前項に述べた如く、阿弥陀が月の弥勒であって、月光菩薩とも謂はれ、釈迦は土の弥勒である。此二大尊者が、其仏法を基本としての、伊都能売大神より委任せられたる、救世的活動は、已に終りを告げてゐる事である。釈尊が、仏滅の世を予言せられた事は、今日に於て瞭かになったのである。
日の弥勒たる観音が、二千五百年、秘仏として、隠身的(インシンテキ)救ひを垂れ、阿弥陀釈迦の下位に甘んぜられ給ふてゐたのは、何故であったのか、それは、夜の世界の期間であったからである。物的太陽が地球の陰に在って、月に光を与へつつ、黎明期を待たるるのと同一の理である。故に、今日迄月の阿弥陀が輝いてゐたのは、夜の世界であったからである。夜の暗さは、悪の活動に便である事を考えたら、今日迄の世界の悪者横行の歴史は解る筈である。
今や黎明が来たのだ。太陽が、日の弥勒が出たのである。万界の暗を照破して、世界は、白昼の如くならんとするのである。其光の伝達機関として生れたのが、我観音運動である。
五は火であり、日である。六は水であり、月である。七は土である。
今日迄、七の弥勒たる、釈迦が説いた仏法を主とし、六の弥勒たる阿弥陀を次とし、五の弥勒たる、観音を、最下位としたのは、七六五の逆の順序であった。
釈迦が予言した、五六七(ミロク)の世は、仏滅後となってゐる。然らば、其仏滅迄が、七六五であって仏滅後が五六七である訳である。故に、七六五は、五六七の逆である。即ち、逆さである。言霊学上、釈迦はサカである。釈迦の名も、此意味から出たのである。
日の国人が土を又月を拝むと言ふ事は逆である。東から西を拝むと言ふ事も、同じ理である。然し乍ら、夜の世界であった期間は致し方がない。我日の本人が、外国文化を謳歌し、外国の神仏を讃仰したのも、相応の理であって、止むを得なかったのである。
何の断りもなく、時が来れば、太陽は、東天静かに昇って行く、それは、物質的太陽であるから、誰人(タレビト)も見得るのである、が、霊的太陽は、悲しい哉、眼には視る事が出来ない、然し乍ら、時の力は、世界万民に判らせずにはおかない、誰が否定しやうが、遮ぎらふが、物質の太陽は大空高く、昇ってゆく如く、霊的太陽の光は日に輝きを増すのである。何と素晴らしい事ではあらふ。何千年間の夜が明けると言ふのだ。
茲で、今一つ言はして貰はふ、仏教の真髄は真如であると釈尊が言はれた、真如とは、真如の月の事である。それは、悟りを得た瞬間、心の空は、皎々(コウコウ)たる真如の月が照らす如くだ、と、然るに、其真如の月は今や、有明の月となって、西山に舂(ウスズ)き初(ソ)めたのである。仏教に力が無くなってゆくのはそれなのである。
釈尊は、五六七の世は、五十六億七千万年後だと言ったからとて、呑気に澄ましてゐる仏者がある。考えてもみるがいい、其時から、僅二千五百年経った今日でさえ、是程の娑婆の変り方である。何ぞ、五十六億七千万年後などといふ想像だも出来ない。遠い世を予言をする必要が、何処にあらふか、之こそ全く、五六七の謎を秘められたのである。
(観音運動 昭和十年九月十五日)