戦力増強に就て

私は茲に、頗る大胆なる意見を発表しようとするのである。それは外でもない。現下闌(タケナ)わなる大東亜戦争に対し、日本の戦力を三割以上増強する絶対確実なる方法を明示するのである。軍事専門家の常にいふ処の勝敗の鍵は、敵の力よりも一パーセント、否○・五パーセントでも勝れる方が最後の勝利を獲るといふ事である。此意味に於て、戦力三割増強は如何に勝利への決定的福音であるかは、蓋し予想に難からないであらう。

右は勿論、本医術を軍に於て採用する事である。然し乍ら、私は軍事専門家ではないから深く専門的の検討は困難であるが、先づ何人と雖も首肯し得らるるだけの理由を述べてみよう。先づ直接軍に対する効果としては、本医術を応用するとすれば、何よりも将兵全体の罹病率が半減する事は確かである。そうして偶々罹病する事あるも入院の必要は殆んどなく、軍務に服しながら短期間に治癒する事である。特に顕著なる効果としては疲労の減退であり、其他行動の敏捷、頭脳の明快、耐久力等の好結果が次々表はれてくる。又、負傷に対する治癒の速かなる事と痛苦の悩みは、従来の何分の一に減ずるであらう。従而負傷による死亡率の激減も顕著なものがあらう。

次に、間接的の利益を挙ぐれば、薬剤や器械の不要となる一事である。今日之等に要する人員、資材等の莫大なる負担は驚くべきものがあらう。いふ迄もなく軍医官、看護兵等の労務、交通及び一切の運搬は勿論、特に薬剤に要する原料が、火薬其他軍機の重要資材となるものも頗る多いといふ事を聞いてゐる。其他各種の予防注射に要する負担、消毒、検診等の煩労(ハンロウ)、資材、病院の設置及び設備等の不要による利益も鮮少ではあるまい。又、糧食に於ても、所謂栄養学的繁雑なる手数の必要がなくなる事も見逃し難い利益であらう。

以上の外、銃後に於ける利益も莫大なるものがある。それは生産力の大増加である。これは再三説いた如く、結核を初め其他の病気激減と速かなる治癒、病気に対する不安の解消によって、生産戦士の健康及び精神的方面の改善等、ここにも亦医学的消耗が著減するから、莫大なる利益を齎(モタラ)す事は当然である。そうして本医術を修得し、数ケ月間の修錬によって大抵の病気を治癒すべき技能を得る事である。又疾病の根本を知るに於て、罹病の不安がなくなり、安心して仕事に全力を尽すことにもならう。偶々罹病すると雖も、自己治療又は自然治療によって容易に全治する事は勿論である。

右の如くであるから、今日官民共に大童になりつつある戦力増強の問題と雖も、急速に解決なし得る事の困難でない事を知るであらう。私は倩々(ツラツラ)考ふるに、此大戦争の今後に於ける推移と其窮極は如何といふ事である。それ等を爰にかいてみよう。

近代戦は消耗戦と謂はれてゐる。特に今次の大戦に於ては、その消耗の夥しい事実は周知の通りである。従而、戦争が長期に渉るに於て、最後に到って如何なる様相を呈するかを想像してみるに、物資の消耗に於ては枢軸国も反枢軸国も、苦心し乍らも兎も角或程度の供給をなし得るであらう。何となれば、物資の原料たる地下資源も農産資源も無限であるからである。然るに人的資源に於ては、その消耗を補填(ホテン)するには相当の時日を要するものであるから、究極に於て、各国とも例外なく人的資源の一大涸渇(コカツ)に遇(ア)ふ事は明かである。従而、今次の大戦争の勝敗は人的資源の、より涸渇せる方が決定的敗北を喫すべき事は論を俟たないであらう。此意味に於て、わが日本の今後に於ける重要対策としては、何よりも人的資源の涸渇を防ぐと共に、その素質をして、より優秀さを保たしむる事である。勿論今日唱へられつつある戦力の増強に加へて戦力増強の持続にも関心を払はれなければならないであらう。右の目的を遂行する上に於て、本医術こそ最も理想的である事を告げたいのである。

(明日の医術 第一篇 昭和十八年十月五日)