グロ患者

此グロテスクといふ言葉は日本語でないから使ひたくないが、これだけはどうも日本語では感じが出ないから止むを得ず使ふのである。

私が幾千の患者を取扱った中で、最もグロ的であるのを一つ書いてみよう。それは四十歳位の男子で、初め私の所へ来た時は実兄が附添ふて来た。曰く「此私の弟は、仙台の脳病院へ暫く入院してゐたのですが、どうも捗々しくないので、東京へ招びよせ、○大病院の診察を受けました。病気としては種々ありますが、特に発作的に猛烈な悪寒が起るので、丁度右の○大病院で診察を受けた時、その悪寒が起りましたので、早速注射を三本したが少しも効目がない。然し四本すれば生命に係はるといふので、止むを得ずそのままにして私の所へ連れて来たのです」といふ訳であったが、待ってゐる中物凄い悪寒が起り出した。ガタガタと震へ出したので、私は彼の後へ廻り、霊の放射をした所、即座にピタリと止った。本人も兄も、非常に驚いて曰く「何時悪寒が発作するか分らない。自分はどうしても先生の許を離れられないから、置いてくれ」といふので、私も快く承諾して、私方へ滞留させ、治療する事にした。彼の話によれば、仙台の脳病院に入院中、悪寒が起った際は、多数の湯タンポで全身を取巻いても悪寒が止らない。而も驚くべき事は、その際の高熱は、その度を測定出来ないといふのである。何となれば体温計を挾むや、直に極点まで上昇し破裂するので、病院でも非常に困ったそうである。体温計の最高は四十三度であるから、それ以上で四十四度か五度か分らないといふのである。

そうして、解熱の際が又物凄いのである。此男は六畳敷の日本間に寝かしておいたが、解熱発汗の時、その部屋の障子を開くと、丁度銭湯へ入ったやうに、湯気が部屋一面に濛々としてゐるのである。而も汗は蒲団二枚を通し、猶畳を通したのであるから、如何に多量の汗であるかといふ事である。其様な状態が二ケ月位続いて、漸く悪寒も発汗も止って喜んでゐると、今度は又物凄い浮腫が起ったのである。

元来、此男は非常に大きく五尺六七寸はあったであらう。故に浮腫が起るや力士の如くなり、漸く眼を開き得る位にて、睾丸まで膨脹し、ホーヅキ提灯位の大きさになった。之に就て面白い挿話がある。その頃彼は夏の事とて、浴衣一枚で近所の喫茶店に入り、アイスクリームを喰べたのである。其時椅子へかけたが、睾丸が大きい為どうしても浴衣で隠し切れない。それを女給が見てはクスクス笑ってゐたといふので、大笑ひしたのであった。所が困る事には、廊下を歩いてゐる際など、急に脳貧血を起して転倒する事がある。その音たるや、根太(ネダ)が抜けるかと思ふばかりで、家中に響くのである。早速三人位で抱きかかへ部屋に寝かし治療をなし、三十分位経つと覚醒したのである。

又、此男は種々な霊が憑依する。その憑霊が又怪奇で狐、蛇、熊、人間の死霊等が代る交る憑依するのである。狐霊の憑依した時は異様な眼付となり、眉間(ミケン)が非常に痛むのであるが、其際霊射すると、直ちに治るのである。彼に質くと「自分は非常に狩猟が好きで、或日山へ狩猟に行った際狐がゐたので、銃撃した所倒れたので、死んだと思ひ近づくや否や、狐は未だ生きてゐたとみえ、スックと立上ったので、コン畜生とイキナリ銃の台尻で、狐の眉間を打ったので即死した」と言ふのである。其後狩猟の際は今迄と違ひ如何に獲物を狙っても、イザ打たうとすると狂ふので、狐の祟りではないかと恐れ、それ限り狩猟はやめたとの事である。

次は、蛇霊が二匹憑依する。一匹は喉を締めつけ、一匹は腹部に苦痛を起させるのである。喉を締める場合は、今にも呼吸が止まるかと思ふ程であるが、霊射すると直に治るのである。

次に熊の霊が憑依すると、其時は非常に物を食ひたがる。或時は一度に鰊(ニシン)を十一喰った事がある。彼に聞くと、彼が北海道に居た時、熊を銃で打殺した事があったそうで、その熊の霊である事は勿論である。

次に、人間の死霊が憑依する事があった。その際は「木を除けてくれくれ」と断えず曰ふのである。彼に訊くと「やはり北海道に居た時の頃、大木を切り倒した時、誤って一人の人間が圧死した」のだそうである。それを一人では取除ける事が出来ないので、麓へ行って人夫を連れてくるまで其儘であったので、圧死された霊は、その時の想念が持続してゐる為「木を取除けてくれ」といふのであらう。此男は、約一ケ年位で完全に全快し、今日も健康でゐるそうである。

(明日の医術 第三篇 昭和十八年十月二十三日)