月一日(昭和十年七月十五日)
『善悪の真諦が解れば大学者に成れるのであって、非常に難しいのである。善悪は対照的なものである。悪があるから善がある、善があるから悪があるので、それがなくなれば何が残るかと言うと真となるのである。

此の真とは、要するに善なのであるが、又一方より解する時は善でも悪でもなく、又善にも悪にもなるのである。図の如きものである。世の中で善悪一如というが、一如では一の如しと言うのであるから間違いである。
善悪一致、善悪合一なのである。是が結合したといってもよい。この善悪(経緯)が結合したものゝ中心が真であるから、善でも悪でもなく、光明世界で如何にするかと言えば、我光明世界の人間は真を行うのである。その行は善でも悪でもない真である。それだからやることが総て和やかで、又非常に滑かに出来て行くのである。
それ故、悪では万事甘(ウマ)く行かぬ為悪はなくなるのである。人が当然の事を行うのであるから、善ではなく当り前の事なのだ。今は半獣世界であるのを今度初めて人間となるのである。
神様が善と悪とを造り、両方対立させて物質世界の進歩を見たのである。その救いは何かというと、完全なるものを造ることに於て、意志の違った二つのものを出して競争させたのである。』
観音講座 善悪の真諦(昭和十年八月二十五日)
要するに、これまでの長い人類史は悪というものを徹底的に避難してコテンパンにやっつけてきたのです。でもこれからはそうではないのです。悪、すなわち本能欲をたぎらせてもいいのです。というのは火素の増量によって霊界が明るく人間の霊体が清らかになるので、人間の善、理性が上手く悪(本能欲)を制御できるようになるからです。で、ここで勘違いしてはいけないのは、悪がいけないのは当たり前で、悪自体はミロクの世になろうがダメなものはダメなのです。どういうことかというと、悪が善から切り離されて独りでに暴走をはじめるといけないのです。善の制御下に置かれた悪はもはや悪ではないのです。これだけの解説ではちょっとイメージが湧きにくいと思うので比喩や具体例を交えて解説していきます。
よく明主様は車の運転を例にとって信仰の要諦を御教えくださっていますので、私も明主様に倣って車の例えで善と悪の解説をしたいと思います。
善(理性)…ハンドルやブレーキ、運転技術
悪(本能)…アクセル
このように置き換えるとイメージしやすいでしょう。つまりこれからの時代は御魂が磨けて霊体が浄まるにつれて、ハンドルやブレーキが高性能になっていき運転技術の向上していくので、それに合わせてギアを上げてアクセルを踏み込んでいいのです。実力がついてくれば、時速300キロからシフトダウンして100キロまで落としS字カーブを最短コースで駆け抜けて直線コースでまた時速300キロまでアクセルを踏み込むような運転をしてもいいのです。これからの昼の時代はそういうことが出来る人間が増えていくでしょう。ハンドルやブレーキが壊れてておっかなびっくりで時速30キロしか出せないヘッポコドライバーがこれまでの夜の時代の普通人とすれば、時速300キロで駆け抜ける昼の時代の人々は神人のように見えるのです。明主様の御事績を学ばせていただくとこれに近い印象を受けるはずです。
つまりこれまでの夜の時代では、視界は悪いしハンドルやブレーキは壊れてるし運転技術もろくでもないので。アクセルを踏むのを極度に恐れたのです。というのは下手にアクセルを踏み込んじゃって、道を外れて土手にツッ込んじゃったり谷底に落ちたり、人身事故起こして人をひき殺しちゃったりしてきたのです。人身事故は軽いものだとケンカぐらいのものですが酷いのだと殺人です。広範囲地域で連鎖的に起こる人身事故が戦争であるとイメージすれば理解しやすいと思います。事業起こして失敗して破産するのなんか、よく人生の谷底に落ちると言ったりします。一方で、車をぶつけるのを恐がって、ついにはアクセルを踏むのを止めちゃう人達がいるのですが、これが非常にいけなくて、社会的にも困った事態なのです。いろんなことに挑戦しなくなっちゃう。大企業または、お役所などの官僚組織はこういう傾向が強いですね。個人的に極端にひどくなるとNEETや引きこもりの問題を生むのです。なので、車の運転に置き換えて考えるといろんなものがスッキリ分かります。
これまで仏教では食欲、財欲、色欲、名誉欲、睡眠欲を五欲といって非常に戒めてきたのですが、夜の時代はこういった本能欲を制御できなかったので徹底的に攻撃して排斥したのです。でもこういった欲望は人間が生存していくにはなくてはならないもので、適切に扱えば素晴らしい原動力、活力になるのです。
