最近兵庫県養父郡八鹿村の一信者から送って来た自然栽培にて穫れたビルマ米を見た処、一茎の粒は、少ないので二百六七十粒、多いのは三百八十一粒が最高で、平均三百二十粒位であった。処で内地米は、上等で百五六十粒だから、約二倍余に当る。そうして内地米より稍々大きいから、量としては内地米の二倍半位と見てよからう。
では之程の違ひさの理由は、初めからの種子そのものにあると誰しも思ふであらうが、実はそうでない事が判ったのである。全く原因はビルマでは殆んど肥料を用ひず、全くの自然耕作による為である。としたら農業に於ては文化を誇る日本人より、ビルマ人の方が勝ってゐる訳である。此事実によってみても、我自然農法の重要性は解る筈である。次の報告は、それを如実に證明してゐるのである。
悪条件の田畑で此御蔭
愛知県U・H
日々の御利益に感謝し、併せて自然栽培法の近況を御報告し御礼申上ます。
憶えば子供の頃より冷たき家庭に育ち、八カ年の軍隊生活、又ビルマ戦線にて九死に一生を得て帰還しましたが、健康はすぐれず療養して居りました。約半年後に健康が恢復したので縁あって結婚をしました。処が家庭の不和から離縁し前途に希望を失い、悲観のドン底に墜ちつつも、戦線のあの苦悩に耐え忍び力を得て、その日その日を送る内、弟の熱烈なる勧めにより、しぶしぶ名古屋のT先生よりお守を頂戴いたしたのです。
入信して一番心を引かれた事は、自然栽培法の件でした。思い起せばビルマの戦線で敗戦後、食糧は自給自足の為、現地にて農耕をやった時、不思議な点に疑問を抱いていたのです。その疑問を解いて下さった時の私の喜びは到底筆舌には表わし得ないのです。それは現地ビルマ人の農耕法と私達の農耕法の相違であります。
私達は内地と同じく、除草に施肥に、手入等手落なくやっているのに、ビルマ人は極く簡単な栽培法であるのに収穫は上成績である。然るに私達兵隊の農場は問題にならぬ平作で、殆んど裏成り同様の失敗続きで、 少しも実収がありませんでした。これ程努力するのにどうして斯んな結果だろうと、私はビルマ人の畑地を度々見に行ったのですが、更に解決し得なかったのです。入信の際先生より救世教の自然栽培法のお話を聞きまして、吃驚致しました。
復員後ビルマで見た事、研究した事を内地でやってみようと色々考えて、入信前に実施したのです。それは残種等を素畑にバラ蒔き試作しておりました。それが本当に不思議な位良く出来るのです。近所の人達はどうして作ったのかなどと訊ねられるので、ビルマ式で作ったのだよと言って説明しておりました。
前述の如き事情で二月入信致し、『地上天国』創刊号を拝読して更に疑問は解かれたのであります。私の嬉しさは如何ばかりか御察し下さい。
早速実行に移すべく、三月の薩摩芋の苗床より始め、馬鈴薯、玉葱、キャベツ、トマト、稲作、里芋等の自然栽培法を始めたのです。中でもトマトは味の良い事は有肥のそれと比較にならず、妹などはそれ以来有肥のものは食べなかった程でした。又里芋の収穫は親芋より子芋が素晴しく大きくなった上に、非常に美味なのです。
然し反対である父親も、食する時はニヤニヤ笑い乍ら悪口を言うのです。「無肥料で作物が穫れる筈はない、そんな馬鹿な事があるものか、穫れても少しだ、肥料は作物の食べ物だ、お前も飯を食べずには仕事は出来まい、今年は今迄の肥料気が残っていたから収穫があったのだ」と罵るのです。其上「困ったものだ、信仰気狂だ、とぼけている、だから嫁の来てがない」と言うのです。
私は一生懸命に判って貰いたいと神に念じつつ実収と味覚を見せても判って貰えないばかりか、私のお詣りに行く事まで邪魔をするようになりました。此様な父の無理解の為稲作は非常に困惑致しました。勿論苗代を作る田は全部施肥してあり、仕方なく昨年麦の自然栽培試作田として、父より許された悪田(毎年干害で無収穫の多い田)を整理し、苗代を作りました。
此処へ植えた稲は現在出穂期になっておりますが、自分乍ら好成績に驚いてます。近所の人も「之が自然栽培か、嘘だろう」と言われる程で中には内緒で肥料を入れたと疑う人もあり、近在の話題になっております。私も非常に嬉しく此分では収穫期には皆驚くのではないかと想像されます。
野菜類も昨年より少しずつ試作致しましたが、本年は一番収穫の少い坂畑は父の反対を押し切って実施致しました。其中で妹達に自然栽培の良い事を知って貰えたキャベツの御利益を御報告させて頂きます。
種は買ったもので御浄霊して蒔きました処、発芽したのは僅か三〇本足らずで、それを前記の畑に移植して浄霊を度々やりましたが虫害で度々枯れそうになりましたが、最後にあった虫害では殆んど駄目になり諦めました。それから一〇日位忘れている内に入梅となり、他家のキャベツは雨の為結球したのが割れ水が入って腐るのに、もう駄目だと思っていた私のは見事に結球しているので思わず東の空を仰いで明主様に感謝の意を捧げました。
早速先生宅の大光明如来様へお供えしそれから隣家と弟宅へ自然栽培にて収穫したのだと言って試食して貰いましたが、風味はよく大変美味しいと喜ばれました。それ以来母、妹も自然栽培の良い事を喜び協力してくれるようになりました。父は相変らず施肥をせねばと頑張っております。
一日も早く世の人に目醒めて頂くべく祈ってやみません。明主様の御霊徳に感謝し厚く厚く御礼申上げます。
(栄光八十一号 昭和二十五年十二月六日)