曩頃来、多少世間に名の知られた、彼の山形県山元村の山彦中小学校であるが、近来本教信者が同村に出来、漸次旺んになりつつあるからでもあろうが、近頃巧く生徒を利用して、本教の信用を傷つけようとし、熱心に色々な手段を用いているという報告があったので、実に不可解に思っていた処、今度江川氏がそれらに就て、茲に掲載する如く詳細批判の原稿を寄せられたので、よく読んでみると同校の妨害の意図がよく分ったような気がした。それは同校職員が赤の思想にかぶれているように思われるからである。
衆知の如く、共産主義の理論は、宗教は阿片なりという無神論であるのは有名な話であるが、本教は僅かの間に村中の評判になったので、斯んな力強い宗教が現われたという事は、彼等にとっては一大脅威であると思い、何とかしてやっつけて了わなければならないという意志から、本教を悪く思わせようとして生徒を使い、教育家にあるまじき虚偽の文を作らせ、利用したものであろう。処がそれでも足りないのか、今度は映画のシナリオに迄造り上げ、発表しようとするのだから、実に御念の入った赤の御用と思われる。勿論霊的にみれば、本教を傷つけんとする邪神が、山彦学校の校長や先生に憑依したまでであるが、兎に角邪神の方でも最も脅威の的である本教に対し、絶えず彼の手此手の戦術を用いている其執拗さで、実に油断がならないのである。今度の事も其一つの表われと思えば間違いないであろう。
『山彦学校』読後感 (山彦学校を読んでいない人のために)
江川 生
山形県の、温泉地で有名な上ノ山町から一里半ほど往くと、山元村という村がある。戸数、三〇四、田、畑が少なく、炭焼きなぞして、生活を支えている人もある程の、山村である。このような、地理的条件に恵まれない村は、関東の周辺だけでも、栃木、群馬なぞに、もっと、もっと沢山あって、決して珍らしい事ではない。それだのに、何故此の山元村だけが有名になったか。
此の村に、ただ一つある中学校、山元中学校の生徒の一人である江口江一君、という子供の書いた作文、「母の死とその後」が、全国作文コンクールで、中学生作文の全国一となり、文部大臣賞を獲得したからである。
これを機縁に、江口君ら二年生を受持つ、無着成恭という先生が、受持ちの生徒たちに、其の土地の方言を使った作文、詩を書かせ此れに、前記の江口君の作文を巻頭に、一冊の本にまとめて出版したのが、『山彦学校』である。これが、たまたま教育界の先生達の視聴を集め、識者の賞讃を得てベストセラーズに、名を連らねる程の売行を示し、一躍、名もない山村が、有名になった次第である。然もこれが、 映画化される運びとなり、八木保太郎氏がシナリオを執筆し、今井正氏がメガホンを執って、目下、撮影中である。此稿が印刷に付せられる頃には、恐らく全国の映画館で、この映画が上映されるであろう。
『山彦学校』の読後感を何故書くに至ったか
私をして、 本稿を執筆せしめた動機は、 此一冊にまとめられた、中学生の作文の中に、おひかり様に関する、二人の少女の合作による作文があり、また、学校の二年自治会の決議文として、おひかり様の、事実無根の捏造記事が記載されているからである。しかも、此決議文が、村じゅうに貼付された事は、昨年、教団に報告されていた。
文中の、おひかり様とは世界救世教の代名詞であることは、あまねく世間で認めて居り、信者も亦、知るところである。それは、岩手県平泉の、中尊寺のうちの金色堂を指して、昔、芭蕉翁が、光堂と詠んでから、今日まで一般に、光堂、の名で呼ばれ親しまれているのと、軌を一つにする。
村じゅうに教団誹謗の決議文を貼付した事すら、学校の当事者は、責任を感じて然るべきであるにも関わらず、単行本の中に収録しあまつさえ、その映画化に当って、浄霊する場面を挿入し其の続きが死亡する如き結果に至っては、黙視するに忍びなくなったからである。はじめ、 此の小稿の題も『山彦学校』 に抗議する。 或いは『山彦学校』の虚偽と、すべきである。と考えたのであるが、穏やかに、「読後感」としたのは、筆者の度量の大きさを示す為めでもなく、それしきの事に動ぜぬ風格を誇示せんが為めでもない。
『山彦学校』を通読して、教育のあり方に疑問を持ち、そして、子供の作文である筈のこの文集が、実は、教師、無着成恭の加筆ではないか、との疑いを強く持つに至ったからである。何故このような大胆な断定を表明するのか、この根拠が、何処にあるかを明記して置こう。