食欲:これが無くなってしまうと人間大変です。暴飲暴食や間違った食べ物がいけないので、明主様の言われてるとおりの食事が出来ていればそれでいいのです。ただ、ちょっと最近気になるのが時代の変遷で明主様御在世当時とかなり事情が変わってきてるのです。明主様は小麦については否定されてないですが、添加物や農薬については強く戒めておられます。それで、現代日本人はパン食が非常に多くなってますが、無農薬、無添加のパンなんてそうそう市場に出回ってないですよ。あったとしても金持ちしか買えない。採算が合わないのです。植物油脂も昔ながらの圧搾法なんてないですよ。ヘキサン溶媒抽出です。牛乳も過熱して料理に使う程度ならいいと言われてますけど、現代人が食べまくってるホイップクリームとかカスタードクリームとかたぶん許容量を超えてるのですよ。アイスクリームも気をつけないといけないのがアイスクリームと名のついた偽物が多いのです。裏の表記見ればいいのですよ、アイスミルクとかラクトアイスと書いてあります。ラクトアイスなんて油をアイスっぽく固めたものですからね。みんな大好き果糖ブドウ糖液糖は遺伝子組み換えのトウモロコシからです。そんなこと言うなら食べられるもの無いじゃん!と怒られそうですけど、いやそうなんですよ。安心して食べられるものなんてほぼ無いのです。
財欲:これは感謝されることでお金を稼いで、感謝されることでお金を使えばいいのです。あまり堅ぐるしくならずに御教えを拝読して、どういったことが神様に愛される仕事なのか検討してみてください。今の時代けっこう難しいです。バブルに突入したあたりから当たり前のことに感謝して当たり前のことにお金を支払う国民性じゃなくなったからです。
色欲:これはですね、重要なことなのでまた別のところで解説しますけど、人類が滅んでしまう原因の一つなんですね。いま不妊治療で苦しんでるカップルが多くてですね、女性が悪く言われがちなんですが、男性が悪いことも多いのです。つまり種なし、精子のつくれない男性が多い。デスクワークになったせいだとか食べ物が悪いとかいろいろ言われてますが、一番多いのが性病(クラミジア・淋病)になって精巣が炎症を起こして精子が死滅しちゃってるのが原因です。離婚案件ですよ離婚案件。一方で、性欲を適切に扱って、奥さんを大切にしてってやれば家庭円満で子孫繁栄で素晴らしいことになるのですよ。
名誉欲:これもないとだめですよ。働きがニブイ。表に出してひけらかすのが下品なのです。実は神様にもちゃんとこの欲はあります。世界人類を救い上げて世界中から感謝されたいって欲があるんですよ。寸鉄にあるんです。でもこれって健全でしょ。誰も不幸な人が出ない。気持ちのいい欲です。
睡眠欲:人間、肉体があるうちは絶対休まないとダメなんですよね。霊界だと霊体はどんなに働いても疲れないのです。でも、現界ではどうしても肉体を休ませないといけない。日本では不眠不休で働いて休まないのが美徳のようにされてますが、私は結構どうかと思います。そういう人って単純労働作業で仕事の質があまりよくなかったりするんです。あとすぐ病気になったり故障したりで、短命だったりするんですよ。学業の成績や仕事の成果がいい人って、休むのが上手です。キッチリ休んで気持ちをニュートラルにするので、次の変化に対応しやすいのです。で、休んでる間に『どうしよっかな~』って次のことやもっといい方法考えてることが多いのです。7割ぐらいの出力でコンスタントにコツコツ無理なくやってる人が一番強いですね。120%頑張って成果が出るときって、スポーツかトイレぐらいでしょ。
ここで、神様と仏様の話に戻ってくるのですが、仏という言葉は『ほどける』からきており善と悪をほどいて離すのです。善と悪を結んで神様となるのです。善悪一致で神力を発揮したときが神様の活動となります。神仏という人間を超越した存在でも、夜の時代では善の力を十全に発揮できないのです。なので、悪という本能欲を遠ざけることによって制御するのです。車の例えでいくと、本当は時速300キロ出せる性能はあるんだけれでも、夜で視界は悪いし、ハンドルもブレーキの効きもあまり良くないから時速60キロまでスピードを落として安全運転に徹するという方法をとるのです。それを教える安全運転教習本が仏教だったのです。だから悪を徹底的に避難して攻撃したのです。
それで、仏様が元の神様に戻るには明主様の光に属さないと戻れないのです。大本教のお筆先に『仏、仏というが皆元の神力を失っとるやないか!』とあるのです。というのは、夜の3000年間ずっと仏様をやってきたので元の神力の出し方を忘れちゃったのです。急に元に戻そうと思っても戻せない。エンジンのリミッターとか、どれだけぶつけても車体が傷まないようにバンパーをモリモリにしたりとか、夜の時代を安全に運転するための改造をいっぱいしてきたので、そういうのを全部取り払って、神様としての御体に戻さないといけないのです。昼の時代の運転の仕方と夜の時代の運転の仕方が全くの逆ということです。
昼の時代…鈴鹿サーキット173周(305km)のラップタイムを競う運転
夜の時代…鈴鹿サーキットを如何に無事故無違反で周回するかの運転
