献金に就て

先頃本紙に載せられ、本教収入の標題下に書かれた献金に就て、本教の方針が如何に搾取を好まず自発的献金であるかの一例として 最近左記の体験談を寄せて来たから報告するのである。之によってみても、本教御利益の素晴しいかでこの感激によってやむにやまれず献金する心情がよく表われているのである。

入信後数々の御守護
火災を免る

神奈川県 Y・U

一〇年前より私は眼を患い、そちらこちらの医者の手当をうけ遂にそこひというらく印を押され片方は失明、片方も次第に見えなくなりその頃より夢中になって神信心したりよいといわれる眼科の大家を訪れましたが、心の焦躁とは反対に目は暗く閉されてゆくばかりでした。はや初老の身で子供はなく行末のことを思うと奈落の底に沈んで行くようで生きる楽しみも失ってしまいました。その頃追浜の姪が神経痛で弓のように体が片方に傾いて杖でやっと歩いて一寸のことでも「イタタ、イタタ」といって居りましたのが突然元気に杖もなく明るい面持ちで訪ねて参りました。「光明如来様でこんなに救われ独りでどんどん歩けるようになり叔母さんも是非きたらと思ってわざわざやって来ました。追浜の教導所は遠いから逗子にゆきましょう」と私を教会にシャンシャンした腰つきで案内してくれました。溺るる者は藁をも掴む処から私は早速入信致しました。教会に通っているうちに段々目の調子が良くはっきりとさせて頂きしだいに熱心になって来ました。I先生が「この目は中々永いから人様の御浄霊をして徳を積ませて頂きながらやった方が良い」と仰言いましたので早速自分の育くまれたN町に、一里の道をテクテク通って親戚知人の御浄霊を致しました。頭痛、腰の痛み、関節炎と楽に治って行くので皆さんに喜ばれ教会へ一緒に御礼参りする人も日増しにふえて行きました。私も今日までに味った事のない希望に満ちた毎日を送りました。

そのうち先生に教導師補の資格を頂きなお一層お仕事の尊さを教えて頂き、その後は日本脳炎だの、子供の大腸カタルだの医学的にいっての大病も自信を持ってやらせて頂くようになりました。主人も信仰嫌いでしたが、次々の御利益に段々心が傾き御教修も頂き明主様の御面会へも喜んで一緒にゆくようになりました。わけても心にしみて光明如来様の有難いお利益を頂きましたのは忘れも致しません。

「丁度御面会にゆく前後髪を洗って床につきました。「火事だ」という声にハッと飛び起きて寝巻のまま雨戸を開けて見ました。小さい路地を隔てて隣りの薬局がパチパチ燃え上っていました。私は夢中でそのまま祝詞を奏げながらお浄霊を致しましたが、火の勢は衰えず火の粉は物凄く此方に吹きつけて来ます。その時ハッと胸に手を当ててみると、昨夜髪を洗ってそのまま忘れていたお光!「ああ申訳ない」と床の間にひきかえし首にかけるや又廊下に立ったまま一心不乱にお浄霊致しました。ものの五分たたぬ内にパッと風向きが変り屋根まで降りかかった火の粉は反対の方向に吹き飛ぶようになりました。

今まで人様を治すたびにその偉大なる妙智力に驚きましたが、このように目の前に如実にみせられたことは始めてで続けて御浄霊をしながらも両眼より感激の涙は留めどなく溢れ出ました。

やがて薬局とその隣りの八百屋を一晩のうちにペロリとなめて火災はおさまり夜は白々とあけました。教会よりT先生が自転車にて御見舞にかけつけて下さいました。その時うれしさの余り持っていた五〇〇〇円を全部光明如来様の尊い御仕事に使って頂くようにおことづけ致しました。私は荷物一つ出さず神の絶対力にお縋りしましたが、近所の方は荷物を出して水浸しになって大変でした。自分の災を逃れた喜びとともに一日も早く世の皆様が神の実在に目覚めいろいろの災より抜け出られるよう祈らずにはいられません。

その後もテクテク歩いて微力ながらも地上天国建設のお手伝いをさせて頂いております。こんな素晴しいお仕事を若い立派な青年の方がどしどしやって下されば世界中にひろまるのも近い事と思います。

(救世五十七号 昭和二十五年四月八日)