006 建設破壊篇

最高神の代理人

“最高の神エホバは、その地域を救はれる為一人の代理人――神から命ぜられる担当者を表はされる。エホバに命じられ、救いの仕事をする。一時は仏力も大したものだった。でないと――。又、聖者も大、中、小ある。  (S23)

救世主の資格

“フイフイ教では、救世主の資格を十六ケ条あげているそうですが、救世主の資格について御教示願います。

“アメリカの白十字団でもその資格をあげている。今に本にして出す。

これからの本教(廿五年救世教開教)、共産主義・資本主義、米ソと日本、大転換と浄化の真義

“(これから)良い意味で大建築が始まる。綺麗に掃除しなかったら建てる訳にゆかぬ。之が大変な事である。何千年か何万年に――。二月四日を契期として非常に変る。観音教とか五六七教とかいい、観音教は仏界を表はし、観音は化仏といって化身である。光明如来も化仏である。化身では絶対力が出ない。世の変り目に絶対力を揮はなくてはならぬ。二月四日からそういふ事になる。そして、観音様はメシヤのお働きになる。メシヤ観音の御姿は廿年以前お描(カ)きになった。今やっと表はれたのである。

メシヤは救世主といふ事で、キリストもメシヤも同じである。ヘブライ語である。ユダヤ人の一部は共産主義を作った。或一部はアメリカで資本主義を作った。中心はマッソン秘密結社である。ユダヤ教徒はメシヤ降臨――。共産主義は赤龍としてある。全世界を取巻くと聖書にある。之は世界中を勢力範囲にする事である。全世界を赤化する。アメリカは民主主義、平和主義にするので、どうしても衝突せねばやまぬ。共産主義は出来るだけ戦いを避ける。原子爆弾で徹底的掃除する。日本はアメリカの味方をせざるを得ぬから、或程度の被害は受けよう。重要地点だけ相当やられよう。破壊と建設と両方行なはれる。破壊し切ってからでは建設は容易ではない。神は出来るだけ必要なものを残すようにせられるし、創造の方へも馬力をかける。要するに善栄悪滅になる。

今迄固まっていた毒素は溶けかける。毒が固まっている人が健康体とされた。チビチビ出ている人が病人といふ訳である。霊界の浄化力が強くなると、一ぺんで溶ける事となる。身体全部が溶ける事となる。早く信仰に入り、御光により毒を減らす(事である)。或程度綺麗になった人はその時堪(コタ)える。これが夜昼転換の時の大体である。  神は善い世の中を造るにつき、凡ゆる物質と人間を浄める訳である。人間の霊身は霊界に属し、霊界で綺麗になると肉体も相応する。

大きな御霊――機会失せぬ神

“大きな御霊の持主がかくれていると時々先生方より承りますが、昼夜転換の重大な時には  必ず出て御救ひの御手伝ひをするものでせうか。それとも其の機会を失したなれば埋れてしまふ事もあるのでせうか。御伺ひ申し上げます。

“今ドシドシやっている。大きな身魂とは大先生の御事である。昼夜転換の今や時、審判の時が来れば沢山のゴミを役に立つようなゴミにされるのである。神様の事は機会を失する事などはない。(S24・6・7)

大浄化開始とその表はれ方、仏的御働きの終りと大変換の時、(国・地の霊的清濁)、信徒の心構え――身魂の清まりと判り方、世人の現状と文化進歩の仕方、神の目的遂行、悔改めとゴミ、掃除形体、大戦の必然性と現国際状勢(ソ連の肚)、個人的大浄化と固め不能(集団病気、種痘)、最後の浄化・審判の状、世人の受入れ、本教と他宗の力の相違と吾等の本舞台、一九五○年―五二年(五六七)、六は苦の数

“(前略――不明)出ぬのは面白くない。  信仰は判り易そう――。神様は世界の大掃除をなされ、清掃作用が行はれる。病気はそれである。人間のゴミダメ――膿を掃除するのが病気である。独り個人個人でなく、世界的に浄化が行はれる。浄化作用は世界的にどういふ風に表はれるか。世界中、ウンとゴミが溜ってる所がある。それも少い国もあり多い国もある。といっても、目で見た所では東洋とかアフリカ等は汚いが、霊的にいえば立派な国、文化の発達した国が、神様からみれば案外により汚いかもしれない。それが表はれる。どう表はれるか今言えないが、そこが難しい所で、それを知りたい。銀座のような立派な所より、田舎の粗末な所の方が綺麗かもしれない。霊と体とは違ふ場合が多い。之は想像より外はない。

昔からいろんな聖者、キリストとか釈迦等によって予言してあるが、それは実は今年から来る事の予言が殆どであって、いよいよそれが実現の時が来た訳である。観音教団とか五六七教会といふのは仏名で、仏の方の働きであって、本当の力は発揮出来ない。それは過渡期の行り方である。今年からは非常に変る。時期は節分、即ち二月四日から大いに変る。世の中も大いに変る。急でなく徐々として変る。従而出来るだけ信者たる者は魂を磨かなくてはいけない。といふのは、どうするかといふと、水を浴びたり断食したりするような事ではない。神様はどういふお心持か、世の中の人を救ふのはどういふ方法がいいか、どういふ考へでやるかをよく識る事である。それを識るには、出来るだけ出版した本を読む事である。そして判ればいい訳で、幾度も繰返すと段々判ってくる。最初読んだ時と五、六度目に読んだ時とは違ふ。それは霊的に向上してくるからである。そしてすっかり腹へ入ると喋れる。人に宣伝する時も言葉が違う。段々人に話すと、それにより魂が浄まり、清まると余計に分ってくる事となる。

世の中の人間はそういふ事と懸けはなれている。今の人間は実に悪い。末期的症状とも言ふべきもので、之も段々ゴミが一杯溜って来た訳である。それで人間は、魂が曇り善悪の判断が分らなくなっている。ただ自分さえ良ければよいといふ考えで、判らなくなっている。そういふ状態はいつまでも続くものではない。今迄はそういふ事も必要だった。神様は善悪を摩擦さして、それで物質文化を発達させられた。人間が健康で善人だと文化は発達しない。それはやはり悪によって発達した。即ち必要悪であった。戦争などでも、戦争のある度に発明や発見が発達する。もし戦争がなかったら発達はしない。然し戦争だけなら人類は滅亡する。その間に平和があるので疵を癒せる。

こうして文化が或程度発達すれば  神様は本当の目的をなさる。次の大目的は神様にある。今凡ゆる事が世界的になった。電波を利用しテレビによって世界の事を見る事も聞く事も出来る。原子破壊なども発達している。それらは地上天国、みろくの世を実現さすべき道具立ての必要から出来たものである。大体そういふように、ミロクの世の道具立てが大体出来たので、いよいよつくる事になったが、それも汚い所ではいけない。綺麗な所で先ず始める。それが今日となったのである。綺麗に掃除する――それが大変である。それが人間世界に於ては、  汚い人間が片付けられる事になる。そこで「天国は近づけり汝等悔い改めよ」といふのはそれで、悔い改めるといふのはゴミが無くなる事である。人間はゴミにも玉にもなれる。悔い改めてからがゴミの仲間から抜け出る訳である。そういふ意義のある年である。

然らば、掃除は神様はどういふ形態で行はれるかといふと、戦争と病気である。戦争は人間以外の凡ゆる物質の汚いものを掃除される。種々の建造物などもそれで、目で見て立派でも霊的に見ると全然違ふ。そして先ず霊界から本当に綺麗にする。そうすると、イヤでもそれが現界へ移る。それが恐いのである。一言にして言えば破壊と創造の大きいのが起るのである。戦争は大破壊である。それがはっきり判って来た。米ソの確執は段々濃厚になってきた。東西ともそういふ形になり来りつつある。一番危い所はユーゴーとギリシャで、非常に危険になりつつあり、ユーゴーは英米、ギリシャはソ連が援助している。斯くの如く米英とソ連が両方ともユーゴー、ギリシャを使い戦いを始めているといってもいい形勢である。大分砲や戦車等を送りユーゴーも航空路を作った。このままではすまない。戦争は戦いたいからする事もあるし、戦いたくなくともする事もある。戦争せずに(すれば)欲張るといふのは縄張りを殖やす事である。殖やされる所があれば減らされる所がある。減らされる方は黙っておれない。或程度で我慢が出来ない。