『山彦学校』、映画化の企画を聞いて、問題の山元村に布教したことのある、教師進藤喜一君が、一〇月のすえ山元中学校に無着成恭先生を訪問し、校長と彼とに面談して、おひかり様の作文は、二人の少女の作品ではない。との、言質を取ったからである。此の二人の少女に直接会った進藤君は、この二人からも、自分たちが書いたものではなく、無着先生が、勝手に二人の名を使って発表した。との事実が明らかになった。
二二八頁のうち、僅か二頁を占めるに過ぎないおひかり様の作文であるが実は子供の作文ではなく、子供の名を使った無着先生の作文であり、虚偽の作品であった事実を知ると、他の作文にも、此疑いをかけられても止むを得まい(然もこれが中学生の作品として英訳されると聞くとき益々其可否の疑を深くするのである)。
問題の作文と責任の所在
問題の作文は短かいものなので、決議文と併せて、此処に全文を記載し、如何に虚偽に満ちたものであるかを、信者諸氏に御知らせしよう。
おひかり様(一九五〇年二月一一日)
長橋カツエ 前田秋子
今日、 おひかり様のことがもんだいになりました。 おひかり様がいま村にはやっていることがもんだいになりました。みんなして、おひかり様にはいっている人が「おひかり様にはいっていない人は昭和二七年頃死んでしまう」といっているそうですが、それはほんとうでしょうかということで、もや畑にこやしもいらないというので、青年の中にも、どしどしはいろうという人さえでてきたことが話あいになったのです。おひかり様が、ほんとに病気をなおしてくれるのでしょうかと話をして、みんなに「おひかり様はほんとだろうか」ときいて、みんな「うそだ」といったので、決議文をつくって村にはることにきめました。壁しんぶんにすることにきめたのです。その決議文をかいておきます。
おひかりさま――村に貼った文章
おひかりさまのことが私たちの学級で問題になりました。おひかりさまにはいると肥料をいれなくとも米がとれるということはほんとうでしょうか、それがほんとうだとすれば、八貫目の炭を背負ってもおひかりさまにはいっている人は、ほかの人よりもかるくなるじゃあないかということでみんな笑いました。ほんとにおひかりさまはよいものでしょうか。私たちの組で「おひかりさまに賛成できる人」といったら、だれもいませんでした。かぞえてみると、山元村では、三〇人もはいっているようです。一人で一万円以上かかるそうです。一人平均一万円かかったとしても、三〇万円もおひかりさまの札をかったことになります。山元村の今年の学校予算は一四万六六二三円です。こういうふうにくらべて見て、 このおひかりさまのことについては、村の人はもっと考えて見なければならないでしょうか。
(山元中学校二年自治会決議)
この本が、特にユニークとなった存在理由は、子供の作文が殆ど生活記録であると共に、この地方の方言が、そのまま使われている事である。全篇を通じて、随処に、註釈なしには理解の出来ない方言が使われているのに、このおひかり様の作文だけは、一つの方言もなく、標準語で書かれているのは、どういう訳であろうか、学校の年度の予算と対比させた狙いは、非凡といえるが、それだけに、作意も露骨である。一万円と数字をあげたことなぞ、誣説も亦、甚だしいと言わねばならない。 病気が治らないのに、 信者になった人は救世教では珍らしい。山元村の三〇人の信者(此れも実際とだいぶ距たりがある)が、何故、おひかり様に入ったかを、無着先生は突込むべきであったろう。そうすれば結論はおのずから違ってくる筈である。以上の疑問も、子供の作品ではなく、先生の作文と楽屋うらが判って仕舞えば、読者にもおのずと理解できるであろう。
次ぎは、この映画化の場合である。八木氏のシナリオのうち、 是れも転載する(括弧内数字はフィルムカット番号)。
(73) 英雄の家
英雄の祖父が割れた土瓶の目薬で目を洗っていた。
「おじいさん、英雄は山ですか」
「んだ」
「眼はよくねえですか」
「んだ」
「英雄はまだ学校へ出られねえかな」
「んだ、おれが、こんなことで」
貧しい家だった。
無着は湯の浜の宿でフトンを敷かなかった、英雄を思いだした。
「診療所へ行って眼をみて貰ったらいいでねえかね」
「暇がねえでな」
入口からチイ子が来た。
「先生、お母ちゃんが仏さまにお経あげてけろって」
「お経?」
