栃木県Y・D
昨年の三月八日に光明如来様をお祭り致し、家族は全部教修を授かっております。浄霊は人体許りでなく作物に応用しても効果があるとお話を伺いましたので早速稲について実行して、例年より三割増収致しましたことを御報告いたします。
先ず苗代に種を蒔く前に光明如来様にお供えして、家族皆でお詣りしてから代る代る種を浄霊致しました。そして水に五日つけておきました。それを苗代に蒔き、よく伸びる様に又浄霊をいたしました。やがて芽はすくすくと伸びて田植の時季が参りました。これからが問題です。或人に聞いたので従来の植え方と趣きをかえて一株一本宛、 間隔は横一尺五寸、縦五寸の長方形に植えるのです。
この方法は無肥料で差支えないとその人の言に私は大きく動かされました。かねて先生方から作物は無肥料栽培が、ほんとうに作物の本性を現わし増収すると伺っておったからです。よし必らず増収の途を切り開こうと決心致し極めて冒険的な仕事に取りかかった訳です。
少し位の試作では実収に於て正確な数字をつかめないと思い、思い切って一反歩だけやって見ることにして、関東三〇号の品種を試作することにした。植えてみると一株に一本だけふらふらと心細く立っているので、遠くからみるとまるで植えてない田圃にしか見えません。近所の人達も「あんなことをして米が取れるものか」とあざ笑っていることが耳に入りますが、観音様が御守護下さるのだと大舟にのった心持で、それでも一日に三回位は必ず田圃の周囲を廻り、土手の上から浄霊を致しておりました。
その田は雨が長く降らないと水がなくなって仕舞うのです。
丁度植付けてから一週問目位でそろそろ水がなくなりかけました。もう少しで干してしまうと思っている中にも中々雨は降りません。そしてきれいに干上ってしまいました。もう一日という際どいところで夕立があり再び田の面には水が満々とたたえられたのです。幾度か観音様にお願い致しました結果、実に際どい処で御守護下さったのであります。
その後、雨も順調に降り、稲も一本から二本、四本、八本と口を追って殖えて行きます。一カ月後には普通に植えた稲田に追いついてしまい、青々と旺盛に発育しております。除草も除草機を一回だけ使用し、後はなるべく自分の手でやる様に心懸け三回行いました。ぐんぐんと順調に分蘖し最高五○本にもなった株もあります。
最初笑っていた人達もしまいには感心する様になり、反当り一〇俵乃至一二俵は穫れるだろうと言うまでになりました。
私も内心喜んでおりましたが穂が出て間もなく強風雨に半分以上も倒伏してしまいました。秋になって収穫しました処、水が順調な年の三割の増収になっておりました。倒伏したのは今まで化学肥料を施したので、土地が浄まっていない関係と思います。
私の村では二三年の稲作は平均一割五分位の減収と言う状況ですが、私は浄霊によって三割の増収を得ました。観音様の御恵の大きいのに心から感謝いたしている次第です。強風のために株が倒れる前の頃で、開花が終り粒が定まった時分にN会会長S先生のお訪ねを受け無肥料耕作の実績を訪ねられましたので、任意の一株を抜き取り調べてみました処、次の状態でありました。
一株の本数は五二本、一穂の籾粒は少ないので一八〇粒多いので三二〇粒を数えられました。これを普通に耕作したものと比較いたしてみますと下段の結果となります。
然して実収穫は桝目に於て三割増収となったのであるが、これは強風倒株のため結実の出来なかったのが大分あったためである事は疑いない。若し強風倒株なかりせば、右の三倍以上の収穫は間違いない。又平素、観音様の御利益は一粒万倍であることも、分蘗数五〇と一穂の数二五〇の計算から実に一万二五〇〇粒となるからこれも真実であることを実証された訳である。
右は試作一反の水稲の実績であるが、此耕作中、田植一カ月後の見事な出揃いに力を得て、浄霊を続けていた他の畑作、馬鈴薯、薩摩芋、煙草、その他野菜類にも尚一生懸命に浄霊を続けました。その結果は馬鈴薯は三倍、薩摩芋二倍、煙草は五割増、その他野菜悉く優秀な成績を収める事が出来ました。
