浄霊の効果を医家が体験

浄霊と医療の優劣に就て、吾々は常に知らしているが、信者以外の人は仲々信じられないのである。処が下の御蔭話は、 事実がよくそれを示しているので、 之を見たら最早論議の余地はあるまい。

神奈川県 G・G

始めに私の経歴を少しく書かして頂きます。私は名古屋医学校に学び、中退し其の後父の業を継ぎ、永く医業に従事し、知る人ありてキリスト教徒となり、次に仏教に就き大乗を少しく聴き、刑務所の医務室に奉職して明治二十二、三年頃より宗教と医学上の生理及び教理の三方面の理論より有神と霊の存在を確信して昭和二五年に至り、永き間の研究を纏めるべく筆を執りつつありました。

偖て私が入信致す前より当時一〇歳の孫娘が眼病で、濾泡性結膜炎に罹り、眼科医の治療を受けました処、一カ月を経過しても良くならず、医師の曰く「腺病質故に全治迄は尚お一〇年も要する」との診断でありました。然る処私が入信させて頂きまして早速御浄霊を致しましたら翌日効果が顕れ、力を得て毎日御浄霊を致し一カ月程で治癒致しました。

次は私の大病です。私は二〇年程前より寒くなれば喘息が発して毎年苦しみましたが、入信しました二五年暮はお蔭で非常に軽く、二六年の元旦は病床に就かず迎える事が出来て家族一同喜んで居りました。二月二六日外出して感冒に罹り熱は高く二七日には痰咳甚しく、遂に左右両肺共に炎症を起し(聴診器にて自己診断して居りました)三月一日二日の二昼夜は間断なく激しき咳痰のため横臥出来ず、故に睡眠もせず、一昼夜に四合程の痰を吐き、鼻より血膿が一日に一合程も出で実に大浄化の甚しき苦しみは筆にては迚も記せません。此の時の苦しみではペニシリンの注射を幾度も考えましたが、精神を励まして苦痛を我慢して居りますと咳の激烈のため心臓弁膜病が併発しました。実に九死の苦しみで、遂に神経に異常を起した程でありました。此の苦しみを御推察下さい。

遂に三月一二日教会のH先生の御来駕を乞い、御浄霊を頂きますと三日目に三分の一程良くなり、一五日と一七日には同会のN女史の御浄霊を受け、二二日には再びH先生の御浄霊を受けましたら肺炎のラッセルが三分の二以上も治りました。四月一日には非常に良くなって教会に行く事が出来ました。毎日聴診器にて肺のラッセルを聴き居りましたが、此の御浄霊で治癒する事の早き事は自分ながら驚く次第であります。迚も医薬の芸当では及びもつかぬ事であります。御光の偉大なる御力を我が身を以て知らせて頂きまして、明主様に厚く御礼を申し上げます。

山口県 N・M

明主様日々の御守護誠に有難う御座います。私は昭和二三年春、次女が脳脊髄膜炎に罹り、途方に暮れておりましたのを僅か三日ばかりにてお救い頂き入信させて頂いたもので御座います。それから今日迄御守護と奇蹟の明け暮れに親子六名心から感謝と安心立命の生活をさせて頂いております。

次々と起る浄化も絶対の神様の御力によりまして事なく済ませて頂き御礼の言葉も御座いません。又此度は大変な御守護を頂きましたので謹んで御報告申し上げます。私の子供は今迄三人共女児で御座いましたのでもう男子は授からぬものと諦めておりましたのに、御守護によりまして男子を出産致しました。その長男妊娠中七カ月頃より右足がだんだん腫れ出しました。今迄は妊娠致しましても腫れた事は一度もありませんでしたが、今度に限って右足から左足がひどく腫れ、左手が痺れる様になりました。でも毎日御浄霊を頂いておりました御蔭で、洗濯に炊事に家事一切何不自由も感ぜず過させて頂いておりました。日が経つにつれ、道ですれ違う人や遊んでいる子供でさえ、私を見て振返る程両足が腫れて参りました。産婆さんも「こんな状態では私達でも出産させられません。普通専門の婦人科医に渡すのですが貴女は信仰していらっしゃいますから」と言われる程随分心配して下さいました。

予定日も近づきました八月末に陣痛とそっくりの痛みが次々に起りましたので、M先生に御出を願って御浄霊を頂いて居ります中に、不思議な事に陣痛が止み普通状態になりました。そんな状態が二、三日続きましたが御浄霊を頂きますと止ります。何だか変だと思いつつも御守護を一心に念じて居りました処、四、五日して先生が御浄霊の折腹部をよくあたっておられましたが「どうも子供の頭の位置がはずれている様だ」と仰言いました。そして右の腹部をよく御浄霊して頂き、産婆さんにも見て頂きますともんでくれました。その時にはずれた位置を神様から元通りにして頂きました様でそれからは、又普通と変らず陣痛の様なものも止り、一〇日位何の変化もなく元通り教会にも毎日お詣りさせて頂いておりました。

