〔報 告〕

奇びなり噫奇びなり願事の正しかりせば叶へますなり

私「あの頃はお前達をどういう風に斬ろうかと、随分苦心したよ。兎に角、出来る丈楽に死ねる様に斬りたい一心でね。まあお母さんの方は、その時になってわけを話して、引導を渡して念仏を唱えさしてから斬るとして、M(私の一人息子)はどうしようか。男だからお母さんと同じ流儀にやろうか、Y(私の一人娘)は女だから、わけを話すよりも、気付かせない様にやらなくてはならん。矢張りMもそうしようか。それに付いては斬る時期と、斬られる方の身体の恰好が、食事中が一番よいと思うが、一人をやれば、他は思わず、必ず悲鳴をあげて、逃げ出すだろう。そうするとそれを斬るのにこちらも焦るだろうし、焦ればどじを踏んで、刀が部屋のどこかに当るという故障も起るだろうし、そうすれば尚焦って斬りさいなまなければならんという事になろうし、というわけで、刀の使い方や部屋の状態を思い浮べたり、又或る時は、一太刀で斬り損って、お前達の首筋は固より、頭から肩一面に、柘榴の様に斬りさいなまれて、逃げ廻っているのを、お父さんが刀を提っさげて追っかけ廻しているという光景を思い浮べてみたり、いっその事、お前達の睡眠中にやろうかとも考えてもみたが、此場合も矢張り一利一害というわけでね、アッハッハ。どうだろう、お前達があの頃、気がつかない一瞬間に、ばっさりやられたり、斬りさいなまれて霊界へ行ったとしたら、今頃はどうなっているだろう、エエ」
M「そりゃお父さんを恨みますよ、だけどえらい事を考えていたんですね、ちっとも知らなかったけど、アーア、ハッハッハ」
Y「ウァー、嫌、嫌、だけど、よくもそんな事考えたものね……」

といった様な戯談の様なほんとの話が、戯談の様に交わされたのは、今は家庭天国で、一家団楽のうら楽しい夕飯の一ときでありました。 事実を言いますと私は終戦前、 六、 七月頃から、 当時手に入った銘刀を、 軍人でもないのに、外出時は腰に吊り下げ、室内に居る時も、始終身近においてあったのです。その理由というのは、戦争も段々苛烈となり、一億総決戦が呼号される状態であったのと、私は神州の不敗不滅を信じ、大和魂と、神州の象徴と考えた日本刀を持つ事と、又敵兵が墜落して来たら、衆人の前でこれを斬って、国民の士気を振作しなければならないし、又やがて、敵が進攻上陸して来るであろうから、其時は、足手纏いになる妻子は処分しなければならぬ(私の家族は、私と共に居たいと言うて、どうしても私の故郷へ行こうとは言わなかったのです)。そうして其時は、敗戦主義者の同胞をも、見せしめの為に、血まつりに上げて、戦わなければならんと考えたのでした。そうして一方柄にもない、有名な軍学者クラウゼヴィッツの『戦争論』や『孫子』を読む等したのです。

当時私の妻が子供達に言っているのを聞くと「お父さんは近頃目つきが変ってきた」というのです。変る筈でしょう。人殺しを目論んでいるのですから。然もそういう自分達を殺そうと目論んでいる人間が、すぐ側にいるのが判らないのです。寔に知らぬが仏ではない、人間という外ありません。処が幸な事には、敵兵が身近に墜落もせず、進攻上陸も見ず終戦になった為に、紙一重というところで助かったわけであります。私が何故そういう様に妻子を塵にし、同胞迄殺害しようと思う様になったかというと、全くそれ迄約十年間信仰した或る宗教の為であるのです。

それに引換え、近頃はどういう状態であるかというと、私の妻が、とりつけの酒屋へ行くと、酒屋の妻君が妻に言うには「手前共へ来るお客様で、酒飲の主人を持って困るという方々に申上げるのですよ。それなれば宮本さんという方のところへ行って、聞いていらっしゃい。宮本さん方では、以前では毎日一升乃至二升位の割合で、手前共から買っていたという程、御主人さんが酒飲だったのに、此頃は神様に御供えするのだからといって、毎月一回丈、たった二合位買いに来る位だのに、手前共の前を通る宮本さんの旦那さんを見ると、まるで朝から一杯やったように、色艶もよく、にこにこ顔であるから」と言ったそうです。又旧隣組の奥様が、次の様に人に話したという事を、話された人から妻が聞いて来たのです。「宮本さんの御主人は近頃、大金儲けをしているに違いない。何故というに、以前よりはずっとよく肥え、いつもえびす顔であるから」と。又よその奥さんが妻を冷かすそうです。「旦那さんを気をつけなさい。お宅の旦那さんはまるで見違える様に若返って、いつもにこにこ顔だから若いのを作らない様にね」と。

ところが私はというと、事実は近頃機会のあった時は、酒は盃に一杯か二杯で充分です。嘘の様なほんとの事です。又仕事の方は、本教へ入信直前潰れて終った為、金儲け仕事はやっていませんから、大金儲けどころの話ではありません。若い一件は申上げる迄もありません。然し前述の様な有様です。

去る三月或る日の、ラジオ「朝の訪問」時間に、賀川豊彦氏と山室女史との対談中に、賀川氏はこういっていました。「神を知らない人はほんとうに馬鹿だと思いますよ」と。寔に至言であると思います。然し単に神を信ずるといっても信じ方によっては、私の前の様に、一身一家の破滅はおろか、他人様迄殺害するという大罪を犯す危険に立至るわけであります。寔に怖るべしという外ありません。

