宿命と運命に就てよく質ねられるから説明をする。
先づ宿命とはその人に与えられた決定的のものであるから、聊かも換える事は出来ない。然るに運命は限定された或枠内の中は自由自在で、その人の努力次第で、枠内の最上位に迄は到達なし得ると共に、その反対であれば下位に転落するのである。
今日人々の関心事となった自由主義なるものも右の運命とよく似てゐる。何となれば真の自由主義とは、或一定の枠内に制約されてゐるものであって、無限の自由は決してあり得ない。真の自由とは限度のある、即ち有限の自由である。故にその枠を越えた場合、それは他人の自由を侵害する事となり、文化の反逆者となる事は、運命の枠を越ゆる場合、失敗者となるのと同様の理である。
(信仰雑話 昭和二十四年一月二十五日)