医療を加えれば加える程悪化する事実は、常に御蔭話によって知らされているから、今更改めてかく必要はないと共に、浄霊の驚異的効果については、これも改めてかく必要はないが、そうかといって左記の如き御蔭話を読むとしたら、到底黙ってはいられないのでここにかくのであるが、この人は随分医学を信じ、経済的困窮の中にあり乍ら、医師のいう通り根気よく療法を続けて来たにも拘わらず悪化に悪化を重ねて、絶体絶命という窮地にまで追込まれたのである。而もそうなるまでの苦痛たるや、読めば読む程余りの気の毒さに言うべき言葉はないのである。それというのもその原因たるや、医学の誤謬にあるのであるから、読みながら憤激さえ湧くのをどうすることも出来ないのである。これについて困ることは、それ程迄に苦痛を与えているに拘わらず医師は些かも気がつかず、善意を以てあくまでも治そうと懸命になっているのであるから、この問題の解決は非常に難しいのである。だがこれを知る吾々は如何にしても医学の迷盲に目醒めさせなければならないとして、先ず最初の一歩として今回「アメリカを救う」の著書を刊行したのである。
ペニシリンも効なき腮孔瘻孔癒ゆ
長崎県 M・M
病と貧と争に明け暮れした私達の家庭も、今その苦しみからだんだん遠ざかって行きつつある喜びを、拙き文をもって御知らせ申し上げまして御礼の一端にさせて戴きたいと存じます。
私の妻は世にも稀な先天性の腮孔瘻孔という病気であり胎児の時消失せねばならない腮穴が残っているとのことであります。初めの内はその診断も疑っていましたが、今回救世教によっての御浄霊療法に依って、初めてハッキリ致しました。今迄四回その腫物が出来ましたが、その都度左頸部からのどの方にかけて痛みだし、日時とともに次第に痛みが激しく、腫も段々大きくなり、のどとあごの高さが同じ位になる迄腫上り、化膿する時から排膿する迄の間の痛みと言ったら肉親が見ていられぬ程悲惨であり、水一滴も嚥下することが出来ぬ日が幾日も続くと言う状態の病気でございます。この病気の一回目は医師にも行かず、泣き叫ぶ痛みの中に自然に排膿し、その後痛みは止りましたが膿口が塞がらず、絶えず淡い膿汁が出ていましたが、約一年位で傷口も良くなりました。第二回目に痛みだした折は化膿せずにすむならと考えまして医師に行き、続けざまにペニシリンを注射し、冷しも致しましたがその効果なく、遂にA病院に入院させ切開して排膿し、傷口と内部の腮孔とを治療してもらいましたが五〇日位で傷口も良くなりました。この頃丁度終戦後のこととて、借家住の私達親子五人の家庭で妻はこの病で重態であり、痛みの為に泣きさけび、私は種々の心配から神経衰弱となり体の自由を失った折、冷淡な家主は、この幼少な三人の子供を抱え、ただでさえ貧乏にあえぐ家庭に、両親とも病気になったことを幸に家の立退きを強要し、妻の苦悶をものともせず我々の住家の片端から解体を始め、荷物は外に投げ出し雨露にさらし、我々の入院を機会に完全に家を取り返したその家主の人に、どれ程悲憤を感じたか、そのことのてんまつは後日に詳述致しますが、村の有力者達がぐるになって弱い者いじめをしたことが一生忘れ得ざる悲痛事であったことを付言致します。それから又一年、今度も例の如く二月初めに痛み出しましたが、今度は薬ものまず化膿するのを待って、再びA病院に入院し、又手術し治療してもらいましたが、我郡でも名医と讃えられたA医師はその時は「健康を害されて思い通りの加療が出来ず残念だ」と言っておられました。この時A医師の御話には、「この頸部の手術は非常に危い処だから、下手な医師に手術してもらっては命が危いぞ」と警告して下さったのでした。
又A医師は、私達にもすべての患者にも「薬や注射はなるだけしないで病気をなおすのが、体のために最も良い方法である。医師の立場から言うのは損ではあるけれど、少しでも薬や注射は控えて自分の体の力でなおせ」と言って、軽い病気には薬もあたえずに帰しておられました。妻の病気の診断も、この先生のが正しかったことが後で実証されました。且又妻の入院中私は神経衰弱にかかっていました折、A医師は私に、「宗教に依っても病気が治るから、君は「生長の家」に入ってみたらどうだろうか」と申されました。かくて、五〇日位の二回目の病院生活からどうにかよくなって帰って、その後昨年の一月四日迄無事に働いていました妻が、同日の昼食時「小さい鰯の骨がのどに刺さった」と申しましたが約半日位たった頃から刺さった処の痛みは取れましたが、その後に例の咽喉の痛みが起ってまいりました。が、妻は頼みとしていたA院長先生は既に他界されていましたので、付近の村立診察所に診察を願いましたら、どうも受持ちたくないようなお話だったのを、無理にお願いしまして診察して貰いましたが、今回はサルゾールとイリチオールに依って治療して下さいましたが腫は日に日に大きくなり、薬も注射も何の効果もなく遂に又手まり大にのど一面が腫れてしまい遂には切開と言うことになりました。併し村立診療所では手術が出来ぬのでH医博の診察を受けましたら「これは切ればすぐ良くなる」と言い乍ら化膿状態を見る為でありましょうか、大きい注射針を腫物に二個所も刺して見られました。その時の妻の痛苦といったら目も当てられません。そしてその針をさされて後に気分が悪くなり、失神状態となって強心剤を打ちました。