共産主義の最後の目的は全世界を共産化するにあるのであって、共産化しなければ納まりがつかぬ。すると、今迄覇を唱えた米英も黙っておれぬ。どっちも引く事は考えられぬ。どうしても戦争になるより外はない。ただどこが発火点になるかを想像するのみである。東亜では中国が全部共産軍になったし、ソ連の勢力下になった。毛沢東がモスコーへ行き大分相談したが、中心は金や武器の援助である。全支を中共治下にするには時を要するので、援助を得なくてはならない。スターリンは本当はアジア、ビルマ、タイなどをおさめ、帝国主義を打破しなくてはならぬと言った。それで中共政府もインドも承認した。承認したのは屈服した事になり、中共勢力下になった事になる。今度は小アジアの方へ行く。そして日本の方へ狙ふ。その前提として台湾を狙ふのである。台湾からフィリッピンとアジアは共産化してゆく。今台湾確保の為アメリカは苦心している。ヘタすると戦争になる。アメリカも戦争は嫌い、又、戦争挑発者になりたくはない。出来るだけ避けている。で、台湾獲得の為、沖縄に非常に準備している。沖縄には大変な準備工作をしている。中共は台湾をやらうとしている。米国でも渡せない。東亜では台湾が発火点にならう。何時頃か、早ければ今年、遅ければ来年、両方で止らぬ。そこで衝突せざるを得ぬようにならう。

個人としては、昼間になると浄化力が強くなる。毒素は人間にウンとある。今迄は固まっていた。今迄は浄化も局部的だったから、固めるか浄霊で外へ排泄するかどっちかであった。処が固める手段が段々出来なくなった。霊界の浄化が段々激しく、固められなくなる。溶かす働きが強くなった。集団病気等それである。種痘をすると間もなく目が見えなくなった例もあるが、今迄は種痘で固まったが、身体へ廻らぬうちに出ようとした。それで眼から出ようとした訳である。今度は全身到る所に塊があったのが一遍に浄化が起る。すると頭痛、高熱、嘔吐、下痢、足の痺れ、節々の痛み等々一遍に十も十五も病気が起る。すると生命を保つ訳がない。之が最後の浄化である。そういふ風に表はれるのが一番間違いない表はれ方である。之を先ず頭へ入れておかなくてはならぬ。之が最後の審判である。罪の少ないものや信仰によって浄まった人は、病気が三つか四つで済む。その代り浄霊でとても早く治る。洵に恐ろしい時代でもあり、非常に有難い時代でもある。一口にいえばそういふ訳である。

すぐに呑込んで悔い改むる人があればいいが、唯物的に固まってなかなか受入れぬ。すると、うまく聖書を利用して観音教を宣伝するなどと思っている。然し、今度そういふ事態が出れば初めて気がつく。観音教の信者だけが救はれる訳ではなく、間違った考えの人は助からぬ。他宗教でも立派な人は救はれる。ただ観音教では、掃除するのに、掃除の力が多い。他宗教で一年で掃除するのを一月位で出来る。今迄の宗教でははっきり判らぬ。こっちは外よりはっきり判る。早くわかる。又「力」も多いので世の中の人を掃除する。

教団も組織が変る。二月四日から変える。今準備している。いよいよ変る時が来た。数は非常に関係がある。一九五○年は五となり、五十一年は六となり、来年五十二年は七になる。五六七となるが、五が一番ミロクの数で意味がある。六は一番苦しい数で大変りがある。世界もそうで、ただではすまぬ。追々差支へない限り話す。今年は吾々信仰者として働き甲斐がある。活動舞台に上る訳である。それには出来る限り本と新聞を読み、信仰的智識を磨く事である。(S25―救世教開教前)

明主様御創業より転換の節の御足跡、霊界移写の年節、廿五年転換説、フリーメーソンの説と記念日の合計数

“天理教でも御嶽教でも二十五年転換説を立てています。二十五年と期限付ける根拠は何にありませうか。

“フリーメーソンの説もそうである。  昭和廿五年(一九五○年)以後九十九年間は戦争がない――といふ。学理的研究によるとそういふ風に出て来る――といふ。私は昭和三年から商売をやめ、宗教的専門にやり始めた。重に霊懸りの事を最初六年間やった。霊界から現界へ移るのが三年かかる。その移り初めが六年六月から始まった。六月十五日は重大な事があり、九月十八日に満洲事変が起った。即ち、夜から昼に転換する第一歩が始まった。満洲事変から六年経ち、十二年に支那事変が起り、六年経った十八年に日米戦が始まったが、それから六年の廿四年までの「十八年間」で決るのである。そして二十五年から新しくなる。であるから、二十五年から現界が昼間になる訳である。天理教などで言ふのも根拠があるだらうが、私はそういふ訳である。

序でながら、面白いのはフリーメーソンの種々の記念日――一九○○年○○月○○日といふ、それを合計すると必ず六になる。六の数字がフリーメーソンになる。六は水であり、水の仕事である。(S23)

救いと審判の関係

“救いと裁きとは如何なる関係でございましょうか。右、御教示御願い申し上げます。

“救いと裁きとは密接な関係がある。善悪の裁き――審判があるから、救はれるのと、救はれぬのとが決る。普段の審判(さばき)と、最後の審判とは違ふ。(普段の裁きは神が常に裁き大審判は人類全部が裁かれる)大審判は最後の裁きで、善悪が決められる。ふだんの裁きでも裁かれぬうちに悔い改める――救いを受ける事――一番困るのは人間が人間を裁く事で、之は神の領分を犯す事で、善いとか悪いとか軽々しくいえぬ。(裁く人自身が罪になる)  人を裁く前に自分自身を裁くべきである。反省なく人を裁くのは大間違いである。(よく救ふといふが)人間が人間を救ふ事は出来ぬ。人間はただ道具に使はれる。(神様が救ふ道具)道具に使はれる事が有難い事と思はなくてはならぬ。もっと謙譲でなくてはならぬ。(S23・10・18)

大審判と絶対愛、(病気の真理)

“大審判は絶対愛の神意で御座いませうか。

“勿論、絶対愛の審判である。それは大浄化であるから、それでなければ人類は滅ぶ。病気がある為に健康、幸福が保てる。病気は長生きさせるべき手段であるから、病気はそれ故に有難い。神の恩恵である。もし病気がなければ、人類の活動は滅びる。その原理を今迄間違っている。それと同様である。今迄は反対に考えた。その原理を発見し、治す方法も発見したのである。であるから原理通りになる。医学は逆の理で、いくら進歩しても同じ事である。

浄化作用といふ事が判らぬと、一時寿命の延びる事がある。それは浄化作用を起らぬようにする、停止する。身体を弱らすと、浄化は起り得ぬ。すると死の機会を止める。然しそれが止まらなくなる。そして短命になる。最近京都のヂフテリヤ事件、島根県のBCG事件は、之を物語っている。段々これから激しくなる。(S24・12・13)

救いと審判

“救いと審(サバ)きの関係について御開示御願い申し上げます。

“裁くそのものが救ひである。浄化であるから、小さくいえば人間が病気をする、之が裁きで、浄化が起れば苦痛がある、起せば良くなる。故に救はれた訳である。間違った療法で固めるのは一時救はれて結局救はれなかった事になる。

浄化と救い

“大浄化が迫るにつれて神様の裁きの御働きの方が救ひの御働きより強くなるのでせうか。或は両方共に同じ様に強まるのでせうか。

“同じ事である。平均してゆく。病気は苦しみがある。これが救いである。苦しみは救はれる事である。即ち浄化である。浄まれば救はれる。苦しみは延びるより早い方が良い。体は救はれず、霊だけ救はれる事もある。浄化が強くなる事は救いの力が強くなる事にもなる。

世の終りの経綸の形変えられる事あり

“世の終りについてバイブルには「日はくらく月はおち森羅萬象奮ひ動く」と書かれてありますが、やはりその様な現象が起るので御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“之は一つの寓意的なものである。いろいろ聖書にはあるが、形で斯ういふ事があるのではないと思ふ。世の終りや審判があるのは、神の愛により、外の形に変えられる事はある。大慈悲によって米ソ戦も神の経綸の変えられた点があり、大いに違ふ点が出来る。  (S25・2・28)

リズムの説明

“左進右退のリズムを一般の方に解りよく説明する為の科学的の方法がありますか。科学的な方法について御教示御願い申し上げます。

“科学的よりは炭団団子(タドンダンゴ)の理を説明する。転換は霊界の事で、眼に見えないものだから物質的には説明出来ない。(S24・2・8)

神の裁き、神の本意、浄化の意義

“汚れがあまり溜ると人間の活動に支障を来す故神様が掃除される。それが浄化である。神様は霊的で、改心すれば既往は咎めぬのが神の原則である。罪人を造らぬのが本旨である。  (S23)