殊に奇蹟とするのは大豆である。これはお話すれば先ず種を光明如来様にお供えし、よくお願いして蒔いたが、一畝に五、六本の発芽があったのみであったのに拘らず他人の畑は見事に発芽をみている。非常に不思議に思い考えさせられたが、フト頭に浮んだのはこれは観音様が不適当な品種なので他の品種を作れとのことだと教えられた様な気が起きたので、兄弟二人話合い他の品種と取換えました。処が今度は実に見事な発芽振りであるので、喜んでおりました。
御収穫の秋に於て他人の畑の豆と比較してこれまた大きい驚きをみた。それは他人は大なる減収であるのに反し、当方は素晴しい大収穫をみた。つくづく光明如来様のお蔭、浄霊の有難味を感得させて頂きました。
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宮城県 O・T
昭和一八年八月より此の有難い信仰に入り当時治病の業に専念中無肥料栽培についてA先生より御説明を頂きました。
その当時無肥料栽培を行う事はどうしても不可能でありました。当時は戦時で国家総力を挙げて増産を叫ばれており、農業会全国の指導機関は口を揃えて増収の鉄則は肥料の適合適量の様に世人一般に普及し、世人一般も又指導そのまま固く信じ化学肥料等人為的肥料に苦心していましたが、その結果としては病虫害は年一年と増し農作物の収穫は減収する一途を辿るのみでありました。
然しながら科学を信ずる世人一般は何らの不審も抱かなかったのであります。処が偶々A先生より化学肥料栽培で穫った作物を食べるとしらずしらず人間の身体に悪いと言う事も教え頂いたのでいけないと早速昭和一九年春作より此の実施に取掛ったのであります。こんな結構な而も簡単な栽培方法があったのかと喜びましたが、又半面収穫をみなくてはという心配もあったのであります。
初年の稲作は不良という結果になったので村内一般より無肥料栽培のため不作になったのだと非難を浴せられたのでありますが、三年後の暁をみる迄はと思う決心で黙々実行しておったのであります。処が、同年九月現役として入営の余儀なきに至ったのでありますが、私の所信を家人に篤と話し此の実行を中絶することなく実施していて貰ったのでありますが、御守護により丁度一カ年目の九月に復員して、再び所信の研究をさせて頂きました。
その結果初年水稲は三割減収、麦作三割五分減収、次年には水稲二割減収、麦作三割減収、三年目には水稲一割減収、麦作は一割五分減収位に止める事が出来ました。
所信三カ年の成果にて年一年減収の復活をみる事が出来ましたので、これにより平年を越して増収をみるも敢えて難事ではなく、此の実行を継続することによってその成果が近きにありと感じ尚も研究に余念がなかったのであります。その頃大先生様に御面会の際、無肥料栽培について具体的な御垂示を賜りました。
その一つは木の葉堆肥をやると作土が非常に軟くなり細根が延び根の働きが充分に出来るので作物に非常に良いとの事でありました。
もう一つは作根に太陽の熱を与える様にするのがよいと話されましたので早速実行して見ました。その結果四年目には水稲三割増収、麦作は二割五分増収という大なる御神徳を頂き、此の時の御守護の有難さはたとえ様もありませんでした。
当時村内一般の作況は平年作にも至らず不況であったにも拘らず、私の家では前記の二割乃至三割という増収であったので、村内一般は驚異の眼でみたので農業指導関係者の訪問迄も受けたのでありますから、その情況はおして知るべしであります。
そこで病虫害発生の原因も研究させられて参りましたが三カ年間の無肥料無消毒の結果、水稲に於ては稲熱病、苗代の腐敗等迄も全然なくなり、麦作に於ては「元消セ」「雪腐れ病」「白穂病」等迄も全然なくなりました。これを思うに病虫害の発生は化学肥料並びに薬剤撒布が原因である事がはっきり判り、尚作物の出来るのは御土の霊気が原動力で火素水素土素の三位一体の大自然のお力によるものであると言う事を教わったのですが、その通りであるという事を判らせて頂きました。
