心霊現象叢談 幽霊の話(一)

幽霊の話(一)

編集部

幽霊の正体見たり枯尾花と言う句は、古来我国の人口に広く膾炙されております。而しその反面幽霊に関する伝説も決して少くはありません。そは兎も角欧米では已に心霊現象の実験によって、幽霊との対面や対話が出来るばかりでなく、幽霊と握手もし、幽霊の指紋までとることに成功したのであります。

我国に於ける幽霊の開祖は明瞭ではありませんが、外国では、今より一〇〇年計り前、即ち西暦一八四八年米国ニューヨーク州の一寒村、ハイズヴィルのフォックス家に起った幽霊事件が最も有名で、而もこれが欧米に於ける心霊研究の端緒となって遂に今日の進歩発達を見るに至ったのであります。

欧米に於きましては、現在大学に心霊講座を設けてあるものが非常に多く、また独立の心霊大学も少くないようであります。加え有名な科学者や心理学者を始め、幾多知名の人々の中から心霊研究の権威者が続出し、心霊現象の実験も厳密なる科学的正確さをもって実行さるるようになり、その結果の公表されたものも極めて多く、且つ一般心霊の著書も続々刊行されておるのであります。

我国では、欧米のそれに較べて寔に恥しい程遅れておるのでありますが、それでも近頃は大分心霊研究に関心を寄せる者が現れ、智識階級の研究者も漸次増加の傾向にあり、科学者でも研究を始めた人が屡々見受けられるようになり心霊現象の実験も余程進歩して参りました。

要之、今日までの研究の結果各自は、肉体の外に幽体、霊体、 本体を具えておると考えられ、 また吾等の住む現実世界の外に、幽界、霊界、神界があり、肉体の亡びた人間は、いったん幽界の最下層部たる冥府に入って、それから向上するにつれて幽界の上層部に移り、漸次浄化し向上するものは霊界に入り遂に神界にまで達することが出来るとされています。

併しこれ等の説明は後に廻し、 幽霊の話に移りましょう。幽霊は肉体が亡び未だ幽体のままで、幽界に居住する人間やその他の動物なのであります。私は次に幽霊現象の実例二、三を故浅野文学士の記録より抜萃させてもらい皆さんに御紹介いたします。

その一

一九二八年九月一五日の午后八時蘇国グラスゴー神霊協会の実験に集った人々は、私及び同行の北米の神霊家カドワレェダァ夫人、並にウッドウァース夫人の三人のほかに、会長アンダースン氏、副会長のダーレー氏、理事長のマッキンドー氏其他十余人、霊媒は、同協会専属のマリー・コーラム夫人でした。 同夫人は年齢四〇歳位、 慈母の死が動機となって、数年前からこの能力を発揮することになったとの事でした。

一同型の如く霊媒の左右に円形を造りて坐り、中央に喇叭を置きました。司会者にはマッキンドー氏が当り、劈頭各自が手を繋ぐべきこと、両脚をしっかりと床に付け、決して交叉してはならぬこと等、必要なる注意を言葉短かに与えて灯火を消しました。一同声を揃えて一つの讃美歌を斉唱後、しばらく暗裡に待っていると、やがて霊媒の頭上約五尺と思わるる、天井近き空間に、突如としてはっきりした婦人の声が聞えました。

「皆さま今晩は……。マリー私の声がお判りかい……」

「まァお母さま、よく判りますよ」と答えたのは霊媒自身なのでした。彼女は現象が起りつつある間も、依然通常意識を失わないのです。「今夕は日本の方だの北米合衆国の方だのも、爰にお見えになって居られますから、皆様の御満足の行くように、成るべく誰か最も適当な霊……この仲間の誰かがよく知っている方を呼んでくださいませ……」

「できる丈そうしますよ」

幽明所を異にせる母と娘は、 宛かも電話口で対話でもするように、極めて自然的に右のようなことを語り合うのでした。

「成るほどこいつァ素的だ。一部の心霊家は、幽明交通には直接談話に限るようなことを言っているが、或はそうかも知れない……」私は暗闇の中で私かにそんなことを考えながら、細大漏らさずききとろうと耳をすませました。

母子の間には、家事上の些事に就きての問答が二、三交換されたのみで、格別これはという事もなく終りを告げました。すると今まで床上に立ててあったアルミの喇叭が、宛も誰かが縄を付けて引張りでもするように、フワフワと空中に舞い上りました。喇叭の両端に光帯が付けられているので、その運動が暗中にありても明瞭に判るのです。

「面白いナ……何所へ行くかしら」

多大の興味を以て注視していると、やがて喇叭は私のすぐ隣りに坐っていた、ウッドウァース夫人の身辺に近づきました。

「ママ!私、リリィなのよ。よく判って?」七、八歳位と思わるる可愛らしい少女が喇叭の中から洩れました。後で判ったがこのリリィは同夫人の一粒種の愛娘で、数年前シカゴの自宅で肺炎の為めに斃れたものなのでした。

ウッドウァース夫人の巨躯が、ビクビクと激しい感情の為めに戦慄くのが、私にもよく感じられました。

「まァお前はリリィ!よく出現てくれたわネ……。ここはお前のお祖父さんのお国、スコットランドのグラスゴーという土地ですよ……」

「そんなことは私よく知っていてよ。私いつもママの体に付いて、どこへでも行っているのですもの……」

「ホンにそうだったわネ。-リリィ、ママのお隣りの方は日本のアサノさんと仰っしゃる方です。御挨拶をなさい」

「ミスター・アサノ」といかにも可愛らしい声が、私の耳に向けられた喇叭の中から聞えました。

「私、 おじさんが大好き! おじさんは御国へ帰る時にアメリカを通りますね。私ちゃんとそれを知っています。その時は私の宅へお寄りなさい。パパもきっとおじさんが好きです……」

「リリィさん、有難う……」といささかどぎまぎしながら私は答えました。「帰りにはきっとあなたの宅へ寄ります。その時又喇叭でお話ししましょうね……」

「自宅では喇叭なしで談話ができるの……私のママは直接談話の良い霊媒ですもの……」

「そんなことを此所でいうものではありません」とウッドウァース夫人はあわててリリィを制しました。「もうあなたはそれで良いでしょう。他に出現たい方が沢山あるから、あなたはこれでお引込みなさい……」

「皆さん左様なら……ミスタ・アサノ、左様なら……」リリィが退くと同時に、喇叭はガチャンと大きな音を立てて一たん床に落ちました……

(地上天国七号 昭和二十四年八月三十日)