之というのも、信仰は譬えれば、男が女に惚れるのと同様で、悪い女にぞっこん惚れれば、身も家も亡ぼすのみか、他人に迄迷惑を掛けるようになろうし、反対に、よい女にぞっこん惚れれば、逆の結果になるというわけと同様と言えます。之でみると、男女間でも、余程相手を選ばないと、幸福が自分の念願と逆の結果となると同様に、宗教も、信ずべき宗教を余程気をつけて選択しなければならない事になります。

以上によってみても、私の現在と、過去とを比較すると、雪と墨、天と地との相違がある事が、お判りになるであろうと思います。 この雪と墨、 天と地の相違のよって来るわけに付て、 有るが儘、 考える儘を、 皆様に御知らせする事が、決して無駄ではないと思いますから、少し詳しく申述べさせて戴きましょう。

そうするに付ては、話というものの真実性価値は、客観の量が多く且つ真実性が高い程、高いわけですから、私は私の話の真実性価値を出来る丈高める為客観事実は勿論の事、私自身に属する客観し得る過去の事実をも、必要限度に於て、出来得る限り客観として取扱おうと思います。又言い換えれば、私が、世界メシヤ教のロボットやサクラでもなく、又私の申述べる事が、作り話や紛飾ではない事を、皆様に知って戴かないと、私の話に信用がおけないのではないかと思うのです。疑わしいとお思いの方は、私の家族の知人なり、関係先なりに御確め下されば御判りになる様に、資料を明かにし度いと思います。それで、私の過去から現在迄の有りの儘を、いわば素描する為、出来る限り記憶を呼び起し、事実に誤りない様に致したいと存じます。

それで順序として、 私を破滅の紙一重迄導いた宗教と、 私との関係の発端に遡る必要を感じます。 回顧しますと、それは確か昭和九年か一〇年であったと思います。 当時私は東京丸の内の東京海上ビルディング内に事務所を持って、商工業に従事していました。

その前の事をワン・タッチ致しますと、私は明治三一年に、和歌山県那賀郡の、一農家に生れて、大正一〇年に当時の長崎高等商業学校を卒業し、卒業と同時に、丸の内の明治製糖株式会社に入社し、二カ年と数カ月間在社した後、自分の周囲の人々の殆んどの反対や、忠告や、冷笑の裏に会社を退いて、殆んどから手で商売を始めた次第です。 から手というのは、 人を突いたり倒したりする唐手術ではありません。 又ぶらぶら遊んでいるという懐ろ手でもありません。徒手空拳の事であります。ハッハッハ。それからずっと仕事をして、その頃東京海上ビル内に職場があったというわけであります。

処で私は、生家は真言宗であり、又それ迄は禅宗や真宗やキリスト教にも首を突っ込んで来てい乍ら、之等以外の宗教に凝り出したかという事情を申述べますと、先ず背景ともいうべき、当時の社会情勢はどうかというと、所謂ドル買事件や、血盟団事件等があり、一方極左思想もあり、当時としては非常に混乱していたといえます。そして血盟団の井上日召氏が四〇を越した年齢で、妻子もあり乍ら、社会改革に一身を挺したのを見て、大いに感じさせられたのです。私はそれ迄も時折り、人間の職業というものは、生活の方便であろうと考えた様に思いますが、その時ははっきりと、職業は生活の方便、目的は人生の意義即ち社会改革であらねばならぬと考えたのです。

そうして当時又思う事には、自分は実業方面では未だ駈け出しであって、他の老大家連の比ではないが、書物でよんだ左記の話を考えたのです。その話というのは、昔大阪船場の或る豪商の主人が、若い時からの苦労の甲斐あって、大阪でも指折りの富豪となって思うようは、仕事の方はもう之で仕上ったから、之から人任せにしてもう構う必要はないから、之から自分は大いに修養に取掛ろうと考え、当時京都大徳寺の一休禅師の許へ行き、そのわけを話し、どうか禅師の御許で修養させて下さいと御願し、聞入れられて寺へおいて貰ったのです。そうして翌朝禅師の前へ罷り出で、「今日から宜敷く御願申上げます。何をさせて戴きますか」と聞くと、禅師は「連日雨降りで、木の葉が流れて来て、軒下の小溝が詰ると困るから、詰らない樣に、流れて来る木の葉を取り除けなさい」といわれ、一日中つきっきりで、之が修養だと思って、熱心に木の葉を取り除けました。翌朝又禅師の前へ出で「本日は何を致しますか」と御伺いすると、昨日の通りやりなさい と言われ、 一日中又そう致しました。 三日目もその通り、 四日目もという様に、相も変らず同じ事をやらせられるので、其豪商は余りの事に考え、思う様は、自分は之でも大阪指折りの富豪であり、又よい年配でもある。それにも拘らず、小僧か何かの様に、毎日毎日木の葉拾いばかりやらされて、有難い御法話の一つ聞かせて呉れるでもない。禅師様も余りといえば余りであると考え、禅師様に対し「木の葉拾いの仕事はもう会得しましたから、次の段階として、何か有難い御法話でも御願申上げ度い」旨を申述べると、一休禅師は開口一番、簡単に「修養というものは木の葉拾いの様なものですよ」と答えられたという話を考えて、よい事というものは、仕事を完成してからではなく、仕事と併行して行わなければならぬと考えたわけです。

それから社会改革は、どうしても精神方面から行かなくてはならぬと考え、精神方面といえばどうしても神様という事になり、神様といえば天照皇大神というのが私の考え方だったのです。それで日本精神何とか会という会を作り、私の事務所へ神棚を拵え、神職を招聘して正式に御祭りした次第です。当時の社会情勢は、神棚に向って、手を合せるなんぞという事は蔑視される様な時代であり、それに場所柄でもあり、人々は異様の眼で見るという右様でした。

