小児の呼吸を止める療法

昭和十年夏の或日、私は、日本橋区の某大商人の家へ招ばれた。見ると、患者は三歳位の男子であった。其症状を聞けば、数日前から淋巴腺が腫れて、医師の指示に従ひ、氷冷をしてをった処、昨夜頃から鼻孔が時々閉止しては、窒息しそうになるので、寔に心配に堪えぬと、言ふのであった。

それは、何故かと言ふと、自然排除に由る膿が、淋巴腺へ集注しよふとするのを、氷冷した為、其活動が停止されるから、止むを得ず、鼻孔へ向って、其膿が溢出したので、それで塞がるのである。而も其児は、普通の児らしくなく、口を固く結んで居るので、尚更呼吸が停止されよふとする訳である。

私の一回の治療で、呼吸は非常に楽になった。そこで今、一回位で治るから、明日連れて来るやうに言ひ、又、氷冷の不可を固く、飭(イマシ)めて帰ったのであるが、それきり私の処へは音沙汰が無かった。それは、多分私の言ふ事を先方で、諒解する事が出来なかった為であった、と思ったのである。

之に由って見るも、氷冷の如何に誤れるかが分るのである。

(昭和十一年四月十三日)