やがて浄化で治る
岐阜県 M・H
偉大なる御守護の程謹んで御報告申上げます。長男の嫁(現在二〇歳)が妊娠の折産脚気を起し、以来産前産後を問わず常々不快の日暮しのため、その間薬に医師に信仰にと救いを求めていたのですがはかばかしくなく、其上腰痛を覚えるようになり段々病状は悪化の一途を辿り寝るにも敷布団を二、三枚重ねてもなお寝巻が背中に重なっている時など翌朝は全然起きられず、午前中は床の中にいる有様でようやく起きても家事一切何事も出来ず、家内中は暗く前途に対する不安は濃く楽しみなき日を繰返し、医師よりは脊椎カリエスの診断を下され懊悩の日々を医薬、灸鍼にと焦りましたが、何れも気休め程度に過ぎず何等効果なき折柄、昭和二二年二月末義妹の奨めにより光明如来様のお話を聞きN町のO先生より御浄霊を受けましたが、こんな事くらいで治るだろうかと疑念を持ちながらそれでも浄霊の都度気分も良くなり楽にもなるので通い続けました。
先生は「今まで医薬で固まっていた毒がとけて来るから一時悪くなるかも知れぬがそれを通り越せば楽になるから」と申されたので前途に希望を以って浄霊を受けましたところ一週間程して腰が痛み出し、そのほか体の節々に苦痛を感じたが苦痛が過ぎた頃はとても楽になり、十何年振りで喜びの日を迎えました時の心の中御想像下さいませ。直ちに夫婦とも入信して日々感謝の生活にひたり得たのであります。
ところが丁度その当時の事ですが長男が肋骨カリエスにて入院手術したのです。家族一三人で医薬費の要る月ばかり続き前途が暗くその窮乏の中において手術を受けたのですが、経過も良好で退院の喜びを得ましたが、それも束の間で再発の悲しみに閉ざされた折も折とて近所の人に「自分の弟もやはりその病気で再発して遂に死んだ」といわれその通りになるのではないかと不安に襲われましたが過去十何年の体験からしても医薬の無価値を知りつくしていますので、今こそ光明如来様の御力にすがるより外ない事を思い、幸い御光もいただいているのでひたすら浄霊をしましたところ、四日程して今までは痛みを感じなかったのに両脇から背中、腰部にわたって激痛を訴え出し「お父さんやお母さんはかえって悪くしたのだ」といいましたが「浄霊して痛み出したのは治る力があるからだ」と嫌がるのを無理に毎日続け時には上の先生の御浄霊もいただきました。
その中に不思議にも自然に手術の傷口が開いて来て丁度切開してピンセットで切り口を開いた如くなり骨までみえ、内側には真赤な肉が見えその傷口からと再発の個所からとはドシドシ膿汁が出て、その膿汁は化膿止めの注射薬の臭いがするではありませんか。薬毒の事もこれをもってハッキリ判らせていただきました。一〇日ほど続出した膿が止むと徐々に傷口は閉じて来るではありませんか。こんな事はおそらく実際にみたものでなければ事実とは思われない事と存じますが、斯様な状態が三回ありましてからすっかり快くなったのです。財政的困難の折ではありましたが遂に本人にもお守様を受けさせました。
長男も本年四月下旬一〇日間熱海十国峠に勤労奉仕させていただき、今では暗い性質であったのがすっかり明るい人となり、弟妹に対する態度も変りまして偉大なる御修業させていただきました事を心から感謝しております。斯くして私ども一家には最早医薬の必要もなく日々明るい生活が訪れて参りました。この海山の御恩を思う時
観音の御救ひなくば吾は今底なき沼に悩みつづけむ
御恵みに報ひ奉らでおくべきや生きし此身の幸を思へば
明主様の御讃歌の一句一句に涙が涌き出ずる次第です。
右の批判
右の如く浄霊によって一時激しい苦痛があり、それから本当に治る事が頗る多いのは全く浄化の意味が理論と実際と一致している事を知るであらう。次に長男がカリエス発病によって「過去十何年の体験から医薬の無価値を知り尽しています」云々とあるが、薬を知らない者の言として意義重大なものがある。これによってみても如何に薬害の恐るべきかが判るのである。
又カリヱスが手術で一旦治ったが再発したのは化膿未熟のまま切開したからでそれが為残存していた膿が浄化を起したからの再発である。浄霊するや自然に手術の傷口が開き多量の膿汁が出て全治したが、その膿汁が注射薬の匂ひがしたといふにみても、薬毒の混入していた事は明かである。
(救世五十二号 昭和二十五年三月四日)