このように方向性が全然違う。仏様が神様の御体になるには、車体を軽量化して空力を計算しなおしてエンジンを積み替えて、サスペンションから何から何まで総入れ替えなのです。それで、明主様の御光をいただかないと神体の方に戻れない、という内容が京都や奈良に明主様が足を延ばされたときの御事績にあるのです。
さて、本題の神と仏の違いの主要なところは、上記のとおりで、以下はそれを踏まえての教団に起こっている霊的考察に移っていこうと思います。なので、興味のない方はここまででページを閉じて大丈夫です。
以前に教団について個人的に思うことって内容で私見を書き連ねたことがあったんですけど、あえて伏せたことや言わなかったことも多かったのです。というのはそれを書いたとて問題の解決に至るわけでは無いですし、逆に現役の職員さんや関係者の方の目に入って気分を害されたりやる気を無くしたりされたてもイヤだな~って思ってたんですよ。私がこういうサイトをつくってるってことを一切カミングアウトをしてないせいもあるんでしょうが、まあ現役職員さんと飲んだり話を聞いたりしてると、嘆きというかいろんなものが愚痴にならないように我慢しながらこらえてこらえてしてるんですけど溢れて溢れて止まらないんですよ。一聞いたら千返してくれる。それで、もしかしたら私の考察で積年の謎がとけてパッと明るい気持ちになる人が日本に一人ぐらいいらっしゃるかもしれないので、筆を執らせていただきたいと思うんです。あといつも言うとおり個人的な考察なので真実相当性は別です。こんな捉え方もあるのかという程度です。
まずですね、1980年代に教団紛争が起こって3派、東方之光、いづのめ教団、主の光教団と別れましたね。で、みんなあの紛争のことを教団浄化教団浄化と言ってますが、私の考察から言わせてもらえばあれば『教団浄化停止』なのです。浄化ではないのですよ。浄化停止です。どうしてかというと火と水で別れたからです。火と水が結んで神力の発揮、浄化力の発揮です。火の聖地の箱根と水の聖地の熱海が分かれることによって何が起こったのかと神から仏に一旦戻られたのです。だから浄化停止です。これは教団の現状と人体の浄化を比較して検討してみると一目瞭然のはずです。
浄化旺盛…多産多死だが人口増…信徒もでき離反もあるが信徒増
浄化停止…少産少死だが人口減…新規入会者はなく高齢化で信徒減
御浄霊の治病力、奇蹟の多さ、信徒の数など、いろんなことを客観性をもって比較検討していけば素直に分かるはずです。実はこの浄化停止事件は大きく3回起こったのです。
第一次浄化停止事件:メシヤ様から明主様へ(1954年)
明主様は昭和29年に御浄化にはいられてメシヤとなられるんですが、これをまた時期尚早として明主様に戻されるのです。昭和十年からの明主様の御事績を勉強させていただくと、大体が官憲や医療業界の外部からの圧力で経綸の舵を切っていかれる場合が多かったのですが、このことに限っては外部の圧力はなかったのです。というのは問題にならないうちから身内の世間に対する警戒が大きくて、何があってもどこまでも付いていくというカタチにはならなかったのです。
昭和29年7月4日
午前中、大草管長・松井顧問がメシヤ様を観山亭にお訪ねし、「今の社会情勢から見て、現身のメシヤ様の「御尊影」を御神体として礼拝させて頂けば官憲はどのように誤解するか分らない。従って、御神体を元の「大光明如来」にお掛け替えをお願いさせて頂きたい」と言上申し上げる。メシヤ様は「よろしい」と仰せ遊ばす。直ちに「御尊影」をお下げし、従来の「大光明如来」の御神体の御奉斎が行われる。
またこれとは別に、奥様である二代様が明主様がメシヤ様と名乗られたことを大本教にお詫びにいくという珍事件が起こりました。このことは後々大きな問題となっていきます。
昭和29年7月9日
メシヤ様は「メシヤの降臨について世界に一辺に知れ亘ると邪神の妨害があり大変なことになる。メシヤの仕事が進むにつれて、メシヤが降臨したことが、後から分かるように神様はお仕組み遊ばされている」と仰せられる。
昭和29年8月1日
メシヤ様は、「現在の体の状態では、まだメシヤとしての活動を十分に尽されない感があるから従来通り明主の言葉にて唱えるように」と阿部執事へ仰せられ、栄光紙にその旨を発表される。
メシヤ教「世界救世(メシヤ)教」復興推進教団の楳木和麿氏が晩年までずっと指摘されてきたことなんですけどね。このころから教団がおかしくなる芽があったと言われてるんですね。というのは、6月15日にメシヤ降誕仮祝典があって、明主様の御神格の高まりと連動して当時の幹部の多くがバタバタと起きられないほどの浄化をしたというのです。それで、どうしても辛抱たまらんというので、明主様に御願するカタチで7月4日の大草管長・松井顧問の嘆願があったというのですね。わたしはこれはさも有りなんと思うのです。明主様とみんな霊線で通じてますから、明主様の御神格の高まりと共に幹部が浄化するのは必然なんですよね。幹部程、霊線が太いですから。でも、メシヤ様から明主様に戻されて浄化が止まったのです。
