治療に就ての心得を述べておきます。
第一に肝腎な事は治療しよふとする時の想念であります。先づ世の中を救ひ、人類を幸福にしたいといふ大善心が根本にならなくてはならぬのであります。
之によって巧く金儲けしよふとか、此人を治せば大いに自分に有利であるなどと思ふのは面白くないのであります。又、治療の時だけは、施術する位置が肝腎であって、原則として、術者は上座に座らなくてはいけないので、常識から見て、其部屋の上座は自ら判るもので、大体入口の方が下座と思へば間違ひないのであります。 然し、其外の場合は成丈下座に居るべきで、それが謙譲の美徳であります。
大変良く治る時と治らぬ時、又治る人と治らぬ人とがありますのは、右の様な種々の関係もあるのであります。次に、問診でありますが、之は出来るだけ訊く方が良いのであります。又、最初は、患者が疑っておりますが、之は構はないので、最初から信ずるのは無理であります。然し一度治病効果を見せられても未だ疑ってゐる人は、それは其人の頭がわるいので、効果のない内に疑ふのは当然ですが、効果をみても尚疑ふのは、先方が間違っておるのであります。
困るのは薬であります。“薬は不可だ”といふと、医師法に触れるからいけない。処が事実は、薬は服むだけ治りがおくれるのでありますが、此点は特に注意して法規に触れないやうされたいのであります。
第二に食物ですが、之も実に困るのであります。肉食特に牛肉と牛乳がいけない。何故かといふと、非常に血を濁すものだからであります。然し、之等も強いてといふ訳にもゆかないので、或程度-患者の任意にするより致し方ないのであります。近来、医師により、肉食を不可とし、菜食を奨める人が相当多くなったのは、喜ぶべき傾向と思ふのであります。
それに就て、面白い話があります。先日ラジオで斯ういふ話を聞きました。それは、独逸のヒットラーは非常に摂生に注意を払ってゐる。其為に、酒も煙草も用ひず、又肉食も避けてゐる、といふのです。之でみると、医学の本場である独逸でも、肉食の害を知ってゐる事で、実に意外に思ったのであります。
次に、病人によく梅干を食べさせるが、之は胃には非常に悪い。食欲を最も減退させるものであります。
元来梅干は、昔戦争の際兵糧に使ったもので、それは、量張(カサバ)らないで腹が減らない為であります。梅干と田螺(タニシ)の煮たのを多く兵糧に使ったそうであります。
腹の減らない為に使ったものを、粥を食ふ病人に与へるのは間違っております。 よく梅干は殺菌作用があると謂ひますが、空気中ではそうではありませうが、腹の中へ入ると成分が変化する以上-それは疑問であります。
(岡田先生療病術講義録 昭和十一年七月)