「おれ駄目だ、本当の坊さんにたのめや」
「本当の坊さん頼めば、ぜにやらんなねーからよ」
「いやいやそうか、すぐ行く」
チイ子は帰った。英雄のじいさんが
「先生、おひかり様おがんだら、眼がなおるべか」
「おじいさん、病気は医薬でねえと駄目だよ」
「んだか」
「おひかり様なんて頼まねえでよ、診療所の医者に見て貰うんだ」
無着は一生懸命云った。
(85) 診療所おひかり様のおばさんが恭々しい身振りで寝て居る江一の母にお祈りをあげて居る。無着が来てそれを見て、眼を丸くする。江一も妹もおひかり様に見とれて無着に気がつかない。おひかり様はお祈りを終り江一達に
「おひかり様がすぐなおして下さるからな」
江一と妹は黙って頭を下げた。
おひかり様は
「ではお前達も一生懸命信心をして下さいよ」
と言って帰る。
江一は無着を見てびっくりする。
「先生いたのか」
「んお医者さんは」
「須刈田(地名)の病人とこに行った」
「お母さん苦しむかさっき痛え痛えと言ったけど、 今眠った」
おひかり様は江一がたのんだのか
「ちがう誰も頼まねえのに来たんだ」
「お前はおひかり様で病気がなおると思うか」
「判んねえ-判んねえけど、おひかり様に入ると米でも麦でもよ、肥料やらねえで、倍も取れるんだと」
「誰がそんなこと言うんだ」
「みんな言うんだ、彦十さんも」
「彦十さんが-あの人までが-」
「んだ」
「江一——病気になるのは栄養不良だの使いすぎだので、体が弱っているからだ。——迷信もな、心の病気だぞ、人間が貧乏にまけたり、不幸に負けたりして、その不幸や貧乏の原因も考えねえでただおろおろして居ると迷信の病気が心の中へ喰い込んで来るのだ」
「お経あげんのも迷信か先生」
「んだ、迷信以下だ、ほんものの宗教なら生きてる人間のこと世の中のことを、もっともっと心配しなけりゃなんねえ」
「先生も仏様おがむでねえか」
「ん、先生の仏様はお前たちだ」
「——」
(108) 山道
重いバイタ(薪)を運ぶ江一の母。
注 これらの画を導入して次の画をつみ重ねる。
(109) 特徴的な東北農民の顔姿、A、B、C。
(110) 前景に米の供出に関するポスターのある村の風景。
(111) 前景に北海道開拓団募集のポスターのある村の風景。
(112) 前景におひかり様はやめて下さい。と言う中学自治会のポスターのある村の風景。
(113) 山元中学校の教室、無着と子供達の勉強。
(114) 山村の風景。
それに次の詩がダブル。
「雪がコンコン降る 人間は その下で暮しているのです--敏雄」
八木氏のシナリオは、江口江一君の作文を映画むきに脚色したのであろうが、 此のおひかり様に関係したこの場面は、江口君の作文は全然、 書かれていない。 すると、 この出所は、村に貼った決議文であり、 会話の内容は、 無着の思想をそのまま取り入れて、構成したものと思える。江口君の作文だけでは映画としての構成に欠けるので、其処で当然、脚色が要求されるが事もあろうに、実在の宗教を、何故わざわざ歪曲して撮影するのか。これに依って、名誉を毀損せられ、布教に著るしい障害を受けるのは、当然、おひかり様、世界救世教であるが、これは、教団の蒙る被害だけではなく、この為に新興宗教、全体が掣肘を受けることは自明の理である。
無着のいう「先生の仏様はお前達だ」は仏教各派にとっても大問題たることは言をまたない、之をこのまま看過することは、宗教全体が、そして宗教局が、鼎の軽重を問われることになるのである。
脚本家が、演出家が、如何なる主観を持っても、それは勝手であるが、問題は無着成恭も、八木保太郎氏も、このように宗教を誹謗して、 それが信教の自由を認めている憲法に、そしてそれを認めるが故に、日本の民主主義の基底をなしている、占領政策の違反になるかならぬか、熟知しての上の行為であろうか。
此シナリオだけで想像出来るように、ストーリーらしいストーリーのない山彦学校の映画化に当って、此場面は重要な一齣になるであろう。 だからこそ、 此出鱈目さ加減を、 解説しておく必要に迫られたのである。
前掲のシナリオを見ても解るとおり、救世教の信者なら、すぐ、その間違いが了解出来るが、信者以外の人には発見出来ない間違いは、本人、或いは家人の承諾なしに、浄霊するが如き非常識な信者は居らぬことと、 病人に、 お祈りだけをするような事は、全然、無い。という事である。