明主様の御体に現れた奇蹟として、おじいちゃんの細胞から赤ちゃんの細胞への転換が起こりはじめてたのです。蝶の幼体がサナギを経て成体になるのは生まれ変わるのじゃないのです。一旦帰幽して霊界に帰るわけじゃないでしょ。サナギから出たときに新しく蝶が生まれるのです。実はサナギの中で幼体はドロドロのスープとなって、その中で蝶の細胞が育って成体のカタチを形成するのです。サナギという状態は経ないですが明主様の御体にもそれと似たようなことが起きようとしてたのです。そのまま順調に細胞の転換が邪魔が入ることなくスムーズに進んでいたならばどれほど素晴らしいことになっていたか分かりません。全部が入れ替わって青年か男児のようになられてたかもしれない。人類がその奇蹟を目にすることが出来なかったのは非常に悔やまれます。
ただ、モノゴトの善悪は人間ごときである私には分からないです。御経綸を将棋やチェスと比較していいかは分かりませんが、勝つために駒を一旦下げるなんてことは常にあることです。いろんなことがありますがミロクの世に成ってしまうまで分からないんですよ。
第二次浄化停止事件:御神体、御浄霊の変遷と御教えのお蔵入り(二代様時代)
これはですね、『全人類の救済』というのを腹の底の底から本気で願われてる方からしたら何が間違っているのかすぐ分かると思います。祈りの浄霊でもね、治ればそれでいいんですよ。治ればね。霊力の強い方は、人間の額から霊を入れて足の痛みを取ったりできるんですよ。でも難易度高いでしょ。いきなりそんなこと。まず急所という的を見つけるのにも骨が折れるのに。痛みがとれる、熱が引く、楽になったと感謝される。そういう笑顔が見たいでしょ。急所の浄霊は簡単ですよ。疑う前にやってごらんなさいよ。信仰のない普通の一般のお母さんでもね、子供がズテーンとコケて肘とか打ってワーンと泣いてたらそこに手を当てて撫でてあげますよ。だから、きっとできるハズです。明主様がいらっしゃるときは、みんなそうやってたんですから。
御教えだって御講話読まないと深いところまで分からないですよ。私も3周して分かりかけて、でもまだ分からないことばっかりなんですから。私、こんなサイトつくって全部公開してやってますけどね、実は公開した当初は内心ビクビクしてたんですよ。これを公開することによって御経綸のお邪魔になって神罰をくらうんじゃないかと恐れおののいてたんです。一方で、『真実を知らないで誤れる医学の金儲けの餌食になって今の人は可哀想だ。明主様の御教えを目にすることによって一人でも多くの方が救われて天国へ昇ってもらえればそれでいい。仮に公開したことの御咎めをくらって私一人地獄に堕ちるとも、多くの人が救われるなら結構だ。』と、威勢のいいこと思って公開したんです。幹部から職員から信徒もみんなコロナワクチン打ってるの知ってそれで余計にね。それで、公開して6年になりますけど、たまたま降ってきた隕石が後頭部を直撃することもなければ、青信号で横断歩道を渡っている最中にダンプカーが突っ込んでくることもなかったのです。まったくもって無病息災です。
第三次浄化停止事件:3派へ分裂(三代様時代)
熱海のMOA美術館が出来るときに、信徒の皆さんが一生懸命頑張った結果、なんと220億円の余剰金が出来たんですよね。で、その運用方法を巡って3派で揉めたのです。教団浄化と言ってますが要はお金でケンカしたのです。
それからというもの、この3派はズーっと経済面、金銭面で神様から御咎めをくらってるのです。全然よくならないのです。宗教が時代にそぐわないのだと感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、それは全然違います。宗教だから非課税でボロ儲けができるのです。幸福の科学、創価学会、立正佼成会、顕正会などは救世教と同じ時期かそれ以降の新興宗教ですがなかなかの勢力で、全部日蓮宗が起源です。幸福の科学はアピールポイントは何なのかというと、故大川総裁の降霊術です。つまり有名人の霊を大川さん自身に憑依させてお話するのです。それで信者はオーっとなるのです。あとは信者の素性を調べ尽くしておいて、それを大川さんがあたかも知らないふりして信徒のヒミツを当てまくるというコールドリーディングという手法があるのです。でも、その大川さんの息子さんが全部インチキだよと暴露してるのです。そんなもんなのです。創価学会はお題目という仏前での祈りがメインなのです。あとは故池田大作先生の威風堂々ダンスと公明党の選挙活動です。言っては失礼ですが、こんなデタラメな内容でもすごい信者数なのです。
