ツベルクリン注射の結果、陽性及び陰性の症状を呈するのは如何なる理由であるかを説いてみよう。
前項に述べた如く、人体は不断に浄化作用が行はれつつあるものであるから、偶々急激に異物又は毒物等が注入された場合、その局部に速かに浄化作用が発生する。それが為、その部に紅潮又は腫脹を呈するのである。例へていへば蚊に食はれ、毒虫や蜂に刺された場合、腫脹を呈するのと同様の理である。之は毒素を急速に解消せんが為、血液が集溜するのである。之によってみても、血液自体に解毒作用のある事を知るであらう。右に引換へ陰性者とは、血液の解毒力微弱の為に腫脹しないのである。いはば血液に活動力がないからである。然るに二回三回に渉ってツベルクリン注射を行ふ時、はじめて陽性に転化するのであるが、之は異物である注射液が二倍三倍にも増す訳であるから、解毒作用微弱の血液と雖も、解毒力自体が二倍三倍に増すといふ結果によって陽性者となるのである。
右の如くであるにみて、陽性陰性の反応とは、異物注入に対する浄化力の強弱の表はれに過ぎないのであるから、ツベルクリン注射なるものは、結核とは何等関係がない事となるに拘はらず、結核を知る唯一の方法とする医学の解釈は不可解と思ふのである。故に、私は多くの資材や労力をかけ、何等の意味なきツベルクリン注射を行ふといふ事の如何に徒労であるかを嘆かずには居れないのである。
又、ツベルクリン注射に於て、医学的理論に不可解極まる点のある事を指摘してみよう。それは結核生菌に既に侵されゐる為に、抗毒素が発生しておるから腫脹するといふのであるが、之は寧ろ逆的解釈である。何となれば右の如く抗毒素なるものは、生菌に対し、それを防禦する為に発生する所の元素である以上死菌に対しては抗毒素発生の必要がないからである。
今一つの注目すべき事は、それは医学で言ふ如く、結核生菌が侵入した為に、抗毒素が発生するものとすれば人間が生れて初めて蜂に刺された場合、甚だしく腫脹するのは如何なる訳であらうか、之を医学の理論に従へば、既に蜂に刺されて、蜂毒に対する抗毒素が発生保有してゐるからといふ訳にならう。洵に可笑しな話である。
又、日本人が南京虫に刺された場合必ず腫脹する。然るに支那人に於ては何等の反応がないのである。それは幼児時代から刺されてゐる為、抗毒素が大いに発生してゐる為である事は勿論である。又原野に発生する蟆子(ブヨ)に刺された場合、最初は甚だしく腫脹するが、度々刺され慣れるに及べば、終に腫脹しなくなる。之は私の体験である。
故に、右の如き幾多の事実によってみるも抗毒素が発生すればする程反応はなくなり、反対に未だ毒に対し処女である場合、著るしい反応がある事である。従而、医学に於ける解釈は事実と逆である事は、最早疑ないであらう。故に、結論は斯ういふ事にならう。即ち陰性とは、既に菌に犯され、抗毒素発生の為、反応腫脹の起らない訳であり、陽性とは未だ菌に犯されず処女体であるから、猛烈に抗毒素が発生し腫脹するといふ訳である。
(結核の正体 昭和十八年十一月二十三日)