酸素吸入の誤謬

重態の病人に対し、酸素吸入を応用する事が流行してゐるが、之が非常な誤りであって、反って病気には良くないのである。何となれば、人間が二六時中、呼吸して生きてゐる天与の空気は、酸素や窒素、水素等完全に調和密合されたる完全無欠なものである。従而、特に酸素ばかり吸収するといふ事は、常識から考えても、其の誤謬である事が、寔に瞭らかである。若し、健康体の人間が酸素吸入をしたなら、慥かに健康に異常を来すであらふ。況んや、病人に於てをやである。之に就て、最近、非常に面白い発見があった。それは風邪を治療するのに、飛行機に乗ると好結果があるといふのである。最近、倫敦(ロンドン)の医師、ピーボールトン博士とヱフェーノット博士によって称えられてゐる。それは、一万呎(フィート)の高空を、約三十分間飛行すると、初期の風邪なら忽ち治って了ふといふ事である。其説明としては、酸素が稀薄なので、身体組織は酸素を得よふとして、活動を開始するからであると言ふのである。故に、此理から推せば、酸素吸入は、反って反対である事を識るのである。であるから、酸素吸入は、反って害があるといふ学説が、何れは唱導されないとも限らない。其結果終に自然空気を吸ふのが一番良いといふ事になるのは、火を睹るよりも瞭らかである。(新日本医術書 昭和十一年四月十三日)