救世教の方は御浄霊、自然農法、国宝を蔵する美術館、世界が白目向いてひっくり返るほどの驚愕な内容とスケールある御教えがあるのに、儲けさせてもらえないのです。お金は出ていくばっかりで、信者は減っていくばっかりなのです。というのは、東方之光といづのめ教団が未だもって一つに成れないのは金銭面のところで折り合いがつかないのです。なので、お金で揉めてケンカして別れて、お金で未だにお互いが納得いってないために同居生活が出来ない夫婦みたいなもんなのです。包括法人というカタチで一応紙の上では再婚してるのです。男女が離婚して、また全く同じ男女が紙の上でだけ再婚して同居してないのです。で、その原因の大部分がお金なのです。だから神様としても同居させてまた一緒に暮らして火水結んで神力を発揮させたいのです。そうするためには改心するまでキュー―っと金銭面で締め付けるしかないのです。もし金銭的な余裕を与えちゃったら、片方放り出して自分だけで一人で暮らしていけるからです。だから絶対一つにならないとお許しいただけないのです。神様としても神力を出せない、火と水がほどけてるからです。こんなのは御教えに求めれば分かりきったことです。
では、この夫婦が未だに同居できない金銭面の問題って何ですかっていうと、旦那さんである東方之光のお金の使い方が奥さんであるいづのめ教団からすると気に入らない点があるのです。ちなみに、いづのめ教団さんは少し前まで大変な浄化をしてたのです。明主様に帰一できなくてウンウン苦しんでたんですけど、その原因のほとんどを四代教主陽一氏がもっていってくれたので激ヤセしたけど浄化は済んだのです。でもそれで、旦那さんの奥さんの気に入らない点(信仰のあり方)は良くなってしまったので、また以前のように愛せるようになったのです。で、逆に奥さんの旦那さんの気に入らない点は何かというと、旦那さんのお金の使い方です。そんなことの為に私が貯めてきた貯金を使わせることは出来ませんよという主張です。では、旦那さん(東方之光)の何が気に入らないのかを考えてみたとき、全国10か所あるMOA療院という施設が毎月出す膨大な経費のことであるのはすぐ分かるのです。具体的にはどのような話し合いになってるのかは分からないですが、東京だけ残して後は整理しろと言われてるのは想像に難くない。かと言って、MOAがつくった浄化療法の資格制度についてはあまり悪く思ってないのです。一時期、それで上手くいくなら私もその資格制度をとりいれてもいいと言ってたのです。奥さん(いづのめ教団)は海外布教に力を入れてたのですが、改宗なき浄霊といって他宗教の信徒(キリスト教など)にお光をくばりまくったのです。それで、お光を頂いたキリスト教徒の皆さんはキリスト教を続けながら御浄霊もできるようになって、これ自体は画期的で素晴らしいことなのですが、いづのめ教団さんが後で困ったのです。お光を頂いたキリスト教徒の方から継続的にお金を頂く仕組み(スキーム)をつくれなかったのです。だから、奥さん(いづのめ教団)からしても旦那さんのつくった資格制度は魅力的なのです。
それで、奥さん(いづのめ教団)が旦那さん(東方之光)の全てが嫌いかというとそうでもないのです。箱根の聖地造営管理、光明会館の建設、先祖の御祀り、療院以外のMOA事業などには概ね肯定的です。わたしの予想ですが、いづのめ教団の資金が意に反して療院事業に流れて、療院が変なカタチで息を吹き返すのを嫌ってる様子なのです。どのみち時間経過という自然淘汰で、今ある療院のほとんどは維持できません。なので、旦那さん(東方之光)も奥さん(いづのめ教団)の言うことを素直に聞いて、事業再編してお金の流れを整えたほうが早く楽になれるのです。いつまでも維持を張って破綻するよりも、自分から改めて直した方が苦しみが少なくて済みます。明社会も頑張ってますが、自民党にそもそも問題がありすぎるのです。医師会や製薬業界に自民党が支配され切ってるからです。統合医療の推進は是非とも進めるべきですが、その議員連盟の顔色を窺うというか忖度して、教団内でも薬毒の『や』も言えなくなってしまいました。そういうのもあって、職員も信徒も何も考えずにコロナワクチン打っちゃったのです。わたしの知り合いでも打った瞬間卒倒して気絶した人がいるのです。そのときに、ああ教団は信徒を護れなくなってしまったかと非常に残念に想いました。明主様の思想に触れたこともない若いお兄ちゃんやお姉ちゃんがYouTubeなどの動画配信プラットフォームをつうじてワクチンの薬害を必死に訴えたのです。いまそういう人達が薬害に苦しんだ方々の共感をえて何万人、何十万人ものファンを獲得したのです。あのコロナ騒動の時期に明主様の思想を胸に抱いて必死に頑張っていたら、今頃どれほど信徒で溢れていたか分からないです。いろんなものに雁字搦めになって忖度して、最高のチャンスを逃してしまいました。