そうして、当時神宮奉斎会長であり、神道界の大先生と見られていた今泉定助氏や、国学の先生方の御出を願って、丸の内八重州講堂で発会講演会を開いて発足した次第です。そして思想問題に付ては、当時東京地方裁判所検事局の思想方面担当といわれた、次席検事の平田勲氏にも、私の事務所で催された会合にも来て戴いた次第です。私の当時の神様に対する智識は、神様と言えば言わずと知れた天照皇大神、天照皇大神と言えば天皇陛下の御先祖という位の智識しかなかったのと、他方此部門を担当さした人が、神様の事が詳しそうなので、神様の御祭りの事は一切其人に任せきりでしたのです。処がずっと後に判った事ですが、御祭りしたのが天照皇大神とばかり思っていたが、神直日、大直日二柱の神様であったという事が判ったので、天照皇大神に祭りかえたわけです。

そうしてやって行くうちに、祭神担当者が資金捻出方法を持って来たり色々な人が出入りして、私もいつしか得意にもなり、知らぬ間に物欲、名誉欲とも道連れとなり、 今からいうと、 段々黒くなっていった次第で、 仕事も身が入らず、 とどの詰りは無理を重ねて、終いには手形で高利割引の借金方法を教わり、そうなると便利になり、手形の書替え、書替えで、負債額が段々雪だるまの様に殖え、毎日夜遅く迄事務所に残って金策をして守衛を困らせ、正月休みどころの騒ぎではなくなり、冬だというのに脇の下から冷汗をたらたら流すという有様で、その後相当長年月間、どこのビルディングでも、夜遅く迄灯が明るいのをみると、金の苦面をしているのだろうと錯覚するという位に、金策に苦しみ、遂には専門の高利貸から借りる様になり、とうとう行きつくべき所へ行きつくに至った為、海上ビルを出て経費を節減し、建直しをしようと決心し其頃はもう支払の滞っていた室料を、支払えないまま、海上ビルを出て、三菱の仲五号館へと移転した次第でした。そして当時の海上ビルの藤岡館長さんから「室料を滞らせて出るのは、海上ビル開始以来宮本さんだけですよ。普通なら、会社の顧問弁護士の、近藤民雄氏に頼んで手続をして貰うんだが」といって笑われるというエピソード迄残した次第であります。

此様に事志と違ったので、反省すると、途中からは出発当時の自分の精神が汚れて来たから失敗するのが当り前であるが、自分は大した人間ではないと思い失望を禁じ得ませんでした。此所に一言挿入して私の思想の動向と行動の変動に付て摘記する必要を感じます。

私が初めて人生というものを考え出したのは大正九年、私の人生の的であった私の母が流感で急死した事に因ります。之が私の人生への眼覚めともいうべきものであります。之が私をして哲学へ首を突っ込ませたり、多くの宗教へ走らしめたり、又処生観の根底をなして行ったものであります。そして又酒にも親しんでいったのであります。

一口に言いますと、私の生家は、私の知っている祖父及父共少しは界隈で聞えた信心家でもあり、善行家で人からも喜ばれていましたから、私の一身一家にとり、最大の不幸ともいうべき、私の母の死が起った事に不合理と不可解を感じたのであります。そして私は茫然自失、生きる望さえ失う位で、当時川面を見れば母の面影が浮び、月を見れば母の面影が宿るかに思われるという有様で、一そうの事学校なんかやめて、当時割合幼稚であった飛行機乗りになって、冒険生活に入ろうかとさえ思ったのでありましたが、家庭の事情を考えるとそういう事は出来ませんでした。

そして前記の様に日本精神運動に失敗し、自分も大した人間でなさそうに思えたので、少し後年になって、自分も実業に従事するからには、せめて渋沢栄一氏を目標にしたいと考え、同氏は論語一点張りであったが、私は孟子の方が好きであるから、孟子等を読み、之等を出来る丈実行したのです。そうすると私の会社の方は、社員は殆んど長続きせず、遂には社員の出入が余り激しいので、周囲の評判になるという位で、友人も心配して呉れるという有様でした。

又一方終戦直後には、私の幼時から起居を共にし、実兄弟の様に暮してきた、いわば兄とも、一面では師ともいうべき、従兄との仲は、人生五〇に垂んとして、遂に急に離反するという事態に立至りました。そして会社の方は一昨年一部社員の背反が機縁となり、一挙潰れたわけであります。そうして会社破綻当時私に致命的暗黒感を与えたものは、 事志しと違ったという、 人生の意義の喪失でありました。

それから話は前に戻って、海上ビルを出てからもずっと会社へ神棚を祭りつづけ、終戦に及んだわけです。そして此皇道神道の、 天皇を現人神とする教にはどうしても納得出来なかったのですが、 戦争が苛烈となり、 特攻隊も出る様になるにつれて、神州不敗不滅の信仰と共に、天皇現人神を信ずる様になった次第です。そうして初め申述べた様に、紙一重という処迄行った次第であります。

今でも思い出すのは、終戦の八月一六日であったと思うが、二重橋前に行ってみると、二、三十人の人が土下座して天皇を遥拝し、四、五名位は砂利の上に座して、腹を切って突っ伏しているのもあり、腹を切ったばかりでまだ死に切れずに呻いているのもあり、橋の袂に立っている皇宮警手は、茫然として之を眺めているという、陰惨といおうか、凄惨といおうか、言うに言われぬ光景でありました。私も亦土下座して、砂上に両手を突いて、遥に当時現人神天皇を拝し、又当時臣の微力を御詫びした次第でありました。然し其時はもう死のうという気は起りませんでした。