不幸・災難は神の咎め(試練)、節

“不幸、災難を受けると云うことは、神様がその人にその家の罪を許される為でしょうか。又は試練を与え給うものでしょうか。或は節としての反省を与え給うものでありましょうか。右、御教示御願い申し上げます。

“罪を咎めるのである。許すんでない。罪を許せば災難はなくなる。不幸、災難は自分が作る。祖先は自分――人間が作った罪で苦しむのである。試練を与えるといふのは、神様が使ふ為にその人の汚物をとる為、浄めるから苦しみが起る、それを試練を与えられたのだと人間は考える。(解釈する)(節は人間にもあるが、罪穢とは関係ない)(S24・9・3)

昼になる事と小浄化・中浄化・大浄化、新しい頭を作って分る救世教の仕事

“小浄化、中浄化、大浄化とあるが、今度こそは大浄化で、穢れを残さぬ。昼になる。今迄の経験や今迄の理屈では解釈出来ぬ。その仕事の中心が救世教であるから、頭を新しく、新しい頭を作ってみないと分らぬ。想像もつかぬ奇蹟が段々大きくなる。  (S25)

火水の洗霊とノアの洪水

“御讃歌に「火と水の洗霊なくば……」とありますが、如何なる形で表はれますでせうか。

“火は霊、水は体、ノアの洪水は水の洗霊であった。(S23・9・22)

神力と光

“御讃歌の中に「火と水の大洗霊に打浄め地上天国樹つる時来ぬ」とありますが、火と水の大洗霊とはどういう事なのでありませうか、御伺い致します。

“火は霊、水は体であるから、此場合――。又、神の力は火水であり、火水は光ともなる。火の方が勝つ程光は強くなる。光で洗霊する事である。(S24・5・4)

火水の洗霊(霊と物質)

“謹んで御伺ひ申し上げます。御讃歌に、「火と水の洗霊なくば汚れにし人の此世は滅ぶ外なき」と有りますが、水の洗霊に暴風をも混じへて受けました事は痛切に被害地にては感じた事と思はれますが、未だ火の洗霊としては敗戦後一般的には左程感じては居らぬ様に思はれますが、今後如何様な状態が想像されますのでせうか。

“水は物質的であるが、火は物質的ではない。浄霊は火の洗霊である。火素は曇りを解消する。物質は凡て水の洗霊である。 (S24・10・26)

ノアの洪水と火と水の洗霊の差異、(キリストとヨハネ)

“関係が相当ある。ノアの洪水は水の洗霊で、六人だけ信じた。八人が助かり白人の元となった。ヨハネは水の洗霊、キリストは火の洗霊をする。浄霊は火の洗霊、火素による洗霊である。之は霊であるから根本的である。それで地上天国は出来る。水はいつか乱れる。迷信である。

「ノアの洪水」と火の洗霊

“西洋神話「ノアの洪水」は現世に如何なる事を暗示しているのでせうか。或ひは又予言なのですか。  これを大浄化の予言と解します時は、唯物主義の思想はどうなるのでせうか。謹みて御伺ひ申し上げます。

“紀元前、ノア兄弟があり、兄は神懸りとなって近く大洪水があるとの神示があり、之を人々に宣伝したが信じた者は六名のみであった。彼は神示のまま、方舟といって蓋のある船を造った。降雨百日といふ説と四十日といふ説がある。人々は皆逃げて山の上へ登ったが、獣や蛇などに食はれて死んでしまった。方舟だけは獣や蛇も入って来れなかったので助かった。食糧は七十五日間用意してあったといふ。そうして僅か残ったのは八人であって、之が西洋人の祖になった――と聖書にあるが、日本にもあった。そして日本では伊邪諾、伊邪冊尊が残られ、潮盈潮干の玉を以て天の浮橋に立たせ、国生みをなされたとある。火の洗霊とは、霊の洗霊、水によるそれを水の洗霊といふ。浄霊は火素でするのであるから、人間対人間の火の洗霊であり、火素が殖えて浄められる。  (S24)

ノアの洪水と日本古代の洪水

“ノアの洪水は紀元前何年頃にあったのでせうか。

“西洋にも日本にもある。日本では伊邪諾、伊邪冊尊時代である。雨が百日降ったといふのと四十日降ったといふのと両説がある。近いうちに洪水があるから大いに用意せよと知らしたが六人信じたのみであった。そして銀杏の形をした方舟を造れと教えられたが、果して大洪水があり、高い土のある所などへ逃げたが、蛇が上って来て喰ってしまふし、舟に乗った人は獣に喰はれたが、方舟に乗ったノア達のみは助かったといふ。之は何十万年前の事ではない。

ノアの洪水時の虹

“聖書にノアの洪水の後に虹が現われたとありますが、虹は何か霊的に意味が御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“虹は霊的意義はない。(水蒸気が濃く、太陽の光線に反射して起った現象である)  (S23・12・21)

現界と幽界の審判

“現界で審判を戴く者と帰幽して審判に逢ふ者との因縁を御伺ひ申し上げます。

“審判は普段が  後の審判である――  といふよりは浄化である。現在の審判は同じ事である。帰幽すれば現界より余計浄化される。現界は肉体がある為に緩和される。(S23・11・24)

現世で救はれざる者、一家断絶と家系

“此の世で救はれざるものはあの世で救はれるわけがないと承っておりますが、一家絶滅の悲惨な家等は、昼の世界への再生はどの様になるのでございませうか。

“とんでもない事である。此世で救はれない。体をもってると救はれないから、彼世で救はれる。地獄へ行って苦しむのも改心する為で、苦しいから改心せざるを得ぬのである。即ち刑罰である。人間は肉体を持っているんで救はれ難く、彼世の事が判り難い。大抵のものは一遍は必ず地獄へ行く。此世でも自首すると罪が軽くなる。改悛の情著しい者は軽くなる――といふのは同じである。

一家全滅は、物質的全滅で、霊がなくなったんでなく、或時期へ行くと、その家の霊で救はれたものは生れ更ってくる。そして再興する事になる。どこかに必ず霊線の繋った一家はある。一家が天国になるには、自分自身が天国になる事が大事である。(S23・11・4)

夜の世界の浄化

“御讃歌中に「幾千歳積りつもりし三界の穢浄むる時ぞ来ぬらむ」と御教へ下さいましたが、現今迄夜の霊界に於きましては浄化は全然なかったのでせうか。御教へ下さい。

“全然なくはない。弱かった。浄化は宇宙の原則である。例えば今迄は悪い事をしても浄化の起るまでに三十年も四十年もかかった。だから悪い事をしても出世したので、それを真似た。それが段々早く知れるようになる。善事もそうである。浄霊も年々早く治るようになる。悪い事が早く知れるのが悪のなくなるに一番効果がある。(S24・8・25)

皇室、徳川の滅せぬ理

“日本歴史を顧みましても、一時代の指導階級の力が弱かったり、或は誠が足りなかったりしたために人心が正しい道を践み行はず、現在とても尚道徳の頽廃を来たして居りますが、之は当然その時の元首、為政者、宗教家、教育家等に、神に対し或は世に対して重大な責任があり、又罪にもなる事と存じますが、皇室や徳川幕府等が大した裁きも受けず、兎も角永続致しましたのは如何なる訳でせうか。右、御教示御願ひ申し上げます。

“今迄可成怨みは裁かれてる。怨みのひどい程早い。信長、秀吉、家康にみるも明かである。  (S24・10・3)

(本教と既成教救いの相違と善行)、最後の最高の救い、力の相違

“罪穢を無くする方法は苦悩に依るか善行を重ねるかの二つであると御教え戴いて居りますが、今の世の中で本当の善行といふものは観音教より外には出来ないと思はれます。大抵は親を病院へ入れる様な善行ではございませんでせうか。

“これは此通りである。自分では善行と思って、結果に於て悪である。本当いふと観音(メシヤ)の真理でないと――之(本教)は最後の最高の教えであるから他の教えは比べ物にならぬ。そういふと独善的に思はれるが、観音教より外に審判に助からぬといふ事は間違っている。他の宗教でも善い人はあるから救はれる。罪穢ない人は救はれる。ただ廻り道・近道の相違で、救はれた後の幸福に大変な差別はある。悪人でない限りは救はれる。

教団は力がある。之は他に比べられぬ。キリストは偉かったが、キリストだけが奇蹟を表はし、弟子は出来ない。信徒は十一人だけだった。仏教の開祖なども、教団の信徒ほど病気は治らぬ。今迄にない力である。宗教で病院を作ってるにみて如何に力がないか判る。医者で治らぬ病気が治れば有難い。神仏を拝んでも治らず医者にかかる訳で、開祖よりも医者が偉い事になる。すると医者の写真を拝むのが本当といふ事になる。

