私は病気は薬毒が原因であるという事は常に唱えているが、左の御蔭話と写真を見ても実によく分る。これは言うまでもなく沢山服んだ種々の薬剤の固りが、浄化作用によって溶け出し充分腫れて穴が穿き出たのであるから、病気そのものが全部排泄された訳であるから、私の説を事実が裏書したわけである。
恐ろしき薬毒の大浄化の御守護戴きて
岡山県 Y・M
明主様謹みて御守護の御礼を申し上げます。薬毒の恐ろしき体験を御報告させて戴きます。昭和二六年一〇月に主人は入信の御許しを戴き胃潰瘍全治の御蔭を頂いて居ります。私は一二月入信以来一家数々の御蔭を頂き明主様厚く御礼申し上げます。
去る二八年一一月二一日仕事に出る都合でおりましたところ、急に悪寒を感じふるいがきて一人で困りおりましたところ、幸いにもS先生(妹様)が来宅下され御浄霊をして頂きましたら大変楽にならせて頂きました。
その後背骨が痛み咳が出て苦しく二〇日間程は満足にねむることもできなくなりました。その間S先生御姉妹様に、又主人や娘に代る代る御浄霊を賜わりおり、一時はよくなりしも次第に悪化し、一二月一一日夜主人の留守中娘と二人いる時急に咳や痰が出だし、動く事もできなく息も止る思いで、娘のひざにしがみつき御浄霊を受けとぎれとぎれで善言讃詞を唱えます内に息も楽にできるようになりました。二五日頃より次第に御浄化が激しくなり二九日には床に臥してしまいました。
その頃より咳は烈しく寝汗が出て頭からは湯気が上る程で苦しく髪は何時もびっしょり濡れておりました。一月一〇日頃より鳩尾の上の方に骨の如き固結を手をふれて見て感じ、一二日頃にはそれが次第に大きくなり、鳩尾の上に直径三糎位の斑点ができ、引続き御浄霊を頂く内すぐその下にもう一つ同じ位の斑点ができました。
その頃よりは熱はあり食は摂れず咳は益々烈しく苦しみましたが、その度に痰が出ました。一七日からはS先生(姉様)が昼夜付添って御浄霊して下さいました。お蔭で斑点が次第に外部にふくれ上り、色は赤紫となりリンゴ大にはれ上りました。二〇日頃より黒色をおび、はれが益々大きくなりましたが、食事は少量ずつ乍ら頂けるようになりました。
その間近所の人々にも医者にかからぬため色々と噂もせられ親族等より再三医薬を勧められ一九日夕方には駐在所巡査からも医師にかかって薬をのむよう注意を受けました。
又二〇日夜には駐在所より連絡があったといって岡山市より元警察署長をしておりました主人の弟も参り私の状態を一見して、ペニシリンにて腫上ったのをちらせとやはり医薬を勧めました。併し私は「薬をのめとすすめる事は死ねというのと同じだから、医師を頼むならお寺様もついでに頼んで来てくれ」と反対しました。
二二日にはO先生が遠路お見舞に来て下され病人も数多く預ったが未だこのような病人は見た事がないといわれ、早速写真を撮っておくように申され御浄霊をして下さいました。
翌二三日昼頃には今にも排膿しそうな状態になりましたので急いで写真を撮って頂きました。その夜午前一時頃御霊紙を貼った所より口が開き二時頃より約二時間ぶっ続き排膿致しました。丁度溢れるように出る膿の悪臭に傍にて洗面器を受けていた娘が「臭い臭い」とあまり申しますので「お母ちゃんがえらいのに、あまり臭い臭いというな」と主人も起出して部屋に入った途端「ああ臭い」と娘を注意したにも拘らず出た言葉に親子三人笑い出しました。笑ったその勢いで、前にも増しての排膿があり、又排膿のゆるみ勝ちの時も胃裏を主人に御浄霊して頂きますと又溢れる様に出ました。ドロドロの膿が二時間も出続きの悪臭に娘も一生この臭さは忘れられないと申しております。引続き御霊紙をはらして頂いておりましたが、その間から今度は血膿のようなのが沢山出ました。この排膿により二四日には大変楽になり今迄苦しみ続け衰弱して食べることもできなかった者が食は次第にすすみ人手を借りて用便しておりましたのも一人でできるようになり近所の人も驚く程元気な体になりました。
顧みまするに、入信前は黄疸や、たんせきのような状態にて一カ年程服薬を続けております。それをこの度の御浄化により薬毒を排膿させて頂くことができました。
又主人の姉も胃癌にて亡くなっております。薬毒の恐ろしさを身を以て体験させて頂き、もし尊いお道の御救いがなくば、医師にたより薬をのんでいたなれば今頃は霊界に往っておりましたでしょう。二月五日現在では固結もなくなり腫上りも次第に目立たなくなり食事も御浄化前よりも沢山においしく頂けるようになりました。又顔色も大変よく、S先生より度々「きれいになられた」と大喜びで頂いております。
今後共御用にお使い頂けますようお許しの程お願い申し上げます。
明主様御守護深く厚く御礼申し上げます。
誠に有難うございました。
(栄光二百五十号 昭和二十九年三月三日)