それからずっと仕事を継続して一昨年になり、其間波瀾があったとはいえ、二七年来続けて来た私の仕事が、私としては青天の霹靂の様に突如として潰れたのであります。譬えてみますと、恰度路を歩いていて、気の付かない足許の井戸へ落っこちて仕事が死んで終ったというわけであります。それで当時、私は足許の井戸に気がつかないで落っこちた自分の愚かさと、落っこちるのみか、仕事が死んで終うという最悪事態と、然も其路が二七年来通り慣れた路であったのと、然も周囲同業をみると、私一人丈が井戸に落ちて死んで終ったという始末に対し、自分乍ら何が何だかさっぱりわけが判らない心持で、前述の事情でもあり、自分自身に自信を失うのみか、世の中も判らなくなり、五〇の声を聞いた自分の年齢を考えると、 辺り一面真っ暗という状態になりました。

そういう状態の処へ、 親戚の人から本教を薦められ、それ迄は新聞で脱税記事の様なものを見ていたから、他の戦後宗教と同列に考え、よくても戦後に出来た雨後の筍の様な低俗宗教にしか思っていなかったのですが、聞いてみるとよい様であり、何よりも亦助かり度さに、一昨年一一月夫婦で入信し、昨年は子女全部入信し、一家揃って家庭天国で、人様からも羨まれるという状態であります。

そうして救い上げられた現在から、仕事も相当やっていたと思っていた失敗前を考えてみますと、当時は平坦な普通の道路であり、其中でも自分の歩いている道路は、比較的結構な道路であると思っていたのが、地獄として映ずるのであります。私の妻も永年心臓と高血圧で、医者に見放されていた状態だったのが、本教の御蔭で今はびんびんしています。一家族医者に用なし丈でも費用がかからぬ上に、第一どれ丈安心感があって有難いか量り知れません。

長男も嘗て東京帝大の呉内科で肺浸潤と診断され、学業が殆んど身が入らない様になっていたのですが、御蔭を戴き今は全く健康体となり、現在早稲田大学三年生ですが、衷心から本教を信仰しています。そうして長男が申しますには、何故こういう有難い宗教が、早くから世の中に広く知られなかったのだろうと言うのです。

というわけは私の長男の様な年配の者は、第一理屈が合わなければ承知しないのが普通ですが、メシヤ教は教義と実際がびったり合うのですから、小学校さえ卒業していれば誰でも判る様な簡単な理屈である教義が判り、そうして御蔭である現当利益の事実を認識しさえすれば、誰でも信じないわけにはゆかなくなるからなのです。そうして理屈である教義を念頭におかない人は、教義にお構いなしに、お蔭丈を戴ける事は勿論です。

何よりもほんとうとも思えない程驚くべく、又物の本にも見ず、世界中どこにもみられない、御蔭の戴き方の一例を病気の場合にとってみれば、病気を治して戴き度い人が、本教を信じないでも、有難いなんぞという自分の心を毛頭起さないでも、又更に可笑しい事をするものだと不審しても、二、三尺の距離を距てた所から、本教信者から単に手を翳される丈で、指一本触れないで、例えば急性盲腸炎が三〇分か四〇分位で治るのが事実であるから、之には、信じない初めての人も唯参って終う他ないのです。

そうして今一つ驚くべき事は本教が一旦治ったとなれば、根治する事であって、再発等の憂は全くなく、旧の身体となるから、何をしても宜敷いのです。例えば今日肺炎で四〇度以上の熱のある病人でも、一夜で治ったとなれば、明日は普通人と変らぬという式であり、予後の養生も所謂ぶり返しの心配も全然ないのです。何故であるかというと、根治しているからです。根治すれば旧の身体であるから、予後の養生も心配も要らないのは、当然すぎる程の当然であります。そして此根本治療こそ、他に絶対に類例を見ない、本教の名実兼備の一枚看板ともいうべきものであります。

そういうわけで、メシヤ教信者には青年男女が多いわけであり、又今一つの理由は、宗教臭くないのみか、宗教離れしているのが、青年が魅せられるわけであると思います。何しろ学校の物理化学の様に難しいのではなく、簡単な理屈が、物理化学の様に、実際と一致するのであるから、青年でなくとも参らざるを得ないわけであって、其上所謂宗教的戒律があったり、長い時間拝んだりする必要があるわけではなし、そして御蔭はといえば、医者で見放された病気例えば結核でも、心臓弁膜症でも、胃下垂でも、胃潰瘍でも、脳病でも、奇病でも、盲目でも、聾でも其他何でも嘘の様に根治する実例が枚挙に暇ないのですから、医者へ行って高い金を払って心配をし、何時治るとも判らず、たとえ治ったとて、再発、再々発は殆んどざらという様な事になったり、痛い目をする必要もなく、上述の場合と比べて、いとも簡単に治るのですから、医者へ行くのが目的でなく、病を癒し度い人は、疑いつつもメシヤ教へ来る事となり、来れば実際病気が不思議に治るから、治ってみれば初めは疑っていた人も、全く感謝平伏して終い、メシヤ教様々という事になるのは、至極当り前であり、この通り自分が事実治ってみると、誰が何と言おうと、只有難さに人に薦めるという事になり、薦められた人も亦同様救われるという具合に、段々と、事実から事実へと、級数的に拡まってゆくという事になるのは至極当然の事であります。

昨年来新聞等で大分叩かれたから、なんぼメシヤ教でも、信者が減ってゆくのではないかと、はたからは思うかもしれませんが、事実は其当座こそ、増加の趨勢が少し落ちたそうであるけれども、又直ぐにぐんぐんと信者が殖えて来て、以前迄の熱海清水町の参拝所が、狭く感じられる様になって、昨年末現在の参拝所へ移ったばかりであるのに、此方も亦狭く感じられる様になり、自分の気が済む様に参拝しようとするには、随分朝早く行かなければ、座席の具合が悪くなるという、現在の有様からみても、本教団が言う、信者が顕著に増加していっているという、事実を証明しているわけであって、之は今も言う通り、病気にでも、其他色々の不幸にでも、嘘の様な事実の御蔭が、厳然と顕著に沢山あるから、普通の人間なら、誰でも有難がるのは当り前であってみれば、信者がぐんぐん殖えるのは、不思議でもなんでもない、至極当り前という外ありません。

