二人の盲の話

私が十二三の頃浅草の千束町に住んでゐた事がある。父は古道具屋をしてゐたのでその仲間であった。当時浅草一といはれた道具屋で花亀といふ人があった（此名は花川戸の亀さんだからである）此人は六十位の時に両眼つぶれ完全な盲目となってしまった。その話を父からよく聞かされたので今でも覚えてゐる。その話は斯うである。

花亀が盲になったのは全く罰が当ったんだ、といふ事で、その訳は花亀が中年の頃当時静岡県の有名な某寺の住職が相当大仕掛で浅草の観音様の境内を借りて、開帳をした事がとんでもない運命となったのである。それは予期に反し非常な損をしたので帰山する事が出来ず、止むを得ず本尊の観世音菩薩の像を花亀に抵当とし金を借りて漸く帰る事が出来た。其後数ケ月経て金を拵え、約束通り花亀へ行って返金すると共に本尊の返還を求めた。すると花亀は「そんな覚えは全然ない、何かの間違ひだらう」といってテンデ取合はないので、住職は進退谷り花亀を恨んだ末軒先で縊死したのである。勿論花亀は其仏像を非常な高価で外人に売り、それから店も一段大きくなったといふ話である。右の如くその住職の怨恨が祟って盲目者となったのは勿論で、而もその一人息子の跡取りが大酒呑みで数年の間にさしもの財産も飲み潰して家出をし行方不明になったといふ事である。その結果赤貧洗ふが如く、親戚等の援助で辛くも露命を繋いでおったやうな有様で、その頃よく老妻に手を曳かれ町を歩いてゐる姿を私は度々みたのである。

今一つはやはり私の近所に渡辺銀次郎事、経銀といふ表具師があった。之が亦六十才頃から盲となった。茲へは私はよく遊びに行って可愛がられたものである。盲の原因としては斯ういふ訳がある。此経銀といふのは表具師の名人で然も贋物を作るのが特技であった。彼は某絵師と結托した。その絵師は古人は元より応挙、抱一、是真等の偽筆が巧みで私はよく遊びに行っては書く所をみたものである。その絵を経銀が古びをつけるが之が又彼の得意で、特に虫喰ひなど本物としか思はれない程で、私が遊びに行くと或部屋は締切って誰も入れなかった。聞いてみると虫喰ひを作るのを人に見せない為である。此様な訳で全く贋物で人の目を眩まし大儲けをした天罰と聞かされ私は子供心にも天罰の恐しさをつくづく知ったのである。

其後私が三十才頃の事一人の女中を傭った。その女は年は十八九でなかなかの美人であったが惜しいかな片一方の眼が潰れてゐるので、前記の二つの例もあるし私は何かの罪と思ったのでよく聞いた処、此女の父は明治初年頃ゴムで作ったニセ珊瑚が初めて日本に現はれた事があったその時、このニセ玉を地方へ売歩き大儲けをしたとの話で私は成程と思った。此女の盲の原因といふのは以前奉公をした家の坊ちゃんが、空気銃で冗談にうったのが当って片目が駄目になったとの話であった。

（自観叢書五　昭和二十四年八月三十日）