おかげばなし批判 真の効果的療法

目覚めのないのが不思議

大阪府S・Y

私事一昨年五月肋膜炎にて丁度六カ月療養致し、やっと治りそれから勤務して居りましたところ亦々昨年四月再発、注射、薬、灸など人がよいという事は全部しましたがはかばかしくなく段々体は衰弱するばかり、細くなって行く体をながめては一人で悲歎にくれ時々はヒステリックになって子供に当り散らす始末でございました。

その時親類の者で入信者がいまして「光明如来様にお縋りなさい、屹度治して頂けるから」と熱心に勧められ、O先生を御紹介下さいました。それから毎日先生は神戸よりわざわざ大阪の端までお通い下さっての御浄霊、不思議と今迄無かった食欲も出て参りました時の嬉しさ、先生の御導により私も光明如来様におすがりしてお助け頂こうと堅い信念が出来、早速入信させて頂きました。

ところが今迄医者にかかっていましたので急に断るわけにもゆかず、飲薬だけは頂いても飲まず、注射は仕方なく受けていました。すると忘れも致しません七日医者が参りましたので「先生注射が痛いからやめます」と申しますと「それじゃ静脈へする」と直にされまして一生懸命浄霊で解いておりましたらガタガタと震いが来まして寒くて寒くて動く事もどうする事も出来ません。お布団を三枚も掛けてもらって子供に上から押えさしましたのにそれをまだ撥返す程の勢なのです。一生懸命光明如来様におすがり致し自分で浄霊する事も出来ず、それから一心に善言讃詞を二回苦しい中から上げました。それでも中々止まらず脈は段々薄くなって来ますし、なにしろ衰弱しているのですから、もうこれ迄の運命だろうか否きっと御加護が頂ける、一心にお祈りしていました。フト御霊紙を頂く事に気が付き早速子供に出させて呑みました。暫くたって少しずつ止まって来るではありませんか。ああその時の嬉しさ、もう少しの頑張りだと最後の一念じしていますとスウーと忘れたように止まりました。救って戴いたと思った瞬間涙がポロボロと流れ母子共々嬉し泣きに泣きました。もうこれで絶対に注射は受けないと堅く心に誓いました。もうこの頃では知人が吃驚する位元気付いて参り全快も間近と希望を持っています。

これもひとえに光明如来様のお蔭とお導き下さいました皆様に感謝致し、一日も早く御恩報じの出来ます事を念じています。

右の如く此患者は凡ゆる療法を受け乍ら衰弱するばかりという事実にみても今日数え切れない程の療法はあるが、真に効果があるのは一つもないといえよう。

又最後に打った注射一本で、ひどい悪寒発生し死を覚悟する程の苦痛であるにみて注射の逆結果はいつも聞く処で何故之に目覚めないか不思議である、何よりも注射は絶対受けないと覚悟してから全快に向ったというのであるからまことに皮肉である。

右の批判

右の如く此患者は凡ゆる療法を受け乍ら衰弱するばかりという事実にみても今日数え切れない程の療法はあるが、真に効果があるのは一つもないといえよう。

又最後に打った注射一本で、ひどい悪寒発生し死を覚悟する程の苦痛であるにみて注射の逆効果はいつも聞く処で何故之に目覚めないか不思議である。何よりも注射は絶対受けないと覚悟してから全快に向ったというのであるからまことに皮肉である。

(救世五十三号 昭和二十五年三月十一日)