若し嘘と思ったら、メシヤ教の新聞をみると、金肥人肥を全然やらないで、米を始め総ての農作物の収量や質が、従来と比較にならぬ程よい成績を挙げている自然農法の御蔭話とか、牛や馬迄助かったとか、高圧線に触れても何ともなかったとか、非常に高い所から落ちて殆んど怪我をしなかったとか、家族の仲や、他人との間が不仲であったのが、いつの間にか打って変った様によい仲になったとか、色々の不幸が、奇蹟的に幸福に転換したなどという、全く信じられない樣な、ほんとうの、御蔭話が数え切れない程載って居り、又之等に載っているのは、御蔭話の全体の中の、ほんの一部であって、数え切れない感謝報告が本部に沢山来ていて、之等御蔭報告全部に、一々御蔭を戴いた人々の住所姓名が、当人の手で書かれてあるから、実地を調べてみれば、嘘かほんとか直ぐ判るわけです。こういうわけで私の一人娘も、目下日本女子大の一年生ですが、有難がって熱心に信仰しています。

こういう具合で、一家中揃って、生れ変った様に有難がって信仰している有様であって、それもやみくもに、お題目の様なものを唱えて、有難がっているわけではなく、有難がるわけが厳然として実在するから、有難がっている次第であり、本教を迷信邪教視したり、宗教臭紛々たる所謂宗教視する、いわば食わず嫌いの人達が、ほんとうに御気の毒でならないのです。

こういうわけで邪信滅亡の紙一重から、仕事の失敗の御蔭で、一家ごっそりメシヤ教に救い上げられ、今は家庭天国の状態で、邪信当時の事がまるで、笑い話になっている始末です。二七年来努力して来た仕事がふいになっても、メシヤ教に救われた方が、言葉に言い尽せぬ御蔭を戴かれたから、どれ丈有難いか量り知れないのであるによって、之にみても、メシヤ教というのは、只の宗教ではなく、どんなに大きな「救いの御力」であるかが、御判りになるであろうと思います。

それで以前の私でありますと、有難がって一ぺんに、熱狂して終うという処ですが、本教の信者になってみると、その様にはゆかないのです。何故であるかと言いますと、本教のバイブルとも経典とも言うべき『信仰雑話』という御神書の「常識」というところに、左の通り示されているのです。

抑々、真の信仰とは言語行動が常識に外れない事を主眼としなければならない。世間よくある神憑式や、奇怪な言説、奇矯なる行動等を標榜する信仰は先ず警戒を要すべきである。処が多くの人はそういう信仰を反って有難く思う傾向があるが、之等は霊的知識の無い為で無理もないが、心すべきである。又自己の団体以外の人々と親しめないというような独善的信仰も不可である。真の信仰とは世界人類を救うのが宗教の使命と信じ、自己の集団のみにこだわらず、排他的行動をとらないようにするのが本当である。恰度一国の利益のみを考え他国の利益を無視する結果、惨澹たる敗戦の苦杯を甞める事になった終戦前の日本を鑑みれば判るであろう。

私は信仰の究極の目的は、完全なる人間を作る事であるとも思う。勿論世の中に完全という事は望み得べくもないが、少くとも完全に一歩一歩近づかんとする修養-之が正しい信仰的態度である。故に信仰に徹すれば徹する程、平々凡々たる普通人の如くに見えなくてはならない。そうなるのは信仰を咀嚼し、消化して了ったからである。その人の言動が如何にも常識的であり、万人に好感を与え、何を信仰しているか判らない位にならなければ本当ではない。人に接するや軟かき春風に吹かれる如くで、謙譲に富み親切であり、他人の幸福と社会福祉の増進を冀うようでなくてはならない。私は常に言う事であるが、先ず自己が幸福者たらんとするには他人を幸福にする事で、それによって与えらるる神の賜が真の幸福である。然るに自己のみの幸福を欲し他人を犠牲にするというが如きは全く逆効果以外の何物でもない事を知るべきである。

又同じ御神書中の「正しき信仰」というところの一部に

入信の場合何よりも先ず大いに疑ってみる事である。決して先入観念に捉われてはならない。何程疑って疑り抜いても欠点を見出だせない信仰であれば、それこそ信ずる外はないであろう。然るに世の中には最初から「信ずれば御利益がある」という宗教があるが、之は大いに誤っている。何となれば些かの御利益も認めない中から信ずるという事は、己を偽わらなければならない。故に最初はただ触れてみる、研究してみるという程度で注意深く観察し、出来るだけ疑うのである。そうして教義も信仰理論も合理的で非の打処がないばかりか、神仏の御加護は歴然として日々奇蹟がある程のものであれば先ず立派な宗教として入信すべき価値がある。

