此婦人は十一年間看護婦生活をしてゐた人で、その間医学や薬の余りの無力さに、疑惑を抱いた事もあるが、分りやう筈もないので、兎も角看護婦こそ聖なる職業と思ひ働いて来たのである。処が偶々風邪を引き、医薬ではどうしても治らず、煩悶してゐた際、偶々本教の話を聞き、信じられないまま浄霊を受けた処、僅か一週間で全快したので驚くと共に、長年の迷夢も覚め、医学の実体がハッキリ分ったので、入信転向した次第である。然し、そればかりではない。自分は子宮発育不全と曰はれ、姙娠を諦めてゐた処、体力快復と共に今度子宝まで恵まれたのであるから、その喜びは並大抵ではない。此様に医学関係者にして分る人が追々出来てくるだろうから、その日の一日も速からん事を念願して止まない次第である。
看護婦だった私、御道に救われ医学の恐ろしさを知る
(本文省略)
(医学革命の書 附録(おかげ批判) 昭和二十八年)