本教と既成教の救い、陽光と月光の差異

“過去の宗教で、何故霊は救はれなかったのですか。

“全然救はれなかったのでなく、救はれ方が微弱であった。といふのは、過去の宗教には力が薄かったからで、それは夜の世界の為であった。夜は月だからである。然し暗の中にいる人間が月光に浴したので、有難いと思っていた。処が今度の私の救いは太陽の光で、太陽は月の六十倍の力がある。その位の違いがあると思ってよい。今迄の教えは月の光だからはっきりしない。今度の信仰雑話ははっきりしている。これを読んでも判る様に、極く僅かの言葉で浩瀚な経文と同じ事が判る。だから今迄は霊界へ行っても、寂光の浄土に救はれた。寂光とは月の光である。太陽の光なら陽光である。

本教信者のみ助かるか

“観音教に入って居らずに地上天国に残る者は沢山ありますか。右、御教示を御願い申し上げます。

“残る者は沢山ある。之は間違えられ易い。誠の人ならどんな人も救はれる。教団に入っても間違った考えや間違った事をしてると滅びる。宗教によるといふより、人間の魂による。教団ではいろんな事が判るから正しい人間になる可能性が多い訳である。物には優劣があるから、良い悪いがある。教団の人は八十パーセント、次は五十パーセントのようなものである。

五六七の世と本教信者

“五六七の世になる時、観音教を信じているもの以外の人々はどうなるでせうか。

“助かる人も滅びる人もある。信ずる信ぜぬに拘はらず、徳のある人は助かる。ただ観音教は浄まるのに早い。効き目が大きいので一段と向上する。又、人を助ける方法を覚えた事になる。  (S24・5・26)

真面目に働き罪犯さなければ大浄化免る

“真面目に働いて居ても、明日の大浄化は信じられぬ故「特にこの御仕事が最善の道とは考へられない、それ故明日の裁きが如何様にあるともよい」と考へて居る人も沢山あります。かかる人々は神様からどの様なお咎めを頂くでせうか。

“真面目に働き、罪を犯さなければ救はれる。信者でなくても立派な人は救はれる。信者は助かるべき方法を教えて戴ける。即ち人を救ふ最善の方法である。それを教はって使はなかったら何にもならぬ。

廻り道と近道、他宗で救はれるか

“他宗教信者で五六七の御代に救はれるでせうか。

“罪穢のない人は救はれる。廻り道と近道とある。ただ観音教団は近道である。

助けると助かるの相違、浄化の今後

“御霊徳によりまして昭和二十四年も無事に終らせて頂き御礼申し上げます。来る昭和二十五年、六年はますます御浄化が激しくなると存じますが、二十五年と二十六年とは何れが激しいでせうか。又、日本と外国との御浄化、飢病戦の状態に就て御垂示御願ひ申し上げます。

“来年は夜と昼との境目であるから、どんな事があるか判らぬ。善い悪いがはっきりする。罪穢の多少による。神は公平であるから、多くの人を助けるのが教団信者の大体――。他宗でも助かる事は出来るが、助ける事は出来ぬ。(S24・12・28)

入信無為の誤り、浄化助かる事と霊の入替へ

“霊(タマシヒ)の入替への御浄化をいただかぬと  地上天国の世迄生きられんと伺いましたが、  霊の(タマシヒ)入替への浄化とは、どういふ風に行われるのでしょうか。普通の浄化と違うものでしょうか。又その霊の入替時の浄化は普通の人にも一見して判るでしょうか。御伺い致します。

“一種の神憑りであらう。邪神にやられるのである。斯ういふ事を言った人がありとすれば気をつけぬといけない。どうすれば生きるかどうか言ってはいけない。浄化は強くなる。堪えられる人は沢山ある。堪えられぬ……は或程度身魂を浄めなくてはいけない。浄化作用で浄まるから、生残る可能性がある。入信しただけで人助けせねば助からぬ。入信していなくとも、その人の心がよく、行ないがよければ助かる。此信仰に入ると、そういふ事に対する浄化力が強いから、助かる可能性が多い。浄化作用は霊的の掃除であるから、汚いものが減る。

役に立つゴミ――御守戴き放し

“お守様拝受して御手伝ひもせず眠って了ひ、甚だしきはお守様を勿体ない事にしてしまった人も相当数ある様ですが、愈々其の時機到来の時如何なる状態になり行くのでせうか。御教示をお願ひ致します。

“駄目になる。何にもならぬ。人を助けなくてはならぬ。蔵う方がよほど勿体ない。大いに活用すべきである。救ふべき道具を戴いた以上、出来るだけ活用すべきである。ゴミでも、掃き出されぬようなゴミにならなくてはならぬ。(S24・6・7)

体と毒素の割合い、地上天国に残る事と毒素

“無毒者に非ざれば地上天国に生存を許されないのでせうか。お伺ひ申し上げます。 

“決める事は出来ぬ。将来善人になる素質があればよい。地上天国になると浄化される。将来改心する素質の有無で決る。毒素は本人のと先祖のを受継いだのがある。極く少い有毒者は少い訳である。人間の毒は十中四割の毒なら立派なものである。すでに浄化されているものとしてよい。今の人間は十中十一位である。或時期へゆくと非常な浄化をする。今予言的な事は言えぬ。

審判に許されぬ霊

“神の審判に赦されざる人の霊魂に就いて――

“地獄へ行き、浄化作用が行なはれ、生れ代ってくる。今度生れ代るといい人間になる。そして、再び罪を犯し得ぬ世になる。  (S24・12・13)

五十六億七千万年と転換

“私方は代々浄土真宗の信徒ですが、釈迦如来の仏説によれば、五十六億七千万年後、弥勒菩薩が此世にお出ましになり、五濁悪世を清浄な世にされるとの事を聞いて居りましたが、世界救世教の御話を聞けば、弥勒の世に二十五年より転換するとの事ですが、釈迦の予言と時期に於て違っている様に、疑問が生じて来ますが、是はどういふ訳でせうか。昭和二十五年が転換期とする根拠は、神のお告げによるか、其の他の理由に依るものでせうか。又仏法を信じ、往生する者は、其の霊はどうなりますか。御伺い申します。

“之は五六七の数字を表わしたものである。もし真の五十六億七千万年を予言したとすると釈迦の頭は狂ってる訳である。そういふ先の予言の要はない訳である。之は仏滅という事を言った。それで仏滅も一遍に無くなる訳ではない。仏界がなくなると、往生して行く所がないと困る。それをこれから救世教で造る訳である。  (S25・2・26)

ハルマゲドン

“ハルマゲドンの戦いとは――

“世界最後の戦い、有史以来ない悲惨な戦い、今後戦いが始まれば、原子戦争で、大部分滅亡状態になる。之以上の悲惨な戦いはない。世界の都会はなくなる。之も徹底的大掃除の為に必要かもしれぬ。世界人民三分になるといはれる。

世の大峠

“世界の大峠は何時来るもので御座いませうか。

“大本教でいふ浄化の一番強い時である。もうすぐで、じきに来つつある。(S24・8・19)

二度目の建替え

“お筆先に「今度は世の二度目の建替え」と言ふ事がしばしば書いてありますが、一度目の世の建替えは何を意味しているのでせうか。お伺ひ致します。

“建替えは何千年か前にあった。

仏滅による変化

“仏滅に依り起る霊界及び現界の事態に就き御教示御願い申し上げます。

“仏滅は浄化が最も強くなる。凡ゆる方面は簡単に言えぬ。今後世の変り方を見ていればよい。(S23・7・13)

仏滅と出口師

“仏界は月の教えで、仏滅によりなくなる。出口師は月の神で之で夜はなくなった。(S23・6・29)

仏滅後の仏

“仏滅後弥勒の世界になりますと、今日迄の仏様は凡て神に化し御守護して下さるものでございませうか。

“これはそうである。つまり仏といふ名がなくなる訳である。(S24・10・16)

鳴神と夜昼転換

“歌舞伎十八番「鳴神」で雲の絶間の姫が八大龍王を封じ込んだ七五三縄を切りますが、夜昼転換を示唆して居るので御座いませうか。御伺ひ申し上げます。

“関係ない事はない。七五三縄は神様を封じ込む型であるから、本当はいけない。封じたのは釈迦といふ事になっている。夜昼転換で、押込められた神は出てくる。  (S24・1・28)