実は教団停滞の一番の原因というか急所が何なのか、ここに対して気のつく人がいないのです。その急所が何なのかというと、職員も信徒も信仰が冷え切ってるのです。冷え切ってるから誰にも伝えられないのです。自分の子供や孫に満足に話せてないのですからよっぽどです。本当に心の底から信仰の火が燃えててウズウズしてたら人に話したくて仕方がないのです。だってそうでしょ、今実際にミロクの世に残される天国に救われる御霊か地獄と共に滅びる御霊なのかの選別がおこなわれてて、日本国民の9割がその試験に落第して誤れる医療で苦しみぬいて亡くなってるんですから。そのことがちょっとでも分かってたら子や孫に何としてでも生き残らせるために伝えたいと思うのが本当なんですよ。恐怖信仰はあんまりよくないんですけどね。でもあまりにも全員が全員ボケちゃってる。だから、職員さんや信徒の皆さんのハートに火をつけるのが急務なのです。でもっと霊的な側面から言うと、新しい信者を引っ張ってくるのは霊界の祖霊なのです。祖霊も職員や信徒が本当の話をしてくれるならいくらでも新しい人を引き合わせたいのです。霊界は救ってほしい地獄のゾンビで溢れかえってるから尚更そうなのです。霊界の祖霊からしたら、その人が本当に救ってくれる人なのかノルマという数字だけみてる組織に縛られたサラリーマンなのかはよく分かってるんですよ。霊界人の協力が無いということは霊界人から見限られてるということです。でも薬毒の『や』も言えなくなっちゃって、御浄霊も火と水を切り離して神力を落すカタチにしちゃって、人間の方で浄化停止の方へ浄化停止の方へもってっちゃったのです。なので浄化停止ここに極まれりなのです。世界救世教のストーリーを熱く語らないといけないのです。ここで参考になるのが明主様の講演会なんですよ。明主様の講演会の内容はスケールが非常にダイナミックでしょう。一回で理解させなくていいんですよ。何回も何回も何回も繰り返し熱を込めて話すんです。100回いろんなところで話した頃にはポツポツと熱心な人が出来はじめるのです。何よりも何万という霊界人がそれを聞いてるのです。
じゃあ、こういう様に発想を切り替えて救世教ストーリーをいろんなところで話そうと思い立ったとしましょう。だけれども実際のところすぐには実行に移せないのですよ。なぜなら教団からOKが出ないからです。いづのめ教団なら比較的簡単にできそうですが、まず御教えのお蔵入りを解禁しないといけない。お蔵入りしているの御論文の中に核心の部分が多く入ってるからです。それらを引っ張り出してきて研鑽して現代に合うように上手くデコレーションしないといけない。しかしながら、残念なことにいづのめ教団は水の教団なので、カチッとした世間をアッと驚かせるコンテンツをつくるのが苦手なのです。セールス、つまり広げるのは得意なんですけどね。じゃあ東方之光でつくってあげればいいじゃないかと思うかもしれませんが、これがまた非常に困難なのです。MOAが許さない、というか絶対協力しない。MOAのスローガンは『宗教色を排して、社会に対して開かれた組織を』なのです。なので、方向性が真逆なんですよ。宗教廃絶なのです。職員さんの仕事もMOAの業務で忙しくてテンテコ舞なのです。東方之光のことなんてやってられないとはよく聞きます。じゃあ会員の比率はというと98%以上が東方之光会員なのです。東方之光の信徒の皆さんの献金で職員の皆さんはMOAの仕事をやっているのが実状なのです。MOAの事業が社会に受け入れられてクリーンヒットしてものすごい売り上げをあげているかというとそうでもなくて、職員さんはMOAの業務で忙しくて信仰のことは後回しで、だんだんだんだん信徒の皆さんの信仰も冷えてきてことごとく子や孫の世代への信仰継承に失敗して信徒の数が激減してるのです。MOAの事業が東方之光会員さんを大きく感動させてるかというとそうでもないのです。毎月の御面会や感謝祭での信徒の皆さんの様子を教えて貰ったのですが、みんな話がつまらないから白目向いて寝てるというのです。そりゃそうですよ、私もYouTubeで理事長さんの挨拶を拝聴させていただいたことありますけど、信仰の話や明主様の講話のような心がパッと明るくなるような話なんて一切ないです。あるのはMOAの正当性の主張ばっかりで、言い換えるとMOAがあることの長い言い訳があるだけなのです。もちろんその中には素晴らしい内容もあります。でもやはり残念なのは、東方之光会員さんを心の底から喜ばせて満足させてやろうという気持ちの表れが感じられないことなのです。御面会や感謝祭という完全な東方之光の行事ですらそうなのですよ。そういうこともあって、東方之光(旦那さん)は、以前主之光教団があった頃にいづのめ教団(奥さん)から社会や世間が宗教を嫌ってるからといって信仰から逃げるなと怒られているのです。意気地なしと言われてるのです。