尚付け加えて無肥料栽培の作物の味覚も格別であり、身体にとっても栄養満点であると思われます。無肥料栽培の特長として増収栽培方法の簡単、経費及労力軽減、病虫害自然防止、味覚優良等々幾多の特点があるので、これを全国の皆様にお奨めしたいのであります。
耕作段別 畑八段七畝、田一町五畝
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新潟県 H・H
長岡市郊外で主人はトタン職工、私は五人の子供を育てながら自給程度に畑作りをしています。昨年暮より長女が床に臥し難病で苦しんだ末、今年二月観音様に縋り御力の有難さを身に沁みて味いました。此の御力は総てのものに及ぼされる事を聞き、早速春蒔の白菜、馬鈴薯、さんど豆、夏大根、茄子、胡瓜、里芋、なんばんの種子をお浄霊して、昨年と同じ畠に同じ畝を作って蒔き肥料には手入をしました。
昨年は白菜、馬鈴薯、夏大根は虫に喰われて殆んど収穫なく花のついた頃より枯れてしまい、胡瓜、南瓜、里芋がどうにか穫れたものの、七人家族の野菜には足らぬ足らぬの毎日でした。
食糧不足の折、昨年の事が心配の種でしたが今年は白菜、夏大根、さんど豆、胡瓜、茄子は芽の出方が早い上、虫害も受けず気持よくすくすく肥って参りました。白菜は近所のよりもずっと大きくなり、家中で食べきれず分け与えました。余り大きいので筋があったりして硬いのではないかと思われましたが食べてみると大変軟かでした。胡瓜、茄子は沢山なる上、有難い事には木の寿命が長く他の人のが枯れてもなり続けています。里芋、南瓜、なんばんは初めは普通でしたが途中より茎が大きく強くなりよく実って来ました。
昨年の野菜不足に比べると今年は十分作りが出来、又私も子供もお浄霊をいただき身体が軽く気持よく働く事が出来喜んでいます。先日も主人が仕事より帰り台所に畠より取込んでおいた南瓜を見て何処から買ったかと言われました。増産に一生懸命のお百姓さんに此の御力をお伝えしたいと思っています。家族の者も作物も、観音様の慈雨に浴し、気持よく毎日を送る事が出来有難さで一杯です。
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山形県 Y・E
大先生様のお許しを得、私は東京より米産地、東北山形県庄内平野に地上天国建設のため教導所を設置してより三年余になります。その間幾多の御守護を頂き、今日茲にK会の御命名を拝受致し只々感謝あるのみであります。
米産地の改善に当り先ず無肥料栽培の体験を発表させて頂きます。
東京都より参り見渡す限りの大平野を一望する時の直感は、軈て大革命の時が来るであろう事を!「大革命とは何んでありましょう」それは全農村の大革命であり全農村への無肥料栽培の実施であります。
然し現在一般農民に無肥料栽培でお米が穫れると宣伝しても、果して何人が信用するでありましょうか。それはさながら無薬にして万病が癒る療法即ち神霊療法がある。薬を体内に注入しない方がより健康を増進し長寿を保つという、それと同じ結果になる理であります。
私は久しく此無肥料栽培を村の教修者青年諸士に説きすすめて来ましたが、長い間の施肥料習慣というものは、そう簡単に変更する事は不可能の模様が多分に見受けられました。其処で一昨年の夏、要は実際問題として体験である事を思い早速実施に取り掛りました。東北地方の植付はその年の六月上旬に完了しました。私は助手と共に余った稲苗を二束程貰い受け、無肥料栽培の試作を始めたのであります。無経験の私は場所の選定には一通りの苦労ではなかった。然し総ては神様に御守護をお願いし乍ら選定した場所は庭先の砂丘地に決定したのであります。先ず試作状況を述べてみましょう。
一 屋敷内のため風通し及び陽当りは田圃に比し悪い事