以上によって本教教理の一端を窺い知るに足るであろうと思います。私も早くからこういう教理を知って居ったならば、人殺しや、自分達の破滅の紙一重というところ迄ゆかないで済んだであろうと思います。そして他の宗教の事を云々するのは御諭しによって戒められていますが、 広く世間の人々に対して、 前車の覆轍は後車の戒めという意味で、本教教主の御許しを御願出来るであろうと信ずるし、又霊界や現界に居られる関係者の方々も、同様の意味で御諒解下さると思いますから、有体に申述べますと、前述の皇道神道には、戦争当時は指導階級以下、殆んどといっていい程信仰したり又せしめられたのは、周知であってみれば、一見全く不可解の様にもありますが、よく考えてみれば、本教に説かれている「正しき信仰」や「常識」という事に全然無智であったという外ありません。何よりの証拠は、敢えて私の場合のみに限らず、之等の指導階級の多くの人々が、自身は戦犯に問われ、寔に悲惨御気の毒な状態に立至ったのみならず、国民をして惨澹たる敗戦の苦杯を嘗めさせたのにみて明白であります。之に依ってみても、本教教理は実に、燦として旭日の光彩を、放っているものと言わずして、何でありましょうや。

以上の通りの本教教義であるによって、私の一家の様に、言葉に言いつくせぬ御蔭を戴いているにしても、熱狂して御示しに反すると、信者ではなくなる事になり、そうすると今の状態と比較して、地獄ともいうべき以前の状態に、戻らなければならないから、そうなる事は断じて厭ですから、いくら有難くとも狂信出来ないわけであります。

以上申述べたわけで、私は機会ある毎に、人様に本教の事を御話して、救われたければ本教へいらっしゃれば宜敷しいと言って、御薦めしている次第です。死ぬるのも生きるのも、しあわせになるのもふしあわせになるのも、みんなめいめいの自由であって、はたからどうもこうもするわけにはゆかないからであります。

私は茲に学者や所謂インテリや、特に又哲学者の方々に、御伺い申上度いのです。現当利益のある宗教は、低級宗教であるとか、或は安心立命したければ宗教の方へ行きなさい、哲学というものは、真理を探求するのが目的であって人間の幸福とは縁遠いものであり、又大層難しいものであるという、一般的な哲学対宗教観は、御止めになるのが至当であるとは、御考えになりませんかと。何故であるかと言いますと、一体全体命が助かったり、幸せになったりする以外、どこに人生の希求する、窮極目的がありますか。私共人間の常識では、幸福を求める其事が、人間自然の本能であると思っているのです。幸福と縁遠くなったり、困難や苦労するのが目的なら、何も哲学を選ばないでも、早い話が木の枝へでも、逆さにぶら下っていれば苦しいから、簡単容易迅速に、困難苦労をするという、目的を達するわけではありますまいか。

私は又科学者の方々に申上げ度いのです。本教が現わす諸々の奇蹟や現当利益が現代科学で解明出来ないから、本教を信じられないといわれますが、要は「事実」が「真」か、「理論」が「真」か何れかという事であります。人間の常識は「論」より「証拠」であります。又理論は事後の説明である事と、実在と認識の先後観念は、形而上及形而下学共通の合理であり、道理である事であります。「事実」を真と見ないで科学が成立するかどうか、又一体世の中が存在するかどうか御伺い申上げ度いのです。更に言えば左記の話は史実にあります。即ち徳川幕末の時代に平賀源内という人が、現在のものと比較すれば幼稚極るものであったであろう電気機械を弄った故を以って、当時の幕府の役人から、キリシタン・バテレンの妖術魔法使いとして、牢屋へ抛り込まれた事実であります。幕府役人のチョン髷頭が、現代科学の敵でなかった事は、現在の事実が何より証明しています。現代科学が神科学の敵であり得ない事は、人間と神、人智と神智、人為力と自然力を認識するものの直観であって、恰度チョン髷頭が現代科学の敵でなかった事と同一と言えるのであります。更に、現代科学が神科学に対しチョン髷化しつつある証拠と言えば、実験物理学に於ては中間子以上に於て、既に障壁に突き当っている事と、現代科学者の最高峯ともいうべき、アインシュタインが、科学の上はどうしても神の世界に入らざるを得ないと言うている、二つの事実を挙げれば足りるのであります。再び賀川豊彦氏の言葉を引用します。「神を知らない人は、ほんとうに馬鹿だと思いますよ」と。正に現代科学者に対する頂門の一針であると言えましょう。

私は又、道徳家、倫理学者に御伺い申上げ度いのです。一体全体「苦」とは如何なる事でありますかと。人の命を助けたり、病気を治したり、貧乏や争から現実に人を救いつつある実績を、厳然として顕著に又枚挙に暇ない多数の事実によって証明しつつある本教の在り方が、果して「善」なりや又「悪」なりやです。白なりや黒なりやです。プラスなりやマイナスなりやです。私は張耳披目して御答えを待つものであります。

私は又、芸術家、美学者に御尋ねしたのです。鼻欠け人間が美なりや否やをです。そして更に、何故に之を表現したるロダンの鼻欠け人間像が、 美を表現する芸術品であるかをです。 換言すれば、 醜悪なる鼻欠け人間の、 空間移転による表現である鼻欠け像が、何故美の表現である芸術品と化するやであります。何故であるかと言えば汚物は如何に美麗なる器に載せると雖も、汚物は相も変らぬ汚物であって、快美感を伴わないからであります。又文芸作品に付て言えば、例えば過去の不幸不快感に付て、之を再現する事を目的とする過去のそれらに対する回想が、その儘過去の不快不幸感を再現すべき理ではないかという事、 又之を文字の上に再現する文芸作品が、 その儘過去の不快不幸感を再現すべき理ではないかという事であります。換言すれば、時間距離や、文字による表現方式により、表現せらるべき目的本体の本質に何等変化なかるべき事は、恰度山は百里を距てて見るも登山して見るも山たるに変りがないという事、又空間距離が時間距離と距離たるに於て何等変りないという事であります。又表現形式即ち美術工芸品であると、文芸作品であるとを問わず、表現さるべき目的本体の本質に何等変化なかるべきであるという事であります。試みに借問します。ロダンの鼻欠け像を見て、美術品たる事を承認するに、奇異、不可解を感じませんか。漱石の『草枕』を読んで現実遊離の空疎感が致しませんかと。

