二 神は愛であり叡智であらせ給う

教祖は宇宙創造主宰の根本大神をお認めなされております。そしてその大神の御経綸を信じ、且つその御経綸に参加し給う多くの神々をも認めておられるのであります。

教祖は、教祖の信じ給う大神は大愛にましまし、吾等人類は申すに及ばず、世界のありとあらゆるもの、悉く大神の大愛より生じ、 大愛によって育ぐくまれ、 大愛によって活かされておると説き給うのであります。 してその大愛と申しますのは、吾等人間の愛の如く、偏頗で局限された愛ではなく、普遍平等の無限愛をいうのであります。従ってわが世界救世教では、大神の大愛を信じ、これを日常生活の実際に現す事が最も大切だとされています。従来一般に兎角窮屈視されてきた倫理の実践も、道徳の励行も、この根本大神の大愛を信ずることによって、自ら感謝と喜悦の心を以て履行される所に、わが救世教の一大特色があるのであります。別言しますと、わが教の信者は、教祖の説かれる神を信じ、神の大愛にひたることによって、其の言行が自然に、知らず知らずのうちに人の道にかなうようになるのであります。

なお教祖の説かれる神の大愛は決して盲目的なものではありません。ショーペンハウエルという学者は「宇宙には盲目意志がある」と説かれましたが、そんなものではないのであります。教祖は神の大愛を認め給うと共に、 叡智をもお認めなさるのであります。 神の大愛と叡智は、 盾の両面で、 不可分なものだと説かれるのであります。

(世界救世教教義解説 昭和二十六年六月一日)