ダヴィット女史会見記 メシヤ教と美術館

新聞人「教主は随分御精しい様で--」

明主様「私は若い時分から好きで、随分研究してます」

新聞人「教主が御覧になると、之は贋物か何うかという事は御分りになりますので--」

明主様「直ぐ分ります」

新聞人「掴まされた事は--」

明主様「最初はありますが、併し直ぐ分ります」

新聞人「メシヤ教と美術館の方との関連は何ういう事になりますので--」

明主様「表面的には全然ないけれども、之丈の物を造ったのは、やはり信者が皆金を献金しているのです。併しメシヤ教というのは全然関係ないのです。斯ういう美術館というのは、国家としても非常に必要なのです。ですから之に対して、文化財保護委員会も非常に喜んでます。斯ういうものが国家には何うしても必要だと言ってます」

新聞人「非常に良い場所に出来まして喫驚しました」

明主様「そうです。場所も良いです。それに外人は箱根には必ず来ますから、そうすれば此処は嫌でも見ます。それが一番です。処が今迄は個人では中々見られなかった。ですから一般的のものが、何うしても必要なのです」

新聞人「メシヤ教は美を非常に尊ぶという事は--」

明主様「それは真善美ですから、美というものは必要なのです。私の方では宗教と芸術というものは切っても切れないものだと言っているのです。つまり宗教というのは人間の心を良くするのです。つまり思想的に向上させるのです。それには美の働きをさせる、高める。それから耳からも目からもやる。処が今日目から入るものは向上するより低くする方が多いです。色んな--ストリップとかも結構ですが、その間に、高める良いものをというのが非常に考えられる。読売の谷川徹三さんの記事は非常に宣伝になった様です」

新聞人「展覧会があった時は批評家に来て貰って一度見て貰い、新聞に書くと共に美術雑誌に書く様にしたら宜敷いでしょう」

明主様「芸術新潮に出てます」

新聞人「やっぱり専門の芸術雑誌に美術館丈を取上げる様にする。例えば箱根美術館の特輯号を出す様にしましたら宜敷いと思いますが」

明主様「段々そうしましょう。然し今外国人に大騒ぎをやられると、日本人も大騒ぎをやるのです。映画の羅生門と同じです。私も最初は大したものと思わなかったが、それを聞いて見直してみたら成程良いです。美術館の美術品もそれと同じことでしょう」(此時釈迦八双四幅対の掛物を見せられる)

ダ嬢「大変面白いです」

明主様「そうでしょう。つまり仏画から大和絵になる処です。之が鎌倉時代の初期です。ですから藤原時代の感じが良く出てます」

ダ嬢「そうですね。作者は同じですか」

明主様「そうです」

ダ嬢「同じ時代ですね」

明主様「そうです」

田付女史「箱根の美術館は、早い事外国の方に有名になるかも知れません。ユネスコの方で手を附けますと、日本人の方がそういうのがあったそうだと飛込んで来なければならない様になるのではないでしょうか」

明主様「やっぱり舶来崇拝も中々抜けないでしょう」

新聞人「此処の設計は教主ですか」

阿部執事「二日位でおやりになられました。それでケースの大きさ等も、何を何処に並べるかということから、何は幾らの寸法、という工合で--」

ダ嬢「実に良く出来てます。素晴しいです」

新聞人「此処に来て、見せて戴いて寝ころがって居たら--」

田付女史「新聞社の編輯室や役所とは大分違いますね」

明主様「偶には涼みに来たら良いです。兎に角此処の位置が箱根では一番です。箱根では強羅です。他では四方見下しという事が出来ないです。強羅はそういった風景ですが、秋になると海が見えます。三浦半島から--。それで強羅の真中が丁度此処です。日本では箱根が、日本の公園としては一番ですが、此処が箱根中で一番ですから、此処は日本中で一番だろうという事になります。つまり箱根の重要地帯を利用したのです。私は先から美術館を造るとしたら環境の良い処をと思って居ました。環境とのマッチが中々です」

(地四十一号 昭和二十七年十月二十五日)