昭和二十六年八月二十五日
【お伺】田中久恵(四十四歳)と申す者でございますが、龍玉に就御教え賜わり度く御願い申上げます。
龍玉に就て私の存じて居りますことを書かして頂きます。私の実家(静岡市)松崎家、当主で十三代目になりますが、曾祖父の代に、当地伝馬町宿に松崎屋源兵衛と申して徳川氏の御用商人を致して居りましたが、徳川氏瓦解の折、或る方より家宝として、龍玉を譲り受けまして以来所持致して居りましたが、祖父の代に家運も衰えて参りました為、先に横浜へ支店が出て居りましたので一同横浜に引移り二十三年間在住後郷里に戻りました。その間の出来事でございます。 父は当時、東京大学、京都大学へ持参し鑑定を頼みましたが、結局鉱物やら何やら解らず、昔から言う、龍の持ち遊んだという玉だろうとの事でした。其後人を以ちまして外人の方が是非ほしいと申され、話が出来て愈々受け渡しと言う事に成りました所、都合が悪くなり駄目になる事が再度でございました。
其中父も病気になり、当時東京の隠田に居られた方、(或る宗教家)が宅に見えて申しますには「それは霊的に大変な御霊の憑つているものを民間に於て而も骨董的取扱いを致して居るから悪いのです。早速氏神様へなりとも納めて祀る可きだ」と言われましたので横浜の三ノ宮神社へ納む可く父と兄が持参致しました処、三ノ宮の祭官長と次の方が、前夜大雨の夢を見られ「きつと龍神様のお渡りがあるのだろう」と語られたところへ伺いましたので、早速御承知下され、宝物殿へお納め頂きました。その後、関東の大震災に逢いました為、父が心配の余り三ノ宮へ伺いました折、神官より「実に不思議な話がございまして、其れは火災中本殿も別屋も焼けはじめましたので、宝物殿も駄目だろうと思つて屋敷の隅にあります池に入りじつと見て居りました所、宝物殿の庇より雫が雨垂れの様に落ちて、其処丈免れました。本当に龍玉のお蔭です」と大変喜ばれました。其後一家が静岡に引揚げ(郷里に帰り)御縁で大本教に入信致し、宇知麿様御見えの折母より其話を申し上げました所、御帰京後、聖師様へ聞上げましたら、其玉は今後大変な御用をなさる御霊故、長い間待つて居られたとの事、早速三ノ宮へお話し申し上げ、快く御承知頂き兄がお伴致して亀岡の宝物殿へお納め致しました。その折祖父(父は前年他界致しております)が「お納め致せば何時の日に拝せられるか分らぬ故、家内中拝見致す様」言われまして、私もはじめて拝した次第でございます。其れは三重の桐箱に入れて古い赤の布団の上に直径三寸程のもので、黒色を帯びた鼠色で底光りが致し中央と思わしき所に(真と申しますか)眼の様なものが有りました様に記憶致しております。亦中箱には玉の経路が書いた古書も同封致してありまして、初め九州の浜に打上げられたのを土民の者が城主の姫様に奉り、其後豊臣家に献上致し、戦賞として家臣へ渡り、其後徳川家康公の御手に入つたのが段々家臣から民間へと譲りしものと聞き居りました。尚一説には支那から豊臣氏への献上品と申しました。只今でも恐らく箱の中に書いたものが入つて居ることゝ存じます。
数年後大本教の事件の際何うなりました事かと思つておりました所、親戚の者より其後の様子が分りました。一時京都の民間に渡り、再度大本教に落付き、此度大八洲神社の御神体としてお祀り致すことに成られたと承りました。私も今日まで、龍玉について種々不思議な点、並びに奇蹟が御座居ましたので、霊的に如何なるもので御座居ましようか、龍玉につき御伺い申上げます。
【御垂示】それは恐らく琉球にあつたものと思う。それが何かの事情で海へ落ち、九州へ上つたものに違いない。琉球とは龍の玉という意味で、之は非常に深い意味のあるもので此玉の力は将来救世の経綸上或事に使用するものであるから、何れ私の方へ来るべきものである。然しまだ時期が来ないので、神様は大本教に保管さしてあるのである。此玉の働きは今は発表する訳にはゆかないが、右の意味であると思つていればいいのである。
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昭和二十六年八月二十五日
【お伺】同じ様な行為により相手方に悪と思われる場合に、無智の為と、意識している時と、偏見による正義感の為、等ありますが、霊的に云つて其罪は如何なる差異がありましようか、例えば腕力で打つ場合とか、口頭とか文書による場合等ありますが。
