おかげばなし批判 短期間に威力示す

無医村に療病力を与う

山形県 I・M

私は幼い頃より体が弱く七歳の時は肺炎、八歳の時は脳病の為め、小学校も一学期休学致し薬毒の為かドモリと成り、世間に出て用件も果せず困まっていました。本年三九歳と成りますが、毎年春秋二回心臓脚気と気管支喘息で、それに永年眼病のため、郷里よりバスで四〇分、それに汽車で五〇分もかかるある市の眼科医にバスを買って四カ月通院し、又或医科大学付属病院にそれもパスを求めて四カ月通院しましたが治る様子もありません。病名はトラコマ・パンムシという事でした。現在医学の発達をいわれており、それに化学的良薬をいろいろ使用しているのに全治せぬとは不思議と思います。ビタミンB1を毎日二本、三日に一回ビタカンフルを使用したが益々悪くなる。

又、注射も一カ月に四、五百回もうち、家計も病気同様となりますので、村医もありますが町の医院に診断していただく心算で母より二升の米をいただき、雪道を歩きましたが心臓が悪いので人と一緒に歩くことも出来ず、K坂でお昼となりました。

M先生とはF村に公職にある節から知人だったので先生宅でお昼にすることに決心し先生に有りのままの話を致しましたら、世界救世教の有難い御力で治していただいたらとの御話をなされ早速御浄霊をしていただきました。

気分も非常に良くなり、医者にも行かずM先生宅で御世話様になる事に御願い致しました。其晩も又翌日も一日に二回も御浄霊していただき三日二晩でどしどし快方に向い、一時帰宅さしていただきました。私も月に四、五回町に用件があるので其都度、M先生に御世話様になり御浄霊していただき余りの有難さに三月一五日教修を受けさせて戴きました。以後六カ月間無病で元気で働いております。

去る九月一一日村の人で二五歳になる娘が眼病で苦しんでいましたが、私が永年眼病で苦しんでいたので私はありのまま光明如来様の有難い御慈悲で全治したと話しました。

近日中M先生宅にあがって御話を聞き、又御浄霊を受ける様申しました。とにかく、今晩は娘の眼だけでよいから御浄霊をして戴きたいとの事で、私が御浄霊をしてあげましたところ、翌日になると前より良くなり眼も痛まないとの事でした。翌日先生が村に来て下さったので娘の御浄霊をお願いし、私の家で娘と娘の父親と二人御浄霊して戴き、 いろいろ光明如来様の御話を聞き喜んで帰りました。今では毎晩娘と父、母親三人、私の御浄霊で満足して喜んでいます。その事をM先生に御話ししましたところ、父親に教修を受けさしてはと仰言ったので私より勧めましたところ父親も喜んで、去る一〇月一一日先生宅の月並祭を吉日として光明如来様の前でお光を戴きました。

私の村は戸数三〇戸人口約九〇〇人あります。冬は雪で三尺から四尺も積りますので医者には一里半もあり往診料も大金がかかるのを思えば、自宅でも浄霊出来、病気の心配のないのは本当に有難いことです。私も娘も父も出来る限り光明如来様又大先生様の御恵の万分の一の奉仕させて頂きたいと日夜念願致して居ります。

右の批判

右の例をみると、若い時から肺炎、脳病、心臓、脚気、喘息、眼病といふのだから実に御念の入った症状である。特に眼病は一番苦しんだようで、病院巡り等現代医学の療法は遺憾なく行ったがことごとく無効であった。これによってみても医学の効果は全然認められないとともに、多額の費用を捨てたといふ事は気の毒といはうか言葉はない。

そのような難病が短期日に全治した神療法は逆に何と評すべきや、言葉はない。ここで大きな問題は無医村である。然るに何人も本教の信者となれば療病力を与えられるのであるから病気の心配はない事になる。

(救世五十二号 昭和二十五年三月四日)