その後自宅で痛み乍ら寝ている折も折、同村のS様が立寄られ、妻の病気の話を聞かれて、「そのような事情なら、自分等の信仰している世界救世教の浄霊療法をやって見ないか」と勧められました。妻は幾度か手術しても効果もなく、且最も信頼していたA先生も亡くなられては何にすがる術もなく、早速救世教にお願いすることになり、同村Y様に来て戴きました。
妻は痛みのために幾日も絶食状態にあり、それかとて栄養注射等と言うことも貧故に出来ませず、痛みに呻吟しているのを、Y様が懇ろに御浄霊をして下さいました。五分一〇分二〇分と時間の経過する中、Y様は一心に手をかざしておられます。私は側に坐してどんな結果になるものかと、またたき一つせずに注視しておりました。御浄霊が終ってから御霊紙を貼って下さいました。その間どれだけの時間が過ぎたのか私はわかりません。そしてY様の言われるように「もしこの御浄霊が効けば今夜か明日にかけて次第に痛みも軽くなり、浄化と言って下痢がついたら確実に効果が出て来る」と申され、「そしてこの御霊紙を貼った処から膿がでるだろう。もし後で強く痛む時は何時でもやるから」と言って帰って行かれました。さて世に不思議なこともあればあるもので、Y様の帰られた後痛みが急に軽く今迄唾液も飲込めなかったのが、楽に出来る様になりました。そしてその夕方幾日目にか軟い御飯を食べる事が出来ました上、その夜はぐっすりと眠ることが出来ました。翌日朝又痛んだので、Y様はお留守なのでS様の奥様に来て戴き御浄霊をして戴きましたら、又不思議に痛みが軽くなりました。その夜のことであります、妻が排便したいと申しますので手伝ってやりましたら、今迄毎年毎回の病気の時、ただ一回だってした事のない、且又今度も一週間位していなかったのが、下痢を致しました。そしてそのために「大変体が楽になった」と申しました。その翌日、(御浄霊受け始めて三日目の後のことであります)Y様が来て下さって又熱心に手をかざして下さるのを注視しておりましたら何と不思議でしょう。御霊紙の下から水のようなものが出始め、それがだんだん膿となりだしたので、Y様が御霊紙を取られたら、急にどんどんと膿汁が出ました。ただ不思議に思って見詰めていましたら、膿口からにゅっと小さい針のような白いものが出て来ました。
(丁度蓄音機針位のものでした)何だろうと思って脱脂綿で取って見ますと、何と鰯の骨ではありませんか。私は開いた口が塞らず妻もY様も唯嘆声の外ありませんでした。この鰯の骨こそ約十日位前の正月四日にのどに刺さった骨であり、それが食道を抜け腮孔をぬけて膿と共にのどの膿口から出て来たのでございました。この時A病院の院長先生の診察が正しく当っていたことを知ると共に、救世教の御浄霊がどれ程効果確実であるかをつくづく悟る事が出来ました。排膿すればいつも楽にはなりますものの、今回は特に痛みが軽く、そして御浄霊ばかりで短時日に全快致しました。これを今迄の医療と比べますと、うそのような軽い苦しみの中に全快致しましたのでございます。その後幾月過ぎました今日も時々は痛みますが痛む度に御浄霊をして戴きますと誠に不思議で「うそのようにスーッと気持良くなってしまう」と申します。
今回の救世教の御浄霊を知らない間は、痛み出したら最後回復の道がなかったのでございます。なお妻のこの事がありました後は、私達一家の者が此処八カ月余只一服の医薬も飲まずに、御浄霊のみで健康を保っております。付言致しますが私は非常に神経過敏の故もあって、衛生知識は特に研究もし、すべての点に現代科学による医療を信じ、家庭には常に種々の薬品を備え、少しの事にも手や足は消毒をし、飲食物も徹底的に注意致し万一少しでも体の不快を感ずると、早期治療と言っては医師の門を叩くこと、毎年数十回で、この十数年間唯一カ月といえど医薬を用いなかった月がない程でありましたのが、この八カ月は私達にとりましては普通人の八年にも等しい月日を無医薬で過させて戴いております。又私の神経衰弱も大変に良くなりました。ただただ感謝の外ございません。尚且救世教信者の皆様が世の中の光明化のために一生懸命に精進なさって真の善い人になる為、且つ真の健康人になるために努力致されておりますことを、私はひそかに喜んでいるのでございます。そして私も近々入信させて戴きましょうと存じております。もっと詳しく述べましょうと存じますけれど、浅学の身にては術もございません。
御明主様誠に有難うございました。
(栄光百九十七号 昭和二十八年二月二十五日)