東方之光が勇気をだして宗教のことを前面に出してできるかというと、MOAが許さないでしょう。これを聞かれて『え!?』と驚かれる方が多いと思います。『MOAって東方之光の下部組織でしょ。』とね。違うんだな~コレが、ぜーんぜん違う。むしろ逆でゴザイマス。そもそも(宗教法人)東方之光と(一般社団法人)MOAインターナショナルは法人格も違う別組織なんですよ。それで実は、みんなは知らないもう一つ真のMOAなるものがあるのですよ。この(真)MOAというのが東方之光の理事を首チョンパできる程の権力をもってるのです。なぜこのような組織があるかというと、(宗教法人)東方之光から(一般社団法人)MOAインターナショナルに直接お金を渡すのは法律上よろしくないのです。でも(宗教法人)東方之光⇒(真)MOA⇒(一般社団法人)MOAインターナショナルというように組織を一つ挟むと法律上OKになるのです。こんな話をすると、MOAのことを悪者に感じる方もいらっしゃるかもしれないですがそうではないのです。やはり時に応じて役割があるのです。それでMOAの役割が何だったのかというと急所の御浄霊の復活です。資格制度の整備とMOA健康科学センターの学術研究が大きな資産なのです。これ等の資産は、東方之光といづのめ教団が完全に一つになった後も有効に活用されていくのです。もうひとつは、東方之光を徹底的に貧乏にしたことですね。こうしないと奥さんとまた同居しないので仕方がないのです。
ではなぜ、世界救世教という組織はこんなにゴタゴタしてもっと素直に一丸となって出来ないのかということを解説したいと思うんですが、実はこれを解説するには古代からの因縁にまで遡るのですよ。
神仙郷…火の聖地…東方之光
瑞雲郷…水の聖地…いづのめ教団
この分類を御存知の方は多いと思います。御教えにもよく出てきますからね。でも次のことを御存知の方はおそらく少ないでしょう。
東方之光…再建派…川合輝明氏…天国会…中島一斎先生…天若彦命の御霊…天孫族
いづのめ教団…新生派…渡辺哲男氏…五六七会…渋井総斎先生…神素盞嗚尊の御霊…出雲族
これを知ると『え!?世界救世教って大和民族の宗教じゃないんですか!!?』と驚かれるとおもうんです。それで、私はこう答えるわけですね。『ええそうですよ、世界救世教は大和民族が多い宗教ですよ。明主様が大和民族の代表ですからね。それで、東方之光の大和民族は3000年前に天若彦命の側について明主様を裏切った大和民族です。いづのめ教団の大和民族は3000年前に神素盞嗚尊の側について明主様を裏切った大和民族でございます。3000年前、明主様を裏切らなかった大和民族は八大龍王ぐらいで本当に極少数です。みんな裏切りの罪があるのです。』
こういう解説を聞くとすぐムキになって敵をあぶりだしてやっつけないといけないと息巻く人がいるんですが、そうじゃないでしょと言うんです。明主様は忠臣蔵はやめろと言われてるでしょ、と。敵打ってどうのこうのじゃないんですよ。神様の復讐というのは相手を心の底から喜ばせて改心さえて救われるのです。だから明主様は3000年前自分とその一族を害した、天若彦命と神素盞嗚尊を両脇に据えて、ウンと手柄を取らせて天国に行けるだけの理由をつくってくださるのです。そうして、天若彦命につらなる天孫族、神素盞嗚尊につらなる出雲族の一切合切を救われて全人類を救済しようとされたのです。だから教団にいらっしゃる大和族、出雲族、天孫族はみんな手を取り合って仲良くしなければいけないのです。ただ天孫族と出雲族は3000年の夜の時代をお互い憎しみ抜いて争ってきたわけで、水と水で反発するからどうしても火の民族の大和族が間に入らないといけないのです。それで、大和族はあまり意思を表に出さず引っ込み思案なので、我の強い天孫族と出雲族に抑えつけられてるんです。東方之光といづのめ教団が完全に一つに成れない霊的理由の一番がこれで、どっちかの片方の教団でもいいからもっと大和族が上に出ればいいのです。そしたら火と水でくっつけるようになるのです。
ちなみに、誰が大和族で、出雲族で、天孫族かを見分けるのはなかなか難しいです。かくいう私も自分自身がどの一族かは分からないのです。ただ出雲族であろうと天孫族であろうと伊弉諾様と伊弉冉様の子であるのは違いないのです。明主様は伊弉諾様でもあられたことがあるので、どの民族であろうとそれほど出自を憂う必要はないのです。どの民族にもそれに似合った特徴と役割があるだけです。大和族は御浄霊や芸術やらせればピカイチなのです。なので、“最も御浄霊力の優れた方”、“信者を沢山お導きになられた方”、“神様に対して非常な御奉仕の強い方”を指標に競わせればすぐに頭角を現すようになるのです。ちなみにこの明主様が晩年お示しになられた指標でこれまでやってこれなかったのは何故か。それはこのルールで公平にやられたらどうしても大和族に勝てずに御自分が出世できないことが分かってる人達がいるのです。だから何だかんだ難癖付けて妨害するのです。この明主様の三代指標に従えない方はおそらく今後改心せざるをえない浄化が起こるでしょう。
