おかげばなし批判 六○六号の注射

中毒で頭脳を犯される

福岡県T・T

昭和二三年九月頃より主人の眼が霞み仕事が出来難いと言って近所のお医者に行き六〇六号の注射二四本、その他の注射を続ける事三カ月、少しも良くならず眼は段々悪くなるばかり左半身は不自由になり、頭はぼんやりして毎日ぶらぶら歩き廻り、一つ所に五分と落付いて居る事も出来ず、小さい石につまずいては転び一人で起き上る事も出来ず、帯が解けてもその儘ぶらぶらと歩き廻り近所の笑われ者になって居りました。

お医者様に行っても養生の方法はありませんね、と言われ、暗い気持になって居りましたら、I様の光明如来様のお力にて何んな病気でも治るという事を聞きましたので、早速主人を連れてお伺い致しました。

有難き光明如来様のお話をお聞きして、 私如き者でも御守様を戴けばお力を戴けるとのお話を聞き、早速教修を戴きました。主人は御浄霊を戴きますのに初めの中はじっと坐って居られず、こそこそとして居りましたが、度重なるに従い落付きも出来て参りました。三月の寒い日誤って三間ばかりある川の中に転げ落ちましたが、かすり傷一つ受けず畳の上で転んでも立つことの出来ぬ不自由な者が、不思議と川の中で立ち上り救いを呼んで居る所を近所の人に助けて頂きました。

光明如来様の御守護を頂き是非主人もお守護を頂戴致し度いと念じて居りました。お蔭様にて四月一〇日、妹と一緒にお受けする事が出来ました。忘れも致しません四月二四日R教会にK先生のお話をお伺いに参りました所、お忙しい中を特に御浄霊をして下さいましたが、見ている中に、不自由な手が上に上り、信者一同光明如来様のお力の偉大なる事に驚きました。足の方も行きには人の二五分もかかれば行き着く駅迄一時間もかかりましたのに、帰りには三〇分位にて帰宅致しました。それより二日後には杖もつかず毎日一人で教会に御浄霊に通えるようになり、お蔭様にて立派にお蔭を頂き家内一同感謝申し上げ、暗かった家の中も光明の毎日を暮させて戴く樣になりました。所が九月頃より再び御浄化を戴き一〇月の末頃より益々はげしく頭の働きは全くなく、お可笑な事があっても笑を忘れ立腹する事もなく全く魂の抜けた人の如くボーッとなり、手足の自由もかなわず家の中もいざって廻り、小便が何時でたかも判らず非常に困って居りました。

近所の人々も「今後はもうMさん(私の主人)も助かるまい」と言って居たそうです。それが忘れも致しません一一月四日夜、食事にと立ち上り歩こうとして居りますのでどんな具合で歩いて来るだろうかと見ている中に、バッタリ倒れ、柱の角に激しく頭を打付け人事不省になって了いました。驚いてお父さんお父さんと呼びましたが返事をしません。お隣りの方に来て戴こうかと思いましたが、嗚呼申訳ない事になって了ったと御神体に向ってお詫びを申し上げ御浄霊をさせて戴いて居りました所、次第に意識を取り戻して参りましたのでホッと致しました。一時間後に再び御神前にて御浄霊をさせて戴きましたところ初めて気付かせていただきましたのですが、後頭部に柱の跡が長く三寸位腫れ上って居ります。驚いて後頭部を念入りに御浄霊させて戴き其夜は寝らせて戴きました。夜明頃より吐気を催し数回色の付いた胃液の様な物を吐きました。

頭痛が激しく身もだえ致しますので早速教会からD様に来て戴き数回御浄霊を頂きました。お蔭様にて次第に頭がはっきりして参りまして光明如来様のお話を色々尋ねる様になりましたが、不思議な事には一昨年九月の発病から今度柱に頭を打付けて人事不省になったまでの間の事は全く記憶がないと申して居るので御座います。不自由だった手足も一度にお蔭を頂き三日目には久方振りに入湯も自由にさせて戴き、之れで身も魂も清々となりまして喜ばせて頂きました。長い間の頭の狂いを薄紙をはぐ如く一日一日とはっきりさせて戴きまして家内一同感謝の喜びの日々を送り迎えさせて頂いて居ります。

右の批判

この実例は医学に対し一の問題を提供したといってもよい。それは最初眼病になった際、それをみた医師は、黴毒が原因と思い、六○六号を注射した事は想像され得る。処がその診立は見当違いであったばかりでなく六○六号注射の中毒で、全身的故障を起したのである。而も、頭脳まで犯されたのであるから気の毒なものである。

之は医学では未だ知らないらしいが六○六の中毒は、多く頭脳を犯し、脳神経衰弱になったり甚しきは精神病となる事さへある。之は吾等の長い経験上そう思へる。処が始末の悪い事は、梅毒を治そうとして打った注射の中毒が、脳を犯した場合医師は梅毒の為というのである。之等医学の誤謬を見せつけられる毎に心の暗くなるのをどうする事も出来ないのである。

(救世六十四号 昭和二十五年五月二十七日)