二 選定箇所は砂丘地にて稲作には不適なる事
三 一般の田植が全部完了の後始めた関係上約一カ月程植付がおくれた事
四 化学、人糞肥料を一切使用しない事
右の様な悪条件の下に連日の炎天に助手と共に「流水」を運んでは水掛けを続けました。最初は植付遅れと冷水が害したのか発育不良に気づき、溜水の温水を遠方より運び給する事一カ月余、その都度浄霊し又御軸にもお願いして、少しでも立派な一年日の無肥料の種籾を作るべく心から念願して励みました。
植付当初の事である。近所の者から「先生そんな所へ植えても駄目でしょう。それは陸稲ですか、そんな事で米がとれるなら我々農家は増産に支障はありませんよ」等々一向に相手にせず、只笑うのみでありました。その時私の心の中には絶対的御光の御守護を頂き、今の言葉を悔むべく秋にみせてやる意外には何物もなかった。
やがて収穫の秋、その稲穂を手にとり黄金色の光沢といい、粒数の揃っている点等、みればみる程感謝の涙がこみあげて来ました。思いの外の作で一本で一三〇―一八〇粒の稲穂は斯くして無肥料栽培の種籾は出来上ったのであります。
早速御守護を神様に捧げて祈りは第二年目の御守護であります。二年目の作は三カ所の村の熱心な教修生に種籾を分配し「これは貴重なる無肥料の試作の種籾であるから充分に注意を払い栽培してもらいたい。又此出来具合によっては全農村への大きな福音ともなるのですから、又此偉大な無肥料栽培の指導者となる訳ですから、大いに張り切って栽培して頂きたい」とお願いしました。
愈々三カ所の教修生は全心を打込んで立派な種籾を耕作する決意のもと栽培し、昨秋の収穫期に御守護のもと一斗の米を得る事が出来ましたので早速大先生様にその中の一升をお印として御奉告申し上げ御試食までいただいたのであります。残余の籾は第三年目の無肥料栽培を実施する種籾となるのです。
農作無経験の私の様なもので斯くして無肥料栽培の種籾を作らせて戴き、何かしら一大発明でもした様な喜びに浸る事が出来ましたので此処に体験の一端を中述べさせて戴き、来るべき本年度産からは本格的無肥料栽培法の教導普及に全農村幹部篤農青年を選定し活発に指導する考えのもとに各地に指導者を置き、主食困窮の現在は斯うした普及により増産を計る計画中であります。
参考
一 石当り二貫メ(五升)一升に付二〇匁増産の計算からみた場合の国内増産は何千何万石への増収となる。
二 除草、害虫駆除の不要に付、労力は三分の一位、又経済的にも三分の一位であるから家庭は安定し円満となり国運の発展は計り知れない。
三 肥料代皆無
四 粒は真の光沢があり青光りしている。美味しさは無類にして栄養一〇〇%である。
五 人肥不要のため体内に蛔虫発生せず絶対的にして長寿は保険(大先生御講話より承る)等である。
但し右は二年作の成果にて三年作の今年はより好成績である訳で実に楽しみです。
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岐阜県 I・Y
『光』新聞第三号に「農業の大革命―清潔で心から楽しめる家庭菜園の無肥料栽培」の御指導を頂き全く御指導通り実行の上の御利益であります。私は以前は当地方では可成りの小作百姓でしたが追々作付面積も減らし今では一反歩足らずの水田と畑少しばかりの無肥試作をしている程度です。
三年の稲作二年の裏作(麦)を続けて参りました。無肥は増収すると申されましたが第一年目は自分の霊魂の浄まり方が足りないため、量は平年に変りませんでしたがお米は美しいのが取れました。第二年目は半俵減収でしたが之は浄霊の施し方が足りなかったのでした。三年目も一向変りないように見えましたが籾皮が薄いのとクズ米のない実に見事な米で収量は反収で二俵の増収です。
次に裏作(麦)は一年目には稲作同様変りなく二年目は一俵増収、その麦たるや驚いた事には精白歩合の良い事今迄になく多い事は一二貫入り一俵で精白して何と三斗七合で馬鹿に多いのです。
