追いつめられ救はれる
愛媛県M・Y
此の世の中を幸福に暮したいのは誰しも望む処であります。私は私自身の愚かさを初めて知って恥しく想います。だが併し未だに自分自身の愚かさを知らざるものが少くは無いと推察致します。そこでここに私達家族四人が御蔭を頂いて幸福の道へ歩まさせて頂いて居ります体験の有りの儘を記します。
扨て五月一日夜、私はO町のA喫茶店にてカキとエビを友達と一緒に久し振りに大変おいしく食しました。私は常に身体が健康でないため、食べた後で心配をしない事もなかったのですけれど、その店を出る時は元気で出ました。それから次に二粁程帰るか帰らないうちに私は頭から冷水をかぶる想いがしたと思うと一、二分も経たない内に物凄くさし込んで来ました。何うしても駄目なので、その時一緒に帰途中の友人が背をさすって親切にして呉れた甲斐もなく、痛みは増すばかりでした。そこへ四、五人の青年が通り掛って直ぐに村医の家に苦しみながら運ばれました。そうして注射を一本打ってもらい大分吾に返り、下剤薬を手にしてやっと自宅へ辿り着きました。そうして早速此の下剤を服用したけれど一滴も下剤の役目を果さず、それどころか考えても身の縮まる想いのする痛みが身に迫って参るばかり、それより一四日間、夜昼を問わず苦しみました。
この苦しみは体験しないと判らぬいうにいえない程です。この間優しい村医に往診に来て貰いました。又その都度「肝臓だから一〇〇日間痛み通しても死なないから元気を出せ」と力付けて頂きましたが、私はその痛みよりはむしろ死ぬ方がよほど楽だと思いました。
それから丁度一四日目に二本注射を打って貰いました。その折何うしてか今までになく四時間もすやすやと寝入りました。その時は私は知らないけれども母達は電報まで打って大騒ぎをしたらしく、目がさめると、またもや悪魔が攻めて来そうになりました。そうしてその時母が力ある声で私に話掛けました。「お前は親として責任を持たなければならぬ、若しお前がこの世から去るという事は親の子に対する責任が果されない事になる。何んとしても命だけは取り止めなければならぬ。それで光明如来様にお助けを頂け」と一心に勧めましたが、私はその時は医者も薬もすでに手が届かなくなっているのだから何かにすがらなくてはならない故、直ちに其の道にすがるのが当然なのにそれでもそんな素直な気持にはなれませんでした。そのような迷信に迷うまいと固く心に誓っていたからです。
それから愈々益々注射をしついに金も使い果し、増すものは悪魔の責苦のみで一人淋しく目を瞑り空想に耽っておりました。その時目に浮んだのは私の村のHさんのお宅でO先生が手を振って居られる姿でした。
しかしながらこの科学の発達した世にあのような事で絶対に科学に勝てる筈はないと疑って居りましたが、余りにも強い母の心に溶かされて疑いつつも隣村であるS村のMさんの御宅にお願し早速来て頂いたのがM先生で御歳一七歳でした。先生が到着された際は私は烈しく痛み苦しんで居ました。早速訳の解らない儘に手を振って貰いました。すると不思議にも一〇分間もするかしないうちに薄紙をめくるように少しずつ痛みは逃げ出しました。その時私は別世界へでも行って居るような気がして全く生れて初めて驚きました。又次に驚いた事にはM先生の御家での御祭に招待されその御祭の朝、またも苦しみましたけれどもO先生の御参上を聞きリヤカーに乗って訪れました。
そうして其の席上で早速O先生が光明如来様の御前にて手を振られました。そうすると今まで苦しんで居た私が五分も経たないうちにすっかり楽になってしまいました。そこで先生が仰言るには「身体に悪いから御飯を食べなさい」と言われました。私はすっかり驚きました。驚くはずです。今までリンゴの汁を飲んですら苦しんで居たのに、ましてや御飯となると驚いたのは無理もありません。そこで先生は御飯を持っていらっしゃいました。そうしてまた仰言るには「光明如来様のおさがりだから絶対に大丈夫だよ」といわれました。でもそれを見ると見るからに恐ろしい天婦羅、カマボコ、豆類でした。けれども命令だと思って食べました。此の時は一八日間見た事もない御飯、本当に二七年間初めて御飯の有難さがしみじみと身にしみました。それからというものは一杯の御飯が咽喉を越す様になって参りました。亦之と同時にW先生に私のような者が先生自身に御浄霊を賜わり何とも之に換るべき御礼が出来ない程有難く思いました。
次に五月二七日一時頃急に下痢の模様があるので便所へ行ったところ、真黒な菌毒が流れ出ました。それからは又一層と調子良くなり今では病気以前よりもずっと健康になりました。
このような事で全く私は自分自身が自分の身体丈でなく幸福の道を殺して居ました。反省して見るからに全く馬鹿男でした。現在では御光もお受けして尚一層家庭的にも社交的にも希望に満ち、はつ刺と一歩一歩強く歩んで居ります、故に私は及ばずながらもY中教会の一員として加えて頂き諸先生の御指導の下に一生懸命に御恩奉謝の念を以てより良き日本を再建する為に光明如来様にお仕えさせて頂きつつあります。
右の批判
右は食あたりであるが、下剤を用いても寸効なく、又数多くの注射も効果なく金も費ひ果したが、それでも尚科学を否定し得なかったが、絶対絶命の極いやいや浄霊を受けるや一回で別世界へ行った如く楽になったといい、短期間に全快したのである。之によってみても単なる食あたり位が治し得ない現代医学には困ったものである。
(救世五十三号 昭和二十五年三月十一日)