更にいえば、然らば何故に不幸不快の体験の回想が、追憶の愉悦感となり、又不幸不快の事実の表現の文芸作品が、読者をして愉悦感を感ぜしむる事実は如何なる理由に依るやというに、之等は本教信者となって、御光を戴かない限り、絶対に解し得ない事は厳然たる事実であり、道理であります。何によってであるかといえば本教信者以外、ロダンの鼻欠像が、又ロダンの芸術観たる、「地上のものすべて美しからざるものなし」という事が、合理判断によって全く黒、マイナスと断ずる者を見ないによってでもあります。

換言すればメシヤ教信者以外の世界人類の美観全体白黒完全錯倒であります。例えれば世界人類の総逆立ちであります。

而して美に対すると同様に、全世界人類が、真に対し、善に対し、総逆立ち観である事が事実に基いていい得るのであります。そして之等も、メシヤ教信者でなければ判らないのであります。讃美歌ともいうべき本教御讃歌に左の通りあります。

正神の鏡によらで如何にして百の逆事解らざらめや

人間が逆立ちをすれば、どういう結果を惹起するかを、考えてみれば、自己主観と客観事実との間の矛盾、喰違い感と実害とである事は、逆立を体験する事によって明かであります。全世界人類が、真善美の観方に総逆立ちすれば、人類の考え方と、 客観事実との間に、 矛盾、 喰違いと、 弊害を生ずる事は、 人体の逆立からみて明かであります。

右の矛盾喰違いの例を挙げれば左の通りであります。即ちロダンの鼻欠人像が芸術品であるとして通用しているが、之を観た感じと、例えば女神ミネルヴァの像を見た感じとは違って、何だか解せない変な気がするという事、又メシヤ教は、 人の命が助かったり、 諸々の現当利益や奇蹟の存在する事は、 認めないわけにはいかないが、 現代科学では判らない。思うに戦後宗教はおしなべて低俗かインチキであるとか、新聞雑誌がメシヤ教をインチキ邪教と書き立てているからとか、 メシヤ教はインチキ邪教だろう、否、そうであると考える事であります。

ところが事実はどうでありましょうか。鼻欠け人は美人でしょうか。一体全体検事の言う事が間違っていないと断言出来ますか。有罪として起訴されても裁判の結果無罪となる実例はざらであり、況や、メシヤ教が昨年起訴されたのは、 インチキ邪教であるか、 どうかを決定するに全然無関係である処の、 教団の運営事項関係であるに於てをやであります。又新聞報道記事が皆間違いない事は事実でしょうか。新聞の報道記事の誤報や、捏造や、紛色や、誇大に迷惑なされる事実はありませんか。又戦後に有名に生れて来たから、インチキ邪教というならば、そういう見方は十把一からげというもので、かのキリスト教も生れた時は並大抵のインチキ扱どころか、磔刑になる程のインチキ邪教視されたではありませんか。人間の常識によって自ら白黒は判然とするでありましょう。

人類が真善美を追求する事を肯定する限り、之等に対する総逆立ち観が、総真正観に、完全に是正せられぬ限り、人間の逆立状態が人間に惹起すると同一の害悪が人類社会に惹起される事は、恰度火は燃え、水は流れると同一の理の当然であります。そして此真正に立直しを行いつつあるのが本教であります。厳然たる事実である処の、芸術尊貴の教義と実践、治病実績、自然農法実績、其他諸々の現当利益、奇蹟が何よりも之を雄弁に物語っているのであります。本教の御讃歌に左の通りあります。
三千世界立直さむと畏くも千手観音と現れましにける

長き世の罪過ちをねもごろに論す世尊の恵み尊し

私は次に、本教をインチキ邪教なりと報道する、ジャーナリズム関係の方々に申上げ度いのであります。あなた方は本教を実地に立入って調べもしないで又調べるにしても、頭からインチキ宗教と先入したり、予断したりしてから調べても、他の総ての事物に於けると同様に、真相が掴めよう筈がないというのが常識であります。そして事物に対する判断は第一、事物全体に対して下さるべき事は、敢て群盲象を撫するという有名な寓話を挙げる迄もないのであります。現世界にある限り、全然汚点欠点のない事物は皆無であるとみるのも之亦常識であります。若しそうでないとするならば明示されたいのであります。要はその汚点欠点の質量の認定如何に拘るわけであり、而して之が認定に付ては人類社会公共の幸寧福祉の観点からみて、客観妥当性が、厳正に要請せられねばならない事、之亦申す迄もありません。主観を以って之を扱う事は秦の始皇帝、ネロ、ヒットラー、東条と全く其軌を一にする悪行たる事は申す迄もありません。 そして故意に曲筆する事の悪行たるは勿論、 認識の誤謬、 錯誤等より結果する、 本教に対する白を黒と見る報道は、結果に於て、完全なる悪行である事も自明であります。

更に黙止し難い点を挙示します。医療に見放された多数の人命が、本教によって救われつつある実例が、枚挙に遑なき程多数あるにも拘らず、あなた方が本教を、白を黒として報道する事は、其報道の為に本教を誤解し、本教の救を求めない為に、医療に絶望の儘、死んで終う人が多数ある事は当然であってみれば、この結果によって考えれば、そういう報道を行うあなた方が、法律上ではないが、実質上の多数殺人を行うものであるという事であります。自分がよい事とばかり信じて行って、巣鴨刑場の露と消えたのも御気の毒ではあるが、あなた方が今いうやり方をやると、末恐るべしと思うのであります。何故であるかと言えば、善因善果、悪因悪果の因果率は、宇宙の公理であるからであります。因果なぞというと、宗教信者の戯言位として笑うかも知れませんが、科学と雖も、原因と結果、即ち因果の理法を外にしては、絶対に存在しない事は事実であるからであります。そういう報道を行う人々に対し、そういう人々の為に、そういう事のない様に、冷静に反省せられん事を衷心より切望するものであります。又報道機関が、現代文化社会に持つ地位と職責と、又之に従事せられつつある人々の人格の尊厳の点からみてもであります。