もう一つ重要なことは、江口君の母を浄霊した人がいるか、どうかだ。進藤君が対談したとき、無着は、一度ある。と言ったが、村にいる信者たちは、浄霊した事はない。と異口同音に答えている。
このように、一つ一つ解剖して見ると、おひかり様が、これだけ無惨に扱われたということは、往来を歩いていて、横丁から飛び出した狂犬に嚙まれたのと同じようにしか思われない。狂犬の被害は小人数であるが、映画の持つ影響力は、此場合立派な暴力である。暴力以上の暴力である。
『山彦学校』読後感
文部大臣賞を貰った江口君の作文を読んで、私は感動した。感動したのは『山彦学校』を推賞している、多くの知名人も同じであるが私が受けた感銘と知名人との感銘は、その仕方が根底から違うのである。
私は江口君の作文を含めて、『山彦学校』そのものが、実に立派な、共産主義宣伝の教本である。と感じたのであった。
江口君は先生の指導の下に、リアリステックに、そして実に執拗に、鋭く貧乏を追及している。此れだけのリアルな作品を書き上げた江口君は賞讃されていいし、指導した、無着先生の労を認めることにも吝かではないが、貧乏の原因、その過程を追及することに依って、 必然的に到達する結論は、社会制度の矛盾、という大きな壁である。
無着先生の指導によれば現在の自由主義形態の経済組織。民主主義の国家組織。此枠の中に生きる、小農の家族は、永久に貧乏を駆逐することが出来ず、貧乏の鉄鎖に繋がれていなければならぬ。この教えに導かれた者は、社会に対して、不平と不満の気持を醸成されるだけで、其処には、救いというものが、全然、認められないのである。共産主義宣伝の教本。といったのは其意味である。
『山彦学校』と並んで読書界に迎えられた子供物に『少年期』がある。『少年期』一冊から、うかがわれる、ませた子供の特権意識にも、私は多少の反撥めいたものを感じたが、救い難い暗さを認められないだけに、読者としても救われるのである。
山彦、少年期の前駆として、豊田正子の『綴方教室』や野沢婦美子の作文が、何年か前に発表されて、読書階級に迎えられたことがあった。共に、貧しい、ドン底生活を、子供らしい眼で、リアルに書いたものであったが、『山彦学校』ほどに、鋭い追及がなかっただけに、それ程の陰鬱な暗さがなかったように思い出される。
豊田正子の『綴方教室』と、『山彦学校』のもつ、時間的感覚のちがいは、時勢のなせる業であり、次元のちがいであるが、教育家は、このちがいを、子供の進歩と言う。果して此れを進歩と認められるか、どうか、一考を要する問題であろう。私は現在の社会制度が内包する、矛盾に目を掩うものでもなく、又、既成宗教家の如く、現世を否定して諦観を教え、 来世にのみ、 少くとも、世界救世教の信者としての、世界救世教の大目標である、現実に人間が悩む、無始以来の宿業、病気と貧乏と闘争とを解決して、人類が創世の初めから、其れ自体を目標としていて、今だに目的を達し得ない、地上楽園の建設に、挺身している心算である。
何故、こんなことを書くか、といえば、シナリオに本物の宗教なら、生きている人間や、世の中の事も、もっと心配しなければならない。と書いてあるからでおひかり様こそ、生きている人間、その結合体である社会を救う事を、現実に実行し成果を挙げているからだ。
無着先生が、江口君を始め子供たちに、いくら貧乏を追及させても、それ自体が、江口君を始め、その子供たちを救うものではなく山元村を住み良くさせるものでもなく、まして、農民を救うものではない。 出来ることは社会に向ける不満が、より多く増大するだけであり、貧乏の原因を追及すればする程、失望せざるを得ない事を、発見する丈だからである。これこそ共産主義の温床、以外の何物でもあるまい。
無着先生が、シナリオにある様に、おひかりさまで治るか。肥料なしで増産が出来るか。この絶好のテーマを出されたとき、子供の質問に背を向ける事なく、その実際を調査し、何故、おひかり様で病気が治ったか。(実際治ったものも居るのだから)肥料を使わず増産したか、を追及したなら、其処に子供達の、農民の救いが得られたであろうと、残念に思うのである。
無着先生が、どのような思想を持ち、子供を指導するに当って、その目標を何処においたか。此れを分析するには『山彦学校』の巻末にある、あとがき、を見るのと、この本を読んでくれる全国のお友だちへ。とした、山元中学校二年生一同。としてある個所を読めば、この解答が得られるであろう。
