昔から論語読みの論語知らずといふ言葉がある。之は勿論、如何に立派な本を読み、説話を聞くと雖も、実践躬行しなければ何にもならないといふ事である。然し乍ら、読み聞きした時、非常に感激したに係はらず、何故実践し得ないかといふ事を、私は説いてみよう。
右の原因としては、霊及び霊界の存在を知らないからである。それは今日迄、真に知らしめ得べき著書がなかったにもよる為であらう。勿論、神仏基等の大宗教を初め、其他の宗教、哲学、道徳等の凡ゆる著書に於て、徹底的に説示されたものはなかったといふ事が最大原因であらう。然し乍ら何故そうであったかといへば、それは全く夜の世界なるが為一切が開明し能はなかったからである。
茲に時来って、昼の世界即ち光明遍き時代となった其事によって、過去に於ける不透明であった事象の一切が赤裸々に、掌(タナゴコロ)を指すが如く闡明せられるやうになった事である。故に、爰に初めて、道徳の根本が確立すると共に、何人と雖も、実践躬行しない訳にはゆかない時となったのである。それ等に就て順次解説してみよう。
(明日の医術 第三篇 昭和十八年十月二十三日)