精米所では「君の麦は僕の方の損だ、僕の方に残るべき麦ヌカが少いから引合わぬ」と申す位です。麦と言えば今迄精白にして精々二斗二、三升余程良い麦で二斗の一升位が精々でした。一俵増収で精白歩合が良ければ三、四割の増収とその上、米も麦も美味な事施肥を施した当時とは比較にならない良質です。
此割合で大先生が『地上天国』創刊号「無肥料栽培」、『光』三号の「農業の大革命」の御指導の通り種子も耕地も身も魂も浄霊で浄まって行けば年々ぐんぐん増収、此処数年を出でずして米麦共反収十五、六俵位は必ず楽に収穫が頂ける自信が出来ました。無肥で増収が出来、而も味が良ければ一石三鳥の儲け、貧の追付かぬ経済的な農耕法の実行をした経験を嬉しさの余り御報告申し上げます。
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愛知県 A・S
私事二三年一二月入信致しました。毎年稲を雀が荒してその収穫におよぼす害は多大でありました。たまたま農作物にも御浄霊が良いと先生に聞き早速実施しました処、隣の田は実にひどく荒されておりましたが、私の田は全然荒されておりませんでした。
その御加護御利益の不可思議なる唯々有難く御礼旁々御報告させて戴きます。
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山形県 Y・T
昭和二二年六月二三日黒森教導所の研究会に無肥料耕作のお話が御座いましたので、早速庭のすみに稲の試作をしてみました。先ず他家より残りの苗を頂き砂地を耕作して植付けたのであります。一寸小雨が降っておりましたせいか思ったより根付は良かった様でした。
植付後は朝夕三回水かけをしましたが何分にも砂地故、水は二〇分もたたないのにすっかりなくなってしまうので御座います。水かけは四カ月半やりました。その間には他家の牛が離れて来まして半分以上も踏みにじられましたが浄霊しながら根に土を寄せ、水をかけておきましたら思ったより弱らずにすみました。
近所の御爺さんが「こんな所で御米がとれますなら農家には苦労はありません」等と言って居りましたが一八〇粒、荒れ果てた砂地より四合もとれたので御座います。面積も半間四方よりせまき所であります。
次年には幹部四名で前年の種をわけまして住所の半間四方に一年間肥料を施さずにおいた苗代に普通より約一カ月遅れて種を蒔きましたが四カ月位で普通の稲と同じになりました。唯葉の色が青に少し黄色が入った様な色でしたが、真直ぐにスーッと伸びて倒れずにすみました。出穂の時は普通と同じに出揃い、せまいところでありましたが除草は一度もやりません。茎ががっちりして穂首のつよいのが長所かと存じます。
二年目は「モミ」にて四升程穫れました。初め馬鹿にしていた兄も驚いております。家は農家でありますが学生時代より病身にて農業に手伝いした事もなければ稲作については全々未知の私でありますが此の偉大なる観音力によりて、あのせまい土地より四升もとれたので御座います。重量は一升につき二〇匁普通より目方がありました。これが神のお力でなくてなんでありましょう。今年はもっと広く耕作致します。そして収穫の半分は肥料に費やし生活に悩んで居ります農家が一刻も早くこの有難き神のお恵みに浸り、本当の農業が理解出来ます様願ってやまないもので御座います。
拙ない筆でありのままを述べさせて頂きました。
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愛知県 N・F
妻や娘の永年の病苦より救われた嬉しさ有難さに私も教修をいただいて病に悩む人々の御救の業に励んでいますが、次々に求むる病人もふえ浄霊に忙しく、その為僅かばかりの麦の刈入れも他家はみな済んでいるのに私の家のみは終らず、去年は五月雨が多く穂に芽が出て村人が大騒ぎをしました。