九月一一日の朝四時すぎ一寸腹痛がしましたので主人にM先生に御浄霊をお願いに行って頂き、私は急いで出産の準備を致しました。先生は夜分にも拘らずおいで頂き、御浄霊をお願いして居る内に安々と男子を出産させて頂きました。出産後、後産(胎盤)の出るのが一寸時間がかかりまして、三〇分すぎましてもまだ出ませんので先生が時計を見られて又腹部を御浄霊して下さいますと、二、三分の中に無事に何の故障もなく出して頂き、出血もなく出産を終らせて頂きました。

本当に私の今迄の出産の時とは全く違い、とても楽に出産させて頂きました有難さに、今更乍ら明主様の御守護の広大さと偉大なる御力を犇々と身に感じさせて頂き、お隣の方々も余りにもたやすく生れましたので泣く赤子の声に出産を知られた位でした。今迄は十何時間の陣痛に悩まされておりましたのに此度は二時間余りで、しかも易々と生れましたのは今度が初めてで御座いました。御浄霊により陣痛はとても楽になるとは先生に聞いておりましたが、此度身をもって体験致しまして本当に有難いお力に驚いて居ります。

近所の方も心配され、中には「あんなものを信じて居ては今度こそ死んでしまう」と笑っていた人もいらっしゃいましたが、余りの安産と、其上あれ程迄に腫れていた浮腫もすっかりとれて全く元通りの体にして頂いたのにはとても吃驚しておりました。元来私は若い頃から心臓が弱く、一寸の坂も息切れがして、この二、三年は歩くのにも苦しい思いを致しておりましたが、此頃は子供を背負っておりましても一寸した坂位楽に歩ける様に迄元気にして頂き、全く有難い極みで御座います。私の様な者でも神様は御見捨にならず事毎に御守護を下さる有難さ嬉しさ、何と御礼申し上げて良いやら分りません。その上主人が御守様を頂きましてより少し経ちま

した頃材木倉庫を片付けておりました処、何だか急に「危い!」という予感がしまして一寸後に身を引きました。瞬間、ドドーッと物凄い音と共に立てかけてある無数の材木が重って倒れました。若し後に身を引いて居なかったら当然材木の下敷となって死は免れなかったで御座いましょう。

全く神様の御守護によりましてなき命を頂いたので御座います。若しも御守護がなかったら……と考えて見ただけでも身の毛のよだつ様な恐しさに、ぞっと身の縮まる思いが致します。こうして私達は神様に無い命を頂きました。この上は神様に頂きました御守護の万分の一でもと、 日々出来得る限り誠を尽させて頂いて居ります。明主様有難う御座いました。心から厚く厚く御礼申し上げます。

岐阜県 M・Y

思えば昨年九月長男K七歳(小学校一年生)は八月の夏休みに自転車に乗る稽古に夢中になり、朝から晩まで自転車を持ち出して乗り廻して居りましたが、夏休みも済み、学校の授業も始りました九月上旬のある朝「お母さん腰が痛い」と言いましたが、余り気にもとめず、其内治るだろうと思って居りましたら、二、三日過ぎても痛みは止りません。不審に思って体を見ますと右肩が下り、体をば「く」の字形にして歩く様になりましたので、驚いて早速市民病院で診断を受け、レントゲン写真の結果「カリエスの疑がある」と言われました。

神様にお縋り申す以外に無いと思い、主人に話しましたら、主人は「今の中に型にはめたらどうだ。もし治らなくて後で後悔するな」ときびしく言いました。

神様を念じながら御浄霊を続けて居りましたら一カ月半程経ってから少し体が楽になり「く」の字に曲ったのが治りましたが、腰の痛みは少しもとれず、毎晩痛い痛いと泣き叫ぶので、主人を始め親戚一同口を揃えて「そんな事で治るものか。今に不具にしてしまう」とはやし立てましたが、心にしっかりと神様にお縋り申しました。

丁度一〇月三一日明主様が名古屋別院へお出でになると聞き、喜び勇んで腰の痛いKを連れて御姿を拝みにまいりました。

其日汽車の中で多治見の信徒さんから多治見市U町に大光明如来様を御奉斎してみえるというC先生を御紹介下され、色々有難いお話をお聞き致しました。

こんなに近くに大神様に御案内して下さる先生があると知ったので早速Kの御浄霊を御願い致しました。そこで私は家の因縁の悪い事やこの子の祖父さんの無惨な死に方に就てお話ししましたら、会長先生に御指導願って下さいまして、先生は先ず先祖の位牌を作り霊を救いなさい」と言って下さいました。

そして「祖父の轢死の場所で御洗米、水、塩を供え一週間供養して善言讃詞を奉誦なさい」と御親切に御指導して下さいました。

早速主人と子供三人とで山道を越えて現場に行き、一生懸命に善言讃詞を奉誦しその足でC先生宅へ御浄霊に行きました。

先生は「今日はK君の体が大変に変っている。霊気がよく入る様な気がする」と言われましたので、私は不思議な事もあるものと思って居りましたら、翌朝子供が「お母ちゃん今朝はとても腰が楽だ」といいますので、私は「昨日お祖父さんにお詣りしたから喜んでKの腰を楽にして下さったのだ。本当に有難い事だ」と言いますと「僕どんなに遠くても詣る」と言いますので、翌日も子供を連れて出掛けました。

