信仰雑話

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主義というもの

世の中の種々の思想や運動の動機として、何々主義と名付けて目的を達成しようとする現実は、普(アマネ)く人の知る処である。然るに此の主義なるものは或る程度の成功はしても、究極に於て必ず失敗し、消滅してしまう事も、常に見る処である。之は如何なる訳...
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気候と天候

気候と天候に就て霊的解釈をしてみるが、科学的解釈に馴れた現代人には、私の説は首肯出来兼ねるかも知れない。然し乍ら之は神示によるもので、私としては確信を以て発表するのである。先づ一口に言えば、気候の変化も、天候の好し悪しも、人間が作るという事...
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運命と自由主義

宿命と運命に就てよく質ねられるから説明をする。先づ宿命とはその人に与えられた決定的のものであるから、聊かも換える事は出来ない。然るに運命は限定された或枠内の中は自由自在で、その人の努力次第で、枠内の最上位に迄は到達なし得ると共に、その反対で...
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下座の行

下座の行という詞(コトバ)は昔からあるが、之は人間処世上案外重要事である。しかも信仰者に於て殊に然りである。信仰団体などに、教義を宣伝する先生に、どうも下座の行が足りないように見える事が屡々ある。昔からの諺に「能ある鷹は爪隠す」とか、「稔...
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観音教団とは何乎

本教団は地上天国出現を目的とし、物質文化の進歩と相俟って宗教文化を創成普及せんとするものである。地上天国とは病貧争絶無の世界、全く人類理想の世界を言うにある事は、前項に詳説した通りである。彼の釈尊が唱えた五六七の世も、キリストが予言せし「天...
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地上天国

地上天国という言葉は、何たる美わしい響であろう。此言葉ほど光明と希望を与えるものはあるまい。然るに多くの者は、地上天国などという事は実現の可能性のない夢でしかないと想うであろうが、私は必ずその実現を確信、否実現に近づきつつある事を認識するの...
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宗教と分派

宗教には種々の派がある。例へばキリスト教に於てもカトリック、プロテスタント等を重なるものとし、新旧種々の派がある。仏教に於ても、日本だけでさへ真宗、浄土、天台、真言、禅、日蓮寺を重なるものとし、その一派が各派に分れてをり、現在五十八派に分れ...
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大乗と小乗

昔から大乗小乗の言葉がある。勿論之は仏語であって、仏教に於ても相当悉(クワ)しく説かれてゐるが、どうも納得(ナットク)出来得るような説は、私の寡聞(カブン)の為か未だ聞いた事がない。之に就て私見をかいてみよう。先づ一口に言えば小乗は経で、...
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禁欲

昔から立派な宗教家たらんとするには、禁欲生活をしなければならないように想われ、それが真理を悟り魂を磨く最良の方法とさえ思われてゐた。然し私は反対である。以下判り易くかいてみよう。抑々、森羅万象一切は人間の為に存在してゐる事である。見よ、春の...
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迷信邪教

今日新聞雑誌ラヂオ等、盛んに迷信邪教に瞞されるなという事を警告してゐるが、成程迷信邪教は昔から断えず輩出してゐるばかりか、今日は最も甚しいようである。然し全部が全部迷信邪教とはいわれまい。その中の幾分かは今日立派な宗教として残ってゐるからで...