肺炎カタルと肺門淋巴腺

首肩の凝りが溶けて肺の上部から浸入する、それを曰ったもので、之も自然なら簡単に治るのである。先づ、肺結核の初期から述べてみる。之は感冒の時に述べた如く、感冒の浄化作用、何回もの停止によって溜結せる毒素が青年期の活力旺盛時代に入り、防止不可能になって解毒法も効果ないといふ状態である。此時は殆んどが肩部(特に左肩)頸部の下辺に溜結せる毒素の浄化作用としての微熱である。最初液体となった毒素が、一旦肺臓内に侵入停滞した時、極力浄化停止を行ふ結果、喀痰は排泄されず、肺臓内に残存して了ひ、日を経るに従って固結となる。それが雲翳であってみれば、之は全く人為的所産と言えよう。故に最初の液体侵入の際は、肺臓は何等異状はないのである。そうして固痰の位置が比較的上部の場合は、肺炎カタル又は肺門淋巴腺といふのである。

療法として絶対安静、営養食、注射、服薬、頭冷、湿布等であるが、之等は何れも浄化作用停止法であって、安静は胃腸を弱らせ、服薬、注射、頭冷、湿布等は何れも漸進的衰弱をなさしめるので熱は下降し、熱が下降するから毒血が溶解しないから喀痰は減少する。喀痰が減少するから、その喞筒(ポンプ)作用である咳嗽が減少する。一見病気が軽快に向ふやうにみえる。其際患者が安静を破って運動すると発熱する。それは運動によって活力が出るから、浄化作用がおこるからである。医療は如何に之を固めんとするかはよく判るのである。斯様な状態で幾月も幾年も持続する内、追加物たる薬毒の浄化作用が起るのであるが、此薬物浄化は高熱を伴ふものである。