仏滅と仏力

“「仏滅」になって了った時には  「仏」の力は弱くなるのでしょうか。或は全くなくなるのでしょうか。 右、御教示御願い申し上げます。

“偉力は全くなくなる。月であるから、昼にはなくなる。(太陽が出れば白くあるだけである)(S24・2・18)

壁画焼失の理由

“法隆寺の壁画が焼失致しましたが、これは神の御眼から不必要なものでございませうか。

“不必要の意味ではないが、仏界の滅びる一つの型である。いくらか残っているのは御慈悲である。新しく作った方が本当である。古い物を繕らはうとするのは誤りで、新しくしなくてはいけない。(S24・2・2)

仏滅と仏教の現状

“仏滅の意味について承ります。

“印度は仏教が生れた国であるが、仏教は殆ど滅した。といふのは、三億五千万の人口に対し、約三十四万の信徒で、一千人に一人位である。今日本だけ残っているが、之もあまり長い事はない。仏教でも非常に煩悶して種々やっているが、一つの焦りであるからあまり効果はない訳である。

昼夜転換の夢、(転換の推移)

“先日十三歳の子供が夢で、太陽が地平線から上に上り、その太陽の中に或る先生の御顔が見えたそうで御座います。又、或る霊が「曙去れり」とも申しましたが、霊界では節分から太陽は地平線上に昇ったので御座いましょうか。御伺い申し上げます。

“三段になっている。(以前は)霊界の霊界の又霊界へ太陽が出た。最初昼の世界になった。次は中位の所。(今度は三段の最後)地平線といふのは、最後の昼になった事である。「曙去れり」とは、太陽が昇った事である。そして、最初は昭和六年六月十五日で、三段三段三段になっている。もっと最初は、明治維新である。  (S24・2・11)

昼夜転換と過去社会の発展

“世界は弁証法的に発展して来たやうに思はれますが、過去の社会の発展も昼夜転換の理法に由って居たのでせうか。

“昼夜転換は今度が初めてであるから、その為に過去の社会が発展したのとは違ふ。神の経綸により人間を使って発展した。善悪正邪を戦はしたり摩擦さして発達さした。之が根本で、いろいろ表はれて来た。(S24・10・28)

昼の次の夜の世界

“昼の世界の地上天国の次に来るべき夜の世界といふものはあるものでせうか。

“来るかもしれぬが、何千年か何万年後であるから、心配の要はない。(S23・11・22)

転換期の明示

“信仰雑話中に大転換期と御座居ますが、其の時機と五六七の御代になる段階を御知らせ下さい。

“はっきりいえば予言になり、当局から睨まれるからいえぬが、近い中にある。

丑寅の年(廿四、五年の丑寅)

“今年は丑年で古来から丑寅は悪年のように言われて居りますが、本年の節分は特別に何か意義が有りますか。御伺ひ致します。

“悪い年といふのは本当は良い年である。それを悪いといふのは、人間が碌な事をしていないからである。丑寅は非常に良い。浄化の強い霊気が来る。今年来年の丑寅は非常に意味があり、今迄で一番意味がある。極く古い時代に国常立尊様は押込められ、艮の金神となられ閻魔大王になられた。審判の神で徹底的浄化をさるる神で、世の終りに審判をされる。それがキリストの言ふ最後の審判である。それが今近づきつつある。今年来年はそういふ時が迫って来ている。そういふ意義がある。(S24)

大浄化の時説く事

“最後の大浄化は何時頃で、又国民や人類への大警告が頂けますでせうか。その非常時に直面して資格者は如何なる態勢に在るべきでせうか。会員には如何様に話すべきでせうか。人々は此の尊い御道の御手伝ひをさせて頂く事に依り罪の軽減となり、そのお許しを頂く可能性が生まれると信じますが、未だこの御道を知らない人々が身辺に迫った大浄化に気付いてから悔い改めてもお許しが頂けるでありませうか。

“之は絶対に言えない。問題にされ、目を付けられて仕様がない。ただ「近よった」事と「ある」といふ事は言える。聖書にあるからである。自分も判らぬ。その時になれば多分そういふ事もあらう。今の処社会的信用がない。信者間だけで、反って悪く解釈される。新宗教は頭から軽蔑され、インチキのようにみている。大いに救ふべきである。本当の働き甲斐がある。今はその準備であるといっていい。その頃には非常に力が出る。お許し戴ける人と頂けぬ人とあり、罪があまり多いと難しい。今ははっきり言えぬ。

他宗教にても昼の世界をいふ

“踊る宗教、霊友会等でも、  観音教に似た事を申しているさうですが、之は霊界が明るくなり、夜昼の転換をそれとなく知った低級霊の働きでせうか。

“そういふ事もある。霊界が昼になったのは霊は皆知っているから、助からうとして子孫に教へる。長唄、常磐津なども非常に神秘がある。(S23・11・22)

世界中明るくなる時と順序

“いつ頃世界中が明るくなるでせうか。

“世界中が明るくなるのは、少くとも十年先と思ふ。日本が段々大きくなり、再来年あたり朝鮮、支那、印度と行かう。アメリカは割合い早い。解りがいい。

霊界転換の急所

“霊界の転換が現在はどの程度に変化しつつあるか大体の情況をお教へを御願ひいたします。

“転換の峠は急所は廿五年になる訳で、今は峠の手前で、丁度黎明期にならう。転換はやはり現界へ写る。特権階級の没落などそうで、未だ新しい階級が出ない。これからの事を注意していれば判る。(S23・8・21)

転換期とフリーメーソンの説

“謹んで御伺ひ致します。自分も昨年六月教修を受けまして光明如来様も受けさせて貰ひ家中八名入信して居りますが、先生方の御話さるるには、五六七の世が近づいて来て居ると御教え下さいますが、何時頃でせうか。どういった様な浄化も来ますでせうか。御教え下さいませ。

“簡単には言えない。予言にもなるから言えない。来るのは事実で、五六七の世は昼間で、浄化は強くなる。廿五年は転換期になっている。之はどこでも言っている。フリーメーソンでは、重要な記念日は六になる。廿五年以後百年間は六の日がないといふ。故に以後百年間、戦争はないといふ。ユダヤの印は✡(ミツマタ)である。五――人、六――獣である――☆(ホシガタ)。五六七の世は吾吾が造りつつある。急には出来ぬ。浄化も同じである。注射禍事件はその表はれで、今に飲み薬もそうなる。(S24・1・26)

固め不能の時期、(最後的浄化症状)

“固め療法の火素の増量によりその目的の達成不可能の時期は何時頃でございませうか。

“もうじきで、来年あたりから、かなりひどくなる。此暮から強くなる。疥癬は緩慢な浄化で、急激でない。急激なら外の浄化となる。急激なのは奇病の形式となる。急激になると、嘔吐、下痢等となる。之が生命に係はる。疥癬は生命に別条はない。いろいろの症状――今迄にない病気であるからハッキリ言えぬ。要するに大浄化作用が起る。(S24・6・19)

日本の恐怖時代、(今世紀の恐怖時代の在り方)、地震と人間の曇り

“日本の恐怖時代はいつ頃終了致しますか。又、最も烈しいのは何時頃でせうか。又、それはどのような形で現われますか。御伺ひ致します。

“日本の恐怖時代は戦争以来今も行はれつつあるが、浄化の強くなるのはこれからで、大体二十五年といふ事になっている。之は浄化の形になる。浄化とは掃除であるから、汚いものが掃除されるんで、人間の苦しむ事は皆掃除である。戦争もインフレも、物資不足も地震も、皆浄化作用である。地震は地殻の収縮であるが、曇りの多い人は災害の起る所へ自ら集まるもので、そこで清算される。人間の身体でも膿は一所へ集まるが、それと同じ事で、之を大きく考えればよい。地震の起る事は決っているのであるが、曇りの多い人は、そこへ浄化さるべく集まるのである。霊界には曇った所と、それ程ひどくない所などいろいろある。曇りの多い人は曇りの多い場所へ行くようになる。

どのような形で浄化作用は行はれるかといふと、小三災と大三災で、日本に於ては、飢病戦が主であるが、風水火も二、三年の中には来るかも知れぬ。今迄のそれは局部的のものであった。今度はもっと広範囲にあると思ふ。今度の恐怖時代はノアの洪水の如く全滅的でなく、今度は火の洗礼で、今の文化を滅さぬ程度に行はれると思ふ。然し、之は予言する様に思はれるので、今は判らないとしておく。