「あんな気違いのまねをやっているから麦が駄目になって了う」と笑われていました。其の後やっと刈上げが出来たものの、半分はくさると思って居りましたところ意外に例年より上作なのには全く驚きました。
又田植も同様遅くなり付近の田は青々と水田になっていても、私の田は未だ耕やす事さえ出来ず人々に笑われ、ののしられていましたが、有難い事に私の浄霊によって救われた人々が一斉に協力して下されましてやっと終りました。
其の後、化学肥料も人肥も大先生のお説を守り全然行いませんが、草取りがまた、なかなかできず浄霊に毎日忙しく、放っておく有様で、刈入れの時も草が邪魔になり刈りにくくやっと済ませた程でした。付近の田は大方「ウンカ」で大騒ぎをしていまして被害の多い人は一反で二俵位しか収穫がありませんでしたが、私の家は全然「ウンカ」の被害がなく、しかも取上げは反当り一般平作より一俵位余分に穫れました。
それを見た村人は「あんな事でウンカもつかず、あんなよい米が取れるなら来年は働くまい」と言っています。其の後、村の供出米が過剰になり、それを分配することになりましたところ、私の供出米が升数、光沢共に評判の出来栄えであったのでそれを村人に分配しました。評判だけを聞いた人々も初めてそれを手に取り他よりも断然優秀な米である事実に驚いていました。
村人はただ楽をして多く穫れる事だけに目を付け観音様のお力を戴いている尊い御利益を知りません。私は彼等を憎むのでなく、ただ悲しむべき人としてどこまでも観音様の慈悲にすがらせ救済されるよう努力します。
なお一層大先生の御加護を戴き世の人に知らすべく先ず実行第一の此の大業に邁進させていただきます。
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岐阜県 N・K
私は只今三重県北牟婁郡へ開拓に行って居りますが、観音耕作の御利益を御報告申上ます。
不安な現在の世に信仰程楽しい事はありません。私達も観音様を信仰させて戴いて居りますが、不治とされた病気から離れ、家中の者が病苦から救われています。信仰等と言うと老人や不治の病人のする事の様に思われますが、職場職場に働きつつ、いとも簡単に御利益は戴けるのです。私の家も田畑八反ばかりの農作をしていますが、今年こそは御利益を戴こうと麦や馬鈴薯等あらゆる作物を観音耕作にしてみました。
先ず作物の種に浄霊して蒔付けました。そうして後は配給で分けて貰った丈の肥料を処々に播き散らし、主に堆肥をやり時々草をひいてやる程度です。どの田も畑も手入が行届かず、草も相当生えて居りましたが、刈り取ってみて皆がびっくりしました。第一麦などはとても実がよく想像以上でした。馬鈴薯などは甘藷大の大きさに出来ていました。
農家の方々が皆観音耕作をしたならば高値な闇肥料は買わず手間は省け増収は出来、供出も喜んで出来、消費者にも喜んで戴けると思います。
金肥の多い田より実がよく増収出来た事に観音力をはっきりみせて戴きました。信仰も観音耕作も決して難かしいものではありません。
御希望の方はどんどん御尋ね下さい。先生方の御骨折に対して感謝致します。
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岐阜県 O・I
無肥料野菜の成果を御報告致します。
牛蒡の種子に浄霊致し堆肥のみを畑に入れ耕作致し播種致しました。草取二、三回、畑に浄霊を行ったのみです。此の度掘取ろうと致しましたが、掘れども掘れども中々抜けません。他家の畠では一尺も掘れば抜けるのに三尺掘っても仲々抜けません。家の息子が「観音様は誠に有難いがこんなに骨が折れてはかなわぬ」と弱音を言い出す仕末です。そして抜いてみたらなんと長さ四尺以上もあり目方七〇〇匁以上もあり太い牛蒡なら大抵「ス」が入っているのが当然ですが切ってみて驚きました。切っても切っても「ス」が入っていません。
此れも観音様のお蔭と深く感謝し家内中なおなお手伝いの足らざる事をお詫び致します。