事実は雄弁なり

本教の目標である地上天国という言葉に対し現代人の誰もは、到底信じ得られない事は勿論で、寧ろ信じない人の方が、常識から言っても当り前で、先づ痴人の夢としか思われまい。何となれば今日迄の世界の歴史にみても、想像すら出来ない大事業であるからである。然し乍ら吾々は、信ずるとか信じないとかの問題ではない、まざまざと其実現性を示している事である。実に日々数知れない程、本教信者が体験しつつあって殆んど絶対的である。恰度春が来れば桜が咲くように、春が来ても桜が咲かないと言う事はないと同様であろう。それに就て左記三例の感謝報告は、簡単によく救われたる法悦境をかき表わしており、第三者に対しても納得し易いと思うから、茲に載せたのである。

東京都M・K

入信後戴いた御利益を報告させて頂きます。

(一) 家族の病気が御浄霊により全快したものあり、快癒に向いつつあるものもあります、尚入信前の昭和二四年度には医療費約一〇万円の支出がありましたが、入信後病気の為の出費はありません。

(二) 家族全員が非常に健康になったので、農業をやっておりますが仕事が順調にいきます。

(三) 目に見えぬ霊を信じる様になってから、 家中今迄以上に善人になり、愛の気持がお互に出て、家中が明るくなり、一家の向上に至大の御利益を頂きました、社会は個人の集団なのでありますから、個人がよくなれば社会がよくなるのは当然でありまして、 私は宗教以外には明朗な社会を作る事は出来ないと信じています、唯物主義に凝り固まった私を、現在の様な希望に満ちた明朗な人間に更生して下さった光明如来様に甚大なる感謝を捧げます。

東京都K・K

謹んで御守護の御報告させて頂きます、私は昭和一九年に入信致しましてより数々の御守護を頂き、何から申上げてよいやら拙き筆にては思う万分の一も表現出来ません、毎日が病は勿論、何の不安もなく楽しく過させて頂いております、家族八人ですが医者薬は全然用なし、子供等は近所で評判の健康者です、此偉大なお恵みは何に譬え様もありません、唯々感激感謝の日々でございます、一人一人が明主様のお教えに従いましたなら、地上天国の実現は絶対的でございます、そればかりは声を大にして申し上げる事が出来ます、先ずは簡単ですが御報告させて頂きます。

長崎県 Y・Y

計り知れない大御恵を頂き、今迄の地獄的生活から救われて天国的な歓喜の生活をさせて戴き、世嵐を外に、明主様の御霊衣の中にしっかりと包まれて希望に明け、希望に暮れる今日此頃の私達!本当に世に幸福という文字はあっても、実はないものと、 悲しいあきらめての生活をして来た其頃を顧りみますと、夢の様で御座います、まこと夢が現実に此地上に実現されたので御座います。

私どもの様な穢れた賤しい者にまでと思いますと、全く勿体ない程の御守護を戴いて居ります、其中の一つを御報告させていただきます。

当地方は玄海灘の真中に漁場としては日本一を誇って居りますが、其漁獲物から製造するイリコを狙う烏の大群で、昼なお暗しと言いたい程で御座います、乾魚は勿論一寸油断をしますと庭先の洗濯物から石鹸まで喰わえて行く始末、勿論畑等も荒され放題で、被害は年々莫大なもので御座います、畑の警戒には村の人々が交代で当ることになっております。

昨年三月私方で芋種を作ったので御座いますが、一寸の油断で無惨にも芋種をすっかり喰い荒されて了いました、こんな事では、常食の芋も作ることが出来ないと大変困っておりました。 ふと雑誌『地上天国』 に載って居りました畑の立札の奇蹟を思い出し、早速「此畑の作物は烏の喰うものではない」と書き、御浄霊をさせていただいて畑の四隅に立てさせて頂きました、ところがどうで御座いましょう。今迄何百という烏が入れ替り立ち替り飛んで来たのが只上空をカアカアと飛び交うだけで、 一羽も畑に降りて来ません、 それに引き換え、 全く奇蹟、只不思議としか申されません、何と御礼申上げてよいか、田舎者とて言葉も知りませんが、 只々感謝の気持で一杯で御座います、此有難いお道を知らない人達と引きくらべ、身の幸福をしみじみと味わわさせて頂きました。

早速此有難い御神徳を、 同じ烏害に悩んで居ります母に知らせてやりまして、共におかげをいただきました。

其後、全然被害はなく芋はすくすくと生い繁り、多大な収穫を頂きました、本当に有難い事です、是からも一生懸命生命あるかぎり此尊い地上天国建設の御神業に、奉仕させて頂き、明主様の御恩の万分の一にも届きませんが、御用に勤めさせて頂きます事を、固く固くお誓い申上げ御礼の言葉とさせて頂きます、有難うございました。

(栄九十二号 昭和二十六年二月二十一日)