最後の審判の表はれ方

“最後の審判は何の様な形で行はれるので御座いませうか。

“之は、はっきりは言えぬ。(浄化が)極端になる。表はれ方は神秘である。

地球の浄化

“地球の浄化とは――

“いろいろで、病気、地震、洪水等、  或いは物質不足等いろいろある。戦争等もそうで、米ソの冷い戦争などもそうである。風水害等もある。

大浄化の様相

“夜の世より昼の世界への転換には最後の審判即ち一大浄化がある様に承って居りますが、現界には如何なる形に依って現れるので御座いませうか。水の洗霊、火の洗霊、天変、地変、病難、災難等のうち何れでせうか。御伺ひ申し上げます。

“火の洗霊は霊的で、浄霊――。水の洗霊はノアの洪水である。病気は無論ある。之が一番恐ろしい。浄化も最後は一切が一遍に出てくるとみてよい。その時こそ信者は大いに働かなくてはならぬ。予言になるから詳しくはいえぬ。病気は直接的に――。(S24・7・17)

黎明霊界の現時刻

“只今霊界の夜明けの状態は現界の時間にして何時頃で御座いませうか。

“夏と冬と違ふが、間もなく夜が明ける。四時と五時の間位である。

大浄化の特別お伺い会

“時節柄政治や戦争等の大浄化の将来に就きましては大先生様よりの御指導は頂けない事と存じますが、此の点の深い御指示を頂くには他の適当な場所及び機会を得て御伺ひさせて頂く可きでせうか。或は平常此の御席で御伺ひ申し上げた程度を承知させて頂いて居ればよいので御座いませうか。右、御教示御願ひ申し上げます。

“これでよろしい。外へ知らすと不公平になり――、神に秘密はない。よく別に呼んでコソコソやるが、之は悪の世界の行り方である。如何なる時も如何なる人にも――。智慧証覚の進んだ人はお話の深くを悟り得る。そのまま判る人或は半分位しか判らぬのもある。大浄化されれば曇りが除れるから良くなる。医学的に健康は違ふが、本当の浄化は激しくなるに決っている。将来戦争はなくなり、政治も本当の正しい美の政治となる。  (S23・12・18)

救世教になっての浄化

“明主様の御写真、大光明如来様を御祀りしている女の信者で御座いますが、大浄化の為最近死亡致しました。家族の者は引続いてお祀りするのを嫌って居ります。そこで本人の実家の方では入信致して居りますので御写真並びに御神体を自分の家へ御迎へしてお祀り致したいと申して居ります。如何致しましたら宜しう御座いませうか。御伺ひ申し上げます。

“メシヤ教になってからは霊界がよほど違ふ。大体今年に入ってからで――といふのは、厳しくなった。どうしても改心しなきゃならぬ事となった。その代り線に入れば、先より良い事が余計にある。  (S25・2・11)

浄化激化

“浄化が激しくなると言ひますが、  果して人体に影響しますでせうか。又、その頃は世の中はどう変るでせうか。

“浄化激しくなると、人体に影響して病気が殖える。その代り吾々の方は病気の治りが早くなる。医者では治らなくなる。特権階級は落っこちた。華族はとられるし、皇族も困っている。こうして特権階級は罪をとられた。そして本当になった。之によっても浄化が如何に強いかが分る。政党の運動費などもゴマカしが出来なくなった。政党献金なども段々出来なくなる。(S23・8・16)

霊現象と転換期

“最近木の花会の各教導所を通じて互に関連のある様な霊的現象がありますが、何か大きな転換期に当っているでせうか。

“ひとり木の花会のみでない。人類全体の転換期である。(S24・2・12)

本年の見通し

“本年度の見通しについて、

一、昭和二十四年、二十五年は大浄化の最高潮の時期だという事を間接的に御伺ひして居りますが、如何でございましょうか。

二、他宗教でもその様な事を種々申して居る様ですが、如何でしょうか。 

三、病気、戦争、経済、天災等について。

右、御教示御願い申し上げます。

“廿五年あたりが転換期であるから、ひどい。ユダヤでも言っている。病気ばかりでない。病気や天災はある。注射すると悪くなるような事がある。戦争もあらう。米ソは戦争によらなくては解決つかぬ。  両方共――特にソ連の方は避けているが、避けつつ共産化しつつある。朝鮮でも撤廃したが、朝鮮人を共産化して見込みが着いたので引込めた。ソ連の共産主義と中共軍の方とは違ふが、元は一つのものである。支那を赤化すれば、アジアは大半赤化する。後、日本より外ないので、日本を共産化の防壁たらしめんとする。日本の再武装をし、兵隊を日本人から沢山とる事になる。両方で軍備している。ソ連は原爆が出来ている。(S24・1・8)

大浄化の時期

“肉体的、又、社会的な大浄化は来年あたりから急激に来るのでしょうか。或は四、五年の間は大浄化の来方も緩慢で、それから急激に来るものでしょうか。右の事は、一同の者多大の関心を持って居ります事故、何卒御教示を御願い申し上げます。

“余程前から来ている。今来つつある。特権階級の没落などそうである。今政界の大浄化が来ている。急激に来るものではない。如何なる事でも一切は急激に来るものはない。段々来るものである。疥癬は段々なくなる。疥癬は緩慢な浄化で、こんな有難い浄化はない。緩慢であるから生命に関はらぬ。急激なのは天然痘のようなものである。然し大体生命のなくなるもっとひどいのが来る。急に天然痘に他の病気が加はるから、天然痘のもっと急激で重いものが来る。今、他のいろんな浄化が来ている。神様がうまくやっているんであらう。

支那の戦争など大浄化で、蒋介石は危い。日本はいろんな没落や皇族の生活難、金持の没落等で、朝鮮の浄化とても大変である。全般的に来る。段々濃厚に強くなる。ただいろんな予言はしない。一番困るのは「今に大審判が来ると、教団のものだけ助かる」などと言ふ事で、私の言ふ通り言はぬ。古い宗教は差支えないが、新宗教はすぐに問題になる。

大浄化と人口激減

“信仰雑話「霊線に就て」の御話の中に『今後星の数も、人類の数も、如何程増加するか量り知れないものがあろう』とありますが、来るべき大浄化によります人口の激減との関連に就きまして、御垂示御願ひ申し上げます。

“大浄化で人口が減っても霊は減らぬ。何れ又殖える。これからは善いのが殖えるからそれでよい。(S24・10・28)

狐霊界の寿命

“狐霊は異口同音に「我々の世界はあと一年半だ」と申しますが、其後狐霊其の他の邪霊は如何になるものでございませうか。

“狐霊で改心するのは助けられる。でないと永久に掃溜のような所へ閉鎖される。無期徒刑のようなものである。今年の暮から、来年へかけて大変である。浄化の最後になる。(S24・5)

建設完成の時

“光明世界建設が真に完成されるのは昭和何年頃ですか。

“建設されるのでなく、建設が始まるのである。建設されるのは何百年といふ事はないが何十年はかかる。今は破壊の手前で――局部的破壊は起っているが、世界中未だ未だ斯んな事はない。建設が始まるのは数年で、破壊されて建設されるんでない。キリスト教の中に――或教会の神父だったが、「キリストの世の終りとは」と聞いた。すると、「地球上の人間が皆死に、無の世界になる。其後千年位経って、死んだ人が生きてくる。之が復活だ」――と言った。西蔵へ行った名僧故川口龍海といふ人に或人が訊いた。「人間死ぬとどうなるか」と、「人間が死ぬと太霊に溶け込む」と言った。つまり無くなってしまう事である。大谷光瑞氏など、人間が死んで霊界へ行くような事はない。もしそうなら、昔から死人は何億あるか知らぬ、それが一杯で、霊界は入る余地がなくなる――と言った。処が、幽霊は針の穴からも出入りするほど伸縮自在である。

太陽と昼間の世界

“昼間になるから太陽が出るのか、太陽が出るから昼間になるのか、どちらが根本でありますか。

“これはどっちとも言えない、同時である。それは死ぬから生命がなくなるか、生命がなくなるから死ぬのか、と言ふのと同じ事になる。

昼の世界の紫微宮

“昼の世界になると仏界の紫微宮に当るところを何と申すのでせう。

“未だ名はない。今度つける。今ではここが紫微天宮である。

理想世界の神霊と人霊の別、(順序確立)

“理想世界に於ける今迄の神霊と人間霊との差別及び取扱ひ方に就て御説明を御願ひ致します。

“理想世界では神霊、人霊の別ははっきりする。今迄は上が下へ、下が上へ行っている。人間もそうなっている。それが今度は実際になる。日本は特に早かった。といふのは、特権階級が落ちたりしたのは、順序の間違っていたのが訂正された第一歩が具体的に表はれたのである。