みんな明主様の姿だけみて大和族のイメージを良いように思い過ぎです。古事記を読めば大和族の性格の一端が分かるのですが、平和民族で争いを好まないのは美徳と言えば美徳ですよ。ただ一方で、気骨がない、骨なしと言われるのです。天照皇后も腹が立って頭にきてもう知らないと憤懣やるかたないときに何をされたのいうと、岩戸に引きこもられたのです。薙刀を振り回して切りつけたのではないのですよ。言い争いの喧嘩とかはめっぽう弱いのですよ。大和族は仕事の実力で優秀さを主張する民族なのです。3000年前、本当にいろいろ世話になりながら自分たちの長であった明主様(国常立様、イヅノメ天皇)を裏切った原因の一つがこの気骨の無さが元なのです。腰抜けなのですよ。だから、大和族はもっと勇気と正義感をもって間違ってることは間違ってる、正しいことは正しいといろんな事に立ち向かっていかないといけないのです。そうでないと、3000年前、明主様を裏切ってしまったあの日と同じように、明主様を裏切り続けることになってしまうのです。そりゃ大和族からしたら、天孫族や出雲族は恐ろしいですよ。粛清が強烈ですからね。今でも、天孫族の一部は中国や北朝鮮で共産主義をやってますし、出雲族の酷いのはガザ地区の子供たちの頭上に平気で爆弾の雨を降らしてますよ。でも、教団にいらっしゃる天孫族や出雲族はそこまで酷くないでしょ、当たり前ですけど。恐くて歯が立たないようなら仲間を見つけて団結すればいいのです。教団内には大和族の方が多いんですから。明主様も大和族を鼓舞するようにいろんな論文を書かれてるんですよ。おまえたち優秀なんだから元気出せよ、勇気出せよといろんなところで話されてるのです。明主様は、ずっと霊界から大和族が勇気をもって立ち上がるのを待っておられるのですよ。
教団が完全な一元化を遂げたあと、どのように展開していったら楽にいけるのかを一応書き留めておきます。しかしこれは、実行に移せるのが何年後になるのかは分からないですけどね、でも焦ったほうがいいですね。どうしてかというと日本国民はあと30年もつか怪しいですね。脅しじゃなくてどうしてそのように言えるのか明確な理由があるのですが、分かったところでやる気がなくなるので止めておきます。書くにしても別のところで書きます。兆候は出始めてるんですよ。GAMEOVERになるのにあと二世代かからないとおもいます。さて一元化が済んで火と水が結んで神力の発動となると御浄霊の出力が跳ね上がるのは想像に難くないのです。奇蹟も頻出するでしょう。そうしたらライセンス管理して治療師をフランチャイズ展開するんですね。昔のようにロイヤリティ50%でやるのです。本部は資格講座やコンプラ研修をつうじて各治療師をしっかり管理するのです。主要都市の何か所かモデルケースとして本部運営すればいいでしょう。今の大きなハコモノではなくて、明主様御在世当時のように小さくはじめるのです。小さな整体院ぐらいの規模がいいですね。もう一つ、治療師と別に布教師をつくるといいですね。布教師はいろんなところで救世教ストーリーを熱く語る講演活動をするのです。これは最初の頃は本部の人間がやればいいと思いますね。外部の人に変な内容を話されても大変ですから。講演内容の後半に治療院の案内もしておけばお客さんの動員にもなるのです。講演内容が良くて興味がそそられれば即入信という人も出てくるでしょう。入信までいかなくても御神書や入門テキスト、パンフレットや美術館の売店にあるグッズを買う人がいると思います。自然農法の食品を購入する人もいるでしょう。そういう横展開が新規さん向けにできるのです。布教所や信者さん宅で話すのもいいですが、どこか場所を借りて講演するのもいいでしょう。で、その公演チケットをまたロイヤリティ50%で販売してもらうのです。昔の光新聞のイメージです。800円のチケットだったら、400円を販売員が受け取っていいことにするのです。10枚売れれば4000円ですからね、いいバイトですよ。治療師はしっかり修業期間もうけてやってもらえばいいと思います。修業期間中はチケット販売を頑張ってもらえばいいんですよ。昔はそうでしたからね。こういうやり方でいけば、経費は大幅に縮小できるし、実力のある治療師は浄霊専門で食べていけるし、本部は問題なく一元管理できるのです。また昔みたいに医師会や行政との対立を警戒すると思いますが、宗教行為ですとしらばっくれて逃げればいいのです。『神様の光を体験してるだけです。治療行為じゃないですよ。』って私なら逃げます。治療師って言葉がダメなら浄霊師って言えばいいのですよ。明主様も救世教にしたことによって医師会との訴訟などの問題が解決してよかったと講話で言われてるのです。治った治らないは本人の体感ですからね。部外者に『それって医療行為なんですか!?』って変な指摘を入れられたら、『私たちは霊を浄めただけなんですけどね~。本人は治ったって言ってるんですか??そうですか~、不思議ですね~よかったですね~。』ぐらいすっとぼければいいのですよ。