【御垂示】無智の為は少ないが、偏見の為は其次で、意識している為が一番大きい罪である。その行動については、腕力が一番悪い、言葉が其次で、文書が一番軽いのである。之等は常識で考えれば判る筈である。
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昭和二十六年八月二十五日
【お伺】明主様の御論文に「之も慢心」を拝聞いたしましたが、長上、同輩、目下の人に対し非難したり、中傷したりした言葉、行いの罪は霊的に、又体的に如何なる事になりましようか。
【御垂示】それに相応する罪で、之もよく考えれば判る筈である。
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昭和二十六年八月二十五日
【お伺】私は本年三月、両親及主人入信致し、御神体御奉斎させて頂いて居ります家庭に、後妻として嫁ぎましたが、主人は両親の実子ではなく、養子として当家の長女と結婚致し、子供を二人(女子)残して死亡致しました。其子供は両親が愛情を以つて育てて参りましたが、主人と両親とは非常に仲が悪く、毎日暗い生活を続けて参つたそうです。私が後妻として嫁ぎましてよりも、両親は主人に対し非常に無理難題を申され、下男同様な務めを致して居ります。又私に対しましても日々冷淡となりまして、日常主人と話す事さえ出来ません。又家業は農業でございますが、主人と共に同じ畑で仕事すら致す事は出来ません。
此様な生活を続けて居りましても、夫婦の愛情もなく罪多い私でございますので、大慈大悲の大御心により、お磨き下さる事と信じ、一日も早く円満なる家庭に成らして頂くべく御守護を御念じ申上げつつ務めて参りましたが、最近は特に申上げる事も出来ない様な事まで致されて居ります。
主人と致しましても、二人の子供に引かれて辛抱している様でございますが、私達は当家にて現在のまま辛抱致すべきでございましようか。又分家して主人と共に二人の子供を育てるべきでございましようか。又は私だけ離縁すべきでしようか。御垂示賜わり度く御願申上げます。
【御垂示】此家は罪穢れが多いので曇り切つてをり、霊界は地獄になつている為であるから、光明如来様を御祀りし、御屏風観音様も仏様に御祀りして、よく御願いし時節を待てば少しづつ家の中の霊界が明るくなるから、一歩々々天国に近づくのである。従而気を揉んだり、焦つたりしてはいけない。光明如来様を信じ、御任せしていれば、必ずよくなるのである。
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昭和二十六年八月二十五日
【お伺】水は蒸溜水よりも、不純物のある岩清水の方が、又汁粉は砂糖ばかりよりも、塩を少し入れた方が甘い等、純粋物よりも不純物の方が甘いという事は誤りであつて、純粋物の方が甘い時期が来なければならないと考えられますが、如何でございましようか。
【御垂示】不純物という事が間違つている。不純物ではない。有用物である。だからそのものに含まれているバクテリヤがそれ自体の生命の表現である。
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昭和二十六年八月二十五日
【お伺】二十年前まで協同で使用致して居りました相当古い井戸で御座いますが、現在は使用致して居りません。多少冬は水がありますが、夏は殆んど御座いません。
この井戸より三四間離れた所に現在使用して居る井戸が御座います。従つて使用致しませんし、子供が遊ぶのに危険で御座いますので埋めたいので御座いますが、如何致しましたらよろしゆう御座いましようか。右謹んで御伺い申上げます。
【御垂示】それは埋めてもよろしいが、その場合古い井戸の方に、若しか龍神がいるか知れないから、此度井戸を埋めますから、隣りの井戸へ御移り願います、とお断りすればそれでいいのである。
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昭和二十六年八月二十五日
【お伺】霊界は昼のみとなり、地上天国は永久となれば、現界に於ける夜昼、太陽と月、男女等の区別は如何様になりますか、其関聯性に付て御教えを御願い申上げます。
【御垂示】現界は質問のような現象的には何等変りはないが、霊界は根本的に変つて了うので、それが現界へ映り、五六七の世となるのである。即ち、永遠の地上天国である。此事は絶えず知らしてあるから、判つている筈である。
(地天二十七号 昭和二十六年八月二十五日)