3.霊による病気の種類

1) 肺結核
 医学上、結核は病菌の感染に因るとされているが、実際は曩に説いた如く誤れる医療の為と、今茲に説く処の病霊に因るという此二つが真の原因である。先ず一家庭内に於て子女の一人が結核に罹って死亡する。と間もなくその兄弟姉妹の誰かが結核に罹り復死亡するという具合に、次々罹病し死亡する。又夫婦の一方が結核の為死亡すると、暫くして他の一方が罹病する。此事実を見る時、全く感染としか思えないのである。然もそれを裏書きするかのように彼のコッホ博士が結核菌を発見し、感染という理論を立てたのであるから、それを一般が信奉するに到ったもの無理からぬ事である。然るに右の学説は一大誤謬である事を私は指摘するのである。然らば真の病原は如何というに、先ず結核に世て死亡した霊が霊界に往き霊界生活に入るや、孤独に堪え難い為生前親しんでいた兄弟、姉妹友人、夫、妻等を自分の方へ引き寄せようとする。その為の憑依である。勿論霊界人となっても病気は持続しているから、憑依の場合結核症状となるのは当然で、全く恐るべきことである。そうして憑依の場合、人間が元気旺盛であれば憑依し難いのでその時期を待っている。偶々感冒や心身過労等によって衰弱する場合忽ち憑依するのである。此過程を医学に於ては、過労を結核の原因と誤ったのである。
                        (天国の福音 肺結核)

治療法
 先年私の妻は突然発熱、咳嗽、血痰等の肺患三期程度の症状を起こした。早速私は治療したが頗る効果が薄い。二三日経ても症状は一進一退である。そこでこれは霊関係ではないかと惟ったので、憑依霊の有無を査べてみた処、果たせる哉、そうであった。その憑依霊というのは一年程前死んだ、私が扱った鈴木某という青年の結核患者であるが、その青年は父親と二人暮らしで、長い間病気の為財物を費い果し赤貧洗うが如くであったから、死後追善供養など殆ど行わなかった。従而霊は霊界に於て孤独不遇である為、私によって改めて祀って貰いたい希望で、私の妻に憑依したという事が分かった。これは妻の口を通じて途切れとぎれに語ったのである。勿論表情も言葉も鈴木に間違いはない。私は『それでは明晩祀ってやるから、この肉体から速やかに離脱せよ。』と言った処、彼は喜んで厚く礼を言い離脱するや妻はケロリとなし、何等平常と異らない状態となったので、私もあまりはっきりした現象に驚いたのである。右の霊は今でも私の家に祀ってある。

 或花柳界の中年の婦人で、長い間咳嗽に苦しみ、結核的症状に困っていた。私は招かれて早速患者に対した処、憑霊らしいので霊査法を行った。果たせるかな、突然其場に打ち倒れ、手足を縮めた姿は動物そのままである。そこで私は査問を開始した処果して狐霊の憑依であった。狐霊の語った要領は次の如くである。即ち『自分は伏見の熊鷹稲荷の眷族で、憑依の目的は遊んで楽をしながら、美食をしたいからだ』と曰うのである。私は『この婦人より以前に誰かに憑ていたろう。』というと、彼は花柳界専門と見えて、『或芸者に憑いていた。医師は肋膜炎といい、相当長期間病んで死んだ。』との事である。私は狐霊の悪行を咎め『速やかに改心して去れ』と言うや狐霊は三拝九拝して離脱した。患者は夢から醒めたようで、病気は拭うが如く治癒したのである。而も狐霊の喋舌った間『全然無我で知らなかった。』というので、其由を詳しく話した処大いに驚いたのである。其時私は熟々思った。萬物の霊長などと威張っている人間が、狐霊などに自由に翻弄され、病苦に悩み、終いに生命までも失うに至っては人間の価値何れにありやと言いたいのである。次は矢張り私の妻が突然胃痙攣を起こした。胃部の激痛でノタ打ち廻るのである。早速私は胃部に向かって治療を加えた処、痛みは緩和されたが全く去らない。然るに痛みの個所は一寸位の円形で、漸次上方へ向かって進行しつつ咽喉部辺に来たと思うや、妻は『モウ駄目だ。』と叫んだ。そこで私は『之は憑霊だな。』と想ったので『お前は誰だ?』と訊くと、憑霊は言わんとしたが口が切れない。そこで私は『三月程以前に脳病で死んだ○○の霊ではないか。』と気が付いたからきいた処『そうだ』というので、それから種々の手段で聞質した結果、憑霊の目的は私がその霊の生前の悪い点を人に語った事が数回に及んだので、憑霊は『是非それをやめて呉れ』と言うのである。私は謝罪し今後を誓約したので、霊は喜んで感謝し去った。去るや否や忽ち平常通りとなったのである。そうして昔から死人の悪口を言うなと言うが全くその通りである。以上の如き実例を体験する時、病気と霊とは如何に密接なる関係があるかという事を信じない譯にはゆかないのである。
                      (天国の福音 「肺結核」)