只一言弁じ度思うのは、邪悪インチキに対し、正義の剣を振おうというのであれば、その心情に対し、多大の敬意を表するものであります。何故であるかといえば、本教の教主こそ、正しく、破邪顕正の権化であるが故であります。その閲歴、教義、及び実行が、何よりも之を雄弁に物語っているのであります。以上の通りであるによって、あなた方が本教を白黒判別する上に於て、事実と認識が黒白逆倒しない様に、呉々も用心肝要と思うのであります。そうでないと、前述の通りであります。希くば、社会福祉の為、虚心坦懐、本教を調査せられんとすれば、教団も亦、欣然門戸を開放し、資料を御希望の儘に提供するであろう事も、ガラス張りの教義に照してみて明かであります。所謂探訪の苦心もなく、報道の正確迅速を期せられる上に於て、此一石二鳥の妙法に出でられん事を、社会福祉とあなた方の為に切望する次第であります。全体ではない、一部の瞥見は、群盲象を撫すると同一の誤りである事は明白であります。

私は次に、裁判関係の方々に申上げ度いのであります。前記ジャーナリズム関係の方々に申上げたのと、内容趣旨は全く同一であります。更に其上に付加致したい事は、イエスを審いて十字架にやった人達と、ガリレオを獄に投じた人達を想起されん事だけであります。「一人の無辜を罰するよりは、一〇人の罪人を許せ」という箴言は、法律素人である私の、申上ぐべき事でないと思うのであります。

最後に於て私は、吉田内閣総理大臣に申上げたいのであります。上来申述べたる処によってみて、本教に対する白を黒とする報道や処遇が、人道の上に、又国利民福の上に、如何に大マイナスであるかを認識し、之に対して善処すべき最高責務が、一にかかって、国政担当の首班たる、あなたの双肩にある事は何人と雖も、疑う事は出来ないと思うのであります。従って、同時に又迅速確実に、其責務を完遂すべき善政を行うべき事を要請して已まないものであります。

更に言えば、本教が白を黒であると報道せられたり、又検事が世間に対して白を黒と言ったりした為に、世人が本教を、白を黒と誤解し、ために、本教によって折角助かるべき多くの生命が助からなかったり、其他本教の諸々の救済が得られなかったという事や、幾千万の本教信徒たる人間が、現実に医者に見放された生命を助けられたりなどして、生き神様と拝み奉る、苟も一宗の教祖であり、一面又七〇歳に垂んとする老人でもある本教教主を、宗教教義に全然無関係事項の容疑取調べの為に、十数人の警官を以って、その寝込みを襲うて逮捕し、六十余日間に亘って監禁するのみか、其間殆んど連日に亘り、文明社会にあるまじき不法残虐にして、その有様を聞く衆人をして、之が世の中にある事かと疑わしめる程、全く戦慄を禁ぜざらしむる方法を以って、取調べをなすという事の、不法にして、暴虐というべき大悪政を完全に是正する為に、速に確実なる善政方法を樹立実行すべき事を要請して已まないものであります。

又更に言えば、本教を、白を黒と報道したり、又、自己が有する公益保持の権限外に、不法、不当、不忠実、乱暴に、逆に侵犯して、世人に対して、白を黒というて、世人をして、白を黒と誤解せしめたる上述の行為の為に、助かるべき生命が助からないで死んでいった多数国民の生命に対し、又其他諸々の本教の救済を得られなかった多数の国民に対し、国政の最高責任者としての責任を、如何に感ぜられ、如何に処置されるや御伺い申上げ度いのであります。

若しも、日本政治の最高責任者であるあなたが、上記の事柄に対して、風馬牛であるとするならば、何人と雖も、世の中が、日本が、全く暗黒であって、人間社会という事が出来ないと思うのであります。

又日本政治の最高責任者が、道徳上の多数殺人や、国民の基本人権に対する暴虐蹂躙という人道問題や、国利民福問題に対して風馬牛であっては、内は国民に対し、外は諸外国に対しても、其良心の有無を疑われる事は当然であります。

私は、幾十万のメシヤ教全信徒と共に、人道と国利民福の為に、刮目して、あなたの良心の発露を見まもろうと思うのであります。何故かと言えば、如何に内政外交を云々しても、此一事に盲目であったり、不実行であったりしては恰度、多数殺人や傷害を行いつつ、家業を云々するに等しいからであります。

以上、縷々申述べた所以のものは、日本人が、全世界の人類が、メシヤの御光に救われる事を切願する故に外ならないのであります。

こうして、日数を重ねて書いてくるうちにも、幾度か、溢れてくる涙と、こみ上げてくる鳴咽号泣をどうする事も出来ず、時には夜分臥床中、時には昼間私の号泣の声に、家族を驚かせたのであります。そうして、現在の私はというと、御光によって、真実と道理が判らせて戴き、御光の前に、平伏して、ただ鳴咽号泣している姿を御想像下されば、御判りになるだろうと思うのであります。之が、且つては、自分の一身は固より、妻子と同胞をも殺害せんとした、私の現在の有りの儘の姿なのであります。そして又家庭天国の姿なのであります。

日本の皆さん、
全世界の皆さん、
救われよかし、
メシヤの御光に。
噫。
明主なる哉。
大神の栄光なる哉。

(一信者の告白 昭和二十六年六月十五日)