光明世界の宗教

“光明世界になると宗教の要はなくなる。病人があるから医学の要あり、罪人がある故に警察の要がある。宗教は礼拝するものだけ残るが極く簡単になる。警察、法律の設備を誇るのは当らぬ。自慢にならぬのみか恥辱である。聖徳太子は十七条で治められた。太子は観音様で、宗教家よりも芸術家である。推古仏――。「廿一世紀」、小説にかく。  (S23)

五六七の世の完成人とは

“五六七の御代に於ては、完成した者のみが残される如く伺っておりますが、これまで手術をして内臓など片端になっております者は、如何なものでしょうか。

“完成を体的に考えている。霊的に考えなくてはいけない。(S25・5・23)

五六七の世の三界、(浄霊力)

“夜の時代の霊界は天国、中有界、地獄の三段階に大別されて居ると言はれて居りますが、五六七の御代に成れば何に変化致すものでせうか。御伺ひ申し上げます。(例へば地獄界等は存続致すもので御座居ませうか)

“五六七の世になっても、地獄もあるが、極く少くなり、刑罰も軽くなる。天国は多くなる。即賞即罰になる。浄霊も年々治りがいいのは、霊界の浄化力が殖えた訳で、薬は又逆に利かなくなる。廿年前は大先生とて今の信者位しか治らなかった。(S24・11・17)

光明世界の霊界と現界

“光明世界に於ては、霊界と現界との関係は如何なるもので御座居ましょうか。

“霊界と現界は無論あるがピッタリする。今は喰い違っている。霊界に起った事が現界へ出るのが遅い。光明世界になるとピッタリ一致する。私などそうで、大先生が先になったり、霊界が先になったりする。よく早すぎると神様が止める。待ってるとピッタリする。悪い事が判るのも割に早くなった。今迄は二代三代もして判る。光明世界になるとすぐに知れる。

極く最近の炭鉱国営など前は当然のようだったが、今度は暴露した。段々早くなるとすぐ判る。本当に暴けば全部そうだが、今の大臣は皆うまくやっている。でなければ政党首領になれぬ。いくら偉くても金を使はなければ絶対になれぬ。今度の総選挙も運動費が大変である。  (S23・9・2)

昼の世界の時所位、(人意でやり抜く誤り)、即賞即罰

“昼の世界になれば地獄や此の世の苦もなくなると致しますれば、悪因悪果は解消する訳でしょうか。又、悪を思い悪を行なう様な無智な人は生存を許されなくなるのでしょうか。昼の世界に於ける時所位とは――丁度「運命と宿命」とに於ける宿命の如く――人々の御霊の高下の「ワク」によるものでしょうか。或は昼の世界建設の論功行賞によるのでしょうか。又は右の両方を兼ねたものによって決るのでしょうか。右、御教示御願い申し上げます。

“悪の知れ方が早くなる。今迄は時間を要した。段々早く知れるようになる。善い事も知れ方が早い。悪い事をするのが詰らない事になる。即賞即罰である。病気の如くで、今迄毒の固まったものを固めるようにしたが、明るくなると固まらぬ。夜の時代は二十年も三十年も知れず、悪い事して出世したので、みんな真似をしたが、昼になると今日の事が明日知れる。病気も一時固めが出来ず、注射事件等もその現はれである。注射液が悪かったのではないので、一時的予防の効果がなくなるのである。悪もそういふ訳である。収賄などの事も早くなった。

今度はどこまでも徹底してくる。時所位を得る事は、自然に決る。人為的に考えてやるが、此方が反っていけない。信仰も人為的ではいけない。人間の為し得る事は或程度やる。どこまでも人間の考えでやり抜く――之がいけない。精神一到何事か成らざらん、は大いに間違っている。病人等も生の執着の強いのは成績が悪い。人間の精神一到で行く位なら世の中は何でもない。どんな事しても死ぬものかといふ人は大抵駄目である。(S24・1・8)

五六七の世の地獄、(宗教家の失業)

“五六七の御代には霊界の地獄は如何なりますでせうか。

“地獄はズーッと少くなる。重い刑罰はなくなる。獄卒の失業者なども沢山出来る。肥料会社、薬剤師等。一番終りには宗教家が失業する。(S23・12・22)

五六七の世は霊体一致、霊界事象移写の遅速、火災の真相

“信仰雑話中に現界の凡ゆる事象は霊界からの移写であるとお教へ下さってありますが、最近各地に大火が起りますが、霊界に如何なる事象が起っているのでしょうか。

“霊界に事実起るが、何故起るか、その原因を査べるべきである。一つの浄化でいろんな汚れてるものを焼却しなければならぬ為にどうしても焼く。焼く前に霊界で焼く、それが現界へ写る。例えば病人が痛むと、浄める。すると霊の曇りが除れる。すぐ治るのと時間のかかるのとある。之は霊界の移写と同じ事である。であるから、今日霊界にある事が、今日写る事も明日写る事もある。年々写り方が早くなりつつある。五六七の世になると霊体一致で、霊界からすぐに写るようになる。五六七の世には、悪い事をすると見付かるのが早くなる。遅いから悪が絶えぬ。早く写ると悪は出来なくなる。知れるのが早いか遅いかで決る。

地上天国の理想と日本

“地上天国の理想は日本国土のみではなく、世界全土の天国化を理想とするものと解釈してよいでせうか。又そうだとすれば、その時期は一時に来るものか、又日本より始まるもので御座居ませうか。御教え願ひます。

“世界的である。日本だけ良くなっても本当に地上天国ではない。日本だけ良くなろうといふのが八紘一宇精神である。自分の国さえよければよいといふのは追放組の考えである。ただ日本が見本をみせるといふ事はある。軍備を撤廃したのもその一つである。(S24・6・5)

世界一様、(一夫多妻、婦唱夫随)

“世界の地上天国化は先ず家庭からと承って居りますが、支那の一夫多妻や、西洋の婦唱夫随等の風習に対しては、世界救済の此の御道から見て如何に考へてまいるべきでございませうか。御伺ひ申し上げます。

“こういふ事は止まる事になる。凡て世界中同じになる。婦唱夫随も一夫多妻も本当でない。

今後の世の在り方、(左上右下)

“今迄は右へ傾いたり左へ傾いた。今度は結ばれる。左が上、右が下になる。

地上天国の経済・政治

“地上天国界に於ける経済機構並びに政治機構――

“みろくの世の経済や政治機構については、今に本が出来るから、それへ悉しくかく。経済機構は随分変るが、一つだけ話す。それは、税金がなくなる。無税となる。凡ゆる産業の法人や会社等の利益は三分する。そして一分は政府、一分は資本家、一分は勤労者(労働者や技師等)に分配される。中小商工業以下組合があり、営業を一纏めにして三分の一にする。その時代になると隠匿や誤魔化しがなくなる。教団が広まるとそうなる。税務所はなくなって簡単明瞭になる。二重三重帳簿とか税吏やスパイ、刑事等の如きものはしなくてもよくなる。熱海にいる頃など、警官が二人信者に化けて入った。銀行へも査べに来た。政治機構は、天皇政治もなくなり、民主政治になるが、民主政といってもいくらか違ふ。経もある。十の字になるのである。天皇政治は、天皇を利用して、重臣達が自己の野心を遂げんとする弊がある。

五六七の世の教育・経済

“五六七の世になるともっと簡単になる。今は早すぎる。九年で出来る。医学、法学はなくなり、税はなくなる。経済学も殆どなくなる。凡ゆる法人も個人も国民の利益の三分の一は国民の方が持ってゆく。国営などは、戦時の目的の為に作った。専売などの官営事業は戦費を賄ふ為に作った。(S23)

五六七の世の法律

“五六七の御代にも法律の必要がありますか。

“法律はあるが簡単になる。規則はある。支那の堯時代には法三章といったし、聖徳太子は十七条を定められたが、法律は段々減ってゆくのが本当である。或時代へゆくと減ってゆく。未だ殖える時代は悪化している。法律は動物を入れる網の目のようなもので、それに大穴をぬける。未だ劣等である。議会などは網の目を細かくする。作る所である。法を使はぬようにする議会になれば本当である。文化は退化している訳である。(S23・10・13)