「全国のお友だちへ」の中に、先生に読んで貰った本、として、葉山嘉樹と、徳永直の二人の小説家の名が挙げられている。
一人は物故した、素朴なプロレタリア作家であり、一人は現在も活動している作家であるが、 持つ幅の広さが違うとはいえ、共に、階級的観点に立つ作家である。という点に注目して貰い度いのである。
「あとがき」の中で、山元村の学校で講演した、柳田謙十郎氏(此の哲学者はそれまでの唯心論的哲学を揚棄して、戦後、唯物主義の哲学に転向し、共産党に入党したと聞いている)の講演内容を引用し「「近代の道徳は、温順でも従順でも忍耐でもない。抵抗である。抵抗である」と叫んだとき万雷のような拍手が湧き起ったことでした」と、無着先生の感想が書かれている。
柳田氏の、巧妙なアジテーションに共鳴した無着先生の思想は、日下、大流行の、女剣劇に拍手する見物人の心理から、ただの一歩も出ているものではない。抵抗と抵抗の連続は、人間の闘争から闘争に追いやるもので、此れにはピリオドが無いのである。抵抗は、また抵抗を生み、輪廻の絶ゆることのないのと同じである。 此処には絶対に救いがなく、 締めつけられるような、苦痛があるだけだ。
無着先生の指導に驚いた事は、子供たちに百姓仕事が、割損であることを、徹底的に教え込み、結局は、力を合せて農村の機械化を計ること、しかも此れは、農民の団結心によるしか、実現の可能性がないことを結論している。
此処でも『山彦学校』が共産主義教程であることを、実証しているのである。
ここまで書いて、私は大きな疑問に逢着した。それは、義務教育である。六、三制の学校で、児童にこうした、特定の思想を培養する教育が、許されていいのだろうか、と。それはさておき、 児童にこうした一辺倒的な、 階級意識を植えつける事によって、子供たちを、そして山元村を、すぐ仕合にする事が出来るのか。此答えは絶対に「ノー」であろう。
無着先生の教えるが如く農民の団結によって、社会制度を改革した。としてもそれだけでは、農民の幸福は招来されるものではない。制度を運用するのは、人間であるからである。然も制度の改革は、何処までも制度だけであって、人間の悩む病気、貧乏、闘争の依ってくる病源にメスを入れてない。鉄のカーテンのあちらの農民は、果して、無着先生たちの夢想している程、恵まれているか、どうか。其衛星国はどうか。所詮、他の家の牡丹餅は美味い。というのと、同じ論理である。
それでは農民は、いつまでも割損の仕事を続け、貧乏の鉄鎖に繋がれていなければならないであろうか。 現在の農家が割損であることは、その父祖伝来の農耕法が誤っているからに外ならない。 此、 旧態依然たる農耕法を改革することによって、増収は確実となり、生産コストは切下げられ、他の職業に比較して、決して割損とはならないのである。
百姓仕事が割損であったことは、無着先生の教示をまつ迄もなく、私も知悉している。文献の残っていない上代はさて措き、中世期の荘園時代から、農地改革の行われた、今日まで、百姓仕事が割損であることには変りがない。中世期このかたの封建制に繋がれた農家は、領主の搾取の対照であった事は、歴史の証明する通りである。今日はどうであるか。国家の手を待たなければならない。農地改革、土地改良、損害保償、 長期金融、 米価対策等、 農村の待つ、 政府の施策は沢山あるが、今日の農家は、中世期の農奴ではない。自分が望めば、その暗い生活を清算し、割損でない百姓仕事を営むことが出来るのである。
無着先生の言葉を借りれば、本当の宗教は、生きている人間を、社会を心配してくれるものだ。という。その本当の宗教が、おひかり様の名で呼ばれている。世界救世教であって、この教えを、素直にとり入れたならば、江口君の貧乏の原因であった、病気が治り、畑の増収がもたらされ、世界一の低位にある。日本の農民、一人当りの収穫量が増大出来るのは、真に易々たるものである。
いつのことやらわからない、社会制度の改革(社会制度の改革は農産物の反当りの増収は約束しない)を待たずして、農民に幸福を招来させるのである。
然し、此の生きている人間を、社会を心配してくれる、万人待望の大宗教も、無着先生のように、信じよう。とはせず、反ってそれを傷つけて、こころ良し、としているような男には、通用しないであろう。
(栄光百三十四号 昭和二十六年十二月十二日)