この事実を何とみるか

本教は常に、現代医学の治病率と本教浄霊のそれとの比較実績を発表してゐるが、其あまりの違いさに驚かない者はあるまい。医学を絶対のものとして信頼しつつある現代人には到底信じ得られないであらう。然し飽迄事実は事実で、百の学理よりも一の事実に如かずである事は今更言ふ迄もない。

勿論わが神療法の驚異的医術こそ空前の大発見であり真に治る医術である。従而此医術が全世界に知れ瀰るとしたら、今日全世界幾万の医学者が熱血を注ぎ、苦心努力しつつある研究や実験は、何等の意味をなさない処の徒労以外の何物でもないという事にならう。而も此未完成を脱し得ない現代医学の為に、多数の人類が病苦の桎梏から解放されないばかりか、研究の対象となり犠牲者とされてゐる現状をみれば、到底安閑としてはおれないのである。

然るに、吾等が廿数年以前から口に筆に迷夢を醒すべく努力しつつあるに拘はらず、唯物医学に捉はれてゐる現代人、特に専門の人達は触れようともしないのである。実に精神的盲目者と言うより外に言ひようがあるまい。此点肉体の盲目の方が反って始末がいいと言えよう。何となれば浄霊によれば、肉体の盲目者の大方は開眼させ得るからである。茲で最近入手した左の二つの投稿は、医療と神療法との比較に好適例であり、一方は看護婦といふ医に携はる職業人であり、一方は医学の素人である若い女性が日赤病院で難症扱いにされたる患者を次々救った記述である以上之を見るだけで、最早多くを言う必要はあるまい。

偉大なる神力事実の前に兜をぬぐ

富山県Y・K

医は仁術なり、医薬は絶対なり聖業なりと信じ、白衣の天使と言われるのにいい気になって看護婦として数年たずさわって来ました。

ところが昭和二二年冬より母が中風にて病臥し、種々手当するも少しも快方に向わず、 あまつさえ看護の疲れで私自身が肋膜炎を再発し、無理を続けるので病状は進行し母とともに日増しに衰弱して行くのみで御座居ました。医療ではどうにもならない病気の事とて、 施す術もなく出るのは愚痴ばかりで暗澹たる気持で明け暮れて居りました矢先、 浄霊の話を聞き早速母とともにお願い致しました。 日一日と元気恢復し、約二〇日にてすっかり体力を取りもどし、とても元気潑剌たる健康体になり、早速お守りも授かりました。母も日増しに丈夫になり、大体二カ月ですっかり元以上の頑健体になり大喜びで御座居ます。如何に医学を信奉して居た私もこの事実の前には兜をぬがざるを得ないのです。そして医学の誤謬を知るにつけて慄然肌に粟を生ずる思いで御座居ます。

お蔭様で光明の生活に浸らせて頂けます。幸多き日々を感謝し一層の御奉仕をと主人初め家族一同祈念して居ります。

救はれて行く

広島県A・M

私が御浄霊さして戴き九月中旬より一〇月上旬に教修を戴かれた日赤病院の患者さんたちのことを御報告させていただき、御礼を述べさせていただきます。最初友達のお母さんが胆石で入院されたのが日赤へ行く動機となりました。その友達の家はお稲荷信者ですので御道の話は現在は難しいのですが気の毒で時々御見舞に行って居りました。その中に同室の患者さん達とも親しくなり銀行でいっしょに勤めていたSさん(後九月中旬受講)が同室に入院して来られる等で皆さんとお友達のように話し合う様になりました。私もいろんなお話しから光明如来様を信仰させていただき病気は勿論、いろんな御蔭を戴いて居ることをお話しする様になり、内心で一人でもお救いさせて戴き度いと思って居りました。

ある日ある患者が気胸をしたあとが苦しみ困っていましたのですこし御浄霊させて戴きましょうかと申しましたら、余程苦しかったと見え、すぐ御願い致しますと申されますので私も喜んで浄霊させて戴きました。 三〇分位しましたらとても楽になりましたと大変喜ばれました。それを向いの部屋から見ていたYさん(後九月中旬受講、肺病)もしていただきたいとおっしゃり、それからYさんを一日置きに御浄霊させていただきました。

その中にYさんと同室のTさん(後九月中旬受講、肺病)がYさんを通じ頼んで来られ、その時はTさんは医者からはっきり治る見込みがないと宣告され、 悲観のどん底にある人でした。見るからにやせ細り目には力なく御飯が一度に一口か二口しか食べられず、痰は切れず夜は眠れず、その上心臓の動悸が激しく正に死の一歩手前にある人のようでした。

私は医者に見放されたのですからもう神様に御すがりするより道がございません。神様のおっしゃる通りに致しますと御すがりになりました。八月一六日に退院されてそれからはお家の方へ行かせていただきました。御浄霊一日目に夜ぐっすり眠れましたと申され、本人は勿論私もたとえようもなく嬉しゅうございました。それから日一日と目に見えて元気になられ毎日御浄霊に行くのが楽しみでございました。時に大浄化もありましたが御守護にて次第に元気になり、一〇日目位から朝起きてご飯仕度もさせて戴けるようになり絶対安静の死を宣告された方が二〇日目位には配給品を取りに行かれるようになりました。そのうち日赤の患者さんの中から御浄霊を戴き度いとおっしゃる人も段々ふえて参りました。皆Tさんの元気になられた姿に驚いておられました。

矢張り日赤の患者でMさん(後九月中旬受講)は心臓弁膜症で入院中でしたが、御浄霊を受けられてとても調子が良いとて退院しますから家の方へ来て下さいと頼まれ、八月下旬に退院され九月九日からもう出勤出来る体にして戴かれました。その頃は日赤で四人、Tさんの宅で二人御浄霊させて戴いておりました。

ある日Tさんの御主人(大工)が足の骨に大工道具の何かを誤って打ちこまれ、足が立たず部屋をいざっていましたのを丁度その時来て戴いておりましたH先生が御浄霊されましたらすぐ立って歩ける様になられました。この奇蹟で御主人はびっくりなさって「病院では落付いて御浄霊も受けられないでしょうからよかったら私の家へ来て貰って下さい」とおっしゃって戴き日赤の患者さん達も大変に喜ばれました。九月上旬にTさんの宅でE先生に来て戴き座談会を開かせて戴きました。

この時にK、Nさんは入院して一年半あまり病院から一歩も出たことなく一〇〇米と歩いたことの無い人でしたが一生懸命な気持で出席され、かえられた後も何ともなかった、これで自信がつきました、と涙を出して喜ばれる姿など理屈からではなくどうにかして生きたい救われたいと求める人の真剣さに、私も何とか御救いさせて戴き度いと一生懸命でございました。K、Nさんのお二人は下痢の御浄化を戴かれ食事も美味しくなりました。九人の御浄霊させて戴きました方が八人まで教修を受け、現在七人まで退院出来たのでございます。このように私ごときただの会員のしかも年若い者の手によって日赤病院に呻吟せる患者さん達が救われて行って居ります。

(救世五十六号 昭和二十五年四月一日)