Ｂ・Ｃ・Ｇの注射に就て

最近政府は、Ｂ・Ｃ・Ｇなる注射を、一般国民学校卒業後の少年に施行するといふことに決したといふことである。そうして同注射について、厚生省結核課、楠本正康技師の話によれば－－
『わが国の結核の発病状態をみると、未感染者の発病率は、既感染者に比べて実に三倍の高率で、ツベルクリン反応陰性者は、陽性者よりも発病の危険の多いことを物語ってゐます。この事実からしても結核にもある種の免疫のあることが判ります。この結核の免疫性に着眼して、以前から人工免疫として死菌ワクチン、或はごく少量の結核菌の接種などが試みられたのですが、何れもまったく無効か、却って危険を生じ成功するに至りませんでした。Ｂ・Ｃ・Ｇワクチンはフランスのカルメット、ゲラン両氏が、一九○四年牛型結核菌（牛に結核を起させるもので人間のものとは違ふ）の一種に、極めて毒力の弱い菌株を発見したのに始まり、これを人体に接種しても絶対に危険がないばかりか、未感染者に免疫性を付与することを證明し、それの倍養ワクチン化に成功したものです。わが国でも十余年前より研究され、日本的検討が加へられて、今日実用化を見るに至ったわけです。このＢ・Ｃ・Ｇワクチンは初感染者の爆発的な発病を防止するのが目的で、既にツベルクリン反応が陽性のものには無意味なばかりか、注射した部分に副作用を起すので禁物、厳重なツベルクリン検査による陰性者だけに限らねばなりません。Ｂ・Ｃ・Ｇワクチンを注射すると、大体二ケ月位で免疫力が顕はれて、ツベルクリン反応は陽性に変りますが、その免疫持続期間は約一ケ年です。　注射の方法は、皮下皮内いろいろな方法がありますが、注射に因る副作用は皆無といへます。尤も人によっては注射部に膿瘍或は潰瘍を生ずることがありますが、これも免疫力の強さの證明で心配はありません。わが国のやうに未感染者の発病率の高い国では、全く日本的性格を備へたものといふべきで、今後は新たに農村から都市へ出る青少年、或は集団生活に入らんとする人々には必ずこれを実施するやうにしたいものです。なほＢ・Ｃ・Ｇワクチンは、現在東京市神田区三崎町一、財団法人結核予防会健康相談所で毎日一定人員に限り診察費のほか無料で実施してゐます。』

右によってみれば、同注射は既感染者には効果なく、未感染者即ち陰性者だけに限り効果があるというのである。そうして免疫期間は約一ケ年としてある。之を本医術の見地から私は批判してみようと思ふのである。

私は西洋医学の療法は、一時的効果を表はすといへども、其後に到って反って病気を増悪させるものであるといったが、同注射もそうであらうと思ふのである。そうして同注射が成功したとなし、実用化にまでなったといふその理由は、昨年九月より本年六月までの期間中に於て、国民学校卒業者十万人に施行した所、結核罹病者は三分の一に減少し、死亡率は十分の一に激減したとの事である。然し乍ら、僅々九ケ月間の実験によってその効果を断定し施行するといふ事は、あまりに早計ではないかと思ふのであるが、事態はそれ程までに結核防止の急に迫られてゐるからであって、又やむを得ないであらう。それは別として、私は曩に結核の原因は旺盛なる浄化作用の為であるといった。故に九ケ月間好結果を挙げ得たといふ事は、同注射液の浄化作用停止の力が如何に強烈であるかといふ訳である。即ち最も旺盛なる浄化作用である結核と、最も浄化作用旺盛ならんとする十六七歳の少年が罹病減少といふ事実は、同注射の体位低下の協力なる事を如実に物語ってゐるのである。

従而、同注射後の状態を予想してみるに、体力の低下は勿論であるから、工員などの作業能率の減退は免れ得ないであらう。そうして免疫力が一ケ年とすれば再注射を行はなければならないであらうから、その結果はどうなるかといふに、発生すべき浄化作用の抑圧を繰返すに於て、漸次体位は低下し、青年にして老人の如き体位となるであらう。特に女子の姙孕率は非常な低下を来すであらう事は勿論である。

右の如くであるにみて、一時的好結果に幻惑され、其後に到って予想し難い悪結果を来すべきは、火を賭るよりも燎かである。曩に説いた如く、種痘だけでさへ日本民族の体位が今日の如く低下したのであるから、効果顕著とされるＢ・Ｃ・Ｇの注射を施行するに於て、わが国民体位の前述は如何になりゆくや、憂慮に堪えないものがある。

（明日の医術　第一篇　昭和十八年十月五日）