今、療術を施さんとする時、術者は患者に膝を触るる位接近すべし。先づ初め、拍手を三つ音のせぬ位軽く打ち、観世音菩薩を念じ、左手を患者の右肩へ軽く宛て、患者の頭を少し下げしめ、右手の人指指を以て、其頭脳の中心点へ向って「此者清まれ」と、三度空中へ書くべし。書くが否や直ちに口先にて、フーッフーッフーッと二、三度息を吹掛け、右手を開いたまま頭上一寸位の空中を、出来る丈速く左右に擦るやうにしては息を吹きかける。此時間一分間位にてよし。
最初に之を行ふ訳は、元来、人間全体の根源は頭脳にあり、所在病原の中府とも謂ふべき所であるから、先づ之を浄めて取掛るのである。
次に患者に対って、既往の症状、経過、苦痛の個所等、成可く詳細に訊ね、それによって患部の病原を、指頭を以て綿密に探査しつつ、探り当てるのである。病原発見と共に其場所へ向って治療を施すのである。
治療上の原則としては、最初患部へ向って右の人指指を以て、「此中清まれ」と三回書き頭脳の時と同じく、掌を迅速に摩擦する如く動かすのである。此場合皮膚に触れてもよし、触れなくても宜いのである。斯の如くして数回繰返し、指頭を患部に軽く当て、指頭に霊を集注させ、病原を溶す如き心持を以て軽圧するのである。此場合病原は殆んど水膿溜結であり、指頭にて触圧せば多少の痛みがあるので、よく判るのである。斯くして息にて塵埃を吹払ふ如く、治療中、何回となく吹けば可いのである。之を繰返す裡に、病原たる膿結は必ず多少共溶解するものである。溶解した丈は患者は軽快を感じ、それ丈治癒したのである。但し、右は原則を示したのであって、実地としては適宜、按配して可いので、場合により掌を利用しても可いのである。療術せんとする時首に懸る観音力御守こそは、霊光の受信機とも言ふべきものであって、此御守を通して、観音力霊光が術者の指頭及び掌より放射滲透するのである。
次に施術する場合の心の持方に就て、一言せんに、此患者を治癒せば、観音運動の為になるとか、又は物質を提供するならんなど想像する事は、大変不可であって、唯患者の病苦が除去され、治癒され救はれるやう、念願するだけが良いのである。何となれば、観世音菩薩の大慈悲は、一切衆生を無差別的に救はせられる大御心であるから、人に依っての別け隔ては決して無いのである。
(新日本医術書 昭和十一年四月十三日)