五六七の世の娯楽と観光施設

“五六七の世に於ける娯楽面は今迄と違ひませうか。又、観光地建設の必要性―― 

“娯楽も凡ゆるものが非常に進む。ダンスなども不純な事をしなければよくなる。金銭は汚れたものと思はれている。之は使い方によるので、不正な事などに使ふからそういふやうに思はれる。先に大本教で、三味線を嫌ふ人があった。これも花柳界等良くない方に使はれるからである。これ等も良い方面へ使えば、こんな結構なものはない。娯楽方面は非常に進歩発達し、踊りとか音楽の会なども沢山出来る。この頃になると午前中半日働いて後は娯楽をする。鉄道など金持が自費を投じて旅行さしたり、劇場なども自費でつくり、只で見られるようになる。すべて金持の利益は公開されるから、利潤が明かに判るんで、金持も大勢の為に散財する事を喜ぶ金持のみになる。そうしてこそ初めて富豪は尊敬される。

観光地なども、立派な設備が出来、日本は世界一の設備が出来るから、素晴しい公園になる。日本の中でも一番好いのは日光、箱根だが、戦場ケ原へは素晴しいものが出来るんで、東照宮はその模型である。観光は観音の光となる。

光明世界の服装、(神事の服装)

“光明世界に於ける神事は在来と変りないものでしょうか。又、服装等に於ても同じものでしょうか。

“光明世界になると変る。服装などは今より長くなる。洋服は労働者の服装で、今の服装は地獄の服装で、獣と同じである。あれで四つん這いになると獣である。神事の服装も華美になる。沓など金銀の飾りがつく。冠など宝石を鏤(チリバ)める。(S23・9・2)

五六七の世の電気設備と労働

“五六七の御代には、一、電気設備は如何様に変化致しませうか。又、発電、送電、配電等の施設は不要に成りませうか。二、労働者の状態は、如何になるでせうか。

“一、もっと進歩する。無線が発達するから、線が少くなる。

二、労働時間は四時間になる。本来神様は、そういふ風に人間を造ってあるのである。今の人間は労働時間を戦争や犯罪、病気等の為にとられているのである。そういふものが無くなり、初めて楽しい世になるのである。農民も幸福になる。  (S24・8・17)

労働時間

“一般社会では労働時間に就て論議されて居りますが、健康と労働時間に就て御教示を御願い申し上げます。

“労働時間は今に四時間になる。私は段々それを考えている。農業も無肥料にすれば四時間で沢山で、米など倍とれるし、野菜など――。(S23・12・28)

昼世界の農工商の階級

“昼の世界の農工商の順序を御伺い申し上げます。

“上下はない。封建時代は階級をつけたが、五六七の世にはない。然し、農工商各々には階級はつくが、職業そのものにはない。 (S23・11・24)

光明世界は世襲か、(差別的自由)

“光明世界に於ける時所位は世襲的に一定不変のもので御座居ましょうか。それとも魂の曇り如何により時所位に上下の変動があるもので御座居ましょうか。

“世襲でもあり、世襲的でもない。その人の働き相応で、大体は世襲で、変化がある。どっちかへ決める事はいけない。経と緯である。差別があって自由である。

五六七の世の結婚

“みろく世界に於ける結婚観についてお話し願ひます。

“自由結婚であらう。然し、日本などは今無理である。青年男女が相逢ふ機会が少い。自由結婚では婚期が後れる。日本の現在は見合結婚が必要である。見合結婚でもそう違いはない。最初は恋愛結婚の方がいいが、どっちも欠点はある。五六七の世になると無理がなくなるから、自由結婚が多くならう。

昼の世界の賭博心理・恋愛等

“将来昼の世界になりました場合、賭博心理や之と関連ある様な好奇心、多くの恋愛、冒険、投機心等はどの様になりませうか。

“投機心理は悪の方であるから、ズッと減る。スポーツは盛んになる。恋愛其他は今と変らぬ。邪悪はなくなる。人を苦しめるものがなくなる。被害者が出ない事なら何でもよい。  (S24・1・23)

五六七の世に淘汰されるもの

“みろくの御代までに自然淘汰される動植物について御垂示下さいませ。

“動植物はあまり淘汰されぬ。寧ろ人間が淘汰される。すべて動植物は人間の必要の為にあるのである。恐龍等の如き、人間に害をなすものは自然淘汰された。八岐大蛇とか、大蠎なども今はなくなった。故に人間に必要がなかったり、害をするようなものは無くなる。人間の血がきれいになれば、黴菌もなくなる。食物や想念等により血が濁る事もなくなるから、肺結核の如きもなくなり、結核菌もなくなる。植物は皆必要なもののみであるから、無くならぬ。(日本武――松の木と間違え蠎をまたいだ。八岐大蛇もなくなた。猪、狐などもなくなる)(S24・8・9)

光明世界の悪

“光明世界に於ては悪はなくなるでせうか。

“光明世界になると、悪がすぐ分る様になる。

五六七の世に於ける地獄界と現界の地獄

“ミロクの世が建設される迄には、相当地獄へ落ちて行く者が多いと思はれますが、ミロクの世が建設された時に霊界の地獄はどうなるので御座居ませうか。

“五六七の世には、地獄へ落つるものも救はれるものもあるが、救はれる者の方が多い。地獄界も段々少くなって来る。五六七の世になると極く閑散になり、当分はあっても徐々になくなる訳である。それで現界の監獄なども殆どなくなる。刑罰は下等の労働をするようになる。炭鉱夫とか、鉱山夫とか、火夫のような、一番骨の折れる事である。(S23・7・4)

五六七の世の地獄、(最低地獄の淘汰)

“五六七の御代になりますと、従来の地獄は如何なる形になるので御座いましょうか。お伺い申し上げます。

“或時期まであるが、ずーっと苦しみは軽くなる。刑罰は重労働になる。汽車、電車、炭鉱夫、火夫。最低地獄はなくなる。軽地獄のみ残る。(S24・8・21)

理想世界の地獄と最極刑

“地上天国が実現すれば、霊界の地獄は解決して無くなるでせうか。御教示願ひます。

“将来はなくなるが、当分はある。  地獄などは段々小さくなる。刑罰などは無くなる。最極刑は重労働になる。地獄も段々、八段九段がつまって行く。下の方が切りつまって行く。

五六七の世の刑罰

“「五六七世界」の刑罰――

“刑罰は、船舶の荷揚夫、炭鉱夫等の重労働で、監獄、留置場の如きものはない。善い世の中になる。法律が段々減ってゆくようにならねばいけない。昔の堯時代の法三章、聖徳太子の十七条の憲法等、こんな簡単な法律で治まった時代もあった。(S23・10・17)

昼の世に於ける邪神、(燈明廃止、邪神の霊線)

“みろくの御代には邪神はどうなりますでせうか。

“邪神は居るには居る。兇党界は邪神の根拠である。霊界が昼間になると活動が出来ぬから、活動をせずじっとしている。明るいと邪霊は活動出来ない。幽霊でも心霊研究でもそうで、暗くしないとやらぬ。仏様に上げる燈明などは之からは必要がない。悪霊も働けぬ。浄霊すると苦しがるのは光を恐れるのである。邪神は自分の何万といふ眷族を霊線によって働かせる。昼になると神様の霊線は一層力強くゆくが、邪神の霊線は行かないので、じっとしてしまう(萎縮)のである。邪神は光を恐れる。以前私に狐が憑らうとしたが、どうしても憑れなかった。三尺位しか来れぬ。  (S24・8・9)

光明世界の兇党界

“兇党界の三巨頭の霊は光明世界に於ては如何になるので御座いましょうか。

“或一個所へ押込められ出られない。如何なる兇党も、光に遇ふと活動出来なくなる。光明世界は明るい為に、手も足も出なくなる。封じ(閉じ)込められたと同じである。(S24・5・11)

昼の世界に於ける十五夜・七夕祭・天の川、天の川と人口密集地点

“十五夜、七夕祭等、夜の世界の行事は昼の世界に於ても行はれるもので御座居ませうか。又、天の川に就てお伺ひ申し上げます。

“昼の世界になっても、夜はあるから行はれる。祭りをするのは結構である。十五夜は月の一番盈ちた時である。天の川は星の集まりで、星は人間になる。之は将来人口の増加した時の形である。人口の密集地点になる訳である。(S23・12・2)

五六七の世の期間

“大先生のお言葉に五六七の世になりつつあると聞いて居ります。五六七の世になった暁は、月日の流れるにしたがって、又今の世の中の様になるものでせうか。又、五六七の世はどの位続くものでせうか。お尋ね致します。

“今の世の中のようにはならぬ。又、太古のように裸にはなる訳はない。世界は無限に進歩し、後戻りはない。何時までといふより、永遠無窮である。(S24・3・7)

五六七の世に於ける一年日数

“五六七の御代になっても一年は三百六十五日でせうか。

“これは別に変る事はない。