肺結核治癒の過程

先づ、結核における第一期第二期の症状としては、微熱、咳嗽、喀痰、盗汗、疲労感、食欲不振等であるが、此程度の病症なれば、自然治癒によっても治るのである。その方法としては、成可苦痛にならない程度の運動をするのである。そうする事によって右の如き症状が増進するのは勿論である。然し乍ら、それが浄化作用促進となるから、漸次病症は、軽快、治癒に向ふのである。そうして食事は出来るだけ菜食が良いのである。之に就て、私の体験をかいてみよう。

私は、十五歳の時、肋膜炎を病み、医療により一年位で全快、暫らく健康であったが、復(マタ)再発したのである。然るに今回は経過捗々しくなく漸次悪化し、一年余経た頃、畢に肺結核三期と断定せられた。其時が丁度十八歳であった。そうして最後に診察を受けたのが故入沢達吉博士であった。同博士は綿密に診察の結果、最早治癒の見込なしと断定せられたのである。そこで私は決心した。それはどうせ自分は此儘では死ぬに決ってゐるとすれば、何等か変った方法で、奇蹟的に治すより外に仕方がないと意(オモ)ひ、それを探し求めたのである。此頃私は画を描くのを唯一の楽しみにしてゐたので、古い画譜など見てゐると、其時、漢方医学で使った種々の薬草を書いた本があったので、それを見てゐた時ハッと気がついたのである。それは何であるかといふと私は今日迄、動物性栄養食を盛んに摂ってゐたのである。勿論、牛鳥肉等は固より、粥までも牛乳で煮て食ふといふ訳で、特に其時代の医家は、栄養といへば動物性の物に限ると唱へたのであったから、私も其儘実行した訳である。然るに、右の本をみて思った事は、野菜にも薬や栄養があるといふ事である。そう考へると、昔の戦国時代などは殆んど菜食であったらしい。史実に覧るやうな英雄豪傑が雲の如く輩出したのであるから、之は菜食もいいかも知れない。特に日本人はそうあるべきであると思ったので、断然実行すべく意を決したのである。然し乍ら、慎重を期し、試験的に一日だけ菜食を試みた処非常に具合が良いので、二日三日と続けるうち益々よく是に於て西洋医学の誤りを知り、一週間目位には薬剤も放棄したのである。其様にして一ケ月位経た処、病気は殆んど全快し、遂に、菜食を三ケ月続けたのであった。其結果、罹病以前より健康になったので、其後他の病気には罹ったが、結核的症状だけはないにみて全く全快した事は明かであって、三十余年経た六十余歳の今日矍鑠(カクシャク)として壮者を凌ぐ健康に見ても、結核は完全に治癒すべきものである事を知るであらう。右の事実は結核患者に対し、大いに参考となると思ふのである。そうして、右は自然治癒による過程であるが、本療法を施術するに於て、その何分の一に短縮せらるるかはいふ迄もないのである。

次に、第三期以上の結核に対し、解説してみよう。結核治癒の過程に於て、他の疾患に見るを得ない特異性がある事である。それは第三期以上の患者に限るといっていいので、それに就て私は説明してみよう。

先づ、三期以後の結核患者が本治療を受けるや、非常なる好結果を顕はし、短時日にしてすべての病的症状は軽快し、全快期の幾(チカ)きを想はしめ歓喜してゐると、急に高熱、咳嗽、喀痰、食欲不振等の症状が次々発生するので驚くのである。そうして此再発的症状は頗る執拗ではあるが、治療により病毒が排泄し、症状が軽減するに拘はらず、衰弱の為斃れるといふ例がよくあるのである。

右は如何なる訳かといふと、結核患者が、最初発生した浄化作用を医療によって抑圧するので、浄化力は漸次微弱となるから、一時は快方に向ふ如く見ゆるのであるが、真の治癒ではないから、遂には一進一退の経過を持続しつつ、何時快方に向ふや見当がつかなくなるといふやうな頃、多くは本療法を受けるのであるが、其場合、最初の浄化作用以後追増した毒素を溶解するので、一時的効果が顕はれるのである。従而、患者は食欲増進し、徐々ながら運動も行ふから、漸次浄化力が再現し最初の浄化作用発生時と同様の状態となるのである。然るに、最初の浄化作用発生時の如き健康状態であれば、浄化作用終了迄体力が充分持続なし得る為全快するのであるが、長時日の誤療によって衰弱したのであるから、一時軽快したと雖も、旺盛なる浄化作用に堪へ得られずして、衰弱死に到るのである。

故に、三期以上の結核患者を治療する場合右の如き悪結果を来さない為には如何すればよいかといふ事を書いてみよう。先づ、一旦軽快して再浄化が起った場合、それは例外なく左の症状を呈するものである。それは、左右孰(イズ)れかの延髄部が特に腫脹してをり、そこに高熱の発生があるのである。そうして右が腫脹してゐれば右の腎臓部に大固結があり、左が腫脹してゐれば左の腎臓部に大固結があるものである。従而、延髄部が両方相平均してゐる人は稀である。勿論、一方の腎臓部に固結がある場合、他の腎臓部も若干は必ずあるものである。又腎臓部に固結があれば、化膿性腹膜炎が必ずあるものであって特に結核患者は著るしいのである。

それが又食欲不振の原因でもある。故に、再浄化発生の場合、先づ第一に腎臓部の固結が溶解縮小しただけは、延髄部と腹膜部の毒結は、非常に溶解し易くなるのである。そうして右の如く腎臓部を第一とし、延髄部、腹膜部を次とし、胃部、肝臓部等の治療を行ふのであって、場合により一日数回位行ふのである。そうする事によって極めて好結果を挙げ、順調なる治癒過程をとるやうになるから、三期と雖も全治するのである。

右の如く、腎臓を主とする治療によって結核は完全に治癒するのであるから、もし意の如き好結果の表はれない場合、それは腎臓部の毒素溶解が不充分であるから一層、腎臓部の治療を徹底さすに於て、初めて予期の成果が顕はれるのである。

(明日の医術 第一篇 昭和十八年十月五日)