祖父の轢かれた処はR山のトンネルの向うですからこのトンネルの中を通れば難儀して山を越さなくとも七分間位で行けますので腰の痛い子供も可哀相に思い、丁度踏切り迄来ますとトンネルから出た一〇時半の名古屋行が行きましたので之幸いと、すぐ駅ですれ違って来るのも気付かずトンネルの中へ入りました。何となく胸騒ぎがして恐しくなり、早く早くと心は急いでも腰の痛い子供の事、言う様に進めず、七分と口では言え随分長い七分でございました。丁度七分通り位来た時、何の気なしに後を見ると汽車だと子供が叫びました。

私も驚いて三歳のTを背負ってKを抱く様にして走ろうとしますと膝ががくがくして思う様に走れません。もう絶体絶命、此時「明主様おたすけ下さい」と心に念じましたら、不思議や今迄腰の痛かった子供が反対に私の手を引く様にして一散に走り出しました。夢中で走り続け、トンネルの出口へ出てホッとした瞬間汽車は袖をする様にして通り過ぎました。あの時神様のお救いなくば今頃はどうなっているでありましょう。親子諸共祖父と同じ運命に陥って居りましょう。思えば思えば身の毛がよだつ思いでございました。明主様有難う御座います。親子は嬉し泣きに泣きました。丁度トンネルの向うにR山の禅寺の僧侶が三人見て居られまして申さるるには、私達親子の姿を見て「之れこの通り手に汗を握りましたよ、よかったね」と言われますので「二九年前此処で死んだ仏を拝みに来ました」と申しましたら其中の老僧が「私は一番先にその死人を見付けましたよ」と言われた時の不思議なめぐり合せに驚きました。無理に走ったのでKの腰が痛いであろうとたずねると「少しも痛くない」と言いましたには二度びっくり致しました。

重ね重ねの御利益に其喜びは言い表わし様もございません。C先生の処の大光明如来様に御礼に御詣りし、 嬉し泣きに泣き伏しました。長い苦労も一度に忘れる思いで御座いました。

一週間目には吐くやら、下痢やらの大浄化を頂き、曲らなかった腰も曲る様になり、正しい姿勢にして頂けましたので元気で三学期から学校へ行く様になりました。

その姿を見る度に神恩の有難さを思い、御報恩の誠を尽して困っている方々をお導きさせて頂く覚悟を新にする次第でございます。

唯物主義の方から「死後には霊魂というものはない」と聞きましたが、此度の子供の御浄化に依り不慮の死を遂げた舅が如何に霊界に於て苦しんでおりましたかが分ると共に、祖父の霊と子供の体とを同時にお救い下さいました絶対力に限りなき感謝を捧げると共に御守護に依って生存させて頂いている倖せをしみじみと思います。

終始とりとめのない事を書きましたが、医薬のみを頼って苦しんで居る多くの人々に、一日も早く此尊いお道の判ってくれる日を望んで居ります。明主様有難うございました。

福岡県 K・Y

私は昭和二五年九月に入信させて頂きまして以来数々の御守護を賜わりまして、毎日明るい感謝の日々を送らせて頂いて居る者で御座います。此度は思いがけぬ子宮外妊娠に僅か三日の御浄霊にて全治致しました喜びをここに謹んで御報告申し上げます。長男の誕生にもまだ一カ月余りあるというのにもう二カ月も月経がなく、万一妊娠でもしていたらどうしようかと内心心配をしておりました。

ところが六月五日にありましたのでやれ嬉しやと思う間もなく、三日目頃より下腹部に痛みを感じて参りました。別段気にもかけずに仕事をしておりましたのですが、痛みはひどくなるばかりなので夕方になるのを待って何時もお世話になっている近所のY様宅へ走り込み、わけを話して早速御浄霊をして頂き、帰って見ましたが、依然として痛みはとまらず、益々激しくなるばかり、其上出血がひどく、体を動かす事も出来ません。痛いと申せば母からすぐ医者へ行く様に言われますので、声は立てられず歯をくいしばってひたすら明主様をお念じ申し上げて自分で御浄霊致しました。夜明け頃痛も幾分薄らぎましたのか、うとうとと二時間余り眠った様で御座います。

目が覚めますと又激しく痛み出しましたので母に頼んでY様に来て頂き御浄霊頂きました。間もなく大きな血のかたまりが下りまして痛みも次第にうすらぎましたので、明けの日の座談会にはY様のお宅へお詣りさせて頂きました。

丁度H先生も御多忙中御出張下さいまして私の普通と変らぬ元気な様子に驚かれておられました。早速H先生に御浄霊して頂き僅か三日ですっかりよくならせて頂きました。罪多き私共にも絶大なる御守護を賜わりました事を只感謝致して居る次第で御座います。明主様有難う御座いました。

(栄